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アンデッド・ヒーラー  作者: NICOLE
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第一話【 いってらっしゃい、お兄ちゃん 】

 もう聞きたくなかった、無機質な電子音。

 俺は、その場に縫い付けられた様に動けない。


 あぁ、この音。大嫌いだ。聞きたくない。

 間違いであって欲しい。頼むから、何も、言わないでくれ。

 どうか、どうか……これは、機械の故障であって欲しい。だって、それは。


 それを聞いたら、俺は、……。



「ご愁傷さまです」



 その一言で。俺を支えてくれていた糸が、一斉に切れるような感覚。


 今この瞬間、生きる理由を無くした。


 


 ---




 俺達がまだ子供の頃に、親父と母さんは病気で死んだ。親父と母さんには両親も兄弟などの身内も居なかった。だから俺と妹は、施設に引き取って貰えた。その時に……これからは、俺がしっかりして、妹を守らなきゃ、と、子供ながらに思ったんだ。


 それから妹と共に過ごして、四年後。

 俺が十六歳、妹が十二歳の時。


 妹は両親と同じ病気になった。


 この病気の特徴は、体温が徐々に下がり…身体から色が抜けていく。爪先、肌、唇…髪や瞳の色、血液……何から何まで、白くなっていく病気だ。


 その病気は人に感染する事は無い、遺伝性のもの。更にこの病気は俺の両親と妹だけが罹った珍しい病気らしく、治療薬も、ワクチンも無い。


 日本国外からもすごい医者が来たみたいだが、誰も……病気の原因も、治療法もわからなかった。


 俺はとにかく……ただ、ひたすら、奇跡を信じて、一秒でも長く、妹に生きて欲しいと願った。例え治らない病気だと決めつけられて、色んな医者が匙を投げても……俺は、妹が元気になる事だけを信じた。


 両親が遺してくれた財産のおかげで、今まで金に困ったことは無い……それが入院費、治療費として、妹の為に使えた。俺も、病気と闘う妹に何かしてあげたかったから、高校には行かず、多くのバイトを掛け持ちして働いた。妹には、学校に通いながら、なんて嘘をついて。

 稼いだバイト代は、妹への贈り物に使った。妹の好きな花、テレビを見て可愛いと言っていた服、帽子が好きだったから帽子とか。好きな作家の本、ケーキ、ぬいぐるみ、アクセサリーに使った。


 俺は、妹に喜んで欲しかった。笑顔にしたかった。病は気からって言うし、気持ちが前向きになれば、病気だって治るんじゃないかって、思ったんだ。

 妹は、とにかくすごく優しい子だ。どんな子にも、どんな人にも、平等で、いつも笑顔だった。それはもしかしたら、俺が心配するから笑っているんだと、そう思っていた。


 けれど、妹は自分の事よりも……人のために泣いて、人のために怒る。自分の事のように喜んで、笑う。


 そういう、思い遣りの溢れる自慢の妹だった。


 見舞いに行く度、色んな人に囲まれて、慕われていた。看護婦さんや、同じ棟の子供達、おじいちゃんやおばあちゃん達。

 妹は無理して笑う子や、悲しんでる子、寂しそうな人を放っておけず、寄り添って話を聞いて、心を支えようとする。傍から見ればお節介だと思われるかもしれない。けれど妹は、物心着いた時から、そういう子だ。


「お兄ちゃんは、私を可哀想だとか、つらいだろうって言ってくれるけど……」


「私はね、他の人と違うんだよ。優しくて、大切で、大好きな、自慢のお兄ちゃんがいてくれるから、この世界で、一番幸せなの」


「でも、お見舞いに来る度泣きすぎっ!もう他の子にも、泣き虫の人って覚えられてるんだからね!」


 本来この病気になったら、寿命は一年と持たない。親父も母さんもそうだった…なのに妹は、発症してから一年経っても、元気だった。どんどん白くなっていくけれど、妹は元気だったんだ。

 だから期待した。もしかして、本当に本当に奇跡が起きるんじゃないか、助かるんじゃないか、病気に勝てるんじゃないかと。


 安心して眠れる夜も存在しなかった。ただ、ただ妹に会える事、過ごせる事に感謝して、どうかこれ以上、妹を苦しめないで欲しいと懇願した。


 ひとつ、またひとつ。誕生日を祝える事が、幸せだった。その度、普段の倍、泣いた。


 「ぐ、ふ……うぅ、うわぁぁ……十六歳の誕生日、おめでとうぅう……」


 「お兄ちゃん、泣き過ぎだって…。ふふ、でもありがとう!ただプレゼントはもういらないってばぁ!もう、病室でお店できちゃうくらい、お兄ちゃんからの贈り物でいっぱいだよ〜!」


