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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ボールを抱いて 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ああ、今年もこの時期がやってきちゃった……。

 なにがって、球技大会よ。球技大会。うちの学校、今年は秋に移ったじゃない。近年の夏の暑さに考慮してって話だったけど。

 うう、憂鬱だあ……私ってぶっちゃけ球技、あまり好きじゃないのよね。


 ――女子屈指の身体能力があるのに、もったいない?


 ああ、つぶつぶは私のプレイを見たことないんだっけ? 体育で球技をやるとき、いつも男子と女子に分かれているから、知らなくてもおかしくないか。

 女子の間じゃ、ひどいもんよ。ひとことでいえば、「せめて手足を出せ」ってところ?

 バレーとかじゃ、コートぎりぎりに入るスパイクとか絶対拾えないし、サッカーやバスケなんかワンタッチパスかシュートばかり。ドリブルと縁のない試合運びばっかよ。

 これがテニスや卓球ならまだマシなんだけどね……どうして今年は、それらがないのかなあ。先生方、どうにかしてよお。


 ――え? 嫌いになったルーツに興味がある?


 うーん、昔の体験が大きいかな。それまでは、むしろボール遊び大歓迎だったのよ。

 そのときの話、聞いてみる?



 私の通っていた小学校では、一時期ドッジボールが大流行していたわ。

 男女問わず、特に苦手という人以外は休み時間になると、グラウンドのあっちゃこっちゃに、足で線を引いたコートが作られてね。ボールを当てたり、当てられたりの大騒ぎだった。

 私はもう、ばしばし取る派だったわ。正面からなら、クラスの誰が投げたボールでも受け止める自信があった。

 足元を狙われても、うまいことリフティングの要領で浮かせて、地面へ着く前に自分でキャッチする、そんなセルフ・アシストキャッチも心得ていたから、変な回転でもかかってない限りは平気。

 私をしとめるには、外野による背後や側面からの攻撃しかない。でも生半な連携じゃ、私にボールを渡すだけ。

 いわゆる無双状態ってやつ? 私に対抗できる相手は数少なくて、私が入るチームの相手には、必ずそれらの好敵手がひとりが入ることが、暗黙のルールになっていたわ。

 

 で、小学校の高学年になって、女っぽさや男っぽさの知識をつけてくると、こすい奴が出てくるのよ。

 やれ、女子が胸でボールを受けるとおっぱいがへこむぞ。腹で受けると便秘になるぞ、だのの脅し文句。それを狙うかのように、剛速球を投げてくる男子陣。

 女子の大半はすっかり及び腰。最初から外野を志望する子が殺到して、士気はがた落ちよ。

 私にとっちゃ、侮辱以外の何物でもない。女子をなめるのもたいがいにしろと、内野に残り続けていたわ。誰も頼んでいないのに、あたかも自分が女子代表であるかのように、ぼこぼこ相手内野をしとめていく。

 そうして、たいていは私と誰かの一騎打ち。お互いの体力と精神力のどちらが尽きるかの勝負。私自身は熱かったけれど、強烈な球を投げることのできない、外野のほとんどは退屈だったでしょうね。

 

 

 その日も、昼休みのラスト3分は私とひとりの男子の勝負になったわ。

 好敵手の中でただひとり、サイドスロー気味に投げてくる相手で、あまり得意じゃない。

 ボールに回転がかかって、ヘタな触り方が即アウトにつながる。がっしりと、正面から抱きとめるしかない。

 お互い、すね狙いのライナーで甘い球待ち。幾度も土でこすった球は、どんどんほこりをかぶっていく。

 外野からの奇襲をいなし、とどめを刺さんとお互いの投球に体重を乗せていく。

 

 また一発。みぞおちに向かって飛んでくる球をキャッチ。

 ほとんど身体を「く」の字に曲げて、飛び上がりぎみに受け止める私の姿は、はた目には女らしくないらしい。男子が剛球を止めるのと、ほぼ同じスタイルみたいだから、


 ――なんだって構わない。負けるよりずっとマシだ。


 がっちり抱え込んだ球は、急速に回転を失っていく。その回りが完全に止まる直前。

 ちくりと、胸がいたんだ。虫ピンでつつかれたような小さいものだったけれど、それがいくつもいくつも、一緒に。


 ――あいつ、投げたボールに小石を張り付けて……!


