11話 帰省後 (2)
クラウディオとヒューゴが、ブランシュ邸にやって来た日、マルは朝からレーゼンに手伝ってもらいながら帳簿の作成をしていた。
ケイトから、応接室へ呼び出しがあり、手についたインクをざっと洗ってから向かった。
「マルです。失礼します。」
応接室に入ると、クラウディオともう一人、クラウディオを少し幼くしたような少年がいた。
わあ、小さいクラウディオ団長だ、かわいい。
マルはそう思ったけれど、顔には出さないようにした。
この子が、養子に迎えると言っていたクラウディオ団長の弟だろうか。
「ヒューゴ、さっき話したマルだよ。マル、こちらはヒューゴ・ローレンス公子だ。近々、うちに養子で迎えようと思っているんだ。これから、時々やって来ると思う。年も近いし、仲良くしなさい。」
「初めてまして、公子。私のことはマルとお呼びください。」
マルはさっと頭を下げた。
「よろしくね、マル。」
ヒューゴはにっこりしてマルに挨拶をした。
愛らしい笑顔だ。
「ケイト様、せっかくなのでマルと庭に行ってきてもいいですか?」
ヒューゴはケイトにそう聞いた。
「いいよ。マル、お供してあげなさい。」
「はい。」
マルとヒューゴは連れだって外へ出た。
外へ出ると、ヒューゴの感じが少し変わった。
「ねえ、それで君の家門はどこ?」
口調が横柄になり、態度もぐっとくだけた様子になる。
意地悪な感じや、高圧的な感じはしない。
マルは、生意気盛りの男の子を相手してるみたいでかわいいなと思った。
背丈はマルより少し高いが、顔はまだあどけない。
クラウディオの完成された様子とは違って、まだ子供なんだな、と思う。
「すいません、家門はお伝えできないんです。」
「ふうん、まあでもいいとこ伯爵で、男爵か子爵の子なんだろ?」
マルは返事の変わりに微笑んだ。
「何してたの?」
ヒューゴはマルの袖についたインクを見て言った。
「帳簿の作成を習っていました。」
「侯爵家の?なんで?」
「ケイト様が、私が領地に戻ってからも使えるから習っておきなさい、と。」
「なんだ、君も養子の候補かと思ってたけど違うんだね。」
「はい。私は戻って兄を支えなくてはいけません。」
「ふーん。」
マルの言葉に、ヒューゴは少し黙った。
「いろいろあるんだな。」
それからそう言うと、それ以上家門の話はしなかった。
年若い弟が、兄を支えなくてはいけないと決まっているなんて、何かあるのだと察したようだった。
「ところで、なんでケイト様の侍従になったの?」
「以前にご縁があって、ケイト様をずっとお慕いしていたので、お側に置いてほしいとお願いしました。」
「好きなの?ケイト様が。」
「はい。」
「ふーん、じゃあライバルだね。」
そう言ったヒューゴはとても可愛くて、マルはにっこりしてしまった。
「ふふ、そうですね。でもケイト様にはクラウディオ団長がいますよね。」
「馬鹿だなあ、ラウ兄さんは完全に友人枠だよ。」
「そうなんですか?」
「そうだよ、あそこに恋愛感情はないよ。」
「あんなにお似合いなのに。」
「そもそもラウ兄さんの好みは小動物系だしね。君みたいな。」
「へえ。」
「君にお姉さんが居たら、紹介しなよ。うまくいくかもよ。」
私、小動物系だったんだ、とマルは思った。
小さいもんな。
なりたいのは、もっとすらっとして、目が冷たくて、話しかけにくい美人、、、、。
うーん、どれもないな。
マルは1人でちょっと落ち込んだ。
「ケイト様は君のこと、すごく気に入ってるってラルフ兄さんが心配してたけど、本当に気に入られてるよね。剣もするんだろ?」
「はい。領地に居た頃から学んでいます。」
「ふーん、ねえ、マルは実戦の経験はあるの?」
「小鬼となら二度ほど。」
「あるの?13才だろう?」
ヒューゴはびっくりした。
「あっ、いや、大人と一緒にですよ。」
マルは慌てて取り繕った。
「なんだ、後ろにいただけなんだろ。でも、見たことあるんだね?」
「はい。」
「小鬼ってどんなの?」
「背丈は腰くらいで、気味悪いですが、一匹なら騎士でなくても大人なら勝てます。群れで行動するので質が悪いんです。彼らは女子供から襲うし、大人の男には複数でかかります。」
「ふーん。」
「公子様も剣をなさると聞いてます。」
「うん。ローレンスは騎士の家系だからさ。ねえ。」
「はい。」
「僕のことはヒューゴでいいよ。」
「はい、ヒューゴ。」
「マルはアカデミー入らないの?知ってる?アカデミーって帝都の貴族の子供が通う学校だよ。寮もあるんだ。ラルフ兄さんもケイト様もラウ兄さんも通ってたんだ。」
ケイト様については知ってます、とマルは思った。
アカデミーは13才から15才までの間に通う学校で、ケイトは途中で騎士団に入ったから、13才から1年半だけ通っていたはずだ。
ケイト様の制服姿、素敵だったんだろうなあ。
同じ制服なら着たかったかなあ。
「知ってます。制服があるんですよね。制服、着てみたかった。」
「制服?着眼点が独特だね。でも、じゃあ、アカデミーは通わないんだね。残念だな。」
「私も残念です。」
それから2人で水辺で水切りをして遊び、水の掛け合いになって、まあまあの水浸しで屋敷へ帰った。
「うわ、マル、何してたんだ?」
びしょぬれのマルを見て、ケイトはびっくりして、クラウディオはさっとマルから顔を反らした。
「すいません、久しぶりの水切りに年がいもなくはしゃいでしまいました。」
「風邪ひくだろう、キティ、マルを風呂へ。ヒューゴも着替えていきなさい。」
ヒューゴは着替えを借りて、クラウディオとローレンス邸へ帰っていった。
帰りの馬車で、ヒューゴは新しくできた友人について楽しげに話し、クラウディオはそれを複雑な気持ちで聞いた。
***
次の週の新聞に、ヒューゴ・ローレンスがブランシュ侯爵家の養子として迎えられる予定だという記事が載った。




