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アンデッド・ヒーラー  作者: NICOLE
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第十話【 黙れよ 】

マオウ族。


 様々な種族の上位に君臨し、唯一魔王職を得られ、世界を征服出来る力を与えられる事から、そのまま、マオウと呼ばれている。そして、マオウ族は自分達だけの国を所持していた。


 人間以外の種族が自分たちの領土を持つことは珍しく無いものの、この世界には常識の一つとして、必ずそのマオウ族が住む国を教えられる。


 理由は、ただ一つ。

 その場に誰も近付かせない為である。


 簡単には行けない場所ではあるが踏み入れた者は、生きては帰られない。

 その土地は、マオウ族以外の種族は生存が不可能な特殊な瘴気で包まれている。


 件の国の名はディーヴィル。


 その国の中心に建つのがディーヴィル城。そこは魔王長となったマオウ族のみがその城の主となれる。また、相入れる事の無い七種のマオウ族代表が唯一集まる場所でもある。

 暗い空に赤い月が不気味に輝く今宵、この城にて緊急招集が開かれた。


 代表達が集まる原因となったのは、ブレイブダムスの消滅について、だ。


 マオウ族の代表が集まる大広間は、青白い炎を揺らす蝋燭のみが明かりとなっていた。例外はあれどもマオウ族は総じて、明るいものが嫌いだ。


 マオウ族の髪は総じて漆黒。他の色を塗り替え、他に混ざらない黒。マオウ族の黒は自分達の気高さの象徴としている……よって、黒はマオウ族の証であり、不吉な色として、この世界には浸透している。

 マオウ族の特徴は黒い髪、そして血の様に赤い瞳だが、それぞれの長たちの瞳の色は赤以外の瞳の色をしている。

 

 代表が全員集まるのを待つ中、大広間の扉を吹き飛ばして、不機嫌そうに現れたのは、七種に分けられたマオウ族のひとつ。憤怒の民の王、サティンだった。

 赤褐色の肌に、逆立った黒髪。ドラゴンを彷彿とさせる角と尻尾、好戦的な顔立ちに覗くのは銀の瞳と鋭い牙。爪や角は派手に飾られており、グルル…と唸り、荒い息遣いで周りを睨んだ。


「お"ぉい!どういう事だぁ!?ブレイブダムスがよぉ、無くなっちまってんじゃねぇか、な"ぁ!ムカつく、すっげぇムカつくぜぇ…誰だよ、勝手に滅ぼしちまった奴は!な"ぁ!!」


 憤怒王の名に恥じない憤り、咆哮の様に怒鳴る声は城にビリビリと反響する。目が合えば直ぐに引き裂いてやる、そんな物騒な殺気を放つが各マオウ族の代表は、怯える様子は無い。


「相変わらずキンキン、ギャンギャンとやかましいこと」


「あ"ぁん!?何気取ってんだァ…てめぇこそハラワタ煮えくり返ってんだろぉおが!!」


「私は貴方の様にはしたなく喚いたりしませんのよ。本当下品なメスですわね」


「はあ"ぁぁん!?今すぐぶっ殺すぞ、てめぇ!!」


「ハァ、本当に品がありませんわ……代表としての自覚はありませんの?」


 そんな憤怒王に臆さず、寧ろ火に油を注ぐ様に呆れた様子で見据えるのはマオウ族、傲慢の民の王のルシア。

 獅子のたてがみのようにボリュームのある黒髪は背中を覆うほどに長く、前髪も後ろへと流されて、その冷えきった氷のように冷たい青の瞳、顔立ちも冷酷たる造りをしている。

 代表の中でも一番体格が良く背の高いサティンに凄まれても腕を組んで、毅然とした態度で睨み返した。


「ほーんと相変わらず仲が悪いねえ〜。まあ馴れ合うとかあ、ぼくたちらしくないけどお…」


 こんな物騒な殺気と気配の中、呑気に大広間の隅にて身体を丸めて寝ていたのは、癖のある跳ねっ毛の黒髪に牛の角と耳、尻尾を生やした少女の様な見た目で、眠そうに橙の瞳を擦るのは、マオウ族、怠惰の民の王のベルファ。目が合えば早々、お約束とばかりに揉める二人を眠そうな顔で見つめた。この中で、一番この集まりをどうでも良いと感じている。


