第二十話【 何者でも関係ありません 】
アニィとユーシャ達が精霊王ことアーリィの元を訪れている頃。
ブレイブダムスの消滅時にクーロの民側であるマオウ族の代表達が集まった時と同様、それはシャーロの民側でも同じことが行われていた。
今この世界で起きている異常事態についての対策、情報共有のため、この世の平和と秩序、シャーロの民達の安全のために結成された組織や団体も、同じく招集をされていた。
その招集場所に決まった国などは無い。
いつどこで始まるかは、この招集が決まった時、その招待状を受けた手紙の中にある刻印に触れる事で転送される。
転送先は関係者以外が入らないように、また出た後は二度と入ることが出来ず、更に魔力が制限されるという複雑に組み込まれたフィールド系の魔法で形成された場所に送られる。
「あふー……いやはや、ほんまえらいことなってしもたなぁ。こっちはもうあちらこちらからの報告連絡相談で、もうパンク寸前やよ。どないしたもんやろねぇ」
世界へ、毎時毎秒この世界で起きる異変や異常、時になんてことない日常をシャーロの民達へ情報発信する組織こと"フォーメント"からは代表代理のキャスティー。
彼女は肩まで長い癖のある夕陽色の髪に同じ色の三角の耳に大きな尻尾を四本生やした、キツネの獣人。彼女の血族は代々このフォーメントの重役を担う。因みに尻尾の数は100年生きると一本増える。
目の周りは白い布で覆われていて布の中心部が目のような魔法陣が描かれている。これにより視界は、世界のあらゆる場所を常に見ることができる。この特殊な衛生監視の魔力が込められた魔具はフォーメントに所属する者のみ支給されるものだ。……が、魔力が無効化されているこの空間においては、その役割を果たせず何も見えない。
キャスティーは疲れ果てた様子で忙しさをアピールするが、余裕を見せて、本性を見せずにいた。
「この場において、その魔具も意味などありませんのでは。たまには素顔をお見せになってはいかが?」
世界各国、どんな小さな町や村にも、その土地とシャーロの民を守るために必ず存在する守護や防衛を主軸とした団体こと、"ガーディアルド"からは、部隊長代表のシヴァリア。
透き通る白銀の髪をひとつに結び、身に纏う鎧はガラスのように透けていて、純度の高い魔力で強力な防御魔法を施している。
ガーディアルド所属者は、ほとんどが守りの加護を授かり、清廉潔白で純白の翼を持つ天界人に宛てがわれる。シヴァリアは配属当初から成績優秀、また独自の防御魔法を多く生み出し、マオウ族から守ってきた国も数知れず。歴代の勇者一行には、このガーディアルドからも選抜されている場合もあった。
「シヴァリアよ、わかってやっておくれ。キャスティーのそれは職業病のようなものゆえ。それを外すことは如何なる状況であれ、己が許さんのよ」
この世界で一番の大国"学園都市国エヴェンデミア"の学園長兼都市国代表ことクルーシュ。
すべてのシャーロの民は、一定の年齢に達した際に入国許可並びに入学が許されるエヴェンデミア。この世界を守る為の冒険者として、または冒険者以外の数多の職業につくために学び、成長するために存在する。
クルーシュはエルフ特有の長い耳と、老婆のような口調ではあるが外見は大変幼い姿をしている。髪の白い生え際は毛先にいくにつれ深い緑とのグラデーションになっており、その頭身よりも長い髪を大きめの三つ編みにして二つに下げている。瞳に白目の部分はなく、長い睫毛で縁取られていてのもこの世界のエルフの特徴だ。
また嘘か本当か、このエヴェンデミアが誕生してからの学園長であるとか。元来エルフは長寿として知られる存在だからか、真実味を感じられるため、このエヴェンデミア七十七不思議の一つと言われているとか。
「……………」
