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アンデッド・ヒーラー  作者: NICOLE
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第十六話【 それでも……ヒーラーになるのか? 】

 せっかくブレイブダムスに来てくれていた人たちを救えたと思ったのに、どうしてこんな、次から次に…!!

 キャロルさんの家が半壊されて……おれたちの目の前には、4メートルはありそうな、大きい…み、ミノタウロス?とりあえず牛の魔物っぽいのが、数体……カガリさんがお世話をしている魔獣や魔物と違って、すごく厳つくて、可愛くない。なんて言うんだ、こういうの……邪悪?


 おれは……今は幼い女の子だけど、中身は大人の男だ。カガリさんやユーシャのことを守らなきゃならない、と…って、思っているのに昨日の夜に遭遇した仮面の人の時のように、身体が震えて、止まらない…。


 カガリさんも怯えている、……のに、ユーシャは平然としている。すごいな……この中で一番、小さい子供なのに…、こ、こわくないのか…?


 そんなことを考えてたら……キャロルさんが、おれ達を庇うようにして前に立ってくれている。


「そんなこと、させるわけないっしょ」


「キャロルさん……!」


「ほんとはねぇ…転送魔法で、三人を安全な場所に飛ばしてあげたいんだけどぉ…律儀にも、うちの転送魔法が使えない様、妨害系の魔法が使われてるっぽいんだ〜……」


「せ、せんせいっ、……」


「カガリっち。二人を地下に匿ってあげて〜。そこなら絶対安全だしィ」


「でも、でも、せんせいひとりじゃ、……」


「あは、だいじょぶだいじょぶ!ちょこーっと本気だすからァ…そうしたら、三人のこと巻き込んじゃうしィ。だから、カガリっち。アニィたんとユーシャっぴのこと、よろしくねん」


 不安そうなカガリさん…でも、キャロルさんの邪魔になるかもしれないなら……それは、おれ達は下がった方が良い、のか。


「カガリさん…キャロルさんは、きっと大丈夫です、…すごく、強いのはおれも知ってるので…」


「でも……」


「……大丈夫、に、します…おれが」


「アニィ、さん…?」


 震えてる場合じゃない。……おれに出来ることは、もうとっくに決まってる。手のひらに、魔力を集中させて、キャロルさんへと手を翳した。


「パフェブルスト・オートリスタ!」


「!!」


 何度も失敗して掛けてしまった魔法。


 初めて望んで使用したのが、昨夜ユーシャを守る魔法を解除する時だけど……実際、この魔法の力に、ちゃんと頼るのは初めてだ。


 キャロルさんの周囲を透き通る緑の光が包んで、シュワシュワと細かな泡が弾けて、眩い細かな光の粒子に包まれた。


「わ〜お!もーーーーアニィたんってば、まじ、ぱなぁい!これじゃあ、手加減出来なくなるじゃーん!」


「キャ、キャロルせんせい…?」


 ……な、なんかめちゃくちゃキャロルさんのテンションが上がってる。え、あっ、合ってるよな…?これ、間違ってない?


「ぐも"おおお!」


「る"る"る"ぁあ"!!」


「キャロルさん、あぶない!!」


 キャロルさんに魔法を掛けた途端、急に荒ぶり出すミノタウロス。まとめて、一気にキャロルさんへ襲ってきた。


 けど、


「ぶも"ぉぉぉ!!!」


「ぐる"ぁあ"!!!」


 凄まじいスピードでキャロルさんに向かっていったミノタウロスが、一瞬にして勢いよく弾き飛ばされた。更に家の壁に穴が開いた。


「あは〜。ど〜〜したのぉ?待たされて、怒っちゃったァ?ごめんね〜。今からァ、気の済むまで、たぁっぷり相手してあーげーる〜!」


 こ、これが、パフェブルスト・オートリスタの効果なのか……?キャロルさんの目が赤く光って、頭から角みたいなのが…!?


「あんなキャロル先生……初めて、見た…」


「カガリっち〜!はやくはやくー!ミノタウロスっていうかぁ、うちから逃げて〜!!!もーーーやばーい!おさえきれないの〜〜〜!!!!」


「は、はいっ……あの、二人とも、こっちに…!」


 ユーシャも流石に唖然としている。

 カガリさんは、大丈夫だと確信を得たのか、おれとユーシャを、地下の方へ誘導してくれた。


「きゃはーーー!」


 ………キャロルさん。家、壊さなかったらいいけど…。


 ---


 地下は、キャロルさんが薬の調合に使う為か、何かの目的で世話をしている魔獣や魔物達の飼育スペースになっている。

 檻やケージには入ってなくて、色んな魔物や魔獣がのびのびと種族問わず仲良く、のんびりと過ごしている。ここなら安全だって言ってくれた通り、外の音や振動や、衝撃も感じない……魔物や魔獣がストレス無く過ごせるように、かな……。


 地下室の扉を閉めたら、カガリさんがドアノブに何か結んでいる…?


