第十四話【 っ、おれで、いいんですか!? 】
精霊達が怯えていると言って、顔色を悪くするユーシャ。映像の中の光景は、特に何もおかしい事は無い。
「ンー?どゆことぉ?ユーシャっぴは、精霊達と仲良しなカンジィ?」
「……仲良し…というか……」
ユーシャの顔が少し引き攣った。キャロルさんの表現、なかなか独特だからな。仲良しって、言えば……もしかして。
「ユーシャは精霊に愛されてるって……ユーシャのお母さんが言っていました。それは、関係ありますか…?」
「あーね。うんうん、ありあり〜。精霊族はめちゃくちゃ仲間意識が強くて、すっごぉい仲良しなの。だから、同じ属性の精霊同士であれば、感情をシンクロさせたり、精霊自体の能力や記憶を共有する事もできるんだァ。
ユーシャっぴは、純血の精霊族じゃないのに、そういうのもキてんだね〜……まぁでも、マンマが精霊族だしィ、その血や能力とか遺伝してても、おかしくないかァ」
キャロルさんの言う通り、お母さんが精霊族ならそれも有り得る……じゃあ、ユーシャの今の状態は、ブレイブダムスに残ってるあの弱っていた守護精霊達と、感覚がシンクロしてるって、ことなのか?
「キャロル先生……今、私も確認していますが……ブレイブダムスで何か嫌な気配を感じます」
「カガリさんもわかるんですか!?」
曇った表情で、不穏な事を口にするカガリさん。思わず、もう一度ブレイブダムスの映像を見たら……何だか、お祈りしてる人達の顔色が悪い気が……?
「これは凄まじい恨みと、憎しみを込めた呪術魔法の類です。それも国全体を、呪おうとしている規模かと……」
「カ、カガリさんの身には、何も無いんですか?ざわざわする、だけ……?」
「ええ……私の身体に、大きなマイナスな影響も無いわ。胸騒ぎがして、少し気分が悪くなる程度…呪術に夢中となった御先祖様の能力が一部引き継がれている私達の家系では……魔力を消費して、呪術や黒魔術を調べる事が出来るの。
これは、とても…危険な呪術魔法なのは間違い無い。彼の言う通りブレイブダムスに来ている人たちが、危ない……」
ユーシャと、カガリさんの様子を気にしながら、映像を見ていたら……ブレイブダムスに来ている人達が、ひとり…またひとりと…突然地面へと崩れていく…その光景に、おれは背筋が凍った。
「っ、うう……!」
「ユーシャ!?」
ユーシャの苦しそうな声に、我に返る。唸りながら、震えて……すごく冷たくなっている。
どうして、ユーシャまでこんなにつらそうなんだ……これがキャロルさんの言う…精霊とシンクロしてるって、ことか…?
「この呪術魔法は国全体を呪おうとしてる、ねェ……カガリっち、他に何かわかったことあるゥ?」
「……今ブレイブダムスに来ている人達は皆、外傷も無く倒れていっているので……この国に踏み込んだ時点で、病魔に襲われる仕組みにもなっていると思います……」
「びょうま?」
「簡単に言うと、病気を振り撒く精霊のことよ」
「そ、そんな、悪い精霊もいるんですか!?」
「……元々ブレイブダムスにいる、精霊も、その魔法のせいで病魔にされている……」
支えているおれの手を握って、ユーシャは苦しそうな呼吸を繰り返しながら、そう言った。
「精霊は、産まれた時から善悪も、役割も決まっているんだ……今、ブレイブダムスにいる精霊達は、…無理矢理病魔にされて、嫌がってる……悪いこと、したくないって……」
「…!!」
「こわがっている、おびえている……このままだと、ブレイブダムスに来てる人たちに、酷いことしてしまうって、……泣いてる……」
……まるで、精霊の気持ちを代弁してるみたいだ。シンクロしてるから、ここまでわかるのか……?次第に、ユーシャの顔が険しくなっていく。
「ブレイブダムスの精霊達が、シンクロも出来ちゃうユーシャっぴへ、必死に助けを求めてるって、カンジだねぇ〜」
「っ、……オレには…何も、できないのに…」
苦しそうに、悔しそうに歯を食いしばるユーシャに、おれは一瞬……妹に何も出来なかった自分と、重ねてしまった。
「ユーシャ……」
握ってくれた手を握り返して、おれはユーシャを横に寝かせると、キャロルさんを見上げた。
「キャロルさん…どうにか出来ませんか。今すぐ、ここの人達を助けられないですか!?」
「どういう魔法か、これだけじゃ詳しくはわからないけどぉ〜……カガリっちの言う通り、病魔系の呪術魔法ならァ……大量の治療薬がいるなァ……けど、うちが持ってるものじゃ、全然足りないしィ……」
映像から、苦しんでる人達が次々に映し出される。大人から、子供まで……その姿が、妹と重なって、心臓が痛くなった。
これは……おれじゃ、助けられないのか?おれじゃ……まだ、ダメなんだろうか……。