会話をする三人に混ざらず呆然と床を見つめるのはヒーローセンターの愛称で親しまれ、勇者が中心となり生まれた団体こと"ヴィレイズ"の現センター長エイユ。
深い青色のショートヘアだが、後ろ髪は細く長く結ばれ、鋭い瞳は黒と灰色が混じった色をしている。彼女は元々この国の為に戦う勇者だったが、傲慢のマオウ長に挑戦し、敗戦。
その代償として利き手である右腕を奪われ、擬態しているマオウ族を見透かせる瞳の力も奪われた。視力は失われていないものの、マオウに敗れた証のように、その瞳は黒く濁ってしまった。
ただマオウ長と対峙したのに生還できたこと、またその時得た情報が後の討伐の役に立った為、現在はその功績を称え、ヒーローセンターのセンター長を担っている。
その後は、当時のマオウ長はユーシャの父により倒された。通常元凶を倒せば失った力は戻るはずだが、傲慢のマオウ長が使役していた暴食のマオウにより喰われた能力は戻ることは無い。その為、倒した後も右腕と目の力が戻ってくることは無かった。
今エイユの頭の中は、この中で一番冷静では無いと言っても過言ではない。故郷を滅ぼされ、恐ろしいマオウ誕生により、この先、己のような被害が今生存している勇者たちを襲うのではないか、そう考え、憂いている。
「エイユ様、大丈夫ですか…?顔色が優れません」
そのエイユを唯一気にかけるのは、長く白いベールを被り口元しか見えない種族不詳の女性。
優しく包み込むような柔らかな声音は、その場にいる皆の心に響く。
「ブレイブダムスがなくなってしまったこと、それが貴方の心を蝕んでいるのでしょう」
「………ッ、申し訳ない。私は自分の事ばかり、で…」
「いいえ。他の御三方だって、本当は貴方のことを気にかけていたんですよ。けれどエイユ様に気を遣わせないよう、他愛のない会話で誤魔化していたのでしょうね」
「もう〜、それは言うたらあかんて…!」
「まったくですわよっ。こちらのタイミングというものがありますのにぃ…」
「ううむ……やはり、おぬしにはかなわんのう、アイラ」
アイラ。そう呼ばれた女性は口許に優しい微笑みを浮かべた。年齢、種族不詳。アイラはそっとエイユを抱き締めて、細い指先で頭を撫でた。ふわりと香る蜜のような匂いさえ、心を委ねたくなる。
「酷い顔色……ちゃんと休めていないのでは…?勇者の心を持つからこそ、きっと貴方にしかわからない苦しみがあるのでしょう。エイユ様、どうかこの場にいる時は我慢はなさらないで」
慈しむように言葉をかければエイユの瞳に涙が滲む。しかし首を振って、そっとアイラの身体を離した。
「……貴殿の、そして皆々様の心遣い、感謝する。けれど、私がここで挫ける訳にはいかないんだ」
黒く濁った瞳は、再び毅然とした凛々しさを宿した。その表情を見ればアイラもそれ以上優しい言葉をかける事はなく、静かに微笑んだまま身体に添えた手を下ろした。
「おまたせしました」
その場にいる五人を呼び掛ける声が天井から降りるように反響し、空気が張り詰める。
声の主はゆっくりと降り立ち、天界人に近しい姿だが、羽根は無い。足元を覆うほどシルクの羽衣に身を包み、細かく眩く光を散らす長い金色の髪、瞳を伏せられている。口許はレースのベールで隠された神々しい姿を顕現させたのは、シャーロの使者。
シャーロの代わりにシャーロの民に言葉を伝えるため、使者には意思や心は存在しない。
「情報組織"フォーメント"のキャスティー」
「はいな」
「守衛防護隊"ガーディアルド"のシヴァリア」
「はい」
「学園都市国"エヴェンデミア"のクルーシュ」
「うむ」
「ヒーローセンター"ヴィレイズ"のエイユ」
「ハッ」
シャーロの使者は確認のために、その場にいるそれぞれの所属と名前を呼ぶ。
そして皆の暖かな視線がアイラへと向けられる。
「ヒーラー殲滅団体"ロスト"のアイラ」
「はい、ここに」
ガーディアルドとも提携を結んでいるヒーラー殲滅団体"ロスト"