「とりあえず、ここに居たら……安全なはずよ」


「カガリさん、これは……?」


「扉の近くに来たら、一時的だけど…目隠し状態にする、黒魔術。時間稼ぎにしかならないし……先生がああいう状態だから、多分大丈夫だと思うけれど」


 ドアノブに結び付けられた、黒と紫の二色のリボンみたいで……そこから黒々しい気配を感じる。

 これが、魔術……何も無いところから火や水を生み出す魔法と違って、ちゃんと理屈が伴って発動されるもの。

 この黒魔術に使われたリボンには、カガリさんの黒魔法が込められているんだろうか。


「……オレが、強かったら、……キャロルと一緒に戦えたのに」


「そ、そんなこと言ったら、おれだって…戦力外だしっ」


「……ううん。もしユーシャさんや、アニィさんが戦えたとしても、先生は巻き込んだりしないわ。さっきみたいに、キャロル先生じゃ、どうしようもない事は例外だけど」


「さっきみたい、に?」


「ブレイブダムスの件。アニィさんじゃなきゃ、救えなかったから……」


 マオウが仕掛けてきた、ブレイブダムスへの災いの魔法。底無しの魔力と、ヒーラーの適性があるおかげで、何とかなったみたいだった。

 でも実際、ガムシャラで使ったものの……凄かったな……パフェヒール・フィルスト。まるで、一斉に花が咲き広がっていくような、光景だった。


「アニィ」


「ん?」


「さっきは言いそびれたが……ブレイブダムスに来てくれた人達を、救ってくれて…ありがとう。これ以上……ブレイブダムスで、悲しいことは起きて欲しくなかったから」


 そう言って、おれを見るユーシャの顔は、ブレイブダムスに行く前よりも、少しは元気になっている気がした。


「アニィは、ヒーラーとして、これからも生きていくのか」


「あぁ、もちろん!」


「……そうか。だがアニィ、ヒーラーは、」


「ユーシャさんっ!」


「えっ?」


「ユーシャさん……それは、まだ…」


「アニィがヒーラーとして生きることを選ぶのなら、知っておかなきゃ駄目だ。それは手遅れになる前に、伝えるべきじゃないのか」


「そうだけど……ッ……わかったわ、私が話すから」


 な、なんだ?どうして、ユーシャとカガリさんが、ピリピリしてるんだ…?


「アニィさん」


「はい…っ……」


 なんだこの、緊張感は。

 カガリさんは、不安そうで、ユーシャは何を考えているかわからない顔でおれを見た。


「アニィさん程じゃなくても、ヒーラーの素質がある人は少なくない……けれど、その人達はヒーラーになることは、ないの」


「そう、なんですか…?あ、でも、それって、回復魔法の習得難易度が高いから、ですよね?確かキャロルさんが言ってましたっ」


 ライムとの修行中、キャロルさんがそう言っていたことを思い出して、聞いてみたが、カガリさんは首を左右に振った。


「それはあるかもしれないけれど……でも、違うわ。大きな理由として、挙げられるのは……周囲にヒーラーになることを、止められる」


「え……どうして、…?」


「止められる……いいえ、反対される」


「は、反対!?でも、ヒーラーって……ヒーラーは、っ、……」


「ヒーラーになることは……マオウに狙われ、人間を敵に回すことになるから」


 どういうことだ……?

 ヒーラーって、回復出来て、強化も、してくれて……それに、人を救えて、……とても、すごい職業なのに…?反対されて、敵に、回す?

 まあマオウにとって、どれだけ攻撃しても、追い詰めても、回復されたり、強くされたら、敵からしたら面倒だし……マオウ側からすれば、厄介かもしれない。


「……グリムアールの話、覚えてる?」


「はい……あの、世界で初めてのヒーラー、ですよね」


「そう……そのヒーラーであるグリムアールには、子供が出来て……その子供も、子供を作って………グリムアールを始めとして、優秀で、有能なヒーラーが生まれていった」


 つまりヒーラーは、グリムアールを発端として広がっていった、ということか。

 どうして、カガリさんは急に……グリムアールの話をするんだ……?


「グリムアールの血を受け継ぐ子孫や、それに関わって影響されてきた人達は……世界を渡って、回復魔法の基礎を伝えて、教えて、広めていき……ヒーラーは、この世にとっては存在して当たり前で、欠かせない存在になっていったわ」


 それなら、なんで……今は、ヒーラーになろうとしている人を反対してしまったり、するんだろう。


「ヒーラーは、色んな場所で活躍していた。それこそマオウ討伐を始めとして、色んな街や国の教会で人々の病気や怪我を治す為に派遣されたり……国家回復員や、宮廷回復師になっていったわ」


「国家、宮廷…?」


「その国だけのヒーラーか、宮廷…わかりやすく言うと、国王に仕えているヒーラーがいたのよ……それくらい、ヒーラーは重宝されて、需要も高くて…………ヒーラーはどれだけ居ても、困らなかった……むしろ、足りないくらい…」


 ……カガリさんなら、簡潔に説明出来るはずなのに…何だろう。遠回しに、言っている……?


