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侯爵様の愛しい侍従   作者: ユタニ
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2話 ブランシュ侯爵の侍従 (2)

マルは帝都のブランシュ侯爵家に馬車で向かっていた。


大丈夫かな?

マルはもう一度、自分自身を点検した。


ドレスは田舎くさくならないよう気をつけ、色は地味すぎず、可愛すぎずの水色にした。

髪もきちんと結い上げたし、化粧は薄めに仕上がっている。

装飾品は華美なものをさけ、最低限にした。


よし、大丈夫。


馬車が侯爵家の門に付く。

御者が門番に来訪を告げると門が開けられ、広大な庭を侯爵家のエントランスへと進んだ。


「お待ちしておりました、ターゼン侯爵令嬢様。」


マルが馬車から降りると、執事らしき男が出迎えた。


「私はブランシュ侯爵家の執事を努めております、レーゼンといいます。」


「初めまして、レーゼンさん。マルグリット・ターゼンです。」


「さっそくですが、侯爵様がお待ちです。執務室へご案内してもよろしいですか?」


「はい。よろしくお願いします。」

マルは胸がドキドキした。

本当に会えるんだ。




「ターゼン侯爵令嬢様をお連れしました。」

レーゼンがそう言って、執務室の扉が開けられた。


執務室の机に、ケイト・ブランシュ侯爵が座っていた。

輝く金髪に、淡い緑色の瞳。冷たく、整った顔立ちに長い手足。

マルは眩しすぎて直視できなかった。


「遠いところ、ようこそ。レデイ。」

声も低くて落ち着いている。


マルのドキドキは最高潮だった。

顔が火照っていくのが分かる。


「初めまして、ブランシュ侯爵様。本日はお時間を取っていただきありがとうございます。」

声がうわずってしまった。

顔から火が出そうだ。


ケイトは笑いながら立ち上がって、マルの側に来た。

「そんなに緊張しないで、お茶でもしようか?座りなさい。」


ケイトはマルをソファに座らせ、自分は向かいに座った。


「レーゼン、お茶と焼菓子を頼む。」


「かしこまりました。」


レーゼンが去ると、ケイトはマルに向き合って話しかけた。


「レデイは、とても美しく愛らしい方ですね。ターゼン侯爵領は男女共に美しい方が多いと聞きます。木の精霊ドリアードの血が混じっていると聞いたことがありますが、本当ですか?」


ドリアードは魅惑の魔法を使う木の精霊だ。

マルの父、ターゼン侯爵の領地には、精霊の森があり、稀に精霊との混血が生まれる。


「はい。私の曾祖父は混血だったと聞いています。」


「どうりで、私も魅了されそうです。」


「いえ!侯爵様の方がお美しいです。息が止まりそうなほどです!」

マルがそう言うと、ケイトは眩しく笑った。


うわあ!

マルは心の中で悲鳴をあげた。

ああ、本当に同じ女とは思えない。

性別を超越している美しさ。


「ふふ、昔、辺境騎士団にいたころ、ターゼン侯爵領に行ったことがあってね。同僚の1人が領地の娘に一目惚れしてそのまま除隊、結婚してしまったんだ。それを今思い出したよ。レイモンド、という奴だけど、ご存知かな?」


存じていますとも!とマルは思った。


レイモンドは、その後、ターゼン侯爵家の専属の騎士になった。マルの剣術の師匠でもある。

マルはケイトの事をレイモンドから教えてもらったのだ。


ブランシュ侯爵の一人娘であり、幼い頃から次期侯爵として、騎士として訓練を受け、女性としては最年少で騎士になった男装の麗人。


その後の事は、帝都から複数の新聞とゴシップ紙を毎週取り寄せて、ケイトの記事を探した。


華やかで才気溢れ、恋の多い次期侯爵は記事になることが多く、マルはケイトが辺境騎士団から帝都の騎士団に移動したことや、2年前に家督を譲り受け、それを機に近衛騎士団の団長になったことはもちろん、ケイトの恋の相手や、気に入りの店まで把握していた。


でも、そんな気持ち悪いこと、本人には言えない。


「存じています。レイモンド卿は、ターゼン侯爵家専属の騎士でご活躍です。愛妻家で有名です。」

マルは諸々の感情を、おくびにも出さずにすましてそう言った。


そこで、レーゼンがお茶と菓子を運んできた。


お茶をいただいてから、ケイトは口を開いた。


「さて、本題に入ろうか。ターゼン侯爵から事前に手紙はいただいているのだが、我が家の侍女として仕えたい、ということだね。」


「はい。」


「レデイ、もちろん知っているとは思うが、侍女仕えは、低位貴族が高位貴族の家に仕えるのが通例で、貴方は王宮に勤めるならまだしも、我が家の侍女となるのは世間体が悪いと思う。」


