第十一話【 ごめんね、ユーシャ 】
「よし…っ、……!」
さっきまで苦しそうだったけれど、今は寝ているような穏やかな表情になっている。
初めてのパルヒール…上手く出来たみたいだ。後は少しでも、早くこの子の身体が楽になる事を願おう。
「さァすがアニィたん。上手くできたね〜」
「キャロルさんっ!」
キャロルさんの声がして思わず振り向く。あぁ、よかった…無傷だ。怪我も無ければ、服が破れてるとか、髪が乱れているとかも無い。
あの仮面の人、何だか只者じゃなさそうだったのに……やっぱりキャロルさんは、凄いし、強いんだな。
「うんうん、ちゃんと魔力無効シールドの解除も出来てる。よしよしえら〜い」
「キャロルさんも無事で良かったですっ……なんかあの人、やばそうだったから…」
「あは、だいじょぶ、大丈夫〜。うち強いもーん」
ぴーすぴーす、って、言いながら二本指立てていた。そんな軽い感じで何とかなる相手だったのか…?
「さて。じゃあアニィたん。とりま早く戻ろっか。カガリっちも心配してるだろぉしぃ」
「は、はい!」
そう言って、パン、と、手を叩く。
すると、パッと景色は変わって、男の子と一緒にキャロルさんの家の中に移動を終えた。
「アニィたん、この子ねェ」
「はい…ど、どうかしましたか?」
「英雄王の第二皇子、ユーシャっぴで、間違いないよお」
「ほんとですか!?」
ユーシャっぴって、響きがすごい気になったけど……そうか、この子がユーシャ……あの声の人が、幸せにしろ、と、言っていた子の一人。
「でもねェ、この子、」
「キャロル先生、アニィさん!」
キャロルさんが何か言いかけたけど、カガリさんの声と重なる。振り返ると、腕にはまだ小さい魔獣の子供を抱いて、頭にも乗せているカガリさんが居た。何なら着いてきている魔獣もいた。
カガリさんに、ぴったりくっついてる魔物や魔獣の穏やかな顔を見ると…カガリさんのおかげでリラックスしていたのがよくわかる。
「あ、カガリっち〜」
「カガリさん……」
そっと、優しく魔獣の子供たちを柔らかそうなマットの上に置いてから、おれとキャロルさんに駆け寄ってくる。すると、沢山何か言いたそうな顔をしてから……ぽろぽろと泣いてしまったけれど、キャロルさんがすぐに優しく抱き締めてあげてた。
「もー、なに泣いてんの〜。大丈夫って言ったじゃーん、よしよーし」
「だ、だって、すごい光と、音と、ドラゴンが……」
「ど、どらごん?」
「よゆーよゆー、うちは無敵だから大丈夫なの〜」
すごく心配して、不安にさせてしまったんだな……おれも思わず手を伸ばして、カガリさんの頭を撫でる。
「…ただいま、かえりました」
「っ、…うん、……おかえりなさい…」
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魔物や魔獣の子供達は、ユーシャにも懐いているのか、まだ意識の戻らないユーシャのそばへ寄り添っていた。
「では彼がユーシャさん、なんですね。ご両親は有名な方なので知っていましたが…子供は名前だけで……初めて見ました」
お父さんは英雄王で、お母さんは精霊術士だと、キャロルさんから教えてもらったっけ……こんな突然、勇者の国が無くなるなんて、誰も想像出来なかっただろうな……。
「…あの……たしか、魔王って、もう…倒されたんですよね。なのに、また新しい魔王が出来て…そいつが国を、滅ぼしたってことなんでしょうか?」
カガリさんは、魔王のリーダーが誕生したとか、言っていた気がする。ということは、新しい魔王の仕業ということに、なるんだろうか。
「その話をするには、少し長くなるのだけれど……この世界の魔王は、もう一個体としてではなく、マオウという種族として存在している。それを前提に話を聞いて欲しいの」
「い、一種族として、魔王がいる…??それ、って、めちゃくちゃ物騒では…?」
「まあ、勇者だって多くいるからねェ〜」
確かに……普通は、勇者や魔王って、世界に一人、という認識が…。ブレイブダムスには、多くの勇者の故郷、とか、言っていたな…。
けどこの世界には、勇者も魔王も同じくらい多くいるって、話か。
その後、カガリさんとキャロルさんに、マオウ族が何たるかを教えてもらった。
この広い世界で……おれ達人間や、他の種族にとっての…最大、最悪、最強の、敵。また、この世界でなんかしらの災害が起きる時も、それらはマオウ族の仕業らしい。
この世界では……長として相応しいマオウが産まれる時のみ、月が赤く染まる。月が赤い今夜は、マオウの長が産まれた警報のような証で、そしてブレイブダムスが一瞬にして滅んだ。
となると、つまり……やはり、考えられる元凶は、その新しく産まれたマオウの可能性が非常に高い。
そう言えば、カガリさんから…キャロルさんもマオウにめちゃくちゃスカウトされてたとかって話を聞いたな。マオウはもともとマオウとして産まれなくても、なれるんだろうか?
