第十八話【 お待ちしておりました 】
『リ"ア"ぁぁス!!』
憤怒族の領土に響く怒号。
それはまだ少女のように幼かったサティンから発せられたものだった。
『サティンじゃん、どったのォ』
『テメェ……どういうつもりだァ…時期魔王長に選ばれたのによ"ぉ…ナゼ断ったぁ…』
『あーね。うち、もうマオウやめっからァ』
『あ"ぁ?笑えねぇ冗談だな"ぁぁ……?』
『え、マジマジ。ツバキはもう納得してるからねェ』
飄々としているリアースは、妹であるサティンの怒気を浴びながらも、平然として返事をした。
その態度や言動に対して苛立ちを隠せないサティンの身は、細かく鋭い鱗に覆われ、腰から伸びていた尻尾も太く伸び、手も足も……どんどんと、その身を怒りのままドラゴンにと姿を変えた。
基本的にビーストタイプ、インセクトタイプに分かれるマオウ族だが、極々稀に、ドラゴンタイプのマオウ族が産まれる。
マオウ族のみ扱える魔王力と、ドラゴンの血は頗る相性が良く……そのドラゴンの血を引くマオウこそ、魔王長に相応しいと言われていた。
リアースとサティンは稀であるドラゴンの血を色濃く持って産まれた、憤怒のマオウ一族だった。故に、真の姿は人型では無く、ドラゴンそのものの姿である。
『笑えね"ぇっつってるだろ"ぉ、がぁ!!』
ドラゴン化したサティンは怒りに身を焦がして吠え狂う。それを冷めた目で見上げているリアースは、今にも暴れ出しそうなサティンに対して、一言、
『うるさいんだけど』
恐ろしく巨大なドラゴンの姿と化したサティンへ向けて放った威嚇スキル。本来であれば憤怒の一族には通用しない筈なのに、サティンは抑え込まれた。威嚇スキルに含まれる一方的で圧倒的、乱暴な魔王力によって抑制させられた。
『あのさぁ。うち憤怒王だしィ、なんなら断ったけど、魔王長になりかけたわけじゃん?
勝てると思ってんのォ?アンタ、そこまで馬鹿だったっけぇ?』
『ぐ、ぅぅ……ぐる"ぅぅう"……!!』
『……もう飽きたんだよねェ。アンタや、マオウ族といること』
『っ、……!!』
『だからオシマイ。アンタのおねえでいることもおわり。もう今日からうちら何の関係も無いからァ』
リアースの言葉に、ドラゴン状態のサティンは瞳孔を開いて、睨む様に見下ろす。すると次第にその真っ赤な瞳から、ボタボタと大粒の涙を落とし始めた。
『な"んでェ……なんでだよ"ぉお"……リ"ア"ース…リアース"ゥゥッ…』
『…………』
『リアースがァ、…魔王長になれるって、知ってよ"ォ……どれだけ、嬉しかったと思ってんだよ"ぉぉ…あたしは、あたしはぁあ"……魔王長になった、アンタのためなら"ぁ、命を賭けても、』
リアースは言葉の途中に、パキン、と、指を鳴らす。
すると、ぷつんと糸が切れたようにサティンは前のめりに倒れながら、人型に戻り…そのまま眠りに落ちる。
まだサティンはドラゴン化をコントロールできるほど、魔王力を持っていなかったのもあり、リアースの催眠魔法にも、あっさりと掛かってしまった。
リアースは、眠るサティンを優しく抱き上げ、額へとキスをする。それにより、自身の持つ魔王力を分け与えた。
『……バイバイ、サティン』
『お別れは済んだんかいな』
その一部始終をどこかしらで見ていたと思える黒い影。和装を身に纏い、キツネの耳と六本の尻尾を生やしたツバキだった。彼女は次なる憤怒王の補佐官として名前が上がっていた。
『ツバキィ。憤怒王としての最後の命令ェ……サティンのこと、よろしくねェ』
ツバキは、リアースの腕の中で眠るサティンを渡される。受け取った後にリアースを見上げるツバキの目は、物悲しさと失望に揺れていた。
『ウチのことも……置いていきはるんやねェ…』
『ン?なんか言ったァ?』
『なァんもあらへん。去るならはよ去りや、裏切り者』
『……うん。ツバキ、今まであんがとねェ』
その夜……憤怒のマオウ族ことリアースは死に、魔女のキャロルが産まれた。それを知るのはマオウ族でも、極一部。
────
キャロルさんは、マオウだった。
本人いわく、元マオウ、らしい。
「まー……というわけでぇ、元々マオウの一族だったんだけど〜。まじパネェ大魔女のクリス師匠に弟子入りする為に、魔女になったわけェ。あれ〜?カガリっちには言ってなかった系??」
「し、しりませ、っ、……せんせいが、そんなっ、ま、まおう、だったなんて……」
「カガリさん、だ、大丈夫ですよ、キャロルさんは、ほら、も、もう、魔女で、マオウじゃ、ないからっ……」
「……ふたりとも、一度深呼吸したらどうだ」
だから、マオウについて色々詳しかったんだな…キャロルさんはキャロルさんであって、マオウじゃないって、わかってるけど………!
