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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

必ず殺す! 異世界幼女折檻屋さん稼業 オミクロンに怯える庶民を食い物にする悪党を成敗なんですう

作者: 無法地帯

幼女がテンテン手鞠をついて

跳ねる手鞠は人の情

憤懣やる方無いこの世の悪に

せめて抗い報いてやろうと

手鞠はテンテン跳ね回る

悪い奴等は必ず殺す

三人幼女の殺し屋稼業

 此処は異世界。日本の江戸時代に良く似たオエンドランドという世界。其処に住む定町廻り同心の幼女、小村オンドちゃん(五歳)は冴えない万年ヒラ同心。あっ、でも髷は結ってませんよ、可愛らしいオカッパです。そんなオンドちゃん、今日も今日とて上役からお小言を頂いているみたいです。


「小村さん、なんですか、この書類は。新卒の新人でも、こんな間違いはしませんよ」

「だってえ、五歳ですもん」

「……」

「ふええ……。私まだ五歳なのに、筆頭同心のオジちゃんが苛めるよう……」


 まあ五歳ですから、叱られて泣くのも致し方ないでしょう。何で五歳で同心やっているのかとか、そんな疑問には「異世界だから」「だってそういう世界だから」としか言いようがないですね。


 泣かれて困った筆頭同心の中田様。慌ててオンドちゃんを宥めます。


「ああっ、もう泣かない泣かない。ほら、飴を上げるからパトロールにでも行っておいで」


 中田様、パトロールを気分転換の散歩程度に考えてます。筆頭同心をしてこの認識。長く続いた平和に、オエンドランドの住人達のユルユルな太平楽さが見てとれますね。


 奉行所の門を潜って外に出たオンドちゃん、まだグズグズと泣いていましたが、ニ町程歩くとケロリとして貰った飴玉を口に入れました。


「けっ、一文のコーラ飴か。しけたモン寄越しやがって」


 おや?


「書類の不備? 上司のハンコの方に傾けるように押印するなんて、提灯持ちみてえなマネが出来るかっての」


 おや、おや〜? オンドちゃん、素は随分なすれっからしです。結構な猫っかぶりみたいですね。

 オンドちゃんはブツブツ文句を言いながら表通りに入って行きました。すると荷車は行き交うわ、商店の呼び込みの声は響くわ、大層な賑わいです。道中にまで屋台を出してる人がいます。串焼きを売っているその屋台にチョコチョコと寄って行き、アラサーくらいのオヤジに向かって声を上げるオンドちゃん。


「困りますう。これは道路交通法違反なんですう」

「こ、これは八丁堀の旦那」


 オンドちゃん達同心はオエンドランドの八丁堀という町に居宅を構えてます。だから街の人達は同心を「八丁堀の旦那」と呼ぶのです。

 なんか凄え日本の江戸時代と似てる、似過ぎ、と思った人。それはあれです。異なる種族の鮫とイルカが同じ様な体型になっていく、収斂進化ってヤツと同じだと考えて頂ければ、自ずと納得もいこうというものです。


