第三話【 ありがとう、アニィさん 】
キャロルさんの弟子になって、早三年。
三年間は、この世界の文字の読み書きを始め、魔法を使える為に必要な基礎を含めて、魔法学というのを教えてもらった。
ただ教えてくれたのは、師匠であるキャロルさんではなく……姉弟子のカガリさんに、だ。
キャロルさん曰く、「うちィ、キソ忘れちゃったからァ、感覚でしか教えられないんだよねェ〜。だからカガリっち、よろちく〜!」らしい。基礎を忘れるとかあるのか。
カガリさん…教えてくれる前は、あれだけ無理無理と自信が無かったのに、実際教えるのが、凄く上手で、わかりやすい。普段話す時はどうしようかってくらいマイナス思考で、後ろ向きだけど…。
カガリさんに魔法学を教えて貰いながら、キャロルさんについても、聞いたりした。
カガリさんが言うには、キャロルさんって、やっぱりすごい魔女で……その実力を見込まれて、魔王から、何度もスカウトされてるけど、それを悉く断って、家ごと何度も引っ越したり、特殊な結界魔法で、魔王の目を欺いているらしい。
また魔女と言っても、ここでは白魔女と黒魔女の二種類に分けられていて…簡単に言うと、白魔女が良い人、黒魔女が悪い人。
キャロルさんは、元々黒魔女で、今は白魔女みたいだ。魔女についての詳細は、文献にもあるみたいだが、すべて諸説あり、と、濁されていて…結局魔女達の中だけしか、そういうのはわからないかもしれない。
そのキャロルさんと、カガリさんはどういう経緯で師弟関係になったのか、聞いてみたら、教えてくれた。
「私の御先祖様に、ただ一人…呪術や黒魔術にどハマりした人が居たの。そのせいで、私の家系は色んな種族に怨みを買ってしまって……末代まで、呪いを請け負ってしまう事になったわ」
「じゃあカガリさんの、そのネガティブな性格も呪いのせいで……?」
「これは生まれつきね」
「あ、はい。すみません」
「……御先祖様は、最期。自分が掛けた呪いの力で自滅…その御先祖様に、呪いや黒魔術を教えたのが、当時、黒魔女だったキャロル先生なの」
「……え?」
「先生は、負い目を感じているみたいで……少しでも呪いの力が薄れるように、長期に渡って私達の一族を影ながら支えてくれていたのよ」
「ちょ、ちょっと待ってください、あの」
御先祖様っていう限りには、……結構前の話なのでは……?じゃあ、今。キャロルさんの年齢って……??
「先生ほどの魔女になるとね、不老なのよ」
「へ、へぇー……」
何を考えてるかバレてしまった……それとも、カガリさんも、キャロルさんに同じことを聞いたんだろうか。
「呪いの効果は、体力、魔力、精力…生きていくのに必要なエネルギーが、どんどん弱まっていくというもので……最終的には、病死や衰弱死を迎えていたのだけれど…こうして私を始めとした子孫を残せたのも、先生が調合した特別な魔法薬が、呪いを緩和してくれたおかげなの」
薬で、呪いを緩和する…?呪いも病気の類ということなのかな……けど聞く限り、なかなかえげつない呪いだけどそれに対抗出来る薬を作った、って、こと……?
