20話 ブラット卿 (1)
冬の気配がしだした頃、帝都のローレンス家に2通の手紙が届いた。
1通は長兄のラルフ宛で、1通はクラウディオ宛だった。
クラウディオ宛の手紙はローレンス公爵からで、ターゼン家のマルグリット嬢との縁談について、ターゼン侯爵は乗り気であるし、自分としても異存はないからまとまる見込みだという内容のものだった。
また、マルグリット嬢は現在、ブランシュ侯爵邸で過ごしているはずであるから、お前にその気があるならケイトを通じて、親好を深めておくように、とも書いてあり、
この事はターゼン侯も納得の上でのことで、ターゼン侯としては、縁談が本格的に進むまでに娘の気持ちをつかんでおいてほしい、とのことだった。
両家で約束を交わす前に、ターゼン侯爵とその息子に一度きちんと挨拶に行くように書かれていて、おそらくそれで、クラウディオを婿養子として迎えるかの最終判断をするのだろう。
こちらに来れる日程を連絡するように、と手紙は締めくくられていた。
ラルフ宛の手紙は次兄のブラットからで、簡潔に、1ヶ月ほど帝都に帰ることになった事とその時期が書いてあった。
***
「マル、もしかしたらだが、今日、練兵場にブラットが来るかもしれない。」
冬の朝、練兵場へ向かっている時に、ケイトがマルにそう言った。
「ブラットさん?」
「ああ、ラウの兄でローレンス家の次男だ。知らないか?南の辺境騎士団で副団長をしているんだが。」
「知ってます!ブラット卿ですよね!神話的に強いと聞きます!え?来るんですか?」
マルは少し興奮した。
ブラット・ローレンス卿は南の戦争の英雄で、魔物相手の逸話もたくさんある騎士だ。
帝都には滅多に帰ってこない。
「今、帰ってきているらしい。それで、昨日、ラウが第一団の訓練の日程を聞かれたから、ブラットが行くかもしれない、と今朝使いをくれたんだ。」
「わあ!楽しみですね。」
「いや、ブラットは活躍を新聞で知るくらいが一番楽しめる男だ、マル。遠くから見るのはいいけど、声をかけてはいけないよ。」
「分かりました。見るだけにしておきます。」
そして練兵場での休憩中、クラウディオがブラットを伴って現れた。
クラウディオは入り口にいたマルを見つけて、にっこりしたけれど、いつものように挨拶はしてくれなかった。
その笑顔には、こっちに来てはだめだよ、と書いてあるようだった。
マルはそっと身を小さくして、ブラットを見た。
クラウディオと同じ銀髪だが、日に焼け、風にさらされているせいなのか、少し鈍い髪色だった。
目は細く、赤色で眼光が鋭い。
体は長身のクラウディオより更に一回り大きかった。
「ケイト!久しぶりだな。元気そうだ。」
大きな声でブラットは言った。
「お久しぶりです。ブラット卿。ご活躍は聞いています。」
「何だよ、かしこまんなよ。団長だろう?俺、副団長。」
「辺境騎士団と近衛騎士団では規模が全然違います。」
「はいはい。暇だし、訓練に混ぜてくれ。」
「嫌です。」
「断るなよー。」
「嫌だ。あんた今、ここで一番強いんだ。一緒にする意味はないだろう。どうしてもなら、この後のラウのに混ぜてもらってくれ。」
ケイトの口調はあっという間にくだけたものになった。
「ケイト、第二団を巻き込まないでくれ。それにうちの訓練は今日の午後からだ。」
ケイトの言葉にクラウディオが口を挟む。
「冷たいな、第二団と第三団よりは第一団だろう。一番厳しいって聞いてる。」
ブラットはにっこりした。
「貴方に教えるようなことはない。混ざるのではなく、指導してくれるなら分からないでもないが。」
「じゃあケイト、休憩後は、第一団は順番に俺と手合わせしないか?」
ブラットがそう提案した。
「ええ、、、、。じゃあ、希望者だけにしてくれ。」
「分かった、じゃあ、お前とラウと希望者だけとにしよう。」
クラウディオがびくっとした。