「許せない許せない許せない許せない許せない許せない……ずるいわ、ずるいわ…ブレイブダムスを壊滅させるなんて…目立って、ずるい…ずるい、そんな力を手にしているなんて…魔王長に一番近いじゃない、ずるい、ずるいわ、ずるい…憎い……」


 広間の高い天井をまるで泳ぐ様に宙を漂いながら、呪詛の様に憎々しげに呟くのは、嫉妬王のレイヴィット。

 黒く長く艶やかな髪、白い肌。大きな尾鰭に美しい鱗。長い睫毛に縁取られた瑠璃色の瞳、整った顔立ち…その姿は人魚そのもの。

 彼女は元来人魚の一族だが、唯一このマオウ族の中で、異種族でありながらマオウ族の血を引くもの。純血のマオウ族ではないが、先代の嫉妬王に見初められた事で、人魚の一族からマオウ族にと変化した。異例中の異例ではあるが、これが出来るのもマオウ族の代表の特権である。


「むきゅ!むきゅきゅ!きゅー!きゅぷぷ!!」


 殺伐としている憤怒王サティンと傲慢王のルシア、陰鬱な嫉妬王のレイヴィット、どうでもよさそうな怠惰王のベルファ。その四人のマオウ族が混沌した空気を作り出す中、もふもふとした羊のような黒髪に、ふわふわの長い兎のような耳を伸ばし、桃色の可愛らしいくりくりとした瞳、幼子のようなマオウ族が鳴き声を上げた。

 彼女は、色欲王のアキュリス。

 不機嫌そうな顔をして、机を小さな手で叩く。が、ぺちぺち、としか、響かず、この中で最も威厳も無い。寧ろマスコットか雑魚モンスターにも見え兼ねないが、彼女も立派な色欲王である。


 が、しかし、


(何言ってるかわからないけど、今日もかわいい)


 それぞれ、我が強いマオウ族代表が唯一心が一つになる瞬間だった。これはある種、色欲王のアキュリス特有のチャーム効果であった。

 アキュリスを前に、誰も殺意や闘気を抱くことは無く、むしろ一般人であれば一目でアキュリスの奴隷ともなる。それほど強烈なチャームの能力を備えている。


「おー、やっと静かになったか。流石はおれさまのアキュリスだな」


 壊された入口の前で響く、カツ、と、靴音と声。その声に、また空気が張り詰めた。


「ボス……」


 ルシアが、その声の主の名を呟く。

 サティン含む他のマオウ族の代表も、そのボスと呼ばれたマオウ族を睨む。


 マオウ族にとって黒は気高さの象徴。なのにその黒の中に目立つ青をメッシュの様に入れ、その頭部に大きく立派な角を二本生やした長身の影が伸びる。

 鮮やかな紅の瞳と、透き通る海の様な翡翠の瞳のオッドアイ。マオウ族は元来女の姿のものが多いが、男とも女とも区別がつかない。

 ただ、一目見たらその姿に心を奪われ兼ねない程に際立って整った容姿をしている、強欲王のボス。


 この中で、一番魔王長に近い存在。

 故に、他のマオウ族からは特に敵視されている。


「アキュリスは、今日も可愛いなァ」


「きゅぷぷ、きゅーぷーー!!」


「うんうん、おれさまもお前が大好きだぜ」


「ぼす〜…多分あきゅりすはそんなこと言ってないよう」


 軽々とアキュリスを抱き上げて、綿のようにふわふわな髪に頬擦りしながら、メロメロな様子でボスは呟くが、ベルファは緩くツッコミを入れた。


「まあ、アキュリスは照れ屋だからな」


「ぷきゅーーーー!」


 兎のような耳を動かして、ボスをぺふぺふと叩くが当然喰らった様子は無い。よしよしと撫でながら、アキュリスを膝に乗せるようにして自分の玉座に座る。アキュリスはじたばたと暴れるが、ボスはビクともしない。