その頂点に立つアイラはここ数十年、ロストに所属しないヒーラー狩り達よりも、多くヒーラーを葬ってきた。
この世界にとって、マオウ族とヒーラーは脅威の存在。ヒーラーを滅していくことが平和と秩序を保つことに繋がる。
ヒーラーの回復魔法は悲劇と惨劇を産み、かの"絶望の120年"を繰り返さない為に、ロストはシャーロの民を守るためにヒーラーと日々果敢に立ち向かっている。
「あらためて、この世界で起きたことをお伝えしましょう」
そして、シャーロの使者はこの世界で起きたことを語っていく。
暴食のマオウが産まれ、その直後にブレイブダムスが消滅させられたこと。
しかしそれはマオウ族にとっても禁忌。故に暴食の一族は他のマオウ族により排除されたこと。
そしてブレイブダムスには生き残りがいたということ。
その生き残りを白魔女のキャロルが救い、生き残ったのは、英雄王の第二皇子のユーシャであること。
その後に、消滅したブレイブダムスを弔う人々の命が、マオウ族に狙われ……それを一瞬にして救ったのが、ヒーラーであること。
シャーロの使者から嘘偽りなく伝えられる真実に、五人の空気感が変わった。
「そんなあほな……さすがに、これは発信できへんな……でも世界の真実をシャーロの民に伝えるんはうちらの役目やけど、対策無しに報じたら、不安を煽ってまうだけやしな…」
「ブレイブダムスに来ていらしたシャーロの民は、数億人……異変を察知し、我々が現場へ向かった頃には、既に事は落ち着いていましたが…まさかヒーラーの仕業なんて。けれど仮に事前にマオウ族に仕掛けられるとわかってても……我々ガーディアルドを総動員して守りきれなかったといわれるほどの規模と予想されておりましたわね…… ブレイブダムスへの訪問者数を一気に救ったとなれば、そのヒーラーは何万人の規模に…」
「……ふむ…」
キャスティーとシヴァリアは戸惑いを隠せずにいた。ブレイブダムスの悲劇を招いたのはマオウ族の仕業であることは想定していたものの、その後の惨状をヒーラーが救っているというのは知らずにいた。
シヴァリアこと天界人は精霊とも交流があり、各地へ異常事態が起きた際には、すぐさまガーディアルドに救難信号が入るようになっている。
ブレイブダムスの異変はすぐにガーディアルドに精霊からのSOSが入り、救助と避難誘導のために急ぎ駆けつけたが、その時には既に解決していた後だった。
クルーシュは小さな手を顎に添えて、考え込む。アイラの顔色はわからない。ただその口許から微笑みを浮かべている。
「いいえ。ブレイブダムスを救ったヒーラーはたったひとり」
使者により伝えられる新たな真実にも、また驚愕し、キャスティーとシヴァリアの顔色はいよいよ恐怖に染まり、強張った。
「ひ、とり…!?えぇ……え…そんなん、ぜったいおかしいやん…!ありえへんて…!!いや、シャーロ様の使者が嘘ついてることなんか有り得へんのやけど…!!」
「そのヒーラーは、いったい何者なんですの…!?」
エイユの顔は複雑そうに険しい表情を浮かべている。ヒーラーは悪しき存在……けれど、ブレイブダムスを想って訪問した人たちを救ってくれた事に、ブレイブダムスの住人として感謝するべきだ。
けれど、勇者だった者として、ヒーラーを肯定することは出来ない。なぜなら"絶望の120年"の中ですべてのヒーラーが自らの意思でマオウ族に付き従え、シャーロの民でありながらシャーロの民を裏切った行為は一生償う事もできず、許されることも叶わない、消えない大罪。
「何者でも関係ありません」
迷い悩むエイユの隣で、アイラが声が凛と響く。
「その者がヒーラーである限り、それは例外なく、我々ロストが処理します。だからどうかご安心を」
アイラの声はすべての感情を押し殺し、飲み込んで、再びその口元に微笑みを浮かべる。
