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アンデッド・ヒーラー  作者: NICOLE
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第十四話【 いつもどおり、で、良いんじゃない 】

 マオウ族の国、ディーヴィル。怠惰王の城。


 その城主であるベルファは、広過ぎるベッドの上で、自分よりも大きいクッションを抱きながら、右に左に転がっている。


 ベルファのそばには、常にメイドのミノタウロス達が控えている。怠惰王であるベルファは、自分から着替えや食事、入浴など一切しない。そんなベルファの身の回りの世話を甲斐甲斐しく行う為に彼女達が存在している。

 

「うーーーー…………」


 最低、三ヶ月は眠らなくては不機嫌なベルファ。

 そのベルファを寝かせる為に、メイドのミノタウロス達が枕を変えたり、ベルファのお気に入りの睡眠効果を高めるオルゴールを準備をしているが、ベルファは眠りそうに無かった。


 不眠の原因は、昨晩のブレイブダムス消滅と、その件が問題でマオウ族から除名され、全滅した暴食の一族の事について。マイペースで、怠惰を極めるベルファにとって、すぐには処理がしきれない程の出来事。

 禁じられているマオウ族同士の争いは、暴食の一族を除名する事で、合法的なものになった……そんな昨晩の出来事を、ふと思い返してしまい、惜しい事をしたかもなぁ〜……と、遅過ぎる後悔のせいで、ベルファは寝付きが悪かった。


 暴食の一族は、単体で嫌われている強欲王のボスとは別に、暴食の一族ごと嫌悪されていた。

 元よりマオウ族は自分以外の一族とは決して相容れないが、特に暴食の一族は王だけではなく民も含めて、問題が多かった。


 暴食の民は、王と同じくして常に飢えており、力の弱いマオウ族を捕食していた。それは暴食の一族同士ではなく、他のマオウの一族の民を食べていたのだ。

 それは禁じられているマオウ族間での争いと同様の行為……禁忌を犯す民を咎めるは王の勤め。

 だが、それを勧めていたのは、他でもない暴食王だ。民は王の意思に従っていただけに過ぎない。

 当時、他のマオウ族に指摘されても、歴代の暴食王は平然とした態度で振舞い、皆口を揃えて同じ事を言っていた。


『私たち暴食の一族は、何も間違ってはいないのだわ。

 弱いマオウ族を私の民が食べることで、身体の一部となり、共に生きる。つまりは、血となり肉となり、我等暴食の一族の力になってくれているのだわね。協力する事は禁じられてはいないのだわ。

 せっかくマオウ族として産まれる事が出来たのに、弱いままなんて哀れで、無様なのだわ。

 それならば私の民の糧となり共に過ごす方が、きっと幸せなのだわ』


 暴食王は毅然としていた。


 しかし暴食の民の特性は、まさにその通りで、食べた生き物の力を自分のものにする。弱いマオウ族であれ、それを糧に出来る。

 更には、そもそも食べられる事は同意の上だから問題無いのだわ、とも言った。


 故に、クーロからのお咎めも罰も無かった。


 しかも、そんな無差別に他の一族の民を襲っておきながら、あの強欲の民と、色欲の民には被害は無いのだから、余計に気に食わない。

 無差別では無く、ちゃんと区別をしている……そこに強い悪意を感じた。


 しかし、ここで同じく襲おうものならば、それは結局、規則を破る暴食の一族と同じになる。そういった事から、暴食の一族は他のマオウ族との衝突が多かった。


 怠惰の民も、随分食べられている。普段怠けているベルファも、それを忘れた訳では無い。ただ、今。それを思い出してしまった為、ひとつ遅れて、殺意がふつふつと湧いてきた。


 産まれたばかりの暴食王に、関心は無い。

 ブレイブダムスが無くなった事に関しても、クーロへの寵愛の対象になる可能性があるとしても、ベルファはそれらに他の王と違って、強い執着は無い。


 ただ、自分の民に手を出してきた暴食の一族自体には、嫌悪をしていた。

 食べられた自分の民の無念を晴らせるならば……一族の王として、晴らしたかった。


 昨晩、ボスに焚き付けられたとは言え、三人のマオウ族の王が動いたのも、その件は少なからずあるだろう。


 けれど、怠惰王のベルファからすれば、憎いという殺意や感情を抱く事すら、煩わしい。それが第三者のせいで込み上げる感情なら、尚更。

 他のマオウ族の様に、気に入らないことがあれば暴れたり、他の種族の魔物や魔族を襲ったり、八つ当たりが出来れば良いが、怠惰なベルファにはそれが出来ない。

 いつもなら、もういっか、で、片付けられるのに、今は片付けられず眠れられない程の後悔と、暴食の一族に対する恨む気持ちに、悩んでいた。本来ならば悩むのもベルファにとって、ストレスだ。