「あれ?暴食王はまだか?」


「暴食王なんざ、先代の魔王長と一緒にとっくに死んでんだろぉおがぁ!だから新しい暴食のマオウ族が産まれたんだろォ!」


「ンだよ、あれから新しい暴食王は居ねぇっつー事か?」


 先代の魔王長は、傲慢のマオウ族。

 ルシアの親族に当たる先代の魔王長と共に世界を支配していたのが、当時の暴食王だった。

 魔王長となれた暁には、同じマオウ族からは一種族だけ、配下を指定出来る。その時に選ばれたのが暴食の一族だった。

 本来であれば、魔王長亡き後、次に選ばれるのが配下になる。が、その配下だったが暴食王は勇者一行に倒された。


 傲慢の一族はルシアが繰り上げで、傲慢王となれたものの、暴食のマオウ族からは次の王が居なかった。


「暴食の一族は、私の母様に服従を誓っておりましたもの。その有象無象の命を懸けて、母様を忌々しい勇者一行から守るのも当たり前のこと」


 つまり、ルシアの母である先代の魔王長は、暴食の一族を配下に従えていた。

 配下になる際、その身も心もまた、魔王長に絶対の服従を誓う事になる。

 だが、魔王長討伐に現れた勇者一行により、当時の暴食王を筆頭に、主戦力であった暴食の一族は滅ぼされた。


 暴食一族の八割は、その時に仕えていた傲慢の魔王長と共に消滅。傲慢の一族からは、ルシアが代表に抜擢されたが……残された暴食の一族は代表になるには、あまりにも非力なマオウ族しか残されていなかった。


「ふーん…成程、な」


 ボスは何か納得したように、遠くを見て、頷いた。僅かな沈黙、それを破ったのはベルファだった。


「でぇ?けっきょく、ぼくらは、なんで呼ばれたんだっけ〜??」


「あ"ぁ!?ンなもん、決まってんだろぉがぁ!ブレイブダムスを消滅させた奴についてだよぉ!!」


「そいつをどうすんのぉ〜?」


「そんなの、決まってるじゃない」


 何もかもに興味が無いベルファは、怠惰な言動で床の隅でごろごろしていたが、天井を泳いでいたレイヴィットは瞳孔を開いたまま、上から四人を見下ろした。


「殺すの。純血の勇者が産まれるただ一つの生誕地を滅ぼすなんて、こと、しちゃったんだもの。抜け駆けなんてずるい。ずるいわ。国ごと、民と共に滅ぼすなんて。魔王長となった時に、ブレイブダムスの国民を支配して、すべてマオウ族の配下に落とし込んで、この世界を手に入れる。そう何万年前から決めていたじゃない。なのに、なのになのになのに…」


「…まあ、そういう事ですわね。そのような大業、クーロ様がお喜びになる。きっと寵愛の対象になりますわ」


「クーロ様、あぁぁクーロ様ぁあぁ!クーロ様の寵愛…ずるい、ずるい、ずるいわ!ずるい!!私だって、私だって、できるのに、できるのにいいいぃ!!!」


「うるっせえ"ぇな、レイ!ヒス起こしてんじゃねぇぞぉお"!!」


「クーロさまの、ちょ〜あいかぁ。それはずるいねぇ〜……」


「きゅぷーー!ぷーきゅ!きゅぷーーーー!!」


 また騒がしくなる広間。

 大人しく理性のある会話など、自己主張の激しいマオウ族が、できるわけなく。騒がしく、響く声、ボスはその周りを見渡して、微笑んだ。


「黙れよ」


 そして放ったのは、ドスを効かせた低音。その見えない思い圧に、一斉に口を閉ざした。


 強欲のマオウ族…その長、ボス。

 強欲の名の通り、求め、欲しがるままに手に入れる。それは例えば、金、土地、人、魔物を手に入れる。そして、目に見えない、能力さえも欲し、それを模倣する。

 しかし、ボスは他の強欲のマオウの一族とは異なり、模倣した上で自分の中で使い易く、より洗練した最上級の能力に塗り替える。

 模倣する能力は、能力を持つ者が存在しなくとも、知識と再現出来るほどの力があれば、可能。


 ただ、それを難無く熟すのは容易ではない。

 強欲のマオウ族には模倣能力が備わっているが、ボスはその模倣能力は常軌を逸していた。


 その域を越えさせたのは、扱う側の並々ならぬ好奇心、探究心。欲しいと思ったからこそどういうものかを調べる、学ぶ。それを何よりも、誰よりも理解したい、知りたい、愛したい、大切にしたい、手に入れたいという数多の欲望。