「はい。」

マルはしゅんとした。

それは、家を出る時に父からも言われていた。


「そして、私は一般的な女性達と違って、普段は騎士だ。ドレスはたまにしか着ないし、身の回りの事は自分でしてしまうので、侍女はそんなに必要ないんだ。」


「はい。すみません。」

マルはますますしゅんとしてうなだれた。


「謝ることはないよ。お父上の手紙にも、貴方を責めないでくれ、と書いてある。侍女仕えは認められないが、せっかくだし、1週間ほどここで過ごしていくといい。帝都は初めてなんだろう?」


マルは顔をあげた。

父とケイトは、田舎娘が帝都で1週間の思い出を作れば、満足して帰ると思っているのだ。


絶対に、嫌だった。


「あの、では、近衛騎士団に見習いで入ることは出来ませんか?」


「え?」


「私はこの春、17才になりました。騎士団の見習いは14才から入れますよね?剣術は9才の時から、レイモンド卿より教わっています。近衛騎士団なら爵位もある程度考慮されると聞いてます。また、自分で言うのも何ですが、近衛で重要視される見目もいいです。」


マルは一気にそこまで言ってからしまったと思い、頭を下げて、顔を真っ赤にして付け加えた。


「申し訳ございません。爵位や見目の事は全て私の場合のことだけを言っています。ケイト様は、帝都の騎士団で団長までなられた方です。また、貴方の第一近衛騎士団は実力を重視されているのも存じています。」


沈黙がつづいた。

マルはそうっとケイトを見た。


ケイトは呆気に取られた顔をしていた。

しばらくして、やっと口を開いた。


「名前呼びを許可した覚えはないのだが、、」


「すみませんっっ!侯爵様。」

マルは真っ青になった。

そういえば、さっき慌てすぎて確かにケイト様と呼んでしまった。


「いや、ケイトで構わない。マルグリット嬢とお呼びしてもいいだろうか?」


「はい!」


「女性騎士は珍しいが。」


「ケイト様も女性でしかも団長です。第三近衛騎士団にも女性騎士がお一人いますし、第一近衛騎士団にもレイピア・ウィルス卿がいらっしゃいます。」


「ふふ、ちゃんと調べてきたんだね。もしかして、侍女仕えはお父上への口実で騎士見習いがマルグリット嬢の本当の希望かな?」


「、、、、はい。」


ケイトは適当にあしらうつもりだけだった少女に、がぜん興味が沸いてきていた。


帝都と私の名前に憧れているだけの田舎のお嬢さんが来るだけと思っていたのにな。

目の前の少女には、洗練された愛らしさがある上に、強い意思と実行しようとする力がある。


「剣術ができるんだね。」


「はい。」


「軽く手合わせしようか。そのままでは無理だろうから、着替えを貸そう。レーゼン、キティを呼んでマルグリット嬢の準備を手伝ってやってくれ。できたら中庭へお連れしなさい。」