「でも、私だけが唯一その呪いを受けなかった。それは私を産んでくれた母が、次に生まれる子が、末代までに掛けられた呪いの耐性がつくように、と、先生に頼み込んで……そういう薬を作って飲んだから、みたい」
「え、すごい……!キャロルさん、そんな薬も作れるんですか!?」
「ええ。けれど、成功した暁には……私を弟子に迎えるって、契約をしたらしくて。それで、私もあなたと同じくらいの年齢の時に、弟子として引き取られたの」
「どうして、そんなことを……」
「これからは私に、その呪術に対する耐性薬のレシピを仕込む為、って、教えてくれたわ。
先生が言うには、自分が御先祖様に呪術や黒魔術を教えたせいで呪われた家系になったのに、何年も耐性薬を作って渡していたら…いつの間にか恩人みたいに讃えられてしまって……これ以上、そんな風に恩を感じられるのは、嫌みたい。
私含めた身内一同、悪いのは御先祖様であって、先生は悪くないって…思ってるんだけどね」
「…そう、なんですか……」
キャロルさん……普段飄々として、マイペースで、掴みどころがない人だけど…実は、色々と考えたり、しているんだな。
「もうとっくに、レシピは覚えられたんだけど、先生はどうしてか、私を弟子にしてくれたままなのよね…」
「カガリさんは弟子、辞めたいんですか?」
「先生みたいな偉大な白魔女の弟子、という肩書きが重すぎるわ……私みたいなのは、ひっそりと薄暗い場所で、生きてる方がいいの…」
「え、ええ……おれはてっきり、他にやりたい事があるのかと……」
「やりたい事なんて……私なんかじゃ、なんの役にも立てないし…」
「そんなことないですよ!カガリさんのおかげで、おれは魔法の基礎を学べて、この世界の文字も覚えられました……カガリさんはすごい人だって、おれは思います!」
「そ、それは貴方が元々理解が早くて、要領がいいからで……私は凄くない」
「……おれは……もともと勉強とか得意じゃなくて、理解力だって無い……でも、カガリさんが、必要なところを掻い摘んで要点だけ纏めて、かなり噛み砕いて教えてくれるから、本当にわかりやすくて。
あとそれに、キャロルさんが飼ってる魔獣や、魔物もみんなカガリさんに懐いてるのも、凄いって思いました!」
キャロルさんは、薬に必要だから、か、趣味なのか…魔獣や、魔法生物と言われる魔物を地下で飼っている。
カガリさんは、その子達の世話もしていて…おれなんか、全然懐いてもらえないけど……みんなカガリさんに懐いている。それは本当に凄いと思う。
「……そ、それは……うん。レシピに、あの子たちの体液とか、必要で……それに先生も、忙しくてお世話が出来ないから……」
「……そういえばカガリさん。あの子達の世話してる時、めちゃくちゃ幸せそうですけど……魔獣や魔物が好きなんですか?」
「幸せそう…なのかしら。それは無意識だったわ…た、…確かに、嫌いじゃない、けど」
「じゃあ、……もしキャロルさんの弟子じゃなくなったら、そういう魔物や魔獣関連に携われるような事、出来るといいですね」
「……貴方、八歳なのに色々しっかりしてるわね…」
「そ、そうかなぁ……」
まあ中身は二十歳だから…とは、言えない。カガリさんはおれの中身が現代人という事を知らされていない。キャロルさんのいうところの……それは、タブーだからだ。
けれどカガリさんは、どうしておれがキャロルさんの弟子になったのかは、決して聞かなかった。そういう、カガリさんの察しと思い遣りのあるところも、キャロルさんは気に入っているんじゃないか、と、……生意気にも思ったり、する。
「……ありがとう、アニィさん」
「!」
カガリさんは、少し照れくさそうに笑った。
三年間一緒に過ごせたけど、初めて見た。最初は、こうして教えてくれる以外、あんまり目を見て会話してくれなかったけど、少しくらいは心を開いてくれたのかな………すごく、嬉しい。
「魔獣や魔物が、カガリさんに懐く理由が……なんか、わかります…」
「…………なんで?」
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「もう三年経つしィ……今日から、魔法の実戦してみよっかァ、アニィたん」
「実戦……もしかして、もう魔法を使えるんですか、おれ!」
「アニィたんは、最初から魔法使える素質はあるよォ。けど何事もとりあえずはキソからってね〜」
「魔法を使う為に必要な知識は、恐らくもう身についていると思います……アニィさん、とても勤勉な方なので」
「よーし、じゃあ朝食も食べたことだしィ〜…いっちょ、試してみますかァ」
指パッチン一つで、朝食の準備、後片付け、掃除まで出来るキャロルさん…魔法は、確かにこういう風に使えたら、相当便利だな…。
いつもは指パッチンだったキャロルさんは、徐に立ち上がって、おれとカガリさんを見て、うん、と、頷いたら…その場で、手をパン!と、叩いた。
「えっ」
そうしたら、景色が……一気にキャロルさんの家から、何も無い野原のような場所に変わった。
「こ、ここは…?」
「先生、何故私まで……」
「いいじゃん、いいじゃーん。カガリっちもねェ、アニィたんに教える事で、改めて色んな魔法に関するキソ力も高まって〜……魔力の精度も上がってるだろうしィ。カガリっちのも確認しておきたいなぁ、的な?」
「…先生……まさか…その為に、私を彼女に基礎を始めとした魔法学を教えるように…?」
「んま、うちがキソ忘れちったってのもあるけど〜。カガリっち、教えるのも、お世話すんのも上手いじゃーん?だから任せたんだよォ」
「キャロル先生……」
キャロルさんは…カガリさんの素質を見抜いて、伸ばして……おれだけじゃなくて、カガリさんも鍛えてた、ということ、なのか…?