「すんません。女房に流行り病の緒巳苦論(オミクロン)のワクチン射ってやりたくて、稼がにゃならんのです」

「えっ〜、皆んな緒巳苦論(オミクロン)、緒巳苦論って。最近はそれを言えば何でも許されると思っているんですう」

「へえ……、すんません」


 シュンとしょげかえる串焼き屋のオヤジ。オンドちゃんはそれを横目で見ながら着ている黒の紋付き羽織の袖を持ち上げました。


「そこはまああれですう。地獄の沙汰もなんとやら、ですう」


 オンドちゃんの台詞にオヤジはパッと顔を輝かせた。売り上げの中から四文銭を五枚掴むと紙に包み、彼女の袖に滑り込ませます。


「あれあれ、そんなつもりじゃなかったんですけどぉ……」

「まっ、そう言わず」

「そうですか? じゃあ、遠慮なくですう」


 空々しい演技をしながら袖の下を受け取りました。


「なんかあったら八丁堀の小村の名を出しても良いんですう。相談に乗るんですう」

「へ、へえ」


 オンドちゃん、貰うだけでなくアフターケアーもそれなりにするみたいです。だからといって袖の下を貰っていいとは思えませんが……。


 そんな事を繰り返して歩いている内に、正午を知らせる昼九つの鐘が鳴り、徐に飯屋へと脚を向けました。


「旦那、いらっしゃい」


 常連なのかオンドちゃんの顔を見ると、飯屋の女将は子供用の椅子をテーブルにセッティングしました。


「いつものなのお」

「あいよ、目刺しとお酒ね」


 幼女がお酒呑んでも良いの? などという良識派の方がいらっしゃるかもしれませんが、良いんです。オエンドランドの人達は、私達地球人の一千倍肝臓が丈夫なので全然平気なのです。水と変わらないんです。異世界って素敵ですね。


 で、オンドちゃんが目刺しを肴にチビチビやっていると、同じくらいの歳の幼女がやって来ました。髪を筆の様に頭頂部でまとめた特徴的な彼女は、慣れた様子で子供用の椅子をオンドちゃんの座るテーブルの対面に置きました。


「女将、いつもの」

「あいよ、バタピーとお酒ね」


 此方も常連さんらしく、女将は手早く注文品を卓に並べ、彼女もバタピーをコリコリ齧りながらチビチビと……。それを上目遣いで舐める様に眺めるオンドちゃん。


呪い(まじない)、景気はどうだい」


 オンドちゃんに「呪い」と呼ばれた幼女、通称「御呪いの悦(おまじないのえつ)」皆んなからは略して「呪い」と呼称される破戒僧で、主に按摩と骨継ぎで生計を立てております。

