第五話【 ハジメマシテ、ライムデス!】
「というわけでェ…今回の修行は、この子にお手伝いしてもらいまぁ〜す」
「この子?」
そう言って、キャロルさんは指を鳴らす。するとおれの目の前に、一匹のスライムがぷるぷると揺れて現れた。
「スライム……?」
「うん、スライム。でもうちが改良してるから他のスライムとは違って特別なんだぁ〜。はい、ライムちゃん、ご挨拶ぅ」
「ハジメマシテ、ライムデス!マスター!ライム、ガンバリマス!」
「いいね、やる気満々〜?がんば、がんば〜!」
「しゃべった!?」
「ハイ!シャベレル、デス!ライムハ、エリートスライム、ナノデス!」
「喋れるスライム……確かに、エリートだな……おれはアニィ。よろしく、ライム」
「アニィ!ヨロシク、オネガイシマス!」
地下で飼ってる魔物や魔獣とは、違うんだろうか…?というか、喋る魔物って、初めて見た………スライムって、愛嬌のある顔してて可愛いな。それともこれはライムだけ、か?
「このライムちゃんは、魔法の練習用に改良したスライムなんだァ。試しに強化魔法、パルブルストかけてみ?」
「オネガイシマス!!」
「よ、よし!」
パルブルストは、強化魔法でも一番簡単な魔法だな…!
おれはライムに手を翳す。今度は周囲にではなくライムにだけを意識して、強化魔法を掛けた。
「ム!?ムムムムム!!!アッーーーー!」
するとライムが光に包まれて…ぶるぶる震えながら、叫び……その後、すぐに木っ端微塵に弾け飛んだ。
「ラ、ライムーーーー!!??」
「あっちゃー」
「え、っ、……えぇ!!??ど、どどどど、どう、ししし、死んじゃ、死んじゃった……」
「ライム、シンデナイ、デス!」
「へっ、……?」
粉々に弾けたライムの声がどこからとも無く聞こえたと思ったら、散った欠片みたいなのが集まって、またひとつになって、ライムになった。
「ライム、ビックリ、シマシタ!」
「び、びっくりしたのはおれだよぉ…よかった〜……」
「その子、強い魔法を掛けたら弾け飛ぶよォ〜。でも死なないし、痛みも感じてないからァ、安心してェ?」
「最初に言ってくださいよ!魔法、間違えたのかと、思ったじゃないですか……」
「あは、ごめ〜ん。で、ライムちゃん。さっきィ、アニィたんはパルブルストを掛けたみたいだけどぉ、どうだった〜?」
「ノン!パルブルストジャ、ナカッタ、デス!パフェブルスト・オートリスタ、デス!パルブルストノ、サイジョウキュウノ、キョウカマホウ、デシタ!」
「おれはパルブルストをかけたつもりなのに……って、そそ、そんなのもわかるのか!?」
「魔法練習用のスライムにする為に、自分が受けた魔法や技を分析出来るスキルを覚えてもらったんだァ。
まあ、魔物を倒せたりは出来ないから弱いままだけどォ……こうして欠片が一片でも残るなら何度でも復活出来る上、人語を理解して話せるしィ、ライムちゃんはすごいんだぞォ〜」
「エッヘン!!ライム、スゴイデス!」
「た、たしかにすごい……」
そこまで、魔物を改良出来るキャロルさんがすごいけれど……ライムだって、きっと色々頑張ったんだろうなぁ……思わず、ライムを撫でたらぷるぷる震えて、「エヘヘ!」と言って喜んでくれた。なんだこいつ、可愛いなぁ……。
「それにしてもォ、パフェブルスト・オートリスタか〜。すごいじゃ〜ん、強化魔法専門のエンハンサーでも習得難易度めちゃ高いんだよォ〜」
「そんな名前の魔法は習ってないのに……教えてもらったのも、初級の魔法ばかりで、それしか知らないんですけど…」
「やっぱりアニィたんは、自分が思ってる魔法をかけたつもりでもォ…魔力の質が良いからァ、勝手に上級魔法になっちゃうのかもねェ〜」
しみじみとキャロルさんは腕を組みつつ頷いた。おれは一度触ったら病みつきになってしまったライムをずっとぷるぷる触り続けている。
ライムもライムでえへえへ言って、嬉しそうだし…可愛いし、気持ちいいし……って、こんなこと思ってる場合じゃないのに!!