 模倣して、最上級の能力に変えて、自分のモノにする。それが強欲王ボスのみが手にした独自の極級の魔法、パフェクトジーナル。


 あまりにも反則級なその魔法は、強欲のマオウ族の長たる実力。次の魔王長に一番近いと言われているが所以。


 今この場に沈黙を与えたのは、何百年も前に憤怒の魔王長が持っていた威嚇スキル。本来であれば、その威嚇スキルは当時の憤怒の魔王長しか使えなかったもの。

 威嚇スキルを発動した際、自分よりも劣る魔物や人間を問答無用で萎縮させ、一種の硬直状態にさせるが、ボスのパフェクトジーナルにより手に入れた威嚇スキルは、一時的だが更に魔力さえも押さえ込み、恐怖状態に陥らせる。

 蛇に睨まれたカエルの様に、ボスに対して恐怖を抱き、逆らってはいけない、そう植え付けさせ、従順になる。


 先程まで血気盛んだったマオウ族の代表達の表情が強ばり、つま先から、指の先まで震えた。


「おれさまも忙しいわけ。この集まりは、何を決めたいんだよ。愚痴の言い合いなら勝手にしてろ。でもわざわざ集めたっつーことは何か意味があるんだろ。何が目的だ、言え。ルシア」


 優しい声、優しい顔だが、威嚇の圧は続いている。そしてこの場で、一番聡明な傲慢王のルシアを名指しする。

 呼ばれたルシアはビクッと一瞬震えたが、その表情は気高さを保っていた。


「っ、……こ、今回の会合の目的は……暴食の一族を、マオウ族から外すことについて、の、話し合いですわ」


「そうか、確かにあれから暴食王もいねえし。残ってるのも他の雑魚の魔物程度のレベルしかいないっつーことなら、暴食の一族を外す方がいいよなあ。魔王長を狙う椅子も減るしよ。ただ、その為にはおれさまや、他のマオウ族の長の許可がいるもんなあ」


「それと、」


「まだあんのか」


「…ブレイブダムスを滅ぼしたのは、新たに産まれた暴食王の素質を持ったマオウ族…そのマオウ族の処罰について……」


「っ!」


 その情報には、ボスを含め、サティン、ベルファ、レイヴィット、アキュリスの目の色を変えた。


「新たに産まれたっつーことは…クーロ様が、暴食の花を咲かせたってことか」


「ええ…そして、産まれて、すぐに…ブ、ブレイブダムスを滅ぼしましたわ」


「そりゃあ、素質が半端ねぇな。もしかすりゃ史上最年少で最悪の魔王長になるかもしれねえ」


「な、なので…生かしてはおけませんの」


「確かになぁ。そんな勝手なことをする奴だ、魔王長になるまで、なんて待っていられず……おれさま達もあっさり、滅ぼされるかもしれねぇ」


 皆まで言わずとも、ボスはすべて理解して、見通しているかのように相槌を返す。

 これも、ボスのパフェクトジーナルで手にした天界人の能力である予知と千里眼の能力だ。


 ブレイブダムスを一瞬で消滅させた。

 それはつまり、底の知れない魔王力に満たされている。

 自分の一族の戦力を削った、一族の仇である勇者を産んだブレイブダムスの後は……同じくマオウ族の頂点に立つ為に、傲慢も、憤怒も、怠惰も、強欲も、色欲も、瞬く間に滅ぼす……その可能性が非常に高い。


 また、そうなるとしたら、真っ先に狙われるのは傲慢の一族だ。先代の傲慢の魔王長が服従を誓ったせいで、暴食の一族は暴食王に恵まれず、こうしてマオウ族から除名されかけている。


