第八話【 おれはヒーラーだから! 】
アニィが自分の使いたい魔法を使えるようになり、修行が順調に進み……キャロルに修行を見てもらって、間もなく一年という月日が経とうとしている。
その間にもキャロルは、色んな回復や強化魔法をアニィに教えていたが、魔法のコツを掴んだ後、自分から理解して上級の回復系魔法や、強化魔法を扱えるようになっていた。これも一重に、魔力の質の高さ、そして本来の白魔法の才能だろう。アニィの成長の速さには、キャロル自身も心底驚いていた。
アニィなら、きっと…グリムアールのような奇跡のヒーラーになる。
それはキャロルの中で予感ではなく、確信だった。
この世界はある時を境に、回復系の白魔法の難易度が非常に高くなり、それが原因でヒーラー自体が減り…今や絶滅危惧職。
その対策として、ヒーラーが居なくとも、魔力や体力を回復させる優秀な専用薬を用いる事で、何とか事足りるようになった。
同じ白魔法でも、強化魔法は確かに難易度は高いが、回復魔法と比べると習得はまだ可能なもので、また薬では代用が出来ないというのもあり、支援職は強化専門のエンハンサーが主流となっている。
しかし、アニィは回復と強化魔法、両方の才能に恵まれている。それがどれ程、この世界にとって貴重な存在か……アニィほど、ヒーラーの才能に恵まれている者は、キャロルの知る限り、ここ数百年は居ない。
また、アニィのように回復や強化など白魔法の適性がある人は当然少なくない。ただヒーラーを目指しても、回復魔法を習得が出来ない、使えない者が多く……素質はあれどもエンハンサーになるか、黒魔法を使えるようになるか、または魔力を使っての剣や弓での技を身に付け、別の職業になったりなど、後から変わってしまう等のことがほとんどであった。
だからこそ、キャロルはアニィが回復魔法が使えるかの試運転をし…その魔力の質の高さ、また幾らでも魔力が無限湧きする体質と知り、黒魔法を扱うと危険であると判断し、その後に強化魔法も使えるかを確認した。その後、本人の意思としてヒーラーを目指す事には変わらないなら、キャロルは出来うる限りの事をしようと決めた。
キャロルは、アニィを弟子として迎えて、間も無く四年の月日を迎えようとする。
元々アニィは……キャロルの師匠である大魔女クリスが、この世界へ導いた、所謂異世界人。
そして大魔女クリスが、アニィに下した使命……それは、英雄王の第二皇子ことユーシャと、ヒヨリという少女を幸せにする事。
アニィはその使命を果たす為、まずはこの世界の常識やルールを学び、この世に生きる術として魔力の使い方を教えた。それが、結果的にヒーラーとしての才能を開花させたということだ。
ヒーラーの才能に恵まれ、非の打ち所は無いものの、このままアニィを外の世界へ出して大丈夫だろうか、と……最近、キャロルは悩んでいた。
その一番の理由として、アニィは自分を守る術が無い。
黒魔法としての素質がまったく無いわけでは無いが…本来の魔力の質の高さと、底無しに溢れる魔力によって、一番弱い黒魔法でも簡単に一つの国を葬る威力がある可能性が非常に、高い。
かと言って、剣や弓を教えるのは、キャロルには専門外。護身の為に、何か一つ武器を持たせて、技を身につけた方が、とも、今後のアニィについて考えていた。
平和な修行の日々を過ごす内、キャロルはすっかりと忘れていた事がある。
それはアニィが、使命を果たすか失敗するまで、死ぬ事が出来ない身体になっている、という事を……。
そんな時でさえ、世界は常に平等でいようと、運命の歯車は回る方向を変えず、速度も変えない。世界の天秤も常に善と悪が同じくらいの重さでいられるよう、偏る事が無いように監視している。
しかし、アニィが成長する度に、世界の天秤は傾く。善が少しずつ、少しずつ……重くなっていくが、これはアニィ一人が世界のバランスを狂わせているというわけではない。
正しくは、アニィという善の存在とこれから先関わり、運命が変わる者が多くいる。それにより善の割合が増えていく…というものだ。
世界の天秤は、未来までを見据えている……回復系の白魔法の難易度が上がったのも、この天秤が原因であるとも、言える。
どちらかに偏ってしまう……そうなった時、創造主のやる事は、どちらも平等の重さになるように調整する。つまり、今回の場合は悪を増やす。
もし悪の重さに傾くようなら、善を増やす。それの繰り返しだ。創造主は減らす事はしない。勝手に善と悪が争って、減っていくからだ。そうしてこの世界は、成り立っている。
しかし、その瞬間は、いつだって突然だ。
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この世界には、魔王がいる。
けれどそれは一個体としてではなく、マオウという種族として存在する。
スライム、ゴブリン、オークといった魔獣や魔物と同じ扱いとなるが、カーストでは最上位だ。魔獣や魔物の中で、最も頭が良く、魔力も強く、また特別な力を持つ勇者といった人間達にも対等に争える。
このマオウの中から、唯一世界を支配し、征服する事を創造主から許された魔王長が選ばれる……故に、他のマオウ達は、その魔王長の座を常に狙っている。
