12話 帰省後 (3)
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「最近、クラウディオ団長とよく話してないか?」
ヒューゴの訪問からしばらく経ち、練兵場での訓練の休憩中にバークがマルに聞いてきた。
「確かにそうですね、よく気にかけていただいてます。」
最近、クラウディオは用具の出し入れや、手入れも手伝ってくれていた。
身バレしてからは、マルに気さくに話しかけてくれるようになり、優しくて話しやすいので、マルはクラウディオと過ごすのが楽しかった。
何より、ケイトのいろんな話が聞けるのだ。
「マル、ちゃんと気をつけろよ。」
「はい。何にですか?」
「下心があるかもしれないだろ?何かちょっと怪しいと俺は思う。」
「そんな訳ないですよ。」
マルはちょっとムッとした。
クラウディオは、マルが女性だと知って雑用を手伝わずにはいられないのだろうし、いつもすごく優しい。
それに、作業しながらマルの体に触れたりしないよう気を使ってるのがよく分かる。
「貴族って、男も普通に愛する奴いるぞ。」
「そうじゃなくて、クラウディオ団長はそういう下心で優しくする方じゃないです。」
「なんで分かるんだよ。」
「バークさんこそ、なんでそんなに悪意があるんですか?」
「だって、公爵家ってだけで団長やってる人だろう。」
「うわあ、悪口ですよ。それ。」
「バーク。」
そこで、冷たい声がして2人が振り向くと、レイピアが居た。
マルはバークが身を縮めた気がした。
「マル、バークはクラウディオ団長に勝手に嫉妬してるだけです。取り合わない方がいいですよ。」
マルはすぐにぴんときた。
「ケイト様とクラウディオ団長がとても仲がいいからですね。」
「うるさいな。でも、爵位で団長になったのは本当だろう。」
「ローレンス家は騎士の家系で、実際、次男のブラット卿は辺境騎士団の英雄です。そんな方と幼い頃から鍛練していたのなら、腕は確かだと思います。」
「クラウディオ団長って、強いんですか?」
「トーナメント戦などには一切出場されないので、本気で試合をしている所は見たことないんですが、爵位だけの方にケイト団長が友情を示されるとは思いません。」
「あれ?恋人ではないんですか?」
「どうでしょう。噂は絶えずありますが、私から見ると、とても親しい友人のように見えます。だからバークも、嫉妬してるんですよ。」
「なるほど。」
前にヒューゴも友人枠だと言っていたし、恋仲ではないのか、とマルは思った。
あんなに絵になるのになあ。
「でも、夜会でファーストダンスをお二人で踊ってましたよ。特別な方と踊るんですよね。」
「ああ、それは、その組み合わせで踊っておけば変な噂がたたないからですよ。それに、確かにお互い特別な友人ではあると思います。」
「なるほど。」
そうかあ、恋人じゃないのかあ、とマルは残念だった。
だって、他に誰がケイト様の横に並べるというんだろう。
***
その時、クラウディオは王宮の詰所でケイトと一緒だった。
「はあ、最近、マルが愛しすぎてしんどい。」
クラウディオはケイトにそう言った。
「それはよく分かるな。」
ケイトは笑顔で同意した。
「練兵場に連れてくるの止めれないか?第一団の騎士達としゃべっているの嫌なんだよ。なんであんなに仲良くなってるんだ?」
「マルは人たらしだからなあ。」
「特にバーク卿とか、距離が近くないかあいつ。」
「バークは元々、距離が近い奴だよ。」
「あと、夜会でなんであんなにビット伯爵と仲がいいんだ?ずっと一緒にいるよね。」
「気が合うみたいだね。でもあれは、何というか、うーん。伯爵は息子みたいでほっとけないんだろうし、マルはマルで父親的な扱いみたいだけど。」
ランドルフが夜会でマルに構うのは、息子ではなく、娘的な意味合いなんだけどな、とケイトは思った。
ランドルフが、マルが女の子だと知っていることや、さらし事件のことはクラウディオには絶対に言わない方がよさそうだ。
「重症だな、早く婚約してしまえよ。」