 故にベルファは、良くも悪くも何事にも無関心だ。

 それが一番楽だから。そんなベルファに関心を持たせたり、好奇心を抱かせられるのは、色欲王のアキュリスのみなのだから、そこもまた色欲王として、一目置かれるところではある。


 滅多とは無い、この状況。

 そうなった時こそ、ベルファは"彼女"に頼る。


「…しゃーぷ〜……しゃーぷちゃ〜ん…しゃーぷたーーん…しゃーぷちゃまぁ〜…」


「変な呼び方、やめて……」


 広過ぎるベッドの上で、ころころしていたベルファは、寝転がったまま名前を呼ぶ。


 すると、何も無いところから、すー…っと、姿を現したのが、シャープと呼ばれた少女だった。


 マオウ族は大きく分かれてインセクト(昆虫)、ビースト(獣)の二種類のタイプに分かれ、シャープはインセクトタイプのマオウ族だ。

 全体的に長い黒髪を緩く束ね、二本の触覚のような髪がピコピコと揺れ、特徴的な睫毛と赤い瞳。頭の真ん中に沿って短い角が縦並びに生えており、その腰には自在に動く長い爬虫類の様な尻尾が生えている。


「あ、いたー……しゃーぷ〜……きいてよぉ…ぼくってばぁ…もったいなぁいこと、しちゃった〜……」


「……いつものことでは」


 シャープは、ベルファが怠惰王となる前より、歴代怠惰王の臣下として仕えていた。

 右腕として迎えられたのがベルファが怠惰王に昇進してからだ。


 シャープがまだ臣下だった頃。怠惰王の候補となっているマオウ族の民達の監視をする役割を担い、その中にはベルファも含まれていた。

 当時から色々と気に掛けてくれたシャープを姉の様に慕って懐き、ベルファが怠惰王となった際には右腕に指定した。


 壁に張り付いていたシャープは、ぬるりとした動きで壁を滑らかに這い、ベルファのベッドに降りる。すると部屋の掃除をしていたミノタウロスのメイド達も、シャープへ向けて跪いた。

 民として、王の右腕に対して当然の挨拶だが、シャープはそう接する事や、怠惰王のベルファ以外と関わる事が煩わしいので、普段は透明になったりして姿を隠している。


「あー…そんなのいいから……部屋の掃除、てきとーに頑張って」


「ねーもう、しゃーぷ、きいてよぉ、しゃーぷ〜……あーん、でもはなすのめんどくさいよ〜……」


「ちょっと、尻尾掴まないで…」


 ベルファはシャープの尻尾に抱きつく。

 子供の頃から、動く事さえ面倒に感じていた怠惰なベルファは、こうしてシャープの尻尾しがみついて、引きずられて移動していた為、こうして引っ付くのが癖となった。


「ぼくはねぇー……おこってるのォ」


 ベルファの、橙の瞳がどんよりと黒く染まっていく。メイドのミノタウロス達はベルファの瞳を見て、血相を変えて一礼した後に部屋から逃げる様に出て行った。

 もう何度も感じてきた、その気配。シャープはいつまでも慣れず、静かにゾッとした。


「どーすればいい〜…?ねー、しゃーぷぅ、…おしえてよぉ…かんがえるのも、おこるのも、めんどくさいの〜」


 足と自分の尻尾をぱたんぱたんとさせてから、一気に脱力するベルファだが、発言に気をつけなくてはいけない。小難しい事を言うのは駄目。かと言って、ああしろ、こうしろ、と、命令するのも駄目。


 めんどくさい。その一言で片付けた挙句、何をするかわからない。なのでこうなった時の返事は、もう決まっている。


「いつもどおり、で、良いんじゃない」


「……いつもどおりか〜。あー、それがいちばんかなぁ〜……うんうん、そうだねぇ。

 じゃあ、いつもどおりィ……そうしよォ〜っと」


 いつもどおり。


 シャープの一言に、ベルファの瞳は黒から徐々に橙色に戻り緩く微笑んで、むくりとベッドから起き上がる。

 それだけでもシャープは構えた。あのベルファが起き上がったのだから。


 ベルファは少しぼんやりしてから、フーッと深く溜息を吐いて、目を閉じる。


「怠惰王ベルファが命じる」


「数多の生命を蝕み尽くし、朽ち滅ぼす事を許可する」


「さぁ、いっておいで」


「たーくさん、がんばって、はたらいたらァ…そのぶんだけ…ごほうび、あげるね」


 ベルファの周りを薄黒い橙の光が包む。

 そして握ったままの両手を伸ばして、ブレイブダムスの方向を見つめるベルファ。

 呪文を唱えると共に、パッと五指を大きく広げた。


「ビーオヴィルズ・レニィ・フィルスト」


 その呪文を口にした後、緩やかに身体を横たえた。ベルファを包んでいた暗い光も徐々に弱まっていく。


「ふふーん…ぼくだってさぁ……ぶれぇぶだむすの、ひとつや、ふたつ……すぐに、どうにか出来ちゃえるんだからぁ…ね……ほんとぉ……さきを、こされるまえにィ……しておけば、よかったなぁ…ね、くーろさまぁ……」