 天界人のスキルを手にしたボスにはよく見えた。次は真っ先に狙われるのは傲慢の一族。


 ただ、ボスはそれをわざわざ、口にはしない。


「暴食の一族の除名はおれさまも賛成だ。で、そいつの処分、おれさまがしてやるよ。んじゃ、話はこれで終わりってことで。またな、お前ら」


 手短かに、あっさりと告げて笑うボスは、その場から瞬く間に姿を消した。そうすると、ボスにより与えられた威嚇スキルが解除されて、その場にいたものが、みんな座り込む。


「ぷきゃぁ……」


「あきゅりすぅ…大丈夫〜…?」


「…っ、…はぁ、…こんなの、ずるい…強欲の一族のくせに、…天界人や、憤怒の一族の、スキル…使えるなんて…っ…」


「くっ、そがぁぁあ"!あたしの、憤怒の一族の、高潔なスキルを、あのクソ野郎…!!」


「ほんっとう……あいつだけは、気に入りませんわね……!」


 各々受けた屈辱に対し、恨み言を吐き捨てて、ボスが居た場所を睨みつける。サティンに関しては怒りを抑えきれず、ボスの椅子を蹴り倒した。


「あ"の野郎ォ、暴食の始末はするとか言ったな"ぁ…どこまでも勝手しやがって、あいつの好きにさせね"ぇ…!!あたしが先に、暴食の一族をぶっ消す!!」


「私にあんな屈辱的なことをしたのだから……思い通りになんかさせないわ…先に、私が片付ける……!!」


「わー…やる気満々だねえ、がんばってぇ〜……ぼくはもう寝るねェ…」


「きゅぷ、ぷー!ぷゃ、ぷぷーーー!!」


「ならば、どの種族が最初に暴食の一族を、件の暴食王の子供を始末するか、勝負しませんこと?元を辿ればすべてはその子供のせいなのですから、どうなっても文句は言えませんわ…!」


 結果的に最悪の種をばら蒔いた事になるが……これが、ボスの思惑通りだった。


 ---



 ディーヴィル城から、強欲のマオウ族の領地にある自分の城に、ボスは一瞬で戻ってきた。


「相変わらずアキュリスはかぁわいかったな〜。おれさまが魔王長になったらぜーったい、あいつを服従させてやる」


 もふもふが特徴的で、人語を話さないあのマスコットのような色欲王を思い出してボスは企んだように笑う。


「まあでも、サティンも嫌いじゃねえんだよなァ。元気がいいっつーか、あいつも姉ちゃんが居なくなって寂しいんだろうな。可愛いやつ。あいつを服従させんのもいいな」


 憤怒の名に恥じない怒り狂っていたサティンを思い出しながら、くすくすと笑った。その笑顔もとても悪い。


「しっかし、レイヴィット。まぁた綺麗になってたなあ。マオウ族じゃねえのに、よくやってるよ。うーん、レイヴィットも捨て難いよなあ〜。服従させて、水槽で飼い殺してぇ」


 天井を泳ぎながら、ずっと妬み事を言っていた嫉妬王のレイヴィット。唯一マオウ族ではなく、人魚の一族からマオウ族に引き入れられた異質の存在。それだけでも目立つ。その実力は確かなもの。憂い帯びるその姿を思い出して、ボスは悩ましげに首を傾げる。


「ベルファもなぁ……あの中じゃあ一番強ェのに勿体ないよなあ。服従させたら、常に最戦力でこき使ってやるのも面白そうだわ」


 部屋の隅でだらだらとしていた、常に眠そうな怠惰王ベルファ。おそらく、ボス自身も本気を出したベルファには勝てる気が無いと自称している。やる気が無いだけとは言え、一番素性のしれない彼女を思い出し、楽しそうに笑う。


「ま、でも…流石なのはルシアだなぁ。おれさまの威嚇でも、あんだけ喋れるんだから大したもんだわ。さっすが先代魔王長の娘。服従させてぇ〜」


 先代魔王長の娘、傲慢王のルシア。実質魔王長としての素質は自分の次くらいには備えているであろう、プライドが高く気高い彼女。服従なんて、出来た日にはあの顔がどう歪むのか、と、想像を膨らませた。