マオウはこの世界に生きる上で、人間を罪に導く可能性である欲望や感情を元に産まれる……つまり、人間自身の目に見えない負の概念が、マオウそのものである。
感情と様々な欲を持つ人間が生きる限り、マオウは滅ぶことも、尽きることも無い。
マオウは、傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲の七種族に分かれており、同じマオウでも、七種族のそれぞれが力を合わせる事は無い。
互いを魔王長になる為の障害として意識しながらも、マオウ同士の争いはタブーなので手を出すことはしない。自分が魔王長となった時、他の種族同様、馬車馬のように働かせるつもりでいる。
世界を支配する魔王長が倒されてから、次の魔王長が選ばれる。しかしこれも創造主の都合で、すぐに魔王長が誕生しないよう、少なくとも五十年は魔王長とはなれない。
因みにここ最近の魔王長は、傲慢のマオウが占めていたが、数十年前に倒されたところである。
七種族のマオウには、それぞれリーダーのような立場がある。
そのリーダー達が最も魔王長に近く、傲慢王や憤怒王といった名で呼ばれ、一族の代表となる。そのリーダーである期間もまた、魔王長になる為の素質を問われるものとなる。
また、一族の王となれるマオウは、非常に特別なカタチで産まれた場合のみ、その権利を得る。
その権利を持って、マオウが産まれる時。
世界の月は警告するように、真っ赤に染まる。
そのマオウが産まれる時は、いつも突然で、前触れなど無い。最も魔王長に近いマオウが誕生する夜……この世界に生きる命が怯える瞬間である。
どの種族のマオウが産まれるかは、完全にランダムではあり、その特別なマオウを産むのは、悪の神クーロの役目だ。
各種族の居城にて大切に何万年と守られている巨大な花があり、その花は普段は蕾のままでいる。クーロがマオウを産むと、該当する一族の花が咲き、そこに新たなマオウの命が存在している。
今回、選ばれたのは……暴食のマオウだった。
「嗚呼……我らの母なる神、クーロ様……ありがとうございます…ありがとうございます……!」
暴食の花が開くと、すやすや眠る赤ん坊の姿があった。耳は尖っていて、角はこれから伸びていくことを予言するよう、頭皮をぷっくりと押し上げ、背中にもこれから羽根が生えるであろう突起があった。
長年、暴食の一族には暴食王が不在だった。それは十年前、傲慢の魔王長と共に滅んでしまったからだ。その為、暴食王の代理をしていた女性が涙ながらに喜び、咲いた花の中で眠る赤ん坊を抱き締めた。その時に性別は女子だと確認した。
「きっと、あなたは……この世界を血の海に沈め、阿鼻叫喚の常闇に突き堕とす、最低最悪の魔王長になるでしょう……」
そう願いを込めて、腹に暴食王の刻印を刻もうとする。その熱に、赤ん坊は目を覚ました。
赤ん坊の瞳は、まるで夜を照らす明るい月のように金色に揺れていた。
「あぁぁ…なんと美しい瞳……!!これこそまさに、暴食王に相応しい…さあ、さあ…さあ、この世に、絶望の産声を聞かせましょう!!」
代理は感極まって崩れそうになった。そして、見晴らしの良い窓へ、赤ん坊を向けた。
マオウの一族の王、誕生の夜には……特殊な魔法を使って、人々を恐怖に陥れる為の産声を聞かせる。これもまた誕生の儀式の一つだが、その赤ん坊は……遠くを見つめ、泣き出すことは無かった。
その代わり。
一つの国が滅ぶ光と、音を聞かせた。
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……ここは、何処だろう。
荒れ果てた土地。人気が無くて、寂しい場所だ。空が燃えるように紅く、真っ黒な雲が覆っていて……何だか、嫌なところだな…。
キャロルさん、カガリさん…ライム……誰か、誰か……周りを見渡したら……遠くで、何か光っている気がする。あそこに行けば、誰かいるだろうか……そう思って、近づいてみる。
そこにいたのは………大人と子供が二人ずつ、身を寄せるようにして、立っていた。多分、家族なのかな。
王様っぽい男の人に、肩を抱かれている女の人……こっちは、王妃様みたいだ。
そして、その二人の前に立つおれより少し大きい男の子と、隣にはまだ小さい女の子。
「お願いします、あの子の力になってやって下さい」
「どうか、あの子を助けてあげてください」
「あいつのこと、お願いします」
「ゆーにぃ、の、こと…まもってあげて…」
口々にそう言われて、おれは頭を下げられた。
何を、お願いされてるんだ、おれは。なんだか、夢にしてはやけにリアルな気が……。
まったく身に覚えも、面識もない四人の家族は……おれを見て、…優しく微笑んでくれた。けれど、その顔は、泣きそうに見えた。
「……夢…」
目が覚めたら、いつもの天井。
さっきのは夢か?……全然知らない、人達だったな…誰だったんだろうか……。
外はまだ暗い。まだ眠れるな……そう思ったら、月が真っ赤だった。
確か寝る前は、緑っぽかった気がする。なんで、あんなに不気味な色をしているんだ。
「ッ、……!」
今一瞬、光った…?
そう思ったら、鼓膜を刺す、耳鳴りみたいな音に耳を塞いでしまった、
「な、なんだ…!?」
なにか、おかしい。
おれは思わずベッドから降りて、キャロルさんのところに向かった。
「キャロルさん、カガリさん…!な、なんか、起きました、よね。今、…外が、……」
「アニィ、さん……」
「アニィたんも、起きちゃったねェ……」
いつも三人で食事をしている食堂に、キャロルさんとカガリさんはいた。カガリさんの顔色がいつもより悪い。キャロルさんはいつになく、真剣な顔をしていた。
「いったい、なにが……」
「ブレイブダムスが消滅したっぽいねェ」
「ブ、ブレイブ、ダムス……?」
「この世界で七番目に大きい国、ブレイブダムス連合王国。すべての勇者の故郷であり、その土地でしか、純血の勇者は産まれないっていう場所だよォ」
「新たなマオウのリーダー誕生と、同時に……ブレイブダムスが滅ぼされるなんて……」
魔王のリーダー誕生…?
勇者の故郷、ブレイブダムスが滅んで……いや、待てよ。勇者の故郷……それ、って、もしかして…!?
「英雄王の国も、そこにあるんですか!?」
「っ、そ、そうね……歴代の勇者が、英雄となり築いた国が数多く存在しているから…」
待ってくれ。それは。
英雄王の……第二皇子…ユーシャって、子が、いる、ところ……、じゃ……。
『お願いします、あの子の力になってやって下さい』
さっきのは、夢じゃなくて……?
もしかして、……いや、でも、そんな……まさか。さっきの人達は、ユーシャって子の、家族…?
嫌な予感と、胸騒ぎに心臓が破れそうになる。汗が止まらない、呼吸が上がりそうになるけど、おれは拳を、つよく握り締めた。
「キャロルさん……ユ、ユーシャって、子は……もう、……もう、いないんですか…?」
「ユーシャ……?英雄王の第二皇子……?なぜ、アニィさんが、その方を…?」
キャロルさんは目を瞑って何処か見ているみたいだ……おれは、今ただ、ただ胸がざわついて、痛い。
『どうか、あの子を助けてあげてください』
あの声が、頭を過ぎる。多分、生きている、生きているから、あんなことをおれに……。
「…その子か、わからないけど……ブレイブダムスに、子供がいるねェ」
「いるんですか!?」
「うん…わずかだけど、生命反応があるね……それに、この子……上級の魔力無効シールドで守られてるっぽい。けど結構弱ってる…」
「っ、……!」
あれは夢で、ユーシャとは関係ないかもしれない。今キャロルさんが見つけてくれた子供は、ユーシャじゃないかもしれないけれど、…でも、……。
『あいつのこと、お願いします』
今すぐに、そこへ行かなきゃいけない。おれはキャロルさんに見上げた。
「キャロル、さん…!おれをそこに連れてって下さい…!!」
「アニィさん……!?」
「ま、まだまだ未熟だけど……おれは、おれはヒーラーだから!助けたい、です!」
『ゆーにぃ、の、こと…まもってあげて…』
救えるのなら、救いたい……もう、あの世界にいた頃のおれじゃない。今のおれは、その力を持ってるんだ。