第七話【 まるでグリムアールみたい 】
魔法の実戦をキャロルさんに見てもらってから、三ヶ月。
もうパフェブルスト・オートリスタを掛けることは無くなったけれど…どうしても、おれの知りたい答えを、見つけたかった。キャロルさん曰く、答えはあるのだろうから。
今日は、キャロルさんの書斎で勉強する時間を作ってもらった。
……書斎とは言うけど、図書館みたいに広い。迷子になりそうだ。
「うーーーん……」
魔力や魔法についての本を何冊か目を通すけれど……難しい言葉回しや複雑な表現が多くて、わかりづらい……カガリさんが、如何に噛み砕いて教えてくれていたことか、と、おれはしみじみ痛感した。
「アニィさん、今日は先生と実戦じゃなかったのね」
「カガリさん!」
カガリさんも書斎にいたなんてっ…!おれはすぐさま駆け寄った。すると、カガリさんの背後に台車に乗せられた分厚い本の山を見つけた。
「それ、全部読むんですか…?」
「あぁ…これは、もう全部読んだわ」
「全部!?」
「まあ、三日は掛かったけれど」
「三日!?」
こ、こんなに沢山の本を、たった三日で…いったいなんの勉強を……?カガリさん、十五歳で既にこんなに頭良いのに、まだ勉強し足りないのか……す、すごい…。
「ど、どういう本を読んでたんですか?」
「魔物や魔獣の生態、特性についての本ね」
「新しい魔獣か魔物でも入ったとか?それで、育て方がわからないとか…?」
「そういうわけじゃなくて、……ええと、その……以前、私にやりたいことがないかって、話をしたの、覚えてる?」
「はいっ。カガリさんなら何でも出来るって思ってます!」
「だから、その……やりたい、こと…できたというか…」
「……それって、もしかして……!」
「うん……私、…魔物や魔獣が好きって、わかったの。だから、ここにいない魔獣や魔物を含めて……色んな子達のこと、知りたくて……そういう職業に、つけたらいいなって」
「いいと思います!おれ、応援します!」
カガリさんは、すごく真面目だし、頭も良いし…こんなに勉強熱心で、魔物や魔獣にも懐かれているし…きっと、カガリさんのなりたいものになれると思う。魔物や魔獣に関する職業……おれの世界で言えば、ブリーダーとか、獣医とかになるけど、この世界じゃどうなるんだろう…。
「うん…がんばるわね……ありがとう、アニィさん」
そう言って、本で顔を隠すカガリさん…照れてるのかな……思わずほっこりした。
「って、す、すみませんっ…勉強の邪魔、して…本、取りに来たんですよね!?」
「そうだけど……こうして、アニィさんと話すの久しぶりだから…もう少しだけ、お話、しない…?……迷惑なら、断っていいけど」
「迷惑なんて!!おれもカガリさんと久しぶりですし、沢山話しましょう!こう、色々と…相談したいことも、あるので…」
「……相談?」
「実は……」
おれは、カガリさんが本を戻すのを手伝いながら、ここ数ヶ月の修行について話した。最初はうんうん頷いて、聞いてくれたカガリさんだけど、途中から本を戻す手が止まっていた。
「ア、アニィさん…パフェブルスト・オートリスタも、使えるの…?」
「…そうみたいです。おれは、使ってる自覚ないんですけど…」
「あの時も、…リスタ・オブ・ディアガーデンも使えていたし……まだ八歳で、そこまで白魔法の才能に恵まれているのを見ていると……まるで、グリムアールみたい」
「グリムアール……?」
「この世界で、初めてヒーラーになった少女の名前よ」
この世界で、初めてのヒーラー。
そう言って……本を戻していたカガリさんが、別の本棚から、一冊の絵本を持ってきてくれた。
タイトルは、グリムアール。
「この世界は創造神クルーツにより、創られた。そして、この世には相対する存在がいた。
それが平和を愛するシャーロと、争いを好むクーロ……対立する相手がいる事で世界のバランスを保とうとしたクルーツは、この二人を善の神、悪の神として定めたの。
シャーロは世界を守る為に勇者を、クーロは世界を壊す為に魔王を生み出した……という…国生み神話があるわ」
カガリさんが開いた絵本は、子供向けの絵、簡単な文字が広がっていた。シャーロと、クーロ…光と影、的なものか?
「この世界はクーロが生み出した多くの魔王に狙われている。その魔王が世界を滅ぼそうとする事で、シャーロが生み出した勇者を始めとする人々は力を合わせて、協力して、魔王を倒してきた。
魔王を倒すという共通した目的を果たす為、数多の試練を乗り越え、人々は手を取り合って、時に愛を知り、友情を育んできた…。
けれど、魔王を倒される度に、悪の神クーロがどんどんと強いものを生み出すから……とうとう魔王を倒せなくなった。そこで善の神シャーロは、魔法を使えるようにした。
シャーロは、この世界に生きる命、産まれる命に、魔法を使う為に必要な魔力を与え、その時人々に魔法の使い方を教える為に、魔法師マーロンを生み出した……このマーロンのおかげで、この世には魔法が広まったと言われているわ」
この世界の始まりと、魔法についての話を、カガリさんが静かに話してくれる。そう言えば、こんなに詳しくではなかったけれど、三年間の勉強の内にも似たような話を聞いた気がする……。
「マーロンは、多くの人々に魔法を伝えていった。けれど、ある日…魔法を教えるには、まだ早い年齢の少女が……マーロンしか使えなかった筈の、難しい白魔法をいくつも使えたの。
少女の住む街では、魔王による疫病に蝕まれていて…少女はただ、苦しむ人たちを救いたかった一心で使っていたらしくて……人々には、その少女が天使に見えたと後にも語られている…。
その少女の名前が…グリムアール」
絵本には、優しく微笑む女の子が描かれていた。その背中には白い羽根が生えている。カガリさんもその少女の絵を撫でた。
「奇跡の少女と呼ばれ、白魔法の才能溢れるグリムアールは、この世界で初めてのヒーラーになった。そして、グリムアールは魔王を倒す為に立ち上がった勇者パーティに加わり……回復と強化魔法でパーティを支え、長年誰も倒せなかった魔王を倒す事が出来たの。
勿論、その時の勇者パーティの戦力も凄かったけれど…ヒーラーであるグリムアールの活躍が目覚ましかったと言われているわ」
グリムアール……この世界で初めて、というだけあって…やっぱりすごかったんだ……それに、回復や、強化って、すごく重要なんだというのも、わかった。
「グリムアールは確か五歳の時に、上級の白魔法が使えたみたいだけど…アニィさんも八歳で、上級白魔法を使えるあたり、次世代のグリムアールって、感じするわ」
「……でも、おれ、グリムアールとは全然ちがいますよ……」
「アニィさん?……あ、すみません。そう言えばお話の途中だったわね…」
「おれ……グリムアールとは違って、使いたい魔法を使えてないんです。しかも習ってない魔法も、使うっていう……それがパフェブルスト・オートリスタとか、リスタ・オブ・ディアガーデンで……。
キャロルさん曰く、おれの魔力がすごく高精度だから、勝手に上級魔法に変えてるんじゃないかって、言ってました……」
「……魔力が高精度で、勝手に魔法を使う…?」
カガリさんも、キョトンしている。
説明したおれも、自分が何を言っているかわからない。
「…アニィさん。良かったら私に強化魔法、かけてみて」
「え!?だ、だめですよ!カガリさんまで弾けたら…!!」
「大丈夫よ、弾けないから」
「あっ、そ、そうですよね……でも、強過ぎる強化は暴走させてしまうって…」
「暴走に関しても、心配無いわ。パフェブルスト・オートリスタであれば、一定時間攻撃力と防御力を常時上げて、回復を自動でする強化だから、私みたいにまだ何の職業につけてなくて、弱くても…少しは戦えるくらいにはしてくれる強化魔法だから」
「それなら…!」
「とりあえず、書斎ではなくて、広いところでしましょう」
「はい!」
カガリさんは書斎から出て、案内してくれた場所…空き部屋なのか、広いスペースに連れてってくれた。
「ここは…?」
「キャロル先生が不在の時でも魔法の練習が出来るようにって、用意してくれたところなの。
一応ここも外と干渉出来ないように魔法の結界が張られているから上、とても頑丈だから……強化してもらうだけだから、特に暴れることも無いけれど」
キャロルさん…用意周到だな。確かにキャロルさんも、いつもいるとは限らないから……けどこういう場所を作るってことは、カガリさんもよく自主練してたのかな。
「いつでもいいわ、アニィさん」
「わ、わかりました……いきます!」
おれはカガリさんへ手を翳して、魔力を集中させる。パルブルストをかけるつもりでいるけど………最近はパフェブルスト・オートリスタを使ってないし、パルブルストとパフェビストばかりだから、大丈夫と思うけど…。
「っ!」
「え、…っ、…?」
カガリさんの周囲が、黒と紫の光る霧のようなものに包まれる…なんだ、これ。こんなの、見たことない、パルブルストをかけたいって、念じたはずなのに!
「カガリさん!」
「だ、大丈夫よ、アニィさん…でも、これ……」
「え、ほ、ほんとに、大丈夫なんですか!?なんか、なんかやばそうに見えますけど…!」
「これは、……多分…でも、まさか……」
カガリさんの周りを漂う霧みたいなのが、すごい毒々しいというか、ものものしい……でもカガリさんは痛がる様子も、苦しんでる様子もないし…。
「アニィさん、私に何をかけたかわかる?」
「えっ、あ…お、おれは、パルブルストをかけた、つもりで…かける予定で……」
「私もね、資料でしか知らないから確かなことは、言えないけれど……多分、黒魔術の威力を上げる、強化魔法のパルディグロ……」
「ぱ、ぱるでぃ…?」
「まるで、私に合わせた強化魔法ね……しかも、パルディグロなら、私の今のレベルに合わせてくれている強化だわ…」
こ、この魔力ぅぅ……なんかすごいのはわかるし、便利かもしれないけど、なんで使い手のおれの言うことを聞かないんだよぉ……なんか、パルブルストよりも、もっといい魔法あるじゃん使えよ、みたいな……おれ、魔力に見下されてるんじゃ……。
「…私、少し気になったのだけれど」
「はい…」
「アニィさんは、呪文唱えないのね」
「えっ」
「例えば、パルブルストを掛けたいのなら…パルブルストと言って、魔法をかけるものだから…」
……なんか、なんだろう。
妹とそういう魔法とか技を使うアニメを見る度に、技名を言いながらっていうの、恥ずかしく感じて……だから、あの時、初めて魔法を使う時も呪文を口にしなかったって言うか…。
「呪文を言うのが、…は、恥ずかしくて……」
「恥ずかしい……うーん、気持ちはわかるわね。でもこれで、少しわかったかもしれない……アニィさんの魔力が、言うことを聞いてくれないんじゃなくて……魔力は自分が何をすればいいのか、わからないのかもしれないわ」
「へっ……」
「魔法の仕組みは…魔力を魔法に返還させて使うというものだけど……そうね。魔力は、色んな魔法という職業になる存在、という考え方かしら」
「職業……?」
「魔力という多くの人達が、色んな魔法になろうとしている。アニィさんが魔法をかける時が、魔力達が職業につく時。
その時に…ちゃんとあなたは、この職業になるのよって、教えてあげる意味で、呪文を言うの。そうじゃないと、魔力が魔法として返還される時、自分が何の職業になるのかわからなくて、自分に見合った魔法になってしまうんじゃないかしら……」
魔力が、魔法に就職するっていう、イメージか…。
つまり……パルブルストと言えば、強化をする仕事の魔法になり、パルディグロは黒魔術を強化する仕事の魔法になる…。
「魔力は無垢なもので……アニィさんみたいに、優秀な魔力もあれば、そうじゃない魔力もあるから、呪文を言ったところで、そうはならないことあるけれど……ちゃんと、自分の役割を言ってあげる必要があるのよ」
「自分の、役割を……」
「……、でも…」
「でも……?」
「いえ、何も無いわ。じゃあもう一度、私に強化魔法を掛けてみてくれないかしら」
呪文にそんな意味があったとは、知らなかった……恥ずかしいことって、勝手なイメージだったな…。
そっか、言うことを聞いてくれないんじゃなくて……わからなかったのか。念じるとかって話じゃなくて……ちゃんと言葉にしてやらなきゃ、いけない。
おれの魔力は優秀?だから、なんかしなきゃって思って、勝手に、ああいう…すごい魔法になっていたのか。
「いきます、カガリさん」
「いつでも、どうぞ」
「…パルブルスト!」
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「パルブルスト、セイコウデス!」
「ふふーん、すごいじゃん、アニィたん。ちゃんとパルブルだけを掛けられるようになってさ〜」
「ライム、モウ、オオキク、ナレナイ、デスカ?」
「ライムちゃんはちっちゃくてもかわいいよ〜。もんだいなーし」
「はぁ、っ…はぁぁ……やったぁ……」
「えらいえらーいっ。まずは第一関門クリアかなぁ」
結局おれ一人じゃ何もわからなかったけど……カガリさんのおかげで……おれは何とか、使いたい魔法を使えるようにはなった。