第十九話【 アーリィさんは静かに語る 】
輝く泉から聞こえた声は、アーリィさんの声。も、もしかして、実は生き残っていたんじゃ……!
アーリィさんの声がおれ達に聞こえた途端、今までふわふわと話しかけていた精霊達は黙り込んで、心做しか光が強くなった気がする……ただ、ユーシャの顔色は、優れないままだ。
「……母さん……だけど…母さんじゃ、ない」
「えっ……」
泉を見つめてユーシャは何とも言えない顔をしている。すると泉が目映く輝き、思わず目を閉じてしまう。瞼越しに光が弱まった気がして、ゆっくりと目を開けば、水面には女の人が佇んでいた。
その人は……肌は陶器のように白く、耳の先が尖っている。髪は長くてふんわりした金色…泉に同化しているようにも見えて、ふわふわと漂うように揺れ……瞳は夜明けの空の色をしていた。
まるで人形の様に整った姿に、思わず見蕩れた。
確認しなくても理解した。
この人が、ユーシャのお母さんで、精霊王のアーリィさんだ。
ただ夢の中では、もう少し人間っぽくて……ここまで神々しくはなかった気がする。この姿が、本来の姿なのかもしれない。
『きっと、ユーシャなら……私が幻影の類である事を見抜いてくれるはず』
幻影の類。だから、母さんだけど、母さんじゃないって、ユーシャは言ったんだろうか。
その場に居ないものだとしても、ここまでしっかりと存在感があると……まるで実在しているようだ。そのあまりにも儚げで、触れたら壊れてしまいそうな、非現実的で繊細な美しさがあった。
精霊とは目に見えない自然の生命体。
今だ謎が多いその精霊の中の王の存在なのだと、改めて意識をしたら、幻影とわかっていても緊張してしまう……。
「……母さん…」
『ごめんなさい。きっと貴方は私に色々言いたいことがあるのかもしれない……でも、何も応えてあげられないの。ああ、けれど……これを見られたということは、ユーシャは生きているということなのね。良かった……良かった……っ……』
はらはらと涙を流し、それは泉に落ちて、波紋を作った……まるでそこにいるかのように揺れる水面…この泉ごと、幻影ということなんだろうか。
「カガリっち」
「は、はいっ……」
「ユーシャっぴはアニィたんに任せて、うちらは離れよっかぁ」
神妙な雰囲気でここから離れると言うキャロルさん。お、おれに任せてって、こんな親子水入らずの空気じゃおれも邪魔じゃないか?
「じゃあ、おれもっ……」
「アニィたんはダーメ。きっとその遺言?的なのは、アニィたんにも向けられてるっぽいしィ……ていうか、うちとカガリっちはぁ…ここにいちゃ、だめ系なんだよねぇ」
「だ、だめ系?どうしてですか……?」
「うちも今気づいたんだけどぉ……この泉の周囲、誰も人を寄せ付けないようにしてた的なぁ……ある程度の領域に踏み込んだら、魔力が吸われる仕様になってるみたいでさぁ」
「……えっ!?」
「あ、だから……さっきから、わたしも……なんだか、フラフラして…」
「カガリさん…!?」
ユーシャを支えていたカガリさんが座り込んだ。カガリさん、いつもより顔色が悪い……。
…………そうか。おれの魔力は底無しだから、何の影響もなかったんだな。
「ユーシャっぴのが、やばめにやばそうでわかりにくかったけどぉ、カガリっちも相当やばいかんねェ……ここに、いると、うちらやばいみたぁい……もーほんとやばくて、やばーい……」
「ユーシャ、立てそうか?」
「あぁ……なんとか、な」
キャロルさん、もうやばいしか言ってない。それくらいやばいってことだ。
座り込むカガリさんと一緒に座っていたユーシャは、フラフラとおれのところへ移動してきたから咄嗟に身体を支える。キャロルさんは座り込んだカガリさんを抱っこした。
「きゃろる、せんせ……ごめんなさい……」
「うちでも立ってるのがやっとだも〜ん。カガリっちもよく我慢出来たよぉ、えら〜い……とりま、大丈夫そうなところまで下がって、待ってるかんねぇ…」
そう言って、キャロルさんは指を鳴らすと、その場からパッと姿を消した。良かった、移動できる魔力は残ってたんだ……。
「けど、おれまで残ってて、本当に良かったのか…?というか、そういう仕掛けがあるならユーシャだってまずいんじゃ……」
「大丈夫だ……きっと母さんはアニィにも聞いて欲しいはず……それと、もともとオレには魔力なんてあってないようなものだ……」
魔力なんて、あってないようなもの……?