「なんで僕が?」
「どうせ、ケイトとしゃべりに来たんだろ。居合わせたんだから付き合え。」
「はあ、嫌だよ。」
断るクラウディオに構わず、ブラットは続けた。
「ラウがトップで、ケイトが2番な。あとはやりたい奴からにしよう。俺から一本取るのは無理だろうから、一本取られるまでの時間が長い奴が勝ちだ。いつもの手合わせの礼儀は忘れて、とにかく勝ちに来い。」
ブラットはすごく嬉しそうだ。
マルは少しワクワクした。
ブラット卿の手合わせが間近で見れるのだ。
「ブラット卿と手合わせしたい者は?」
ケイトの問いに、第一団は全員、手を挙げた。
「学ぶことは多いと思うが、全員、無理をしないように。」
マルは練兵場の入り口から、見やすいように、並んでいる第一団の騎士達の後ろへ移動した。
「ラウ!」
ブラットがクラウディオに向かって木剣を放り投げる。
クラウディオは自分の前に落ちた剣を拾い、前に出た。
「どうして僕がトップなんですか?」
「だって、ラウが一番有利だろう?俺のくせを知ってるから。それにお前が粘れば、後のケイトも少し楽だ。」
「はあ。頑張ってみます。」
マルが見ているから、緊張してしまいそうだ、とクラウディオは思った。
そんなことを考えながら兄の相手は危険だ。
それは忘れよう。
目の前の兄に集中しよう。
クラウディオは深く息を吸った。
「いきます。」
マルは、クラウディオがマントを外してないことに気づいた。
訓練中は邪魔になるから皆、外すのだ。
動きにくくないのかな?
クラウディオがブラットに仕掛ける。きれいな型だ。
ブラットは難なく受けた。
「きれいだが弱いな。」
何度か受けて流すと、ブラットが仕掛けた。
力強く不規則な太刀筋。
足元や顔も狙ってくる。
たまにフェイントを入れてるのがマルにも分かった。
クラウディオは慣れている様子で、防いでいく。
マルはびっくりだった。
ブラットの荒々しくて力強い太刀筋もそうだが、何よりそれを平然と防ぐクラウディオに驚いた。
レイピア卿が言ってたとおりだ。
クラウディオ団長って強いんだ。
いつもの優しくて柔らかいクラウディオとは全然違う。
攻防の一瞬の隙間。
ブラットが鋭い衝きをクラウディオの顔へと打ち込んだ。
その速さと鋭さから、今までの打ち合いは本気ではなかったと分かる。
うわあ!
マルは絶対に、直撃したと思って目をおお
ったが、クラウディオはそれもかわしていた。
かわした直後に、マントをとると、ブラットに向かって大きく翻す。
ブラットは全く焦らずマントを剣で凪ぎ払った。
クラウディオはその間にブラットの横に移動し、マントの留め紐をブラットの足に絡めて、引き倒した。
バランスをくずしたブラットの背中に躊躇なく剣を振り下ろすが、ブラットは左手で地面に手を着いてすぐ、半身をねじって後ろを向き、クラウディオの剣を受けて払った。
カアンッ
乾いた音が響く。
2人はすぐに間合いを取った。
その後も、息をつかさない攻防が続き、最終的にはブラットが一本とった。
「参りました。」
クラウディオは汗だくで、荒い息をしながらそう言った。
「ラウ、なかなか良かったな。」
「兄さんにそう言ってもらえると、頑張った甲斐があるよ。はあ、疲れた。」
「マントのやつ、俺が昔お前にやったやつだよな?根にもってたのか?」
「うん。すっきりした。」
クラウディオは居ならぶ第一団の前まで来て言った。
「見てて分かったと思うけど、顔面への攻撃もくるし、何でもありだから、いつもの手合わせは忘れていった方がいい。組慣れている者がいるなら、複数でかかって行ってもいいよ。喜ぶから。」
「俺を珍獣みたいに言うなよ。」
「兄さん、ケイトとレイピア卿には絶対にさっきの衝き、しないで。」
「お前以外にはしないよ。」
「なら、これからは僕にもしないで。」
クラウディオはすごく冷たい声でそう言った。