「呪い」の悦ちゃん(えっちゃん)はお猪口の酒をクッと飲み干し、ニッと笑った。


緒巳苦論(オミクロン)、緒巳苦論で開店休業状態だよ。だがな……」


 悦ちゃんは身を乗り出してオンドちゃんに耳打ちしました。


「俺達自営業者は幕府から補助金が支給されんだよ。」

「バカヤロウ。お上の補助金で昼間から酒飲んでるヤツがあるか」

「へっ。袖の下で酒飲んでるヤツに言われたくねえな」


 オンドちゃん、一本取られたという顔で悦ちゃんを見て、やがてプッと吹き出しました。


「ははっ、口の減らねえ野郎だ」


 笑い合いながら、二人は暫し酒を酌み交わしました。


「しかし何だな。世間は緒巳苦論一色だな」

「最近じゃあよお、南蛮渡来の値が張るワクチンを射とうと、皆んな眼の色変えて金を掻き集めてるぜ」

「けっ、嫌な世の中だなあ」


 溜息を吐きながら立ち上がったオンドちゃん、テーブルにさっき貰った四文銭五枚を置きました。


「悦、オメエはワクチン射たねえのか?」

「はっ、何やったって死ぬ時ゃ死ぬぜ。特に俺等みてえな……」


 裏稼業の人間はな、という言葉を飲み込む悦ちゃん。


「そうだな」


 オンドちゃんも飲み込み顔で出て行きました。


 オンドちゃんが出て行った後も、悦ちゃんはお銚子を一本ずつ追加しては一人でチビチビやっていました。よっぽど暇みたいですね。




 昼七つになろうかという頃、戻ってきたオンドちゃんは、門の所で奉行所から叩き出される訴人とぶつかりました。


「ふええん。転んだ。痛いよお」

「これは申し訳ありません。小村様」


 ぶつかった訴人はアラフォーっぽい男性で、泣くオンドちゃんを助け起こし丁寧に着物を払ってくれました。なんか良い人っぽいのですが……。


「なんだ貴様、まだ居たのか」


 そう言いながら奉行所から出て来たのは、オンドちゃんの同僚の同心、諸々岡佐助であった。


「諸々岡様。話を聞いて下さい。薬問屋の悪土井屋(あくどいや)の卸しているワクチン。あれは真っ赤な偽物です」

「ええい小煩い。こうしてくれるわ」


 あっと言う間も無く、刀を抜いて訴人の男に斬り付ける諸々岡。かなりの手練れだ。と、オンドちゃんは見ました。


「死体は片付けておけ」


 下人に言い渡し、諸々岡は奉行所に戻って行きます。オンドちゃんはその後を追いました。


「諸々岡さんのオジちゃん。やり過ぎですう」

「小村さん、良いんですよ。同業者を陥れようとする狡い奴なんです」


 先輩なので一応敬語を使っているが、昼行灯と呼ばれるオンドちゃんの意見などマトモに取り扱うつもりがないのが見え見えの態度で、諸々岡は足早に離れて行きました。


 ところで諸々岡は三十路のオッサン。五歳のオンドちゃんが何で先輩なのかというと、これはもう異世界の不思議、永遠の謎としか言いようがありませんね。




 一方、漸く居酒屋から出た御呪いの悦ちゃんは、フラフラと街中をうろついて、馴染みの遊女を構ったりしながら、寝ぐらの大仏長屋に帰って来ました。

 で、自分の家に入ろうとすると隣の家から「故人におかれましては〜」というスピーチの練習をする声が……。悦ちゃん隣の家の戸をカラリと開けます。(長屋だから引戸なのですね)


「精が出るな、葬祭ディレクター屋」

「薬問屋正直屋の旦那が無礼打ちにされた。その葬式の練習だ」


 葬祭ディレクター屋と呼ばれた幼女、通称「葬祭ディレクターのお嬢」精悍な顔をした彼女は振り返りもせずに答えました。


「何でまたそんな事になったんだ?」

「粗悪なワクチンを商っている悪土井屋の非道を訴えに行ったら、逆に斬られた」


 ふーん? と聴きながら悦ちゃんは疑問を感じていました。訴えに行っただけの人間を斬るなんて、なんぼなんでも乱暴過ぎるんではないか、と。


「これだから役人は信用出来ない」


 理不尽な仕打ちに対して全身から怒りを滾らせているお嬢。彼女は五歳のオンドちゃんや悦ちゃんより年下の三歳。悦ちゃんは「若いな」と思うとともに、その若さ故の純粋な正義感を眩くも感じていました。


「変な気ぃ起こすなよ」


 お嬢が暴走しないよう、一応釘を刺しておく悦ちゃん。


「…………」


 お嬢は未だ憤懣やる方ないという表情でしたが、悦ちゃんの言葉には小さく頷きました。




 お嬢の家を出ると、ちょうどお向かいの住人が戻って来ました。昼間オンドちゃんに袖の下をせびられていた、あの屋台の串焼き屋さんです。


「儲かってるみたいだな、八さん(はっさん)


 串焼き屋さん、本名は八五郎といいます。長屋仲間の悦ちゃん達は彼を八さんと呼んでいました。


「悦っつあん。やっと女房にワクチン射ってやれそうだよ」


 八さんは心底嬉しそうに微笑みました。あまり身体が丈夫じゃない奥さんをとても大切にしているのです。


「おうおう、当てられちまったな。俺は今日も寂しく一人寝だってのによ」


 悦ちゃんの軽口に「テヘヘ」と頭を掻く八さん。二人はその後それぞれの家へと入って行きました。




 その頃のオンドちゃん、帰宅したばかりですが随分ご機嫌斜めです。一時帰宅した後晩御飯を食べたら、また夜廻りをしなければいけないからです。


「えっ〜、今日のオカズはお吸い物とお新香と塩しかないのお」


 オンドちゃん、あからさまに不満そうです。


「月末ですからね。辛抱して下さい、アナタ」


 一つ年上の奥さん、凛ちゃんが申し訳なさそうに言いました。


「お婿様、ホントにごめんなさいね」


 十八歳のお姑、(せつ)もいたましそうに目を伏せました。


 この二人、決して婿イビリなどするタイプではないのです。むしろ大黒柱であるオンドちゃんを立てて、大切にしています。今だって、オンドちゃんの膳の上にだけ、せめて好物の甘い物を上げようとチ○ルチョコが一つ置いてあります。ただその少し……。