「ヒーラーが存在する限り、我々に平穏は訪れません。
数ある適性職業の中からわざわざヒーラーを選ぶような無知で憐れで愚かな魂は……我々が救ってさしあげねばなりませんから」
微笑みを浮かべるアイラの頬が、次第に涙で濡れる。感情を押し殺すように握りこんでいた手が震えている。
「可哀想に……ブレイブダムスでマオウに狙われただけでなく、ヒーラーの回復魔法を受けてしまったなんて……あまりにも、残酷過ぎます。
お願いします、キャスティー様……どうかこの真実は伏せておいてください。悪しきヒーラーに救われたなどあれば、シャーロの民を混乱させてしまいます……なによりも、ヒーラーに救われたと知れば自らの命を絶つ子も出てくる可能性とてあるのですから……」
「ん、んん……せや、なぁ…」
「あぁ……泣くのはおやめになって。私まで悲しくなりますの…」
ほろほろと溢れる涙を止めることはせず、懇願するアイラには、キャスティーも頷かざる得なく、シヴァリアも耐えかねてアイラの隣へ移動をするとベールを剥がさないようにして涙を優しく拭った。
そのやり取りを聞いているがシャーロの使者は、何も言わない。真実を紡いだ後、それをどうするかも、またシャーロの民である彼女らに託すためだ。
そして終始、クルーシュは何かを考えながらシャーロの使者を見つめた。
「あのー……そのとんでもないヒーラーの名前や姿はおしえてもらわれへんねやろか…」
「できません」
「あら…残念ですこと……」
シャーロの使者は、あくまで世界の状況と事実を伝えているまでに過ぎず。それ以上もそれ以下の言葉を口にする気は無かった。
「ほな、しゃあないなあ……自力で探して見つけるしかあらへんみたいや」
「その役目は、どうか我らロストにお任せ下さい。必ずや……件のヒーラーを特定し、葬りましょう」
「我々ガーディアルドもいつでも力添えしますわよ、どうか遠慮しないでくださいまし」
「うちらも情報入り次第共有するわ」
「キャスティー様、シヴァリア様……ありがとうございます…」
するとシャーロの使者は言葉を発した。
「それでは報告は以上となります。この空間は日が沈むまで有効。後はシャーロの民である皆様の素晴らしき判断と行動を引き続き見守っています」
そう言い切り、ぱしゃ、と、薄いガラスが割れるような音を立てて細かな粒子となってシャーロの使者は五人の前から姿を消した。
「さて、うちも今回の情報整理と発信の準備せな。ほなまた」
「では私達も例のヒーラーについての手掛かりを調べますわよ。皆様ご機嫌よう」
「はい、よろしくお願いします。……また、お会いしましょうね、クルーシュ様、エイユ様」
こうしてはいられない、と、すぐさま世界へ一日でも早く発信するためにキャスティーはいそいそと戻り、シヴァリアとアイラは、件のヒーラーについての対策を練るために共に去り、その場に残ったのはクルーシュとエイユのみだった。
「……のう、エイユや」
「な、なんだ、クルーシュ……」
声をかけられてハッとするエイユ。どうやらエイユもエイユでヒーラーのことで頭がいっぱいだったらしい。
「わしはな、ずっと不思議で仕方ないことがあったのだ」
「私からすれば、貴殿こそが不思議な存在ではあるんだが……何を不思議に思ったんだ」
エイユの言葉に気を悪くしたわけでもなく、クルーシュの白目のない瞳は空虚を見つめて細くなる。
「なぜ、シャーロの民の敵となったヒーラーは……いまだ、シャーロの民として産まれてしまうのかの」
「えっ…………」
そういえば、と、エイユも当たり前過ぎて気づけなかった疑問に呆気にとられた顔をした。
「えらく長く生きてきたと思ったが……まだまだわからんことは沢山あるのう」
クルーシュは、おそらく誰にもわからない疑問を口にしながら、かつて教え子でもあった奇跡の少女ことグリムアールを思い出していたのであった。