 病気になって、四回目の誕生日を祝って、しばらくは、何も変わらず過ごしていた。


 そして、月がとても綺麗だった夜。次の日も、俺は早朝からバイトがあって、面会時間のギリギリまで話していた。その日……妹が、珍しいことを言ってきた。


「あのね、お兄ちゃん…帰る前に、お願いがあるんだけど」


「なんだ、なんでも言えっ。明日休めって言うなら、休むぞ!」


「違うよぉ、学校にはちゃんと行って!……あの、あのね…ぎゅー、って、して欲しいなぁ…」


「ぎゅー……?こうか」


 ぎゅー、して欲しい。なんて、甘えるようなこと、あんまり言わなかったから、俺は単純にそうやって甘えてくれるのが嬉しくて、もちろん、喜んで抱き締めた。

 あぁ、大きくなったなぁ、なんて……病気のせいで体温が低い妹の身体は……病気と闘ってるのに、こんなに成長してくれた事に……また泣きそうになった。


「……ありがとう。私……お兄ちゃんの妹で、本当に幸せ」


「そんな事言うなよ、泣いちゃうだろー…」


「えへへ……大好きだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは?」


「俺だって、大好きだ。当たり前だろう」



 それが、妹との最後の会話だった。


 次の日の昼に、容態が急変して、俺の祈りも願いも虚しく、無機質な電子音が病室に響いた。



 ---



 妹の葬式は、気付けば終わっていた。

 俺は涙も声も枯れるくらい泣いた。葬式には妹と仲良くしてくれた患者や、看護師さん、両親の友人が来てくれて、色々言ってくれたけど、何も頭に入らなかった。

 何もやる気が起きなくて、俺は四年間働いて、かけ持ちしていたバイトを全部辞めた。急に辞めて、絶対迷惑を掛けたのに……俺が妹の為に働いていたこと、妹が難病だったことを知っていたからか、店長みんな、気を遣って、寧ろ……今までありがとう、本当に助かった、と、感謝してもらえた。

 ……ああ、俺は…妹だけじゃなく、優しい人達に恵まれていたんだと、その時にわかって、また泣きそうになった。


 生きる理由が妹だった俺は、心からすっかり穴が空いて、虚無状態に陥った。生きる理由は無いけれど、死ぬ理由も無い。


 そもそも、死ぬなんて行為は…生きたかった妹への侮辱だ、その選択肢は無かった。


「……はぁ」


 俺はこの先…妹が生きたかった分だけの人生を、有意義に使わなければならない…そう思っているけれど、何も浮かばない。思い付かない。


 この先どう過ごせばいいのか、わからなかった。ただ何もしていないと、心が死んでしまいそうだから何日かぶりに、外に出る事にしたが……久し振りに外に出たのに、雨だった。


「雨、か」


 それでも傘を差すほどでは無い、霧のような雨。今の気持ちには、晴天よりも…これくらいどんよりしている方がいいかもしれない。


 « 生きる理由が、欲しいか »


 「?」


 …………何だ、今の声は。

 周りを見渡すと誰も居ない。声を掛けられた、というよりも…全身に声が響く様な、不思議な感覚だった。気の所為かと思って、また歩き始める。


 あぁ、そうだ。妹が好きだった場所へ行こう…姿は見えなくても、妹は、そこに居る気がする。少しでも妹を感じられる場所に行きたい。


 « もう一度問う。生きる理由が欲しいか »


「!?」


 さっきと、同じ声。何なんだ、いったい。妹が死んで、気でも触れたのだろうか…。


 « 気の所為でも、気が触れた訳でもないから安心するが良い。私が御前の語りかけている »


 心に語りかけている……?

 いやでも、俺には霊感なんて無いし……こんな現象、今まで無かった。何だ、これ。普通にこわい。


 « 怖がることは無い。私が、御前に生きる理由を与えてやる »


「……生きる、理由……」


 « 欲しかったのだろう。ならば、くれてやる »


 やばい声と、会話してる。俺も気が狂ってんのかもしれない。あまりにも、気分が沈んでいた俺が作り出した……何だっけ、こういうの。イマジナリーフレンドって、やつ?


 « 私をそんな妄想の類と一緒にするな »


「……あんた、誰なんだよ…」


 « それは、後に知る事になる。今はまだその時では無い »


 声からして、女の人。それはわかる。胡散臭い占い師みたいな話し方だ……そう考えながら、足は止まらない。行きたかった場所へ向かっている。


 « 生きる理由を与えてやろう。その為に生きる御前を見たら、妹も喜ぶ筈だ »


「!」


 妹、が……喜ぶ…のか。本当に……?