「まあアナタ、ホッペに米粒がついてますよ〜」

「お婿様、私が食べさせて上げましょうね。はい、あ〜ん」


 なんというか、物凄く過保護なのです。家に居る間は猫っ可愛がりにオンドちゃんを甘やかし、辟易するくらいなのです。


 ところで、なんで五歳の幼女が六歳の幼女のお婿様なのか、などという疑問を持っちゃった方。何度も繰り返しますが、それはこの異世界、オエンドランドの習わしだからだとしか言いようがないのです。諦めて下さい。


 不満を漏らしながらも、全部たいらげたオンドちゃん。チ○ルチョコを口に入れながら立ち上がりました。


「今日はこれからもう一働きして来るんですう」

「あら、お可哀想に。せめて行くまで私が抱っこして温めて上げますわ」

「あ〜ん、お婿様。私もギュッとして上げます。ギュッと」


 二人の激しい愛情表現から這々の体で逃げ出すと、オンドちゃんは夜廻りへと向かうのでした。




 暫く色街の辺りを流していたオンドちゃん、路地裏にある夜泣き蕎麦屋の屋台に入りました。


「いくら月末だからって、あんな晩飯じゃ物足りなくて仕方ねえ」


 オンドちゃん、自分の甲斐性の無さを棚に上げて、ブツブツ文句を言っております。


「かけ一つ」

「へーい」


 注文してから席に座ったオンドちゃん、カウンターがアクリルの板で仕切られているのに気付きました。


「なんですのん? これは。狭苦しいんですう」

「すみません、旦那。ソーシャルディスタンスとかで、こうしないと夜の営業を許可して貰えねえんで」


 オンドちゃんは、ホウッと一つ溜息を吐いて、出された蕎麦を啜りました。そもそも今日の夜廻りだって、蔓延防止措置法に違反して亥の刻以降も営業している飲食店を取り締まる為のものなのです。なんとも味気なく息苦しい世相に哀愁を漂わせる幼女一人。


 さてもう一廻りするかと、四文銭を四枚カウンターに置いて立ち上がるオンドちゃん。表通りを歩く同心仲間の諸々岡佐助と、その後ろをつけて行く見知った顔に目を止めて、そっと暗がりに身を隠しました。


「何してやがんだ? アイツ」


 諸々岡をつけていたのはお嬢でした。そしてお嬢の更に後ろをつけるオンドちゃん。諸々岡はやがて街外れの料亭の前で歩を止めました。その彼を睨みながらお嬢は懐に手を……。


「得物を出す気か? あのバカ」


 オンドちゃんは素早く駆け寄ると、諸々岡に気付かれぬよう、お嬢の襟首を掴み、路地裏に引き摺り込みました。


「はっ八丁堀?! 何しやがんだ」

「それはこっちの台詞だぜ。何する気だった、オメエ」


 キッと、オンドちゃんに反抗的な目を向けるお嬢。


「諸々岡を殺す。正直屋の仇を討つんだ」


 若いお嬢の正義の怒りに溜息を吐くオンドちゃんです。


「頭冷やせ。悪いのは諸々岡だけじゃねえぜ、多分」


 その言葉に、お嬢は当惑した顔を向けました。


「どういう事だ?」

「テメエの目で見て、テメエの耳で聞いてこい」


 オンドちゃんはサッとお嬢の懐に手を入れて、彼女の得物を抜き取りました。


「コイツは預かっておくぜ」


 お嬢は不服そうな態度でしたが、身軽に駆け出すと、さっき諸々岡が入って行った料亭に忍び込んで行きました。




「ぐわははは。笑いが止まりませんなあ。ささっ、諸々岡様もう一献」

「主も悪よのう、悪土井屋」


 料亭の天井裏に忍び込んだお嬢が、天井板をソッとずらして眼下に見たモノ。それは諸々岡と悪土井屋、それにもう一人、悪土井屋お抱えの薬師の三人が、笑いながら酒を酌み交わしている光景でした。