「うん?どしたん、アニィたん」
「い、いえ…何も…」
「あは、そう?」
キャロルさんは本当に凄い。でも今までは強いとか怖いとかは、感じた事がなかったのに……あの場で感じたのは、キャロルさんは凄く強くて、少し怖い、ということ。
能ある鷹は爪を隠す、なんていうけれど……マオウ族も、そういうキャロルさんの才能?強さ?を知って、スカウトをしてたのか?
「とりま、ユーシャっぴの目が覚める前に、センターに連絡してェ、保護して貰わなきゃ」
「センター?」
「そう、ヒーローセンターって、とこォ。簡単に言うとねェ……勇者達の為に存在する組織ってやつ〜?
センターの責任者や、上層部の人は皆、過去に勇者だったり、今も勇者だったりぃ、そのパーティの一人だったり〜。他にも勇者に救われた人達が勇者に恩返しする為に集まってて、勇者に協力する為の場所ってカンジィ。あとは勇者ファンクラブも兼用してるっていうか〜」
勇者の為の、場所……そこに行けば、この子は安全って、ことだよな。でも、それって……行ったら、多分…色々と……今回のことについて、聞かれるんじゃ……。
「あの、キャロルさん」
「うん?」
「センターに連絡するのは……少し、待ってもらうこと、できませんか?」
「アニィさん……?」
「この子が、ブレイブダムスで唯一の生き残りで……すぐにでも安全なところへ保護しなきゃいけないのは、わかるんですが……向こうで…色々と聞かれたりするの、今のこの子にとって、つらいんじゃないかなって…」
おれも、…両親が死んだ時。
原因不明の病気で、どうしてその病気になったのか、何か前触れは無かったか、とか…何故おれと妹は大丈夫なのかって、…色々と聞かれた。
聞く側はきっと悪意なんて無い。その病気が広まることへの恐怖心や、広まらないよう対策を立てる為に、情報を求めるのは仕方ない事だと、わかっている。否、今ならわかる……当時は、おれも妹も幼くて…ただ、ただ、わからないと、泣くしか出来なかった。
つらいこと、嫌なことを、根掘り葉掘りと聞かれるのは……それが例え、情報を得る為に必要な事だとしても、やっぱり嫌だし、思い出したら当時の痛みが込み上げて、とても苦しくなる。
多分この子も……どうして、生き残る事が出来たのか。色々と、聞かれるんだと思う。
「…キャロル先生。私もアニィさんに、賛成です」
「カガリさん…」
「……私もね…何でお前の家系は呪われてるんだって、よく聞かれたわ……事情を知らない人から、どうして代々呪われた家系なのに、お前だけ呪いを受けていないんだって、言われた、から…」
「…!」
「……聞く人に悪気は無いの。好奇心や、単純な疑問…共通するのは知りたいという気持ち。それを聞かれた時の、本人の心の痛みまで、想像出来ない…だって、その質問が傷付けるとは思ってないもの」
カガリさんもそういう経験があったんだ……その悲しそうな横顔を見たら、無意識に、おれはまた頭を撫でてしまった。
「アニィさんって……撫でるの、好きな人なの?」
「……あ、す、すみません……つい」
驚いたあと、照れているようにも見えるカガリさん。何だか、恥ずかしそうにしているので撫でた手を退けてしまったけど…い、嫌だったかな……?
「うーん……んま、それもそうだねェ。とりまァ、どうしたいかはユーシャっぴに、聞いてみよォ。うちで匿うかァ、センターに行くか、ねェ。きっとユーシャっぴも、センターの存在は知ってるはずだしィ」
キャロルさんは、おれとカガリさんを見てから、うん、と、頷いた。
「それに、万が一にもユーシャッぴが生きてるって、またマオウ側にバレて、さっきみたいに来られたらやばいしィ〜……此処は外部からバレないようにはなってるけど〜」
「た、たしかに……それは、まずいですよね」
そ、そうか。この子が生き残ってるって、バレるのは、……良くない。あの仮面の人?みたいに、襲ってくる事だって、有り得る。
「まあ、さっきのマオウは雑魚だったから、何とかなったけどォ」
「……って、あれが、マオウ族!?」
「ええ!?せ、先生、マオウ族と会ったんですか!?」
「そだよォ。でもうち強いから大丈夫だったっしょ〜。全然余裕〜」
おれビビって動けなくて、挙句死にかけたんだけど……というか、あれで雑魚?キャロルさん基準で?それともマオウ族の中ではって、意味で……?