それはどういう意味なんだろうか…。
『ユーシャ、そして……アニィさんだけになったようですね』
「!?」
『もしも……貴方達以外の魔力を感知したら、この先は話せないようになっています』
す、すごい。そんな仕様に……?どういう風にしてこの幻?映像?を、残せたのだろうか。
『ユーシャ。私達家族は貴方に一つだけ嘘をついていた……その嘘によって、貴方が本来持ち得ていた力を封じていたの。
とても沢山悩ませたわ……そして、貴方が誰よりも一番辛かった事も、わかっている……けれど、私達は……貴方よりも世界を選んだ。きっと、これは罰なのでしょう…』
アーリィさんは涙ながらに話す。
ユーシャへついた嘘、力を封じて、……でもそれが何よりも世界の為だった……?
『貴方は、精霊王と英雄王の素質と力を一番に受け継ぎ……産まれ持った能力も才能も、私や貴方の父を遥かに超えた。
産まれた瞬間に、勇者としての力が覚醒する"スタート"を迎え、この世界の精霊をすべて従え、マオウなんて簡単に滅する事が出来る程の雄気を持っていた…』
……………………。
…………………………。
………………………………。
……アーリィさん、泣きながらとんでもないことを……話していないか?
ユーシャが……ユーシャ、が……めちゃくちゃに、すごい子だって、話?
隣を見たら、ユーシャもアーリィさんの話を聞いて、固まっていた。
「オレが……産まれた時から、スタートを……?そんな、馬鹿な……有り得ない、だって、オレは…」
『きっと、ユーシャは信じられないかもしれない。貴方自身ずっと、自分は父のように、兄のようにもなれないと、その為に誰よりも努力をしていた事も、知っている。
それでも、この世界は……善と悪の均一が崩れた時……バランスを保つ為の双方にとっての災いが起きる。貴方が産まれた事で、我々シャーロの民の力が圧倒的になれば、そのバランスを調整するためにクーロの民……つまりマオウ側にも凄まじい力を持った者が生まれる。
シャーロとクーロ、それぞれに強い力を持つ者が存在すれば、それは新たな戦争の始まりとなる……貴方と同等の力を持つマオウが誕生すれば、世界は崩壊しかねない状態になる……』
アーリィさんは静かに語る。
ユーシャは、混乱していたものの、アーリィさんから目を逸らさなかった。
『この話を聞いた上で、きっと……貴方は、どうして自分が、と、思うかもしれない。
その話をする上で、アニィさんの存在は必要不可欠だったのです』
おれの名前が出て、思わず背筋が伸びる思いだ。そう言えばどうして、アーリィさんはおれのことを知っていたのか、何故ここにおれも呼んだのか…わからなかった。
『アニィさんと、ユーシャには共通している事があります。
それは……二人の魂が、もともとはこの世界では無い、別の世界の魂であること』
「えっ……!?」
『これは決して珍しい事ではありません。
喚ばれるモノ、招かれるモノ、拐われるモノ……様々な理由や状況の下、この世界に生を受けます』
まさか……ユーシャも、おれと同じだったなんて。驚いたけれど…そういう人って、おれやユーシャ以外にも居て、あんまり珍しくないことらしい。
……というか、今。なんだかとても不吉な一言があったよな。拐われるって……それはどういう意味なんだろうか。
『本来貴方達は、別の世界に存在し、この世界とは別の場所を生きていた。
そういう人達がこうして、他の世界に産まれ直すことを、我々は転生者と呼んでいます……ですが、そういう方々は前の世界の記憶が残っている事は、殆どありません』
おれ達がわからないことを前提に説明してくれてる。とてもありがたい……ユーシャはまだよくわからない、っていうような顔をしているけれど。
そういえば、この世界に来た時にキャロルさんが前の記憶があることは、めっちゃキセキとか言っていたけど、ユーシャには無さそうだ……だからあんまりピンと来てないのかもしれない。
『そして……貴方達をこの世界へ招いた方も共通しています。その名も、大魔女のクリス。
ユーシャは、何度か薬師のチェリッシュという姿でお会いしたことがあるけれど……それも、貴方の為に通ってくれていたの』
そうか……おれは声しか知らないけれど、ユーシャはクリスって人?魔女?と会っているんだよな。魔女として、ではなく……今言ったように薬師として、だけど。
色んな情報を与えられる中……ユーシャなりに今の状況を理解して、把握しようとしているのか、真剣な顔でアーリィさんを見ている。
……おれは、ユーシャに会ってから、ずっと感じていた違和感があった。
ユーシャの年齢は五歳、らしいんだけれど……あまりにも、子供っぽくなくて。大人の真似事をする子供って感じでもなくて、達観しているにしても五歳らしくない、というか。
おれもカガリさんに年相応じゃないって言われたことある。
だからユーシャ自身、記憶は無くても、おれみたいに、ここに呼ばれた時の年齢のまま魂が移ったのかもしれない。
『アニィさんは、元の世界では人の子だったのですが……ユーシャ、貴方は違う。
それは、貴方がこの世界で、特別強い力を秘めて生まれたことと、関係している』
……ユーシャは、違う?