「………あ!そうだぁ!ここにアニィたんがいるじゃーん!」
「っ、おれで、いいんですか!?」
「むしろアニィたんじゃなきゃ、だめ〜〜〜!ここに、めちゃやばヒーラーのアニィたんがいるじゃーーん!」
キャロルさんの顔が一気に晴れやかになって、おれも釣られて安心した。
「じゃあ、アニィたん行こっかァ」
「はい!」
「二人とも、またそんな危険な場所に……!」
「だって、このヤバたんな状況を救えるのォ、アニィたんだけだもーん。死んじゃったら、手遅れだから、ねェ」
「で、ですが…」
「だーいじょぶぅ。ブレイブダムスからはちょーっと遠い場所でぇ、やってもらうからァ〜。多分この呪術魔法も、ブレイブダムスだけに向けられてるっぽいしィ」
一旦、ユーシャのことはカガリさんに任せる事にして、すぐにキャロルさんと一緒に向かうことにした。ユーシャは、何が何だかわからない、とでも言いたげにキョトンとしている。
「っ、……あんた、これをどうにかできるのか…?」
「うん、おれはヒーラーだから!」
「…ヒーラー……?そんな、……本当に…?」
「本当だよ。君は、ここでカガリさんと待っててくれ」
まだ具合が悪そうなユーシャの頭を撫でて、おれはキャロルさんの傍に行く。
「んじゃ、ちょい待っててねェ〜?」
「だ、大丈夫なのか?」
「……ええ。私も、行かせたくはないけれど……この状況をどうにか出来るのは、先生の言う通り、アニィさんだけ。本当に……すごいヒーラーだから。信じて、大丈夫」
「カガリさん……」
カガリさんの言葉に、何だかくすぐったくなってしまう。すごい、ヒーラーか……カガリさんに誉められると、嬉しいな。口許が緩みそうになるけれど、自分の顔を叩いて喝を入れる。
そして、キャロルさんはいつもの様に、その場で手を叩くと一瞬にして、景色が変わる。
「って、うぅ、わぁ!?」
「あは〜。うちから離れたら落ちちゃうぞ〜?」
「と、飛んでる!?飛んでるんですか、これ!」
「んー、とんでるっていうかぁ、浮いてるぅ?浮遊魔法的なやつ〜」
「どうして、わざわざこんな…?」
「上からの方が見えやすいっしょ」
後ろからキャロルさんに抱かれた状態で、移動した先は……空?空って言うのか?この、浮遊感。地面に足がつかない、地面との距離が遠い気がする。
高いところは、苦手じゃないけど…これは、少しこわい。キャロルさんのことだから、落としたりはしないんだろうけど……!
見えやすいから、というキャロルさん…何か考えあってのことだ。
そう思いながら、足下に視線を下ろしたら、周囲一帯が濁った橙色の…霧のようなものに包まれていた。何処を見ても、地面は見えずにおれが見える限りの地上には霧が広がっている。
もしかして、この下が……ブレイブダムス……!?
「あれは、ビーオヴィルズ・レニィ・フィルストだねェ…」
「…びー、…?」
「怠惰のマオウ族の長、ベルファだけが使える呪術魔法だよォ」
「それって、どういうものなんですか?」
「簡単に説明すると、カガリっちが言った通り……病魔をばら撒く呪術魔法。その土地に精霊が居たら、それも病魔にしちゃったりね。怠惰王のベルファは、その名の通り怠け者だからねェ……自分は何もしないで、こうやって呪術や黒魔術を使ったりィ、自分の配下のマオウ族を使って襲ったりとかするわけェ」
キャロルさん…随分詳しいな。それとも、やっぱり…マオウ族のそういう魔法や特徴を知るのは、この世界での常識なのだろうか。
「あれはブレイブダムス全体に掛けた呪術魔法っぽいねェ。重苦しいオレンジ色の霧が、その呪術が効いてる証拠」
「…っ、……ブレイブダムス、全体…」
ブレイブダムスの為に来てくれた人、皆を苦しめているなんて、あまりにも酷過ぎる……。
「ビーオヴィルズ……魔力を餌に身体を蝕む病の精霊。魔力を根こそぎ奪って、代わりにウイルスを注ぎ込んで殺す気かもォ」
「し、死んじゃうんですか!?」
「即効性のある呪術だからねェ……。呪術は黒魔術よりも強力な分、危険性やリスクが高いのォ。でも、マオウ族はもともと呪術や黒魔術とは相性が良くてェ、簡単に扱えちゃうんだから、厄介なんだァ」
「じゃあ、急がなきゃ…!」
「ヒーラーは回復魔法を使う時、対処すべき魔法の事を、よ〜く知る事が必要なんだけど〜……今のアニィたんは、少しの情報だけでも、それに適応した回復魔法が使えちゃうから良いよねェ」
キャロルさんは、おれを抱く腕に力を込めて、ブレイブダムスを覆う、濁ったオレンジの霧を見つめた。
「アニィたんに使って欲しい回復魔法は、パフェヒール・フィルスト。
向こうも範囲魔法なら、こっちも範囲魔法で、ねェ。正直向こうの呪術魔法はめちゃ強いっぽいけどぉ……アニィたんの魔力の質は前よりも、ずーっと高くて、練磨されて、洗練されてるからァ……アニィたんのパフェヒール・フィルストなら、マオウ族の呪術魔法もぶっ飛ばしちゃうよん」