「世間の奴等が緒巳苦論に怯え狂い……」

「それに乗じて売れ残りのクズ薬草を……」

「薬師の私めがそれらしく調合してワクチンに仕立て上げる」


 三人はクックッと笑い合った。まるで誰かに解説しているかの様な会話です。天井裏のお嬢も一発でガテンが行きました。


「今日も貧乏人が小銭握り締めてやって来ていたな」

「はい旦那様。今日の奴は運が悪い。調合の時にうっかり毒が少し入ってしまいましてな」

「なあに心配するな。それで奉行所に訴え出て来ても、わしが一刀両断にしてくれるわ」


 怒りにワナワナと震えていたお嬢ですが、その話を聞いてハッと思い至りました。


『そういえば、今日の夕刻、八さんの家にあの薬師が……』


 お嬢が動揺した瞬間、諸々岡がダッと立ち上がりました。


「曲者!」


 抜いた刀の切先は寸分違わずお嬢の潜む所へと……。


 間一髪、刀を避けたお嬢は「ブギャ〜」と鳴き真似をしました。


「なんだマングースか」

「野良のマングースが天井裏にでも住み着いているのでしょう」


 お嬢の絶妙な鳴き真似に見事騙される諸々岡達。なお、この物語はフィクションであり、ましてや異世界の話なのですから、実際のマングースと鳴き声が違うなどと言われても困ってしまう事を予めお断りしておきます。




 料亭を抜け出したお嬢は一目散に大仏長屋へと駆けて行きました。その後を「おい、ちょっと待てよ。年寄りを走らすな」と言いながらついて行くオンドちゃん。しかし時すでに遅く、帰り着いた長屋の八さんの家からは恋女房を失った男の慟哭が響き渡ってました。