 « 嗚呼、喜ぶとも。御前は、これから…新たな世界で、新たな生を受け、私の与える使命を果たす……それが今後御前の生きる理由だ。その為に懸命になる御前の姿は、妹もきっと喜ぶだろう »


「……あいつが、……そう思ってくれるなら、俺は……」


 何でも、出来る。


 兄貴らしい事、なにも出来なくて。白くなっていく妹に、何もしてやれなかった、無力な俺なんかでも……大切な、お兄ちゃんだって言ってくれて……あいつが……喜んでくれるなら、俺は何だって、やる。


 « よくぞ言った。ならば、その生きる理由を……御前の使命として、受けるが良い »


 妄想でも、夢でも、何でもいい。


 多分、今の俺は狂ってるんだと思う。


 全身に響く様な、頭に刻まれる様なこの声を聞きながら、妹が好きだった場所である教会に辿り着いた。


 此処は親父と母さんが式を挙げた場所。

 元気だった時、いつか自分も此処で結婚できたら良いな、と、言っていた。


 « 御前は、これから、とある二人を幸せにする為に、新たな場所で生きるのだ »


 その声と共に、教会のステンドグラスから差し込む光に包まれる。眩しくて目を瞑るとその一瞬、妹が見えた気がした。


「いってらっしゃい、お兄ちゃん」


 そして聞こえた声は、間違いなく………妹の声だった。



 ---



 目映い光に包まれた俺は、暗い海の中に沈んでいた。暗い海、というのは…例えなんだが。

 水面を内側を眺めているように、揺れている視界。手を伸ばしてみたら、指先が…泡のように溶けている。けれど不思議と、痛みも恐怖も無かった。どんよりとした眠気に襲われて、意識がふわふわとしている。


 « まだ意識があったとは、驚いた »


 あの声が聞こえる。

 言葉を返したくても声が出ない。唇が動いているという感覚も、無い。


 « 次に目が覚めた時、お前はもうお前では無くなっている »


 « お前はこれから、別の世界へ生まれ変わる »


 « 今は、ただ眠れ »


 あれだけ、やばいとか思ってた、その声が今は心地好くて、やがて俺の意識は……



 ---



「!」


「あ。思った以上にはやく目が覚めたじゃ〜ン」


 目を開けた時。おれの目に入ってきた人は、見知らぬ派手な女の人だった。

 なんというか、ギャル?みたいな……今までおれに話しかけてきた声の人、か…?


「師匠〜、成功しましたよォ」


 師匠…?成功?いや、あの声は…この人じゃないな、もっと落ち着いた静かな声だった…じゃあこの人は、誰なんだ…?それに此処は、何処だ。


 身体に問題ないか確かめる。痛みも怠さも無い、むしろ何だかスッキリしてる。指、足、動く。今おれは、ベッドに寝かせられているようだ。声は出るか、話しかけてみるか。


「あの、」


 ……ん?今のおれの声か。めちゃくちゃ可愛くなってるな?幼い子供みたいな声だ……もう少し暗くて野太かった気がするんだけど…。


「えーウソォ。もうしゃべれんの?フツー、半日は廃人になるんだけどォ。やばくない?」


 ハンニチ、ハイジン?すごく不穏な言葉だな。話したこと自体が、凄いのか?……これ起き上がっても、良いだろうか。


「あ、待って、待って。ちょい待ちっ。君はァ、所謂、別世界から来ちゃってるわけだから、この世界の空気に慣れてないでしょ〜。拒絶反応もあるかもだし、無理して動いたら、吐くかもしんないよォ」


「え、吐く?」


 拒絶反応?それに吐く?吐くって、どういう意味だ。あとやっぱりおれの声、可愛くない?でも別に吐くほど気持ち悪くないし…。


「でもォ、顔色は良いしィ。目が覚めンのも早いしィ…何より意識は、めちゃハッキリしてるっぽいねェ」


「あの、おれ……」


「おれ?あれれ?師匠〜、性別ミスってなぁい?」


 ……もう性別ミスってるとか、吐くとか知らん。おれは起き上がった。

 吐き気どころか、眠気も怠さも無い。身体が軽い。でも何か違和感……というか、喪失感?あるべき場所の重みがないと言うか…。


「ちょ、無理して動いちゃダメってばァ〜…ありゃりゃ?う〜ん?だいじょぶそ?」


 手も、足も小さい。まるで子供みたいだ。

 というかハダカ?ハダカじゃないか、おれ。どうなってる?身体を触って、部屋を見渡すと鏡らしいもので、自分の姿を見た。


「え、ええええええ!!??」


 確かに二十歳の成人男性だった筈のおれは……見知らぬ幼い女の子になっていた。見る影も無い。まったくの別人。別の顔。別の身体。


「あは、なぁんだ元気じゃ〜ン」


 試しに頬を抓ってみた。こんなこと夢だろうと思ったのに、確かに。確かに痛かった。




 知らない場所、知らない人。おれは本当に、あの声の通り……新しい世界で、新しい生を、受けたらしい…。

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