キャロルさんの言葉に、自信が湧く。
おれの回復魔法が……マオウ族の魔法に、勝てる。
範囲型の上級回復魔法、パフェヒール・フィルスト。
それは、病気だけではなく、怪我も、何でも治す事ができる万能の回復魔法。使用者の魔力次第で幾らでも、範囲を広げられる。
範囲が広く対象が多ければ、その分、魔力の消費量がとんでもなくて、術者に負担がかかるけれど……おれの魔力は、無尽蔵。
「どれだけ魔力を使っても、魔力感知されないよう、うちがアニィたんを隠してあげる。フルパワーでやっちゃえ〜!」
「はい!」
意気込んで、おれはブレイブダムスを覆う霧を見下ろした。
魔法を掛けたい対象のある方向へ、手の平を向ける。
魔力が集まって、手がじんわりと暖かくなるのを感じる。魔力を大量に消費する分、イメージしている器の形を更に大きくしていかないと……。
……いや、まだまだ、こんな大きさじゃ足りない。もっと、もっと、たくさんの人を救う為に、魔力が必要なんだ……こんな大きさじゃ、魔力が溢れて、……
いや、もういっそ……溢れさせてしまおう。
おれには魔力が幾らでもある、らしいから。
マオウ族の呪術で苦しんでいる人を。
一秒でも早く、一人残さず、一気に癒してみせる。
「パフェヒール・フィルスト!!」
呪文を口にした途端。ズンッ、と、一瞬身体が重くなったけど、すぐにその重さは引いた。
ブレイブダムスを覆う濁る橙色の霧ごと、淡い緑と金色の光が地面から一瞬にして広がり、眩しい輝きを放つ。
不思議とおれはその光に目が眩むことは無く、両手を向けたまま、色が塗り替えられていく様に、優しい緑の光が国全体を覆い尽くした。
「やっぱアニィたん、やばいわぁ」
なんて、キャロルさんの呟きが聞こえた気がした。やがて光は弱まると共に、次はパシャ、と、大きな泡が割れるような音がして、キラキラと瞬く金色の粒子が国に降り注いだ。
その光景に、おれは自分が掛けた魔法だとわかっていても、見蕩れてしまった。
「さ、戻るよ、アニィたんッ」
「は、はい!」
焦ったようなキャロルさんの声に、ハッとして返事をした後、おれを抱いたままキャロルさんは手を叩いて、移動した。
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ベルファがブレイブダムスへ掛けた特級呪術魔法、ビーオヴィルズ・レニィ・フィルスト。
それはどれ程大きな国であれ、一瞬にして悲劇と絶望に変えてしまう、呪術魔法。
この魔法が掛かった地に足を踏み入れたが最期、その土地を巣食う病魔と化した精霊達により、命を奪われる。
長年、勇者の故郷として慕われ、愛されてきた国が、二度と復興しないよう、土地を呪い、災いの国へと変えられようとしていた。
そんなことを躊躇なく、やり遂げるのがマオウ族、怠惰王ベルファの所業。
その呪術魔法を解呪するには、術者本人……つまりベルファを倒さなくてはならない。それ以外の方法など、シャープは知らない。
今までもこうして、土地が呪われて、やがて怠惰に従う魔物やマオウ族の領地となってきた。失敗なんて、するはずもなければ、有り得なかった。
透明化したシャープが、ブレイブダムスに訪れる人々の苦しむ様を確認しに行った。
また、いつもどおりの光景だった。この後、人間達は病魔により殺されて、ブレイブダムスへ向かった人達は戻らなかった、あそこは呪われた土地になってしまった、と、嘆いて終わる。
いつもどおり、そうなる。
そう確信して、帰ろうとしたシャープだったが、いつもどおりではない、出来事を目の当たりにした。
「うそ……」
虫の知らせ、なんて、インセクトタイプのマオウ族の自分が言うのはあまりにも皮肉だろう。
今回はなんだか、嫌な予感がした。
いつもどおりと思ったけれど、それを遮る何かがあった。
ベルファの呪術魔法が、高精度な白魔法に上書きされた。
シャープが呆然としたのは束の間、怠惰のマオウ族とは思えない俊敏さで、ディーヴィル国の、ベルファの城に戻った。
ベルファの寝室前には、怯えるミノタウロスのメイド達。シャープも嫌な予感がしながら、寝室に足を踏み込んだ。
「……!!」
眠った筈の、ベルファが起きている。
起きているだけではない。
まるで、シャープが来るのがわかっていたかのように、開いた扉の前で、目を開いて、自分の足で、まっすぐと立っていた。
「おかえり、シャープ」
見下ろされる圧迫感。その目は、真っ黒だった。
「なにがあったか、教えてくれる?」
そう言って、シャープの手を握る。
シャープは命の危機を覚えながら、ベルファの寝室の扉はゆっくりと、閉まった。