 そして、ゆっくりと瞳を閉じて…むにゃむにゃと言いながら、穏やかな寝顔を浮かべて眠った。


 考えて、動くことも、誰かに命じられるのも、面倒。

 でも、シャープがいつもどおり、と、そう言ってくれるだけで、ベルファは何も疑わず、考えず、簡単に、本能のまま、今一番したいことが出来る。


 眠ったベルファを見て、どうやら気が済んだとわかり、シャープは安堵に近い溜息を吐いた。


「……相変わらず、やる時はえげつないな〜……あー、こわぁ…」


 あどけない顔でぐっすり眠るベルファを見つめながら、先程唱えられた呪文の効果を知るシャープは顔を引き攣らせる。


 ビーオヴィルズ・レニィ・フィルスト。


 それはひとつの国を簡単に絶望に追い込む事が、容易な呪術魔法。


「……めんどくさいけど、一応様子見に行くかな。

 多分、ベルファの思惑通りになるだろうけど。そうじゃなかった時が、一番めんどくさいからなぁ…」


 シャープは再び透明な姿となり、そしてブレイブダムスへと向かっていった。



 ---



 ブレイブダムスには、ユーシャのお母さん……アーリィさんが伝えたかった事がある。それなら、行かなきゃならない。

 ユーシャは不安な顔をしている……そうだよな、ブレイブダムスは、もう無い。そこへ行く事、それはユーシャにとって……つらいこと。

 けれど、きっとユーシャの為になるメッセージを、アーリィさんは伝えたいはずだから。


「うーん……でもォ、今行ったら、ユーシャっぴ、すぐに見つかっちゃうかもねェ」


 目を瞑って、何かを見ているキャロルさん。

 目を閉じたまま、少し目線の位置が高い場所へ、人差し指を向けて丸を描く。すると円形の空間が出来て、そこにブレイブダムスと思われる場所の映像が流れる。キャロルさんが見てる景色を共有してくれているのかな。


 荒地になっているブレイブダムスには、沢山の人が集まっていた。

 悲しそうな顔、怒っているような顔の人もいたけれど、殆どが泣いてる人ばかりだ。


「この国で産まれた勇者に救われた人達が、沢山居る。勿論、ユーシャくんのお父さん…英雄王に救われた人だって。そういう人たちが、ブレイブダムスへ追悼に来ているのね」


 カガリさんは、そう言って……映像を見ながら祈るように手を組んでいる。


 勇者の国、ブレイブダムス……多くの勇者が皆ここで産まれ、世界を救い、守るために旅立って、今も世界の為に、頑張ってるんだろうな……自分を救ってくれた勇者の国が無くなった事を、悲しんでいる人が多いことなんて……考えなくてもわかることだった。


 キャロルさんは色んな所を映してくれた。

 全世界の人が集まっているのだと思うくらい…ブレイブダムスは人で埋め尽くされていた。


「確かに、この様子じゃ、今日は無理そうだな……」


「今日だけじゃなくてェ、多分ここ数年はこんな感じかもォ」


「数年…!?」


「だって勇者の国だもぉん。盛大に追悼の儀式するだろうし〜。それでも落ち着くまで、どれくらい時間が掛かるか読めないねェ〜」


 これじゃあアーリィさんのメッセージを確認しにいけない。今行ったらユーシャは速攻保護されて……あれ、そう言えばセンターに行くか、ここにいるか、まだ聞いてなかったな。

 もし、保護される事を選ぶなら、このままブレイブダムスに行った方が都合が良い。そうなった場合、アーリィさんのメッセージを確認する猶予くらい、くれるかな……。


「ユーシャ、あの…」


「何か……おかしい」


 それを聞こうとしたら、ユーシャは映像を食い入る様に見て、険しい顔をしている。

 ……おかしい?ユーシャは何か、違和感を感じているのか?


「っ、…!!」


 そう呟いたユーシャは、突然自分の身体を抱くようにして、震える。何かに怯えているようにも見える様子に、咄嗟におれはユーシャを支えた。


「だ、大丈夫か、ユーシャ……!?」


「精霊が……」


「えっ…?」


「ブレイブダムスにいる、精霊達が……怯えている」


 ユーシャの震えが止まらないし、身体が冷たい……精霊達が、怯えている?

 それで、どうしてユーシャがこんなことに……?


 ブレイブダムスで、何が起きている…?

 建物も無くなって、国民も居なくなってしまったのに……これ以上、何をする気なんだ。

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