 その家の前に立っていた悦ちゃんは、お嬢と、その後ろから追いついて来たオンドちゃんを、クイッと顎で指示して自分の家に連れ込みました。


「成る程なあ……、悪土井屋と同心が組んで……」


 バタピーをコリコリ齧りながら、お嬢の話に頷く悦ちゃん。オンドちゃんも話を聴きながら「そんなこったろうと思った」と、呟いています。


「で? オメエはどうするつもりなんだ?」


 鋭い目付きでオンドちゃんはお嬢を問い質しました。


「やってやる。アイツ等全員……」

「おう、ふざけんな。依頼人も居ない。銭も貰えねえのに殺しなんかできるか」


 お嬢の返事に間髪入れず反駁するオンドちゃん。その様子を見ていた悦ちゃんが静かに口を開きました。


「お嬢、俺等は正義の味方じゃないんだ。オエンドランド中の悪人を殺して廻ってたらキリがないだろう?」


 悦ちゃんの正論にお嬢は悔しそうに項垂れました。殺しはあくまで商売。お金が動く時にしか、オンドちゃんも悦ちゃんもお嬢も、その力を振るう事は出来ないのです。


「これは当分預かっておくからな」


 オンドちゃんはお嬢の得物を持ったまま、その場を立ち去りました。




 夜廻りから帰って来ると、帰宅を待ち兼ねたかの如く、嫁の凛ちゃんと姑の雪が飛び出て来ました。


「まあまあアナタお帰りなさい」

「あらお婿様、少々元気がありませんわね」


 騒々しくも甲斐甲斐しくオンドちゃんの世話をやく凛と雪。時々ギュッと抱き締めたり、頬をスリスリしたりしながらなので、着替えも一向に捗りません。


「ホントに元気がありませんわね?」

「緒巳苦論じゃないでしょうねえ?」

「母上、緒巳苦論にはピーマンが良いらしいですわよ。アナタ、明日のお夕飯はピーマン尽くしにいたしましょうか?」


 ピーマン! オンドちゃんがこの世で最も忌避している食べ物です。


「違いますう。ちょっと疲れただけですう。緒巳苦論なんかじゃありませーん」

「でもアナタ……」

「お婿様……」


 オンドちゃんが言っても心配そうに見詰める二人。


「大体、緒巳苦論にピーマンが効くなんて迷信なんですう。ピーマンで治るなら製薬会社は皆んな倒産ですう」


 なんとかピーマン地獄を逃れようと強弁いたします。二人は不承不承という感じで引き下がり、なんとか回避出来たかと、オネムの床に着くオンドちゃんでした。




 翌日、奉行所に出勤したオンドちゃんですが、上役の中田様が何やら浮き浮きで諸々岡を褒めてます。


「諸々岡さんは今月の検挙数ナンバーワンです。皆さん、見習って下さいね」


 へっ、ケッタクソ悪いと目を背けたオンドちゃんを素早く見咎めました。


「ちなみにドベは小村さんです。小村さん、宴会部長だけでなく、仕事の方にも力を入れて下さいよ」


 衆目の中吊し上げを食らったオンドちゃんは益々面白くなく、早々にパトロールへと出かけて行きました。




 いつもの様に袖の下(おこづかい)を貰おうと、賑やかな表通りへとやって来たオンドちゃん、でも何やら今日は変な具合に皆んなザワザワしています。


「どうしたんですかあ」


 オンドちゃんが可愛らしく小首を傾げながら寄って行くと、皆んなが道を開けて行き、その中心には串焼き屋の八さんが……。彼は屋台を出しているのに何も焼かず、呆けた様な表情で立ち竦んでいました。なんとも言えない異様な雰囲気です。こりゃいかん、とオンドちゃん。彼の手を引っ張って裏道へと連れて行きました。


「オジちゃん、どうしたですかあ? 今日は奥さんのお葬式じゃあ……」

「小村の旦那あ、待ってやした。わたしゃね、私はもう今日限り此処で商いは出来ねえんで。今日が最後のチャンスだったんで。会えて良かったあ」


 何言ってんだコイツ、頭いかれちまったのか? と訝しんでいると、いきなり小判の入った包みを渡されました。


「旦那、このオエンドランドには晴らせぬ恨みをお金で晴らしてくれる人達が居ると聞きました」

「……」

「旦那、その人達にこのお金を渡して下さい。私と女房のうっ恨みを……」


 八さんの懇願にオンドちゃんは真面目な目で応えました。


「でもオジちゃん、こんな大金どうしたの?」

「身売りをしたんでさ。私は明日から金持ちの男色の御武家様の男娼に……」


 金持ちの男色の武家の男娼になった?! あまりの急転直下の展開に、流石のオンドちゃんも「へ、へえええ」としか言葉が出ませんでした。




 その夜、オンドちゃんは何時も裏稼業のミーティングをする時に集まる町外れにある荒屋(あばらや)のアジトに、悦ちゃんとお嬢を招集していました。


「ほら、お嬢。お前の得物だ」


 お嬢の眼前に徐に得物を放り投げるオンドちゃん。ギョロッと彼女を睨んでから、お嬢は自分の殺し道具を回収しました。


「どういう風の吹き回しだ?」

「依頼だ。頼み人は串焼き屋の八五郎」


 アジトにある卓袱台にチャランと小判三枚を投じるオンドちゃん。


「八五郎が金持ちの男色の武家の男娼に身を堕として手に入れた金だ」


 悦ちゃんとお嬢はあまりの経緯に身をギュッと堅くしました。


「標的は薬問屋悪土井屋とそのお抱え薬師。そして南町奉行所同心の諸々岡佐助だ」


 三人の幼女の目がギラリと光り、一人一枚ずつ小判を取っては出て行きました。




 夜のオエンドランドを走るお嬢。商店は日没とともに閉店するので、色街になっている一画以外は真っ暗です。その暗闇の中をお嬢はひた走ります。そして着いた所は悪土井屋の屋敷。夜陰に紛れてヒラリと忍び込みます。