どういうことだ。前の世界では人じゃなかった……?
『貴方達が住む世界には、この世界とは違って不可視でありながら、数多と存在する……その内の一つ。
ユーシャは元々いた世界では、全知全能、天地を支配し、人間を超越した……神と称えられるに等しい存在だった』
……………………。
…………………………。
………………………………。
えっ。
「えええええええええ!!!???」
ユーシャよりも俺が驚いてしまって、周りの精霊がびゃっとなるほど、この世界にきて初めて大きな声を出したと思う。
「か、神……?」
当人のユーシャはポカンとしている。
ユーシャは、おれと同じ世界から来た転生者で、この世界に生まれる前は神様だった……!?
そんな、そういうのまで、この世界に招けるほど大魔女のクリスは……どれほど、凄いんだ……
『信じられないかもしれないけれど、これは事実。ヒトを超えた貴方の力は……この世界に生まれた身体には、あまりにも大きすぎた』
ユーシャはすっかりと固まっている。
けれど……そうなら、何だか全部納得してしまう。年不相応な冷静さ、話し方、そしてアーリィさんによって語られた、その幼い身体に有り余るほどの力。
『その膨大過ぎる力が暴走せず、抑制している事で貴方の身体を滅ぼしたりしないよう、クリスの特別な魔法薬を与え続けた。
その結果、貴方の力は抑え込む事に成功した。それは……幼い貴方の身体を長く、長く苦しめてしまった』
「……母さん……」
『例えそのせいで貴方が勇者に、英雄になれなくても、貴方には……どうかその力を表に出さないまま、幸せになれる道を歩んで欲しかった。
それが、どれだけ貴方を傷付けることとなったとしても、今の平穏な世界を優先にする事が……英雄王である貴方の父と私の判断だった。
けれど、時の精霊によりブレイブダムスは滅亡する。その予言を聞いてしまった。
ただ……どんな恐ろしい魔法でも、魔王の力を持って国は滅ぶとしても……貴方しか、生き残れないというのは、わかっていた』
ユーシャ自身の本当の力を解放すれば、それに対抗すべき魔王が産まれて、世界が崩壊するかもしれない。
だからこそ、ユーシャの力を抑えなくてはならなくなって、実際に成功したというのに……どうしてブレイブダムスを一瞬で滅ぼせるような魔王が、生まれたんだ……。
『これを見られているということは、本当に貴方は生き残る事が出来た……それは、きっとそばにいてくれている、アニィさんの協力あってのことでしょう』
…………ユーシャを助けた時、淡い光に包まれていたのを思い出す。
あれは、もしかして…あの強い魔力無効の防御魔法は……掛けられたのではなく、ユーシャ自身が自分に掛けていた、ということなのか…?
『そして国はたしかに滅んだでしょうけれど……国民の魂は、ブレイブダムスの国そのものに宿る土地獣様により、この地に留まっています』
と、とちじゅう?が、守ってる……?
よくわからないけど、それって、もしかして…ブレイブダムスの人たちを、どうにかしたら復活させられる事ができるって、ことじゃないのか…!?
『土地獣様は、国そのもの。そこへ住まわせてもらっている我々は保護下になる。民が滅べど、土地獣様そのものが滅ぶことはありません。
今回は……その土地獣様のおかげで、我々民の魂は守られています。条件を満たせば、例え肉体は消滅してしまっても、アニィさんがいれば我々が復活することも可能になります』
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な、な、なんだって………?
おれも、ユーシャも……この世界にとって、とんでもない存在だってことを絶えず、アーリィさんより語られた。