「かしこまりました。」



マルは、侍従用のシャツとスボンを貸してもらって着替えた。結い上げた髪は、おろして後ろで一つに束ね中庭へ向かった。


「木剣でいいかな?」

そう言って、ケイトはマルに木剣を渡した。


「はい。大丈夫です。」

マルは剣を構えた。


正直、夢にまで見たケイトと手合わせなんて、幸せで死にそうだ。


でも、浮かれてケイトを失望させたら生涯の汚点になる。


マルは深く息を吸った。


「ふむ。姿勢もいいね。レイモンドは基礎的な鍛練もきちんとさせているようだ。そういえば、ドレスでの所作も素晴らしかった。」


ケイトはそう言いながらリラックスした様子で剣を構える。

ああ、その様子、すこく素敵だ、素敵すぎて倒れそう、とマルは思った。


「まずは軽くいくよ。」

ケイトは子供相手に遊ぶように打ち込んできた。

これくらいなら、マルは問題なく受け止めて、払える。


「いいね。少し強くしよう。」

打ち込まれる剣が重くなった。


受け止めれる重さだが、これが続くとマルの腕ではしんどい。

マルは自分からも前へ出た。


「素早いね。」

ケイトの剣がまた重くなる。


マルは何とか返すと、足を狙った。


ケイトの反応が段違いに早くなって、剣が振り抜かれた。


カアンッ

乾いた音が響き、マルの剣が飛ばされた。

衝撃でマルはしりもちをついた。


「参りました。すみません。とっさに足を狙ってしまいました。」


「構わないよ。マルグリット嬢の身長であれば足を狙う方が効率がいい。しかし、レイモンドは令嬢相手にずいぶん実戦的な剣術を教えてるな。」


ケイトは手を差しのべて、マルを引き起こし、そこでピタリと止まった。


「あれ?もしかして、君はあの時の子供?小鬼の襲撃があった町の。」


「あっ、はい。そうです。床下から救っていただいた子供です。覚えてくれてたんですね。」


マルは胸が熱くなった。


「忘れないよ。貴族の男の子の服装だったからてっきり公子だと思っていたんだが、公女だったんだね。これは失礼した。そうか、それで、剣が実戦的なんだね。」


ケイトはじっとマルを見た。


自分を守って死んでしまった領民に祈りを捧げていた小さな姿を思い出す。


なぜ、町はずれの民家に居たのかは分からないが、服装と佇まいからすぐに侯爵家の公子なのだと分かった。


城への道すがら、自分の家族の安否については一切確認せず、町の惨状を確認し、救護所に着いてすぐ、まだ火が鎮火できていない地区について報告していた。


自分が子供の時、この子と同じ立場だったら、果たしてこのように振る舞えただろうか、と思い、ケイトは尊敬の念を抱いたのだ。


しかも、女の子だったのか。

ターゼン侯爵家には息子もいるはずで、この子の兄のはずだが、お父上は男女関係なく後継者としての教育をされていてのだろうか。


自分の手の中にあるマルの手を見る。剣ダコで硬くなった手だった。


「あの、救っていただき、レイモンド卿より名のある女性騎士の方だと聞いて以来、ずっとお慕いしていました。侍女でも見習いでも下働きでも何でもいいんです。ケイト様のお側でお役に立ちたいんです。」


マルは潤んだ瞳で、ケイトを見上げてそう言った。

ケイトは思わずマルを抱き締めた。


きゃああああっ。マルは声に出さずに叫んだ。

顔が噴火するんじゃないかと思う。


「可愛いね。いっそ恋人はどうだろう?」


「えっ?」


「冗談だよ。しかし、困ったね。お父上はとにかく君をなだめて断ってくれと言ってきてるんだ。それに侍女はやはり、体裁が悪い。そして騎士見習いであんな獣な騎士達の中に君を入れるのは、私が嫌だ。レイピアだから何とかなってるんだ。」


ケイトは考えこんだ。

マルは抱き締められためまなので、心臓がどうにかなりそうだった。


「あの、ちょっと距離がずっと近いです。」


「ああ、ごめんね。汗くさいね。」


「いえ!ケイト様はすごくいい香りです。」


「だめだ、本当に可愛いな。」

ケイトはくすくす笑った。



「もしマルグリット嬢が良ければだが、身分と素性を公にしないで、男の子として私の侍従をしてみるのはどうだろう?」

シャワーで汗を流し、再び通された執務室でケイトはそう言った。


「男の子ですか?」


「うん。その方が連れて歩けるから。騎士団に出入りもしたいだろう?」


「はい。」


「体つきは華奢だけど、肩や腕はしっかりしてるしね。前髪で顔を少し隠す必要はあるかな。でも顔立ちがくっきりしているから、十分美少年で通りそうだ。あとはお父上の説得かな。さすがに男の子として側に置きます、とは言えないけれど。」


「お側に置いていただけるんですね。」

マルは嬉しくて跳びはねたい気分だった。

しかも侍従なんて、ずっと後からついて回れる。


「父の説得ならもう用意してあります。」


「何て言うの?」


「父は前から、私に帝都でのデビュタントを望んでるんです。毎年春に皇室主宰の若いレデイ達のための舞踏会がありますよね。来年の舞踏会に参加したいから、こちらで帝都の流行や皇室の礼儀について学びたいと言えば、喜ぶと思います。」


「それで、肝心のデビュタントはどうするんだい?」


「私はデビュタントをするには年齢がいってますし、ドレスや装飾品の準備を考えると、難しいと思います。帝都の流行は早いでしょう?舞踏会が近付けば、体調をくずした事にして不参加にしようと思っています。」


「マルグリット嬢は17だと言ってたかな?」


「はい。」


「確かに、早い方は13才でデビュタントするけど、一般的には15才くらいで、病気などで遅れる方もいるから年齢は気にしなくていいと思う。私も確か17才だったはずだ。」


そのデビュタント、見たかったなあ、とマルは思った。


「ねえ、マルグリット。」

ケイトがまぶしい笑みを浮かべた。


ああ!名前、呼び捨てだ!

マルは嬉しすぎて気絶するんじゃないかと思った。


「せっかくだから、来年のデビュタントもちゃんとしよう。私が帝都での君の後見人になって、全て面倒を見てあげよう。父上には後見人を公にはせず、こっそり侯爵家で預かるという形で、君を教育するとお伝えしようか。これなら大きな嘘もないしね。」


「、、、、。」

マルは沈黙した。


「でしゃばりすぎたかな?」


「いえ、、、嬉しすぎて、断れません。お手間ばかりかけてしまうので、断るべきなのに。」


「良かった。夕食も共にしたい所だけど、今日はすごく疲れただろうから、もう休みなさい。食事を部屋に持っていかせよう。キティ、マルグリットを部屋へ案内してあげなさい。」


マルは幸せでフラフラしながら、キティに連れられて行った。


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