 屋敷の中では例の薬師がマッドな調合をしていました。


「ひーひひひっ。人が死なないギリギリの毒物含有量はどれくらいかな。この間は入れ過ぎて殺してしまったからな」


 どうやらこの男、間違えて毒物を入れたのではなく、ワザと混入させたみたいです。


「実験、実験、楽しいなあ。体内の化学反応の全てを知り尽くして、人体マスターになってやるんだー」


 …………。あまり関わり合いになりたくないタイプのマッドサイエンティストみたいですね。


 薬師の狂騒状態を天井の梁から見下ろしていたお嬢は、懐からハンドマイク二本を取り出しました。声を吹き込む部分の丸いヘッドケースを外すと、キリキリキリと音を立てて二本を連結します。カチッと音が鳴ると両端から刃が飛び出ました。カッコいい、ツインブレードです。


 得物の支度が調うと、躊躇なく調合台の上に飛び降りました。驚いたのは薬師です。楽しく調合していた毒入りワクチンを蹴散らかして、突然天パーくせっ毛の幼女が現れたのですから。


「誰だお前は」


 と言うより早く、ツインブレードの片方の刃が喉に刺さり声帯を潰しました。


 助けを呼ぼうと立ち上がる薬師。お嬢はツインブレードを引き抜き、間髪入れずにもう片方の刃で心の臓を一突きしました。薬師はガクッと膝を折り倒れます。悪のマッドサイエンティストは絶命したのでありました。


 お嬢は冷徹な目でその屍を眺めながら、得物を分解してマイクに戻すと懐に収め、身軽な動作で再び梁に飛び乗り、天井伝いに外に出て行ってしまいました。




 同じ頃、悦ちゃんは遊廓で馴染みの遊女である小枝と遊んでました。お手玉をしたり、オハジキをしたり……。


 えっ、遊ぶって文字通り遊ぶの? と思った人、そうですよ。だって五歳の幼女ですもん。そんな「しっぽりと……」とか、そんな事するわけないじゃないですか。もう嫌ですねえ。エッチ、エッチ。

 ……、すみません。多少取り乱してしまいました。


 その隣の部屋では悪土井屋が汚れたお金で大盤振る舞いをして、派手に遊んでおりました。


「けひひひひひ。ほらー、皆んな踊りなさい。私も踊りますよ、もう脱いじゃいますよ。げひひひひひ」


 悪土井屋、褌一丁で一分金をバラ撒き大ハッスルです。その部屋に居る遊女達もワアワア言ってお金を拾おうと大騒ぎ。正に狂乱の坩堝となっていました。


 そんな騒ぎを他所に聴きながら、悦ちゃんは小枝に訊ねました。


「オメエはあっちに行かなくて良いのかい?」

「や〜ん、悦ちゃんが来てくれてるのに、あんなタヌキみたいなオジさんのお座敷に行ける訳ないじゃないの」


 小枝は豆菓子をポリポリ齧る悦ちゃんの頬を、愛おしそうに両手で撫でた。


「さあ、悦ちゃん。次はシルバニ◯ファミリーで遊ぶわよ。今夜は寝かさないんだから」


 そんな小枝の様子に悦ちゃんはヤレヤレと立ち上がった。


「あっ、悦ちゃん何処行くの? 逃がさないんだから」

「逃げやしねえよ。ちょっとおトイレ」


 カラッと障子を開けて廊下に出ると、トイレに行っていたらしい悪土井屋が褌一丁でニヤケながら戻って来るところでした。部屋に戻ったら遊女達とどんな遊びをしようかな〜、などと思いながら……。


 すれ違いざま、ゴキゴキッと指を鳴らす悦ちゃん。その右手が吸い込まれる様に、贅肉まみれの悪土井屋の腹へ。


 ボキッボキボキッ、と外されていく悪土井屋の体内の骨。悦ちゃんはスッと手を離し、そのままトイレへ。悪土井屋はフラフラと自分の部屋へ。


 部屋では未だ遊女達が嬌声を上げて一分金を探し回っております。あまりの痛みに声も出ない悪土井屋は布団にドサッと倒れ込み、二、三回ビクビクッと痙攣して、そのまま絶命いたしました。なんせ外傷が無く血も出てませんので誰も彼の異変に気付いてません。


