10話 帰省後 (1)
マルは一週間程、ターゼン領でのんびり過ごしてから帝都へ帰ってきた。
マルが、ブランシュ侯爵邸に戻って数日後、ケイトも帰ってきた。
「お帰りなさいませ、ケイト様。」
「ただいま、マル。ターゼン家はどうだった?」
「はい。皆、元気でした。あ、クラウディオ団長にお会いしました。」
「ラウに?」
「はい。ローレンス領に帰られる際、父に挨拶に寄られたようでした。」
「へえ、帰るなんて珍しいな。ちょっと待って、会ったってどういうことだい?どっちのマルで会ったの?」
「あー、令嬢の方で会ったのですが、その、ばれました。」
マルはケイトにクラウディオとの面会の様子を話した。
「あはは、私もマルと一緒にターゼン領に行けば良かったよ。今度、ラウにその時の感想を聞いてみよう。」
「すみません。何だか、たて続けにばれてしまって。」
「ビット伯爵はともかく、ラウはしょうがないよ。ばれてた方が、困った時に助けてくれるだろうし、ちょうど良かったかもしれないね。」
ケイトは優しくそう言った。
***
その日、クラウディオは王宮へ訪れた司祭を神殿へ送り届けた後に、往来を帽子箱を抱えて歩くマルを見つけた。
「マル、お使いかい?」
クラウディオはマルにそっと近寄って声をかけた。
「クラウディオ団長、こんにちは。はい、ケイト様のお母様にお贈りする帽子です。」
マルは帽子箱に埋もれながら、クラウディオを見上げて笑顔でそう言った。
うわ、かわいいな。とクラウディオは思った。
こんなに可愛いのにどうして今まで女の子だと気付かなかったんだろう。
「ターゼン邸で会って以来だね。遠乗りとても楽しかったよ。」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったです。」
「持とうか?」
「帽子なんで、かさ張るけれど重くはないんで、大丈夫です。」
「そう?じゃあ、送るよ。危ないからね。」
マルはクラウディオを見た。
「令嬢扱いしないでください、昼間の帝都で侍従のお使いです。護衛はいりません。それにお仕事中でしょう?」
「司祭を送り届けていたんだよ、もう終わり。」
「戻って報告するんじゃないですか?」
「僕は団長だからね、報告書は作らないよ。提出してもらう側。もう、第二団にはさきに帰ってもらったしね。」
「でも送ってもら、わっ、」
そこでマルは段差につまずいて、バランスを崩し、しかし、一歩前に出した足で踏みとどまった。
「クラウディオ団長。」
とっさに、マルの肩を掴んで助けようとしたクラウディオにマルは冷たく言った。
「令嬢扱いしないでください。」
「はあ、ごめん。くせというか、何というか、でも、僕は君がレディだと知ってるわけだし。」
「今は動きにくいドレスでも、こけやすいヒールでもないんで、大丈夫です。」
「わかったよ。じゃあ、年長者として、年若い君を送ろう。まだ13才だろう?これも持とう。だって君はまだ13才だもの。」
そう言って、クラウディオは帽子箱をひょいとマルから取った。
「わあ、感じ悪い。」
「ね、いいだろう。僕もブランシュ邸に顔を出す口実になるしね。ケイトはもう帰ってきた?」
「なんだ。ケイト様に会いたいんですね。そういう事なら送ってもらいます。ケイト様は今日はお屋敷でゆっくりされてます。」
2人で連れだって、ブランシュ邸へ帰り、マルはクラウディオをケイトの執務室へと案内した。
「マルから聞いたよ。ターゼン邸で会って、全然気付かなかったんだって?」
ケイトは開口一番、そう言った。
「あんまり可愛かったからね。」
「ふふ、そういえば、最初の出会い以来、マルのドレスを見てないから私も分からないかもな。」
「とても愛らしいよ。」
クラウディオのその言い方に、ケイトは、おや?と思った。
「それにしても、ローレンス領に帰ってたなんて、珍しいな。あそこには今、公爵がいるんだろう?」
「うん。帰った理由は、いつもの縁談話のせいだよ。」
「久しぶりだな。最近は公爵もあきらめたようだったのに。どこの令嬢だ?」
「うーん。」
「ラウ?」
「いや、これを君に伝えに来たんだが、相手はマルだったんだ。」
「え?」
「今回は父の手回しじゃなくて、ちょっと変わった経緯なんだよ。」
クラウディオはケイトに婚約の打診があった経緯について話した。
「そういう訳で、まだ話として正式に申し込みがきたものでもないんだ。マルは何も知らないと思う。」
「いろいろ驚く所がありすぎて、頭が痛いな。釣り?公爵が?」
「それは僕も驚いている。」
「しかも、友人からのなんの利益もない婚約を?」
「いや、あの人、何て言ったと思う?」
クラウディオの゛あの人゛は公爵のことだとケイトは知っていた。
「ターゼン侯はよい友人だから、お前を任せても安心だって言ったんだ。」
「大丈夫か?」
「いや、かなり変だった。まあ、あの人のことはいいんだ。」
「マルのことかな?」
「うん。父上には、話を進めてもらってもかまわない、と伝えてきた。」
ケイトは口笛をふいた。
「君はいつも、恋について話してくれないのにな。」
「君は惚れっぽい上に、オープンすぎるんだよ。」
「なぜ、今回は話してくれたんだ?」
「話が進むなら、君は一番の友人だから先に話しておきたかった。そして君はマルのことをずいぶん気にかけているから。」
「正直、結婚という形でマルを手に入れるかもしれない君にちょっと嫉妬するな。うちに養子で迎えられないか考えたことがあったんだ。」
「思ってたより、ずっと執心なんだな。」
「ちょっと、昔の縁もあってね。でもターゼン家の事情で難しいとなった。それなら、マルにとって良い縁を探してあげれたら、と思っていたんだが、、、君かあ、考えてなかった!」
ケイトはそこで笑ってしまった。
「僕にとっては、都合がいい話なんだ。もちろん、進めてみようと思ったのはそれだけじゃないけど。」
クラウディオは少し顔を赤くしながらそう言った。
「そうだな、君が好きそうなポジションだ。マルも君なら喜ぶと思うよ。」
「喜ぶかな?」
「君に好意は持っていると思う。人として。」
「婿養子に、というならかなりの優良物件なんだけどな。」
「ふふ、ローレンス公爵家の三男なんて、素晴らしいな。私にできることはあるかい?」
「とにかくそっとしておいてくれ。」
「マルには伝えないのか?」
「話が進みそうなら。」
「君の気持ちだけでも伝えては?」
「いや、きっと好きになるだろうけど、今はまだ混乱の方が大きいからやめておくよ。」
「まどろっこしいな。」
「君の思い切りが良すぎるんだよ。」
「大丈夫か?私が言うのはなんだが、マルが愛しているのはこういうタイプだぞ。」
「はあ、君に勝てる気はしないなあ。」
「私も負ける気はしない。ところで、ラウ。」
「なんだい?」
「何年も前からのヒューゴをうちの養子にという話なんだが。」
ヒューゴはクラウディオの弟で、ローレンス家の四男だ。
クラウディオは父と長兄のラルフが、クラウディオと次兄ブラットのケイトへの婿入れを諦めてから、弟のヒューゴを養子にと何度も打診しているのを知っていた。
「ああ。」
「検討しようかと思う。」
「急にどうしたんだ?」
「急でもない。私は結婚しないだろうからいつかは養子を、と思ってはいたんだ。マルを養子にと考えてみて、そういう時期かなと。」
「結婚はしないのか?」
「しないだろうなあ、今まで、侯爵家の家事を任せられるな、と思った男はいなかった。」
「君の男の趣味が悪い。」
「ひどいな。」
「いいや、いつも思っていたんだ。年下の愛玩動物みたいな奴ばかりじゃないか。」
「可愛い男が好きなんだ。」
「はあ、ヒューには手を出すなよ。」
「14才に手は出さないよ。もちろん気に入ってはいるが。」
「14才は年が近すぎるとも言ってただろう。」
「それは、家督を継がせる場合の話だ。ヒューは爵位にこだわりはなさそうだから、ヒューの子供の成人を待って継がせてもいいと思ってね。」
「兄さんには伝えたのか?」
「休暇の前に少し話した。近いうちに発表して、正式な手続きは来年、アカデミーを終えてからでいいと思ってる。」
「具体的に進んでいるんだな。」
「うん。今度君とヒューで遊びに来てくれないか。マルと引き合わせておこうと思ってるんだ。」
「マルと?どうして?」
クラウディオの眉が少し動く。
「そんな警戒するなよ。未来の義理の息子と対面させておくだけだよ。」
「ヒューは、昔から女の子に対して油断できないやつなんだよ。」
「君もだろう。大丈夫だよ。ヒューには侍従として紹介するし、マルはなびかないよ。」
「そうだろうな。そうだろうよ。」
何だか、やるせない気持ちでクラウディオはそう言った。