昨日、ユーシャを助けに行った時の仮面の人と言い、さっきのミノタウルスみたいな牛の魔物といい…そいつらが、ものすごくやばかったから、自然と恐怖で身体が震える……え、キャロルさん……マオウだったの…?しかも魔王長になりそうだった……????
「あは、ビビるのもわかるけどねェ。そっかー、アニィたんはともかく、カガリっちにも言ってなかったか〜。うっかりうっかり」
いや、うっかりレベルじゃなくないか!?ヒーラーについてのことより、そっちの方がおれ的に衝撃がすごいんだけど!!??
けど、……どうしてキャロルさんがとても強くて、知識があって、色々とできるんだろう、ということには納得した…。そりゃあ……それだけの経歴があったら、…出来るよな…。
「んま、マオウやめた理由は他にもあるけどォ」
「え?」
「魔王長になったらさ、人間と争うことになるわけじゃん?
そうしたらァ……家族とかね、トモダチとかもさ、魔王長であるうちを守るために命張ることも、有り得るわけでェ……もー、ぶっちゃけソレがイヤなんだよねぇ。
だからさぁ……どんだけ恨まれても、憎まれてもォ…逃げたかったのォ。
めーーっちゃ極悪マオウにも、大切なものを守りたァいって、気持ちがあったとかさ。まじウケんねェ」
「キャロルせんせい……っ、…」
キャロルさんは寂しそうに笑った。怯えていたカガリさんも、どこか悲しそうな目で見ている。
マオウは、マオウでも…キャロルさんみたいな、マオウが……もっと、いたらいいのにな。
「ま、あんまりゆっくりは話してられないけどねェ。どうやら、うちの場所がバレちゃったわけだしィ……あと家も結界もぐっしゃぐしゃだから、ちゃちゃっと直して、引っ越すね〜」
そう言って、人差し指を立ててキャロルさんはクルクルと回す。するとなんとも言えない浮遊感に襲われる。室内にいながら、まるで、家ごと飛んでるような……???
「わ、わわっ、」
浮遊感で足元がフラついて、尻もちをつきそうになった矢先、いつの間にかクッションが置かれていて、ぽふ、と、座れた。周りを見たら、カガリさんもユーシャも似たような大きめのクッションに埋まってた。
「そのクッションいいでしょ〜。もふもふ、ふかふかなの〜。あ、今移動しながらァ、また家をリフォームしてるとこだからァ〜、そのまま座っててねェ」
キャロルさんは浮きながら、サラリとすごいことを言ってる……移動して、リフォーム?…………キャロルさんに出来ないことって、あるんだろうか……。
移動リフォーム中(?)の間にも、キャロルさんは何やら魔法を掛けているように見えた。
また新しく、魔法の結界を作り直してる……の、かな。
移動の時間は、そんなに掛からなかった。
「はい、到着ぅ。引越しとリフォームも完了〜!認識阻害とォ、魔力探知妨害の二重の魔防壁を掛け直したから、もー大丈夫だかんねっ」
前は空と森しか無いような場所だった。いったいどうやって見つけたんだろうって思うようなところだったけど、今度はどんな場所になったのかな。
そう思っていたら、カガリさんとユーシャ、おれはキャロルさんに指輪を渡された。
「これは……」
「魔宝具ってやつ〜。それつけてたらァ、同じ魔宝具をつけてる人かァ、製作者以外には存在自体気づかれないっていう〜、魔力と実態が完全透明化する魔法の効果があるんだぁ」
「製作者以外って……これ、先生が?」
「まーねェ。うちはめちゃすごな師匠の一番弟子だしぃ、魔法薬も魔宝具もお易い御用なんだから〜」
胸張って、得意げにするキャロルさんの万能具合に、おれもユーシャもカガリさんも言葉を失った。
「け、けど、どうして、これを……?」
「あは、念の為、念の為〜」
そう言って、キャロルさんは手を叩いた。
すると、パッと瞬く間におれ達は、キャロルさんの家の地下室から、外に出れた。
「!」
外に出た途端に淡い光が一気に舞い上がった。
淡い光が漂っている…もう太陽が沈みそうな空の色と、膝下くらいの不思議な色をした花が一面に広がっている。
見渡す限り、その花畑は、果てしなく広がってるけど……ここ、って……もしかして…?