「無理に早めるつもりはない。」
「ふられるのが怖いのか?」
「いや、マルは僕をふらないよ。」
「そこは自信があるんだな。」
「賢くて、現実的な子なんだ。マルの実家の条件を考えたら僕以上の好条件なんてないよ。」
「なら尚更、早く話をまとめろよ。」
「君が、マルの初恋で、青春の全てだと言っていたよ。8年間片思いして、しかも今は思いが叶って夢のようだって。春のデビュタントが終わったら、実家に帰って婿を探すんだってさ。はあー、そんなこと聞いたら、デビュタントまで手を出せないよ。」
「私より詳しいな。そんなこと、初めて聞いた。」
「練兵場で、用具の手入れしながら聞き出した。聞き出すっていうか、君の話をふれば嬉しそうに全部話してくれるよ。」
「私が青春の全てか、そんなことを聞いたら手離したくないな。」
「自分で聞き出しておいてなんだけれど、嫌になるくらいずっと君の話だよ。君が女性で、恋愛の対象が男性だと分かっていても、やはり、嫉妬するな。」
「でも、このままいけば、手に入れるのは君だ。」
「怒ってるのか?」
「まあ、大切な妹を取られる気分ではある。君がろくでなしだったら、迷わず破談にできるのにな。」
「悪かったよ、贅沢な悩みだって言いたいんだろ。」
「私がいるかぎり、マルが他の男を好きになることもないだろ?」
「それはそれで、問題だよね。」
「おっ、イライラしてるな。」
「他の男には僕も入るからね。」
「ラウはいい線いくと思うけどな。そもそもマルは私と君が恋仲だと思ってるから、君は今のところ、マルにとって異性ですらないんだよ。」
「知ってるよ。」
クラウディオはむすっとしながらそう言った。
「拗ねるなよ。だからその誤解が無くなったら分からないだろう?マルの憧れの存在ではあるようだし。」
「はあー、ありがとう。ところで、僕に相談があったんじゃないのか?」
クラウディオは恋の悩みを振り払うようにして、頭を振って話題を変えた。
「ああ、ヒューゴを養子に迎える件なんだが、ひょっとしたら貴族派の家門から横槍が入るかもしれない。」
ケイトは真面目な顔になって答えた。
「どこの家門から?」
「どの家門かは不明なんだが、仕掛けてきてるのはビット伯爵だよ。」
「伯爵は中立派だろう?」
「商売が絡むなら一時的に貴族派の肩を持つかもしれないだろう?うちへの羊毛の販売が止められて、困っているんだが、糸を引いてるのは伯爵のようなんだ。」
「羊毛?」
「遊牧民達が秋に大量に購入して、冬の間、それで絨毯を作るんだよ。4年前に所有する羊の頭数を制限した代わりに、侯爵家が絨毯を買い取って帝都で販売してるんだ。頭数制限してるから、絨毯用に外から羊毛を買っている。」
「ああ、羊が増えて、いくつかの村で揉めてた件だね。」
「そうだ。やっと軌道に乗ってきたから、ここで止められるのは困るんだ。」
「なぜ、伯爵のせいだと分かったんだ?」
「羊毛の買い付けを、一手に行っているデイト商会がうちへ売るのを断ってきたんだが、商会の代表は伯爵の息子なんだ。実際に運営しているのは伯爵だろう。」
「で、更にその裏に貴族派のどこかの家門がいるかもしれないのか?」
「そこは分からない。でも今うちにけんかを売ってまで、何かしたいならヒューゴの養子の件くらいしか思い当たらないから。」
「君は中立よりの皇族派で、皇族派筆頭の僕の父とは距離も置いていたしね。確かにこの縁組を貴族派は嫌がるだろうね。」
「もう少し、デイト商会に掛け合ってみて、埒が明かないなら伯爵に直に聞くしかないな。養子の縁組を遅らせることになるかもしれない。」
「白紙に戻したりはしないよな?」
「それはないよ。それを要求するには、交渉材料が弱すぎる。この縁組を自分達が気に入らないんだということを知らしめたいだけだろう。」
「分かった。兄とヒューゴに言っておくよ。今度の夜会はどうする?ヒューゴと参加するんだろう?」
「それは予定通りでいいと思う。もう発表はしてしまっているしな。刺激した方が答えも早い。」