 終わらない遊廓の夜は悪土井屋の死を置き去りに、その賑わいを盛んにしていくのでした。




 そしてオンドちゃんは……、また夜廻りをサボって夜泣き蕎麦を食べてます。今日は遅番だったので、一時帰宅も出来ず駆り出された為お腹が空いているのです。育ち盛りだから仕方ありませんね。


 汁を飲み干して、ハフッーと白い息を吐き出した時、湯気の向こうに夜道を歩く諸々岡を見付けました。


「諸々岡のオジちゃん」

「おう、小村さん」


 不意に声を掛けられて、諸々岡は少しギョッとしました。


「今日も寒いですねえ」

「そうですなあ。冷え込みます」


 話し掛けて来るオンドちゃんに面倒臭そうに応答する諸々岡。彼としては、このウダツの上がらない先輩同心と親交を深めようという気など毛ほども無く、会話をする事すら無駄と思っているのです。


 だが、二人連れ立って歩いているうちに、妙な違和感を感じ始めていました。これはある程度剣の道を極めた諸々岡だから感じ取る事の出来る違和感。隣をチョコチョコ歩いている小ちゃなオンドちゃんは、ホントに無邪気そのものの笑顔を向けているのですが、一挙手一投足に油断のならない凄みを感じるのです。


 と、ふと気付くと、繁華街をパトロールしていた筈なのに、いつの間にか誰も通らない裏路地に誘導されていました。冷たい汗が、ツゥ〜ッと諸々岡の背中を流れ落ちて行きます。


「そうだよ、諸々岡さん……」


 暗闇の中、オンドちゃんの声が静かに通り抜けます。


「アンタの感じている通りだよ……」


 諸々岡は躊躇わず刀を抜き、横薙ぎにオンドちゃんに斬り掛かりました。例えオンドちゃんが受け止めても体重の軽い彼女を薙ぎ飛ばすのは容易。その後二の太刀で袈裟斬りに叩っ斬ってやれば……。


 勝てる。


 勝利を確信した次の瞬間、諸々岡の刀は恐ろしく重い物にガインッと当たって弾かれました。オンドちゃんはウェイトの不利を補う為、自分の刀を地面に刺した状態で諸々岡の斬撃を受け止めたのです。

 ヤバイと体勢を整える間も無く、オンドちゃんの小さな身体が彼の懐に飛び込んで来ました。


「注射して上げますう。ぶっといヤツを」


 止めろ、という言葉が発せられるより先に、オンドちゃんの脇差がズブズブズブッと諸々岡の鳩尾に差し込まれて行きました。


「うぐぐっ。がはっ。」

「もうワクチンも必要ないんですう」

「うがっ……」


 諸々岡は血を吐きながら倒れ、絶命しました。

 オンドちゃんは刀と脇差をブンッと振って鞘にチンッと収めると、振り返りもせずに立ち去りました。




 勤めを終えたオンドちゃんが帰って来ると、凛ちゃんと雪が飛び付いて来ました。


「お帰りなさい、アナタ。お腹空いたでしょ。夕餉の支度が出来てますよ」

「まあまあ、こんなに身体を冷やして。お婿様、火鉢にあたりなさいな。さあさあ」


 相変わらずの猫可愛がりです。で、夕餉の膳に着いたオンドちゃん、サ〜ッと顔が青ざめました。


「なんですのん? これ」


 膳の上には青椒肉絲、ピーマンの肉詰め、ピーマンと茄子の味噌炒め……。膳の上は差し詰めピーマンカーニバルとでも言うべき様相を呈していました。


「アナタ、緒巳苦論にはやっぱりピーマンです」

「鰯の頭も信心から。信ずる者は救われる。お婿様、ピーマンを食べて緒巳苦論に打ち勝ちましょう」


 二人の張り切った顔を見て、もう食べないで済ます事は出来ないのだと、オンドちゃんは悟りました。目をしっかり瞑って、青椒肉絲を一口パクリ……。口の中に何とも言えない苦味が広がっていきます。


「とほほ。もう緒巳苦論はコリゴリなんですう」

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