 偶然か、故意かなんてわからない。でも勝負においては、後者だと思った方が、力が入る。

 足元を狙った私の球を、たまらずあいつはかわす。転々とコート外に出たボールに、外野のみんなが反応。すぐさま一投をほどこしていく。

 結局、昼休みいっぱいで決着がつかず、私たちは教室へ引き上げたけれど、私はまだ痛みの続く胸を、軽くさすっていたわ。



 次の時間は体育。

 女子たちが教室を、男子たちが廊下を主な着替え場所とする中、私は珍しくトイレの個室へこもった。

 体操着を着るとき、あらわになった胸元。その肌の上に、明太子の粒を思わせる赤い斑点が、いくつも集まって浮かんでいたの。

 見下ろしていて、ぞぞぞっと首の後ろの毛が逆立ちそうだった。

 指で触っても違和感がない。爪でこすっても、なんの起伏も引っかからない。皮の下に集まった赤い点たちは、たとえ白くなるほど表面の皮膚をこすって塗りつぶしても、ほどなく色と形を取り戻してしまう。

 結局、体育が終わっても、家で身体を洗っても効果はあまりなくて、時間の経過に任せるよりなかったの。


 そのときは、一回こっきりだと思っていた。

 実際、翌日以降のドッジボールで同じようなことは起こらず、私は変わらずに内野の鬼として、ぼこぼこ球を当てていったの。

 毎度毎度、ボールを受け止めた箇所を確かめても、あの奇妙な腫れはない。ひと月ほど経つと、のど元過ぎればなんとやらで、あの時のことはすっかり忘れてしまっていたの。

 そして、体育はバレーボールへ移る。小学校ということもあったのか、うちの学校はチーム分けに男女の別はない。

 飛んでくるボールへの反応は、ドッジボールで慣れている。サポーターもないのに、全力で床へ滑り込んでいくレシーブで、私は何度も失点の危機をしのいでいったわ。


 で、授業の終わり間際の最後の試合。

 ローテーションでコート後方に控えていた私は、ちょうど正面から相手チームのスパイクを受けた。

 前衛のブロックをすり抜けたけれど、角度はやや甘い。アンダーで受けるには高く、腰を落としながらオーバーハンドに構えたところで。

 回転するボールの表面から、カッターの刃らしきものがせり出すのが見えたの。

 川の字に3本。私の手に触れる寸前に現れた刃は激しい回転に合わさって、一方からしか生えていないにもかかわらず、もはや全面から出ているような残像を浮かばせている……!


 かわせた、と思ったけれど、左手のひらに痛み。

 いきなり、身体を開いてボールを見送る私に、「え?」と戸惑いを見せるみんな。けれどもその視線はすぐ、ボールの方へ注がれた。

 黒板をこするような不快音とともに床へ落ちたボールは、確かに固まっていたわ。そのそばに引かれたラインに、何粒かの血のりを残しながら。

 ボールにせり出した刃は、飛び出たまま。三本の刃は、コンセントプラグを差す穴のように床をえぐっていたのよ。ついでに私の左手のひらを、裏の甲まで細く貫いてもね。


 いまはこうして傷も後遺症も残さず治って、不幸中の幸いってとこ。

 けれども、私がケガしている間、スパイクを打った子には悪いことをしたわ。

 あのうろたえぶりと、私への心配の具合。そして落ち込みよう。少なくとも、私には演技とは思えなかった。

 でも周りがそう思うかは別。証拠はないけれど、たぶん私の友達があの子のことを、犯人であるかのように触れ回ったんじゃないかしら。

 卒業するまで、完全にその子は仲間はずれ状態でね。できる限りフォローしてあげたんだけど、それからもうあの子の顔が晴れるところは見られなかったの。

 


 それ以降、私は球技を避けるようになったわ。

 あのときのようにケガするのが、恐ろしいこともある。でもそれ以上に、ケガをしてしまうことで、誰かに濡れ衣が着せられるような事態なんて、招きたくなんかないもの。



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― 新着の感想 ―
[一言] ヒェッ……! もし、あのボールがドッジボールの時だったらと思うと、さらにゾッとしますね。 ケガは、した本人もその要因を作ってしまった者も、切ない思いをしますね……。 私はドッジボールが大の苦…
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