「そんなことはさておいてェ……センターに、この子と同じブレイブダムス出身の親戚がいるかだけでも、調べなきゃねェ。もし、親戚がいたらその人に任せるのも考えよォ」
「ブレイブダムス出身の、親戚…?」
「…そうですよね……ブレイブダムス出身の勇者が旅立って、別の国やセンターにいるかもしれません」
「そゆことぉ。純血の勇者が産まれる国自体はぁ、無くなったけど〜…今この瞬間も、修行だったりィ、旅だったりー……そういうので、ブレイブダムスから離れてる勇者もいるかんねェ」
……じゃあ、勇者の素質がある人達が完全にいなくなった、わけじゃない。
それは、心強い話だ。そうだよな、勇者なんだから……今この瞬間も、悪い魔物や、マオウから世界を守ろうとしているんだよな。
「…よかった…」
この子は、ひとりぼっちなんかじゃない。
同じ勇者という共通点の仲間がまだ居る…それが、わかって、おれは安心した。
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あの後。
もう夜も遅いから、休もっかって話になって……おれは、ユーシャのことが気になって、そばにいたら……ウトウトと微睡んで、寝てしまっていた。
「…あれ……?」
ユーシャが、いない。………いない!?
おれは思わず飛び起きて、周りを見た。
部屋にはいない、ならば外?キャロルさんや、カガリさんはもう眠ってるだろうから、なるべく静かにおれは外に出た。
外、と言っても…キャロルさんの家の庭だけれど。そこに、ぽつんと小さな影があった。
「ユー、シャ…?」
「!」
おれの声に反応して、振り向いてくれた。
けど、その顔は、明らかにガッカリ…というか、しょぼんと落ち込んでいた。
もしかして、家族の誰かだと、期待させたかな……。
「……どうして、オレの名前を知ってるんだ…」
……うっかりと呼んでしまった自分を恨んだ。
答える言葉を探して、黙っていたら…ユーシャが、続けて言葉を零した。
「今夜が、そうだったんだな…」
「えっ……?」
「ここがどこかはわからないが……ブレイブダムスは、もう無い……そうだろう」
「っ、…!」
「……やっぱり…」
「なんで、そのこと……」
「……母さんが、言っていた。もう時期に、この国は無くなる。でもオレは、生き残るって」
母さん…精霊術士だっけ、……そんな、未来がわかるみたいな、能力があるなんて。
でも、それならどうして防げなかったんだ?わかってても、防げなかった、ということか……?
「どうして、生き残るのは……オレなんだって、結局わからないままか…」
「ユーシャ…?」
「オレは、父さんみたいな英雄王にはなれない。兄ちゃんのが、オレなんかより、ずっと…立派で、色んな人や、世界を救う勇者になれるはずだったのに……」
「ユーシャ…ッ…」
「どうして、オレなんかが……」
どうして、妹が死ななくちゃ駄目なんだ。
どうして、妹じゃなくて、俺なんかが生きてしまったんだ。
妹の葬式の後、おれはずっと…そればかり考えていた。その時の気持ちが込み上げて、おれもまた…悔しく、情けない気持ちになってきた。
けれど、君は……おれと違って、君は。
『お願いします、あの子の力になってやって下さい』
『どうか、あの子を助けてあげてください』
『あいつのこと、お願いします』
『ゆーにぃ、の、こと…まもってあげて…』
君は大切な人達に望まれて、生き残ったんだ。
ユーシャはその場に崩れて、震えている……おれはそばまで近付いて、膝を着く。
何度も小さな手で地面を叩いている。自責の念に苛まれているかの様に、幼い声で苛立つ様に、唸っている。
「おれは……君の家族に、頼まれたんだ」
その一言に、ユーシャはおれを見上げた。
やっと、目が合った。ユーシャの瞳は、今夜の不気味な赤い月とは異なって…まるで海に静かに沈んでいく綺麗な夕陽色をしていた。
「力になって欲しい、助けてあげて欲しい、お願いしますって、まもってあげて、って」
「…っ、……なんで、あんたが泣いてるんだ…」
ユーシャに言われて、自分が泣いているのに気付いた。
違う、これはおれの意思じゃない。
なのに、何故か涙が止まらなくて、気づくと身体が勝手に動いて、ユーシャを抱き締めていた。
「ごめんね、ユーシャ」
「…!!」
今のも、おれの声じゃない。おれの言葉じゃない。
けれどおれの意識はハッキリとしている。
「あなたをひとりぼっちにして。あなたを置いていってしまって…」
もしかして、これは……ユーシャの、お母さん…?おれの身体は、操られているのか…?
「朝になったら、ブレイブダムスに来てちょうだい……あなたに、伝えなくてはいけないことがあるの」
抱き締める腕に力が入らなくなる。
まずい、これは…意識が遠のいていく……
「っ、母さん…?母さん、まってくれ、母さん…!」
ユーシャ……ごめん。
もっとお母さんと話したかったよな…けど、おれの身体が、上手く……動かなくて、…。
小さな光が、沢山…空から集まってくるのを見て、おれはそのまま気を失った。