「あは、ライムちゃんに触ってると落ち着くでしょ〜。それは天然の特性みたいなものだから、どんどん触っちゃって〜」
「ドウゾ!ライム二、サワルト、キモチ、オチツキマス!」
「うん……くせになってる……」
魔物や魔獣はおれに警戒?してか、全然触らせてもらったことないから…こうして触らせてくれるのが嬉しい。ぷるぷる、もちもち…うん、……すごい癒しだ。
「無詠唱、陣無し、魔力を補助して、魔法の威力を高めてくれる為の杖もいらないっていう〜、魔法使いならァ、誰もが欲しがる特異体質だけど、思った通りの魔法が使えないのは不便だねェ……ほんと黒魔法の類が得意じゃなくて良かったァ」
昨日言っていた、大陸をひとつ滅ぼすとか、戦争兵器とか、物騒な文字が頭を過ぎる。思わずおれも震えてしまった。
「じゃあアニィたんに、もんだぁい」
「え?」
「回復や強化魔法は、攻撃魔法と違って安全なのにィ、上級魔法を使わないように、思う通りにコントロールしなきゃならない理由は何ででしょお〜?」
「す、凄い魔法を使ったら、……ええと、やばい人達に見つかるから…?」
「あは、確かにそれもそうだねェ。凄い魔法使えるって事はァ、それだけ魔力がやばいって事だからァ……常に魔王だったり、魔王以外にも悪いことを企んでる人が居たりするわけでェ……そういうのが、アニィたんみたいに優秀な子を欲しがってるんだよねェ。それも正解。けど、他にも正解はあるよォ」
「他に、正解…が、……」
「カガリっちが教えてくれた事に、多分答えがあると思うから、思い出してみィ?」
「……っ、はい…」
カガリさんが、教えてくれたこと。
回復や強化魔法、やっぱりいっぱい回復できたり、沢山強くなれる方が良い……はず。でも、…多分キャロルさんは、すごい魔法を使ったら悪いやつに見つかるから、以外の理由があるっぽい……ううん、んー……どれだ、カガリさんが教えてくれた事の中で、……。
「ヒントはァ、さっきのライムちゃんかなァ」
「さっきの、ライム……?」
「ハイ!ライム、パルブルストジャナクテ、ビックリシマシタ!」
「…………?」
そもそも、どうしてライムはビックリしたんだ。魔法の分析が出来るとはいえ、パルブルストがそれよりも上の魔法で、どんな不都合が……?
パルブルストだと思ったのに、違う強化魔法を掛けられたから、ビックリした……?
『魔法には、適性があります』
ふと、カガリさんの言葉が頭を過ぎった。
「………パルブルストより上の魔法が、そもそも…ライムに合ってなかった……?」
「せいかぁい。そゆことォ」
「えっ」
「ピンポンデス!アニィ、ヨク、ワカリマシタネ!」
「あっ……そうか…ライムには、パルブルストが合っているけど、それよりも上のパフェ……なんとかは、合っていなかった、って、こと?」
「パフェブルスト・オートリスタは、一定時間、対象単体の攻撃力、攻撃と魔法に対する防御力、体力と魔力の回復、この三つを同時に自動でグングン上げていく、ほぼ無敵の強化魔法だけどぉ……まあ、それはそもそも魔物には、使えないからねェ」
「ホンライハ、ライム二、ツカッテモ、コウカ、ナインデス!」
「え、効果が無いなら、何で弾け飛んだんだ……?」
「ライムノ、カラダハ、ツヨイマホウヲ、ウケタラ、コウカハナクテモ、ハジケマス!」
「あ…さっきキャロルさんが話した通り…強い魔法だから、本体に効果は無くても弾け飛ぶのか……今更だけど、あの時はごめんなライム…」
「ダイジョウブ、デス!ライム、ジブンカラ、ハジケテマスカラ!」
「自分から弾けてたの!?おれはてっきり、魔法の練習用に改良されてるって言ってたし……キャロルさんがそういう仕組みにしたのかと……」
「あれれ〜?何気にアニィたんひどくな〜い?」
水属性の魔物や魔獣に、火属性の攻撃、魔法は意味が無くて、その代わり雷属性の攻撃と魔法に弱い、というような一般的な属性相性の話はあった。ただこの話をした時には、おれが回復や強化に特化してるとわかっていたからか、あくまで基本的な知識として教えてもらっていた。
その時に、黒魔法にも相性があるように、白魔法には適性があると、カガリさんはそこを詳しく話してくれた。
回復、強化の魔法は沢山種類がある。
一番簡単、習得しやすい上、汎用性があるのが、回復魔法ならパルヒール、強化魔法はパルブルスト……この二種類は、掛けやすいからこそ誰にでも通用する魔法だ。けれどその効力は誰でも習得しやすいが故に、それほど高くはない。
その二種類よりも更に良い回復や強化をするとなれば、人間専用、魔物や魔獣専用の支援魔法が存在する。
また人間は人間でも、その人自身に合う合わない回復や強化があると、更に細かく分かれている。
強化するものは、魔法か攻撃か。当然、魔法が得意な人には、魔法が強くなる強化の方が良い。
防御をあげるにも、魔法と攻撃に、どちらに対する防御を上げるのか。これもその人自身が魔法に強ければ、上げるのは攻撃に対する防御力だ。
行動力を速めるのも、技や魔法を出す速さ、本人自身の脚力か。
回復させるのは、魔力と体力、どちらか。
纏めて複数人か、ただ一人を強化させる、回復させるのか……などなど。
本当に細かい上に、それを即座に見極めて判断しなければならない時もある。
「ヒーラーッて……結構、大変ですよね…今更、ですけど」
「うんうん、そりゃめちゃ便利だからこそ、大変だよォ。簡単な回復や強化くらいならヒーラー以外でも出来なくは無いし、まあ回復薬とかあるから、必要ないって人もいるけどー……支援に特化してるからこそ、ヒーラーにしか習得出来ない魔法があって、それがパーティを助けるものになるんだよォ。
実はここ数百年の話だけどォ、ヒーラー自体、習得する魔法の難易度がめちゃ高いからァ、この世界じゃ素質は有ってもヒーラーになりたい人って、あんまいなくてェ……けど、居なきゃ困るんだよねェ、ヒーラーって。だからアニィたんが、一人前のヒーラーになったら、きっとめちゃくちゃ大事にしてもらえると思うよォ」
「ライム、スゴイヒーラー二ナッタ、アニィ!ミタイ、デス!」
「わかる〜。うちも見たァい。それにアニィたんの場合は、簡単な回復や強化は、みーんな自動的にげきつよやばたん魔法になるようになってるからァ、難易度高めの支援魔法を習得する為の修行は要らないっぽいしィ。その辺はねェ、超楽だよね〜」
「けど、それが……必ずしもかける本人に効果があるものとは限らない……ですよね」
「うん、そゆことォ。だから、アニィたんはぁ……ちゃあんと相手に合った、正しい強化と回復魔法を使えるようにならなきゃ、だめなんだよねェ。その人に合ったものじゃなきゃ、たまーに暴走しちゃう時もあるからさァ」
「暴走……?」
「そう。例えるならねェ……あんまり食べない人に、強制的に沢山のご飯を食べさせる、みたいな?
もうこんなにいらない、やめてー、食えねーって、でも無理矢理詰められるからァ……その食べたものを消費するために、めちゃくちゃ運動するみたいな感じでェ、暴れちゃう的なァ?」
「そ、そう、いうのも……あるんですね…」
「ヒーラーはねェ、やってる事はお医者さんみたいなことだけど〜……料理人だって、うちは思ってるんだァ」
「料理人?」
「相手がその時一番食べたいものを提供する。その食べたいものっていうのが、その相手にあった回復や強化魔法だねェ」
……キャロルさん、魔力のことも肉に例えていたし、食べることが好きなのかな……。でも、その例えは、すごくしっくりきた。
便利な体質かもしれないけど、そもそもおれは…今後強い強化や回復魔法を覚える必要があるのかな。そう考えたら、この魔力だって高精度?じゃなくても……良い気がしてきた。
「キャロルさん。魔力の質を下げる、みたいなこと、出来ないですかね…」
魔力の質がいいせいで、勝手に上級魔法にしてしまう。じゃあ、それを劣化?質を落とす?みたいな事が出来るんなら、それがいいかなって思ったけど…。
「あは、なーるほどぉ!出来なくはないけどォ、勿体ないよォ。どっちにしろ良いヒーラーになるなら、さっきみたいな、強い回復や強化が使える方が良いと思うよォ」
「で、でも……」
思った以上の魔法が出せずに、勝手に強い魔法になってしまう……そんな言うことを聞いてくれない暴君みたいな魔力を、おれは…ちゃんと扱えるのかな。
「ダイジョウブ、デス!マスターニ、マカセタラ、キット、アニィ、スゴイヒーラー、ナレマス!ライム、イッパイテツダイマス!」
「ライム……」
「アニィ、マスターノ、デシ、デス!ダカラ、ダイジョウブ、デス!ムズカシイ、カモ、シレナイケド、ライムモ、マスターモ、アニィナラ、デキルッテ、シンジテマス!」
「っ……」
ライムの言葉に胸が熱くなって、思わず抱き締めてしまった。顔がぷるぷるともちもちで埋まって気持ちいい…ライムは本当に、エリートな魔法の練習用のスライムだ……!
「アニィ、クスグッタイデス〜!」
「ふふ、モチベ上がってきたかなァ。んじゃ、アニィたん、修行続行だよォ」
「っ、はい!」
キャロルさんと、ライムの期待に応えたい。
それに三年も時間を掛けて、おれに色々教えてくれたカガリさんだって……おれがヒーラーになれるって、思ってくれているんだ。
どんなに大変でも……絶対に、この魔力を思う通りに扱ってやる…!