「ブレイブダムス……?」
ユーシャが呟く。花は不思議な色の光を放っていた。カガリさんも、その花を興味深そうに見ている。
「キャ、キャロルさん、新しい家の場所って、……ブレイブダムス…?」
「そう〜。多分、ベルファ……えーと、マオウ族の怠惰王がさ?なんかやばめの呪術魔法かけたせいで、人払いされてるっぽいしィ、しばらくは安全確保の為にィ、立ち入り禁止区域にされるみたいなんだ〜。
ちょーど、さっきぃ、ヒーローセンターから世界に向けてお知らせしてたっぽいから、まちがいないよ〜」
だ、だから透明化する魔宝具を用意してくれたのか……って、キャロルさん、あの牛の魔物と戦いながら、そんなこと確認する余裕があったのか。わかってたけれど、ほんとにすごいな……!
「アニィたんとユーシャっぴ。ブレイブダムスに用があったっぽいしィ……ちょうどいいでしょ?」
「でも、あの……ブレイブダムスって……こんなに花……」
「それはぁ、アニィたんの回復魔法の効果だよォ。パフェヒール・フィルスト〜。あれのおかげで、精霊たちも元気になったみたァい」
「おれの、……おかげ…?」
「昨日言ったの覚えてるかなぁ……この子達はぁ、守護精霊で〜……守護対象の魔力を養分にしてるからァ……自分たちが守ってる主がいなくなると自然消滅して〜……それから精霊の蘇生魔法かけてあげた方が良いって話ィ……あん時は、それがいいって思ってたけど、ちょい想定外なことになっちゃったからぁ」
「あっ、……」
ユーシャを助けに来た時、キャロルさんが話してくれたことだ。そうしたら、また守護対象を見つけるなり、新しい主を探すって、言ってたな…。
「私……こんなに大きくて、沢山のフェアリームは…初めて見たわ…」
「フェアリーム……?」
「精霊の魂が宿る花だ……精霊は皆、フェアリームから産まれる。けれど、これは…」
この淡い光は……もしかして、精霊なのか?でも……昨日よりも、光が強い…?それに、ユーシャの方にふわふわと集まっていっているような…。
「ん〜……この仕掛けは、アニィたんよりも、ユーシャっぴのマンマだねぇ」
「仕掛け…って、……?」
「……精霊達が……守護対象の魂を、死者の園に行かせないようにしている、らしい…」
「そ、そんなこと、できるのかっ?」
「いやぁ〜……さすがユーシャっぴの精霊王のマンマだぁ。うちの知ってる守護精霊よりも、相当格式高めだねェ」
「っ、……」
「ユ、ユーシャ?大丈夫か?顔色が良くない……」
「……大丈夫だ。精霊の数が多過ぎて……すこし、酔っただけかもしれない……」
……人に酔う、のと、似たような感覚か?確かにものすごく、精霊が集まってる……。
" コッチ、来テ "
「ん?なんか、声が……?」
" 精霊王様ガ、待ッテルヨ "
「……母さんが、待ってる……?」
「精霊王って……ユーシャの、お母さん…!?」
「わ、私にも聞こえます…!精霊の姿は見えないけれど……どうやらここの子達は、黒魔法を好まないようなので…」
「あは、みんなにも聞こえるとかァ……余程上級の精霊っぽいねェ」
" コッチ "
" ハヤク "
" 精霊王ヲ、待タセチャ駄目 "
精霊達が、川の流れのような曲線を描いて道を示してくれる。キャロルさんが先頭を歩いてくれて、案内されるまま着いていく。
そんなに遠くない距離を花を踏まないようにして進んでいると、大きな泉のような場所が見えてきた。
「はぁ、はぁ…ッ………」
「ユーシャさん、大丈夫…?」
泉に近付くほど、ユーシャは苦しそうな浅い呼吸を繰り返して、身体も微かに震えていた……精霊に酔っているわけではなさそうだ。
" ユーシャ、進ンデ "
" ユーシャ、止マラナイデ "
ユーシャの今の状態を理解した上でなのか、精霊達は問答無用だった……でも本当に、このまま進んで大丈夫なんだろうか。いざとなれば、おれが回復魔法で……なんとか、出来たらいいんだけど。
やがて辿り着いた泉は、まるでそこだけ何かに守られているかのように、綺麗に残されていた。
カガリさんに支えられているユーシャが近づいた途端、眩い光が泉の中心から空へ向けて伸びる。透き通る水面だが、底は見えなくて、徐々に泉は金色に染まっていく。
『お待ちしておりました』
すると、頭の中に響く声。
それは、間違いなく……ユーシャのお母さんこと、アーリィさんの声だった。