「さー、じゃあまずはァ……カガリっち。アニィたんが、どういう魔法が得意かってこと聞いてもよさげ?」
「アニィさんは、回復や強化などの魔法が適性だとわかりましたので、其方に関する基礎と魔法学を教えていました」
「えっ!おれの、得意な魔法…わ、わかったんですかっ?」
「ええ。最初の一年間、月に一度ペースで記号テストをしたのを覚えている?」
「あ、あっ…確かに、月に一度した覚えが…!」
三年前。おれがこの世界に来て、すぐにカガリさんに魔法学を教わるようになって、初日から記号テストというものを受けた。
幾つかの記号が書かれた紙を見て、次にその紙を見ずに白紙の紙へ、頭に残ってる記号を描く……それを最初の一年間は、月に一度やっていた。
どれも結構変わった記号で、初めて見たばかりのはずなのに……初日から結構、正確に描けたんだよな。
「あれは、貴方自身がどういう魔法が得意なのかっていうのが、わかるテストなのよ。
あらゆる魔法の属性を記号化して、貴方が得意とする属性の記号を記憶するという仕組みなの……月に一度実施した理由としては、魔法学である程度、色んな種類の魔法について教えた上で、得意魔法の変化が無いかの確認も兼ねていたというところね」
「な、なるほど…じゃあおれは、つまり……回復と強化の魔法が、得意って、こと……?」
カガリさんが、魔法学の基礎として話してくれたもので、印象に残っている話がある。
魔法には、色んな種類がある。
それは大きく分けて二種類。
攻撃系全般の黒魔法、防御や回復系全般の白魔法。
この世界にいる人間には、魔力が等しく存在して、それには生まれつき色がついている。一色だけの人もいれば、多色の人もいる。
その色が、その人が得意とする属性色になっているらしい。
例えば、魔力の色が赤と青なら、火と水の魔法、またはそういう物理的な属性攻撃が得意。でもそれは修行次第では色も増えるし、ごく稀に変わることもある。
因みに、あくまで得意というだけで、魔力が赤色ではないからと言って火属性の魔法や技が使えない、というわけでもなく……また魔力の色が多いからと言って、強いとも限らない……らしい。
けれど初めて会った時……カガリさんと、キャロルさんには…おれの魔力の色が見えない、と、言われた。
こんなこと初めてだ、という事で……どうなるかと思ったけど…なるほど、あの記号テストが、色を見る代わりの判別手段だったのか。
「へぇ〜、じゃあアニィたんはヒーラーって事かァ」
「ヒーラー……?」
「そうそう。潜在魔力が回復と強化ってことは、サポートに特化してる魔法使いってことォ」
「そ、それって!……病気や、怪我を治したり、できるって、ことですか…?」
「そうだねェ〜。怪我も治して、体力も回復させてあげて、時にめちゃくちゃ強くしてあげたりって、かんじィ……優しい、癒しの魔法使いだよ」
おれが、ヒーラー……。
病気も、怪我も…治してあげられる……優しい魔法使い。
…………あぁ、もし生まれた場所が…初めから、この世界なら……妹の病気だって、治せたんだろうか…。
「っ、ア、アニィさん?どうしたの…?」
「ありゃりゃ〜?アニィたん、どっか痛い?それとも嫌だった?」
「え……あ、いや…なんか、嫌とかじゃなくて、……けど、なんか…ええと…嬉しい、けど…すごく、…ぐちゃぐちゃで……」
あの世界でも、ヒーラーでいられたら、よかったのに、という悔しい気持ちと……けどここなら、妹みたいに病気で苦しむ人を救えるのかもしれない……それはきっと妹も喜んでくれる事だ、嬉しい……とか、思ったりして。
……うう、情緒が不安定だなぁ……涙が止まんない……子供の身体だからか、おれの涙腺の問題なのか……。
「よしよーし…アニィたんは、きっと良いヒーラーになれるよォ。ね、カガリっち」
「……私も、そう思います」
キャロルさんが見兼ねて、おれを抱き締めてくれた。こういう時に感じる人の優しさって、余計に、グッときてしまう……カガリさんも、やさしく微笑んでくれてる。また涙が溢れそうだ…。
「じゃあ、アニィたん。落ち着いてからでいいからァ……どれだけの回復と強化魔法が使えるか、試そうねェ」
「はいっ、……」
おれは、この時。
まだ自分の魔力がどれほどのものか知らなかった。
あのキャロルさんさえ、魔力の色が見えないと言ったのは……ある意味、予兆だったかもしれない。