17話 クラウディオ卿の佳き日 (1)
ケイトとランドルフが結婚して1ヶ月が経ち、ブランシュ邸の人達は、侯爵の夫がいる生活に慣れてきた。
ランドルフはレーゼンをあっという間になつかせ、キティですらも最近はだいぶん警戒を解いてきていた。
マルにとっては、屋敷で留守番の時にランドルフから実務を学べる上に、たまにダンスの練習も付き合ってくれるのでありがたかった。
「おや、マル。今日は出かけるのかい?」
朝、玄関ホールでマルがケイトを待っていると、ランドルフがそう声をかけてきた。
「おはようございます、ランドルフさん。昨日言ったじゃないですか。今日はケイト様がローレンス家に養子の件で行かれるから、そのお付きです。」
「そうだったかな。」
「そうですよ。」
そこへケイトがやって来た。
「待たせたね、マル。おはよう、ランドルフ。」
ケイトもすっかりランドルフに慣れている。
「おはよう。帰りは遅いかな?」
「ラルフ公と養子の誓約書の作成だからな、昼はムリだと思う。午後のお茶の時間には間に合うように帰ろう。」
「分かった。お気をつけて、侯爵殿。」
「誓約書の作業中は側にいなくてもいいから、応接室でのんびりしててもいいし、ローレンス邸を見学してもいいよ。」
道中の馬車でケイトはそう言った。
「そっか、ヒューゴと遊んであげれるかもと思ったんですが、アカデミーの寮でしたね。」
「ふふ、ローレンス邸の人口湖はうちよりずっと広いけど、水遊びはそろそろ寒いし、やめておこうね。」
「1人で水遊びはしませんよ。17才ですよ。」
マルはちょっとむすっとした。
馬車がローレンス邸に着き、ケイトとマルはローレンス家の執事に迎えられた。
応接室に通され、執事がラルフの元へ知らせに行っている間に、クラウディオがやって来た。
今日は休みのようで、騎士服ではなく、ゆったりした濃い緑色のシャツに黒いパンツ姿で、寛いだ雰囲気だ。
「おはよう、ケイト。早いね。うわ、マルもいるんだね、おはよう。」
クラウディオはケイトの横にマルがいることに驚いた。
ケイトから、今日はマルは連れていかない、と聞いていたのだ。
「おはようございます、クラウディオ団長。」
「おや、ラウも今日は休みだったんだね。」
ケイトがにっこりしながら言う。
「昨日、僕が休みのことを確認していたじゃないか。」
ぜったい、わざとだ。
とクラウディオは思いながら言った。
「そうだったかな?マル、ちょうど良かったね。ラウに遊んでてもらいなさい。」
「ケイト様、子供じゃないんです。遊んでもらわなくて大丈夫です。」
マルはちょっと冷たく言い返した。
「ごめん、ごめん。でも待ってる間ヒマだろう?ラウも休みだし、一緒に過ごすといいよ。」
「大丈夫です。クラウディオ団長も気にしないでくださいね。」
「僕は特に予定はないし構わないよ。今から遅い朝食なんだ、お茶だけでも付き合ってくれると嬉しいな。」
クラウディオはいつもの笑顔でマルにそう言った。
「ね、行っておいで。ラウが付いててくれるなら私も安心だし。」
ケイトはクラウディオに眩しい笑顔を向けながらマルを送りだした。
「すいません、気を使っていただいて。」
食堂で、お茶とお茶菓子をいただきながらマルは言った。
「気は使ってないよ。マルと過ごすのは楽しいから。」
クラウディオが微笑む。
服装がラフなせいか、少しドギマギしてしまう。
うわあ、恋人同士の朝みたいだ。
「何だか、緊張してしまいますね。」
「ふふ、知らない家だもんね。」
そう言いながら、クラウディオは表面には全く出さずに困っていた。
優雅に朝食を食べながら、もやもやしてしまう。
朝からマルと2人なんて、嬉しいが困るのも事実だ。
アプローチなら慣れているのだが、気持ちを隠して普通に振る舞うのはなかなかしんどい。
でも、デビュタントまではマルを困らせたくない。
ターゼン領で遠乗りした時は、馬に乗るという目的があったし好きになりだした頃だったから、ただ楽しかった。
今はいろんな欲望が出てきてしまうから困る。
そして、縁談は問題なく進みそうだから、いずれ目の前の愛しい人をきっと手に入れれるんだなと考えてしまう。
手に入れる、、、。
ちらりとマルを見る。
どうしても、唇に目がいってしまって、
1つに束ねられているマルの髪をほどくのを想像するのも止められなかった。
マルがクラウディオの視線に気づいて、にこっとしたので、クラウディオも微笑み返した。
微笑みながら、クラウディオは頭の中に浮かんだ、いろいろを苦労して追い払った。
「朝ごはんの席でなんだけど、ケイトは午後までかかると言ってたし、お昼は外に食べに行こうか。」
クラウディオはとりあえず、食事の約束を取り付けようと思って言った。
「外でお昼!いいんですか?」
マルが嬉しそうに顔を輝かせる。
「うん。ちょっと外へも出たいしね。」
「ありがとうございます。クラウディオ団長。」
「それまでは、屋敷でも案内しようか?広いから見応えはあると思うけど。」
「嬉しいですが、朝は皆さん忙しくてお邪魔だと思うのでまたの機会にします。あ、チェスでもしますか?」
マルは窓際のチェスボードを見つけて言った。
「チェス、出来るの?」
「はい。兄とよくしてました。」
朝食を終えて、2人はテラスに机と椅子を出して、チェスの用意をした。
「クラウディオ団長はチェス、強いですか?」
駒を分けて並べながらマルは聞いた。
「うーん。わりと。」
「その言い方、強いんですね。」
「兄弟では強い方だったね。」
「そうかあ。じゃあ、物足りないかもしれません。私は弱いんですよー、兄に勝てたことはありません。」
「ふふ、じゃあマルが勝ったら、お願いを1個聞いてあげるよ。」
「おっ、いいですね。考えておきます。クラウディオ団長が勝ったら、私に何かお言いつけくださいね。何でもしますよ。」
マルはチェスボードに集中しながらそう返した。
マルは下を向いていたので気付かなかったが、クラウディオは顔を赤くした。
『何でもしますよ。』
マルの言葉がクラウディオの頭で響く。
、、、、、。
ああ、自分が嫌だ、、、。
クラウディオは心の中でそう呟いた。
はあ、もうやだ。
自分の家にマルがいるから、いろいろ考えてしまうんだろうか。
さっきから、よこしまな事ばかり思い浮かぶ。
いっそ、勝ちたくない。
クラウディオはゆっくり庭園の景色を眺めて、邪念を消した。