「でも、ヒーラーは……利用、されすぎたの」


「利用……?」


「この世界では、マオウだけじゃなく、国との争いもある……領土争いを始めとして、……今はあるかわからないけれど、当時はマオウに従える国だってあったの」


 マオウに、従……マオウ側の人間もいたって、こと…なのか……?


「そして……前線で戦っていた人達を、回復して、何度も何度も戦わせた……それにより、生きて帰れたとしても、心が壊れてしまっていた…」


「ッ……」


 戦っていた人達……傷ついた人を、回復させて、何度も戦場に放り出した…?


 戦争なんて、参加したことも見たことも無い。けれど、どれだけ凄惨で、酷いことか、知っている。そんな、場所に……例え、五体満足で、傷が癒えたって……そんな、の。


「それは、キッカケに過ぎなくて……」


「っ、……」


「その戦争を見ていたマオウは、ヒーラーに価値を見出して……グリムアールの子孫で、生まれ変わりとまで言われたヒーラーを、マオウの手に堕とした」


「……!?」


「そのヒーラーの回復魔法は、マオウ達にとっても大きな力となって……マオウも、他にも多くのヒーラーを自分の傘下に置いた。

 それにより、この世界は100年余り、マオウに支配されていたけれど……その支配されていた歴史を終わらせてくれたのが、当時の勇者たちだったわ」


「っ、……」


「……その時の被害や、犠牲になった人達はあまりにも多すぎた。アニィさんには教えていなかったけれど、これを歴史上では"絶望の120年"と、云われているのよ……ヒーラーは、マオウの手先だという認識を植え付けるには十分で…………そのせいで、この世界では……暗黙の了解として、ヒーラーは存在してはいけないことになり、習得難易度が高くなったのも…善の神、シャーロによるものと、伝えられているわ」


「そ、んなの、っ、……ヒーラーは、何も悪くないんじゃ、……」


「……当時の人達の文献や資料には、命乞いをしてもマオウ側に堕ちたヒーラーは助けてはくれなかった。救える力があるのに、それを我々のために使ってはくれなかった。そう記されているものが多いのよ」


「そんな……」


「マオウに心を支配されて、操られていたわけでもないの。ヒーラーの素質がある人は、そういった催眠や洗脳系の魔法は自然と無効化するから……」


「脅されていたかもしれませんよね?逆らったら、殺されるかもしれないし……そうだとしたら、助けたくても、どうにも出来なかったんじゃ……」


「……だとしても、我が身可愛さにヒーラーはマオウに心を売ったのだと…そう、認識されているかも、しれないわね」


 酷い。あまりにも、酷過ぎる。


 酷いし、理不尽で……あまりにも、……あまりにも、……っ、…その時のヒーラーの人たちのことも、当時の人たちの事を考えたら……つらい…。


「今でも、ヒーラー狩りなんていうのがあるわ」


「ヒーラー、狩り?」


「ヒーラーはマオウの戦力となり、再び世界は恐怖に包まれる。だから、ヒーラーは……この世から消さなくてはいけない…そういう思考の人が、この世界に沢山いるの……"絶望の120年"を再び起こさない為に、ね」


 カガリさんは、おれの顔色を見ながら、話してくれているんだろう。今とても……悲しい顔をしている。本当は言いたくなかった、という風にも……見えてしまって。


「……カガリが、話した通りだ。ヒーラーになるということは、この世界を敵に回すという事になる……マオウに引き込まれるか、人間に忌み嫌われ、命さえも狙われる……その二択だ」


 ユーシャは……おれを真っ直ぐ見て、そう言った。カガリさんは、俯いている。少し、震えているようにも見える。


「それでも……ヒーラーになるのか?」


 ヒーラーに……なっちゃ、いけないのか?


 ヒーラーになることは……世界を敵に回すことに、なる?



 そんなの…………絶対に、おかしいだろう。




「……カガリさん。話してくれて、ありがとうございます」


「アニィさん……」


「ユーシャ。おれの答えは変わらないよ」


「…………」


「おれは、ヒーラーだ。けれどマオウに従う為じゃない、ましてや世界を敵に回したいわけでも、人間を裏切りたいわけでもない」


 ユーシャは目を逸らさない。

 おれもユーシャから目を逸らさず、少し強ばってるかもしれない声で話す。


「ヒーラーだから……君も、ブレイブダムスに来てくれた人達も、救えたんだ」


 むしろ、どうして向こうの世界でもヒーラーじゃなかったのか。その悔しい気持ちが、いつまでもおれの胸にある。


「今のおれには……もったいないくらいの、救える力がある……救いたいというのが、おれのわがままで、勝手で、余計なお世話で、お節介だとしても!」


 あの日聞いた、命の終わりを知らせる機械音と、ベッドに横たわる真っ白な妹が脳裏を過ぎった。


「何も出来ずに、失うのは……もう、嫌なんだ」


 視界が涙で滲む。声が掠れる。

 きっと今のおれは、ひどい顔をしているかもしれない。

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