「あーあ、もう魔王長になったら全員服従させてぇな〜」


 強欲が故、一つだけなんて物足りない。

 欲しい、欲しい。その欲求が尽きなくて、ボスはわざとらしく大きな溜息をついた。


「今の、全部独り言ですか?」


「お、アコヤ。いたか。ちょーど良かったぜ」


「気づいてましたよね、私がいたこと」


「気づいてねぇよ、お前の気配は掴みづらいし」


 アコヤと呼ばれたショートヘアにスーツ姿の彼女は、強欲のマオウの一族でボスの次に高く、強い魔力を備えている。


 マオウ族の各種族の長は、自分が亡き後にすぐにまた一族を代表とする王が必要である。

 ボスが死ぬ事があれば、次に強欲の王となるのは彼女である。今は強欲王であるボスの右腕の様に、身の回りの世話や雑事を手伝っている。


 ……ボスが死ぬ。

 そんな時が本当に来るとしても、後何万年後か、もしかすると有り得ないとさえアコヤは考えている。


「暴食の一族が、マオウ族から除名される。で、ブレイブダムスを滅ぼしたのが、昨日産まれたばっかの暴食のマオウ族だってよ」


「知ってましたよォ」


「まじかよ、言えよ」


「嘘ですけど」


「いや嘘かよ。お前ほんと嘘好きだな?」


「真面目なだけだと、誰かさんが飽きちゃいますからね〜」


「へぇ、そんな可愛い理由なのか?って、話が進まねえ。まあ、そんなやべぇのが産まれちまったわけ」


「……まあ、我々マオウ族は何でもありですからね。それにしても、産まれてすぐ、あのブレイブダムスを滅ぼせるなんて」


「あぁ。すげえよな。そんだけの魔王力があるなんて、羨ましいぜ」


「でもそれ結構やばいですね。次の魔王長はボス様じゃなくなりますよ」


「下手すりゃ、おれさま達や、他のマオウ族も皆殺しだよなあ。だから、その前にさあ…処分しなきゃなんねえの、そいつ」


「勝てます?」


「今んとこはな。まだ産まれたばっかの赤子だろ。だが力の使い方もわかってねえのに、ブレイブダムス潰しちまうんだから、めちゃくちゃだよなあ」


 チートだぜ、チート。なんて、ボスは嘆く。

 アコヤは、どの口がそんなことを言ってるんでしょう、なんて、顔で見つめた。


「……けど、自分の一族のカタキを取りたかったのかもな」


 勇者一行により、暴食の一族は大半は消滅した。元々は当時の魔王長と暴食王が世界征服にと悪事を働いていたので、倒されて仕方ない。だが、善にも悪にも、仲間や家族が等しく居て、失えば悲しい。

 しかし、人々の幸福や生命を奪った結果、暴食の一族消滅が相応の報復だと言えば、それまでだ。


「で、どうすればいいんです?」


「お?」


「処分するって言うのは建前で、生かす気でしょう?」


「ふは!流石だな、アコヤ」


「何百年貴方と一緒にいると思ってるんですか。わかりますよ。で、どうしたらいいんです?」


「件の暴食王……名前は…マオっつーらしいな……もうあいつらが動いてやがる」


 ボスは目を閉じ……天界人の能力、千里眼を持って暴食の一族を眺めていた。


「あいつら?」


「ルシアとサティンとレイヴィットが、暴食の一族を襲ってる…マオを何とかして始末してェみたいだな」


「えー…面倒なことになってますね。なんとかなりそうですか?」


「さあな。あぁ、でも本当…単純で、動かしやすくて、可愛い奴らだよ」


「……ボス様、焚き付けてきました?」


「まさか。おれさまが処分してやるって言っただけだぜ?あいつら、ビビってたからよ。まあ、あわよくば?マオをおれさまのもんにする為にも、暴食の奴らが、ちょーっと邪魔だなぁとは思ったけどよ?」


「……そういうとこですよ」


 アコヤはやれやれと言った様子で、ボスを見つめた。


 ボスは強欲のマオウ族ではあるものの…傲慢なルシアよりも傲慢で、サティンよりも憤怒に身を焼く事も有り、ベルファよりも怠惰な時もあれば、レイヴィットよりも嫉妬深く、アキュリスを超えるほどに色欲深くもあり、暴食の一族以上に悪食も極めている。


 それぞれの特徴や個性として産まれたマオウの七つの種族に分けられているのに、ボスだけは性別を持たず、一つだけでは納まらない、強欲のままにすべてを欲し、手に入れる……マオウ族の中でもある種、異常で、異端な存在だった。故に、歴代の魔王長をも超える可能性を秘めているとも、言われている。それが、今のマオウ族の代表達は気に食わない。


 アコヤもそんなボスの右腕として勤めているのだから、周りから当然一目を置かