第四話【 立派なヒーラーにしてあげるかんね 】
おれは、回復と強化の魔法に特化している事がわかった。今回は実戦してみるという事で、キャロルさんが連れてきてくれたのは、無人の野原。
そこでキャロルさんは枯れてしまった木を根っこごと、この野原に用意してくれた。
その木は、回復薬などを作る為に、必要な果実が実る貴重な木。これを回復させてみようって言われた。
それなら…花を咲かせたり、植物の成長を速める魔法……プロスガーデン。多分これでいいと思う。
魔法学で使った資料では、杖とか呪文を使うとかあったけど、杖は無いし……呪文言うのって、なんかちょっと恥ずかしい…。プロスガーデンを使うって事だけ、意識したら使える……よな?
おれは枯れ木に手を翳してみる。初めての魔法……すごく、どきどきする。足元が光って、心地よい風がふわりと流れた、次の瞬間。
「……えっ…」
めきめき、ゴゴゴ、って、物騒な音を立てながら、周りの草木が伸びて、どんどん枯れ木以外の木々も、大きくなって、やがて……あれ、なんで、なんでだ……!?
「わぁお…まじパネェ」
「こ、これって……もしかして……上級の…精霊回復魔法……リスタ・オブ・ディアガーデン…?」
野原が、一瞬にしてジャングルになった。
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キャロルさんの分析によると……。
枯れ木にだけ、回復魔法をかけなくてはならなかったのに、おれはその周辺一帯に広範囲の回復魔法を、掛けてしまったらしい。
その為、元々元気だった草木も合わせて成長しまくり、何ならその周りに生息していたと思われる無害で小さな魔蟲もSランクに成長して…平和で穏やかな野原が、かなり危険なジャングルになってしまった……けれど、あそこまで成長したものを元に戻す方が、その土地に負担があるから、という事で、ジャングルのままにして……キャロルさんは手を叩いて、家に戻してくれた。
因みにキャロルさんの中では、おれの魔法は失敗する予定だったらしい。
あれれ?魔法が使えないぞ?
→ 実は魔法を使う為には、杖や呪文、詠唱、魔法陣が必要なのだ!
→ な、なんだって〜!呪文、詠唱や陣はともかく、杖なんてないよ〜!!
→ しかーし!この私マスター・キャロルがアニィたんの為に杖を用意してました!はい、これでやっと魔法使いの第一歩だね!おめでとう!
という流れで、実は杖をプレゼントするサプライズを用意してくれていた、らしいが……おれは呪文、詠唱、魔法陣、杖も無しに、それだけの魔法を使ったらしい。
「あれだけの上級魔法を使ったのに、なんで元気なの……?何ともない?本当に?」
「はい、大丈夫です…」
また、おれの使った魔法は、何十年と修行して、洗練された魔力で無いと、使えないらしい。
カガリさんの教えてくれた魔法学で、この世界の無機物なものには、命の代わりに精霊が宿っている…水や肥料の他に、その精霊達のおかげで、植物が育つと教えてくれた。
花や草木が枯れるのは精霊が弱っている証拠…そうして、死にかけた自然を回復させ、精霊の力を回復する上級クラスの魔法……それが、先程おれが使った、リスタ・オブ・ディアガーデン…。
更に、それは相当な魔力が消費されてしまうとの事だ。
「キャロル先生、この子……だ、大丈夫なんですか、あの…あの……あれだけの魔法を使ってこんなに元気なら……寿命が削られている、とかじゃ…」
あぁ、カガリさんが目を回している。
混乱させて申し訳ない気持ちでいっぱいだが、おれ自身も何故こんな魔法が使えるのかも、わからない…。
「んー、カガリっちにねぇ、黙ってた事があってェ……まあ確証が無かったから、話さなかった的なぁ?でもこれでェ、はっきりわかったからぁ、改めて教えとくねェ〜」
「な、なんでしょうか…」
「アニィたんの魔力ねェ〜……底がない系なの」
「そ、底が、無い……?」
「うん、魔力底無しィ。今はかなりコントロール出来てるっぽいから、わかんないと思うけどねェ」
「そんな、ありえません……!だって、そんな…気付きませんでした…魔力が底無しなら、すぐわかりますし、…」
「それはァ〜……うちが魔王からの目眩しも兼ねて張ってる結界のせいだねェ」
「キャロルさんの結界って、そんな効果もあるんですか……?」
「本人の魔力には影響無いけどぉ、結界内外の周囲に魔力探知も察知も出来ないようにしてるからねェ……けどアニィたんの場合、最初は魔力抑制なんて方法知らなかったっていうのもあって、うちの結界の中でも、割と溢れてたんだよねェ……まあそれは術者であるうちにしかわかんなかったわけだけど。でもさ、ちゃんと確認するまではぁ、やっぱわかんなかったしィ?だから最初に言わなかったわけぇ」
「じゃ、じゃあアニィさんが、あんな……上級魔法が使えるのは、……?」
「魔力底無しなだけじゃなくてェ〜……魔力そのものの精度がやばいくらい高いっぽいねェ〜。どんな仕組みかわかんないけどォ、杖も呪文も詠唱も陣も無く魔法が使えんのもォ……アニィたん本来の体質っぽいかも」
「た、体質って……あまりに特殊では…」
キャロルさんと、カガリさんの会話についていけていけてないけど……おれは…ちゃんとしたヒーラーに、なれるのだろうか…。その心配と不安だけが胸に渦巻いていた。
「あ、あぁ……すみません、アニィさん…あの、……ええと…」
「カガリっち、いいよお。うちが話すからさ〜。あ、でも〜、うち甘いもん食べたぁ〜い」
「……わかりました、なにか…甘いもの、買ってきます」
「よろちく〜!」
おれに、なにか説明か、質問をしようとしていたのか、カガリさんがおろおろしていたけれど……キャロルさんが、カガリさんに気分転換させようと思ってか、外へ行かせた。
「さーて、と。あのね、アニィたん。単刀直入に言うとォ、アニィたんって、かな〜りやばたんなの。まじで」
「すみません……単刀直入過ぎるというか、抽象的過ぎて、よくわからないんですが……つまり……その。おれは……ヒーラーに、なれないんでしょうか…」
「あ、それは余裕でなれるよォ。けど、今のままじゃ、多分命が狙われるレベル」
「い、命……?ねらわれ、……?」
「カガリっちからも聞いてたと思うけどォ、この世界は魔力がすべてなのォ。
魔法を使えない人も居るけど、魔力の使い道は魔法だけじゃないわけェ。剣や弓を極めんのもォ、技の威力や、色んな技を覚えて使いこなす為にも、魔力が直結してるっていうかァ。
どんな職業につくにせよ、魔力は必要不可欠なのォ……で、君の魔力はァ……他の人と違って、すご〜〜〜く高精度。勝手に上級クラスの魔法を使っちゃうくらいにね。
魔力の精度を上げる事自体は不可能じゃないけれど、そんな簡単じゃなくってェ……寧ろ過酷っていうかぁ〜……」
魔力については……確かに、カガリさんが教えてくれた通りに理解している。でもその魔力自体に、特別なものがあるのは、知らなかった。いつもゆるく、優しいキャロルさんの表情が、深刻なものだから……おれは固唾を飲んだ。
「例えるとねェ……料理かなァ。
極端な話、同じ調味料、作り方で、同じ料理を作るとしてもォ、安いお肉より、高いお肉の方が美味しくなるでしょお。好みはさておいて、味に差があるじゃ〜ん?君の魔力はかなり高級なお肉っていうかァ……だから、普通の回復魔法を使ってもォ、それを余裕で越えちゃうわけェ」
「ど、どうして、おれの魔力が、そんな……特殊って言うか、特別なんですか…」
「え〜、わかんなぁい……それはァ、君がどうこうよりもォ、元々の体質としかいえないんだよねェ……」
「元々の、体質…で、そんなこと有り得ます……?」
「まぁー……こうして実際、そういう体質のアニィたんがうちの目の前にいるからァ、有り得ちゃったねェ。うちの記憶のある限りじゃあ、そういう体質になる為には、大抵禁忌犯した系のやばい人しか居なかったけどォ…」
よくわからないけれど、おれの魔力は……なんかとてつもなく、すごいらしい。駄目だ、自分のことのように思えなくて、話についていけてない。
「しかもォ、そのやばめの魔力が無尽蔵に湧いちゃうのも、やばぁい」
「魔力が、無尽蔵……なの…も、やばい …?」
「んー、まあ、魔力消費せずに魔法使うって言うこと自体はぁ、魔法道具とか、強化魔法で、どうとでもなることもあるけどねェ。
魔力って、体力みたいものでさァ……動き過ぎたら疲れるのと一緒で、使い過ぎたら精神的負荷が掛かってェ…疲れるわけェ。まあ大袈裟な話、死んじゃうこともあるしィ」
「し、しぬ……!?」
「ついでにィ、君があの野原をジャングルにしたあの上級魔法は、ぶっちゃけ瀕死級」
「瀕死級!?」
「それくらい魔力を使う、すごぉい魔法って事ォ……いやぁ、魔力が無尽蔵じゃなきゃ、危うく生死さまよう系だよォ〜。よかったねェ」
魔法って……便利なものだけど、それはやっぱりノーリスクって、わけじゃないのか…。けど魔力に底が無いって言うのは…実質ノーリスク……?
「そ、それで、命を狙われるって、言うのは…?」
「アニィたんのその魔力と体質がぁ、魔王や、めちゃわるな人間とかにバレたらァ、……最悪、捕まって戦争兵器にされちゃうかもォ」
「せ、戦争兵器……!?」
「その勝手に上級魔法使っちゃうくらいえげつなぁい高度な魔力、しかもそれが無尽蔵に溢れる体質でノーリスクなら、余裕でえぐめな攻撃魔法何回も使えるだろうしィ、大陸ひとつ滅ぼすこと出来るよォ」
キャロルさん…話し方はいつも通りだけど、顔が本気だ。目がこわい。……おれの力で、大陸が滅ぶ…?冗談で言って……る、顔じゃないなぁ。話し方はいつも通りなんだけどなぁ……もう、一気に不安な気持ちでいっぱいになってしまった。
「ど、どうしたらいいんですか、おれ、……おれ………そんな大陸ひとつ滅ぼす気なんか無いし…何よりもあの声の人が、与えてくれた使命を果たしたいんです……!」
「わかってるよォ、大丈夫、大丈夫。適性が、白魔法特化なのが、まじ不幸中の幸いだわぁ。……ちゃんと、アニィたんを立派なヒーラーにしてあげるかんね」
「キャロルさん……っ…」
「んま、明日からは、びしばし修行つけるよォ。満足に眠れるのは今夜だけかもしれないから、たっぷり休んでねェ」
めちゃくちゃ優しい笑顔なのに……すごく不吉で不穏な言葉を言われて、おれは背筋が震えた。
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翌日の修行場所はキャロルさんが空間魔法で用意してくれた。真っ白な空が吹き抜けの、資料で見た事のある、周囲を海で囲われている神殿のような場所。此処はキャロルさんの記憶で創り出されているらしい。なんとも、不思議な場所だ…。
ここなら、どれだけ強い魔法を使っても、現実世界に影響されないし、簡単に再生も出来るから、大丈夫らしい。
ゼロから、空間を作り出すという魔法は、すごく難しいし、時間が掛かるって習ったが……キャロルさんは、また手を叩いただけで作ってしまうから、すごいな…。
「アニィたんの、偉いところはねぇ。ちゃーんと魔力を抑えられてるとこォ」
「はい…カガリさんが、魔力のコントロールは基礎中の基礎だと言って、とても丁寧に教えてくれたので」
魔法を始めとして、何をするにも魔力は必要で……だからこそ、自在に操れるようにならなくちゃいけない、というのは、最初の魔法学でしっかり教えてもらった。
まずは最初の第一段階。頭の中で、どんなカタチでもいいから器と、水をイメージして…常にその中には、半分の水を入れてるように。その水というのが、魔力。
これを必ず出来るようにならないと、魔力が常に溢れたままになって、気付けばガス欠みたいになる。魔力はどれだけ持っていても常に半分だけを保つ。
それを、どんな時でも…寝てても、無意識でもできるように。半分のイメージを保てるようになったら……次は器から出して、その水で形を作る事を想像する。
その形というのが、最初の一年間…月一で行ったテストで、頭に残った記号の形にするよう指示された。
こういう…魔力をコントロールする為の自主練?みたいな事を、他の魔法学と併用して、三年間した。
最初は結構大変だったけど……コツを掴んだら、水で作った記号の形が、常に頭に浮かんでる状態になった。
そう言えば、昨日の実戦でも……魔法を使う時に、その使いたい属性の形の記号が自然と浮かんでいたな…。
「カガリさんの教え方が、すごくわかりやすかったんです、だから何の苦労もなく出来ました……なのに、初めての魔法であんなことになるなんて…」
「んふふ〜。そっか、そかぁ。カガリっちも優秀だぁ、さすがうちの弟子だねェ」
……カガリさんは、この基礎やコツもキャロルさんに教えて貰えた事だと言っていた。
なので自分ではなく、キャロルさんがすごいからと言っていたけど……それを、おれみたいな初心者でも出来るように教えてくれるカガリさんは、やっぱりすごいんだと、改めて思う。
「アニィたんには〜……ヒーラーになる為に。まずは、ちゃんと自分が思った通りの魔法が使えるようになってもらわなきゃねェ」
「は、はい!よろしくお願いします!」
「あは、やる気満々〜。いいね、いいねェ」
そしておれは三年目にして、初めてキャロルさんに修行をつけてもらえることになった。