19話 クラウディオ卿の佳き日 (3)
お昼時の市場は活気に溢れていた。
クラウディオとマルは、屋台のフィッシュサンドを買って、食べながら市場を見て回る。
「マルは食べ歩きに抵抗ないんだね。」
「はい。私の剣の師匠がよく屋台に連れていってくれたので。あ、父には内緒でしたが。」
「剣の師匠?」
「ターゼン家の専属騎士です。剣は全て、その方より習いました。」
「へえ。」
「あ、クラウディオ団長。あそこの揚げたパン菓子。買いましょう。」
マルは美味しそうな匂いのしている屋台を指差して言った。
「いいよ。」
「おじさーん、4つください。2つは今すぐ食べます。2つは持ち帰りです。」
屋台でマルは自分とクラウディオの分とは別にパン菓子を2つ買い、持ちやすいよう袋に入れてもらう。
「持って帰るくらい好きなの?」
「いえいえ、こういうの、ランドルフさんが喜ぶんですよ。」
「へえ。」
クラウディオはさっきの゛へえ゛とは全然違うトーンで相づちをうった。
「ビット伯爵と仲がいいんだね。」
「いい人ですよ。屋敷の家事についていろいろ教えてくれるし、最近はダンスの練習も付き合ってくれています。」
「ふーん。」
マルはクラウディオの不穏な空気を感じた。
ランドルフの名前が出てきてから不穏だ。クラウディオは、ケイトとランドルフの結婚をよく思ってないのではないだろうかと思う。
やっぱりケイト様と恋人なんじゃないかなあ。
本当に違うのかなあ。
そんな事を考えていると、マルは誰かにがしっと肩を捕まれ、びっくりして見上げるとバークだった。
「よっ、マルじゃん、何してんだ?」
こちらも非番らしく、騎士服ではない。
「わあ!バークさん、こんにちは。ふふ、デートですよ。」
「デート?うわっ、クラウディオ団長っ。」
バークはマルの隣のクラウディオに気がついてちょっと飛び退いた。
「こんにちは、バーク卿。ケイトが兄に用事があってローレンス邸に来ているんだ。用が終わるまでの時間潰しだよ。」
クラウディオはにこやかにデートを訂正した。
「こんにちは、クラウディオ団長。そしてマルも。」
バークの後ろからパンツスタイルのレイピアも出てきた。
「レイピア卿も!あれ?お二人でお出かけなんですか?」
マルはレイピアの出現に顔を輝かせながらそう聞く。
「いや、俺達、同じとこに住んでるからな。」
「えっ?」
あれ?
レイピア卿とバークさんってそういう関係だったのかな、とマルは焦る。
「バーク、マルが誤解するいい方しないでください。マル、そもそもバークはうちの屋敷の住み込みの園丁の息子です。」
「なんだ、びっくりしましたよ。」
「今日は、もうすぐ妹の誕生日なので、プレゼントを買いにきたんです。」
「こんな下町にですか?」
この辺りには、貴族の令嬢が行くようなブティックや宝飾品店は並んでいない。
「ドレスや宝石は喜ばない子なので、古書か希少な本を買うつもりです。」
「なるほど、本屋ならこの辺りですね。」
「そういえば、マルの誕生日っていつなの?」
クラウディオがそう聞いてくる。
「私?春先です。」
「いつか教えてくれたら、プレゼントを用意するよ。」
「いやいや、大丈夫です。気を使わないでください。」
マルは慌てて断る。
クラウディオは本当に何かくれそうだ。それもある程度高価なものを。
「そう?それとなくケイトにも伝えられるよ?」
ぐっ。
正直、ケイトからのお祝いの言葉や、プレゼントはすごく欲しい。
マルはクラウディオを見上げた。
クラウディオがにっこりする。
マルは自分の誕生日について、お伝えした。
それから4人で、得体の知れない濃い紫色のジュースを飲んで、ハンマー叩きのゲームをした。
ゲームでバークが景品のリボンを勝ち取り、いつも髪を束ねているから、とマルにくれた。
「僕があげたかったなあ。残念だよ。」
クラウディオはそう言いながら、ちゃっかり自分がマルの髪をほどいて、リボンで結びなおした。
本屋の通りが近づき、バークとレイピアとはそこで別れた。
***
「バークの言ってたこと、当たってるかもしれないですね。」
マルとクラウディオが見えなくなってから、レイピアは言った。
「うん?何が?」
「クラウディオ団長がマルに下心があるかも、と言ってたでしょう?ケイト団長以外であんなに楽しそうなクラウディオ団長は初めて見ました。」
「そうか?あの人、わりと気さくな人なんだな、話しやすかった。平民出身とは話さないかと思ってたけど。」
バークはハンマー叩きのゲームで、クラウディオと楽しく競い合ってすっかり心を許していて、前にあったクラウディオへの疑念は無くなっていた。
「あなた、本当に簡単な人ですね。」
レイピアは冷たくそう言った。
マルとクラウディオは、その後、焼き栗を買って分けあって食べながらローレンス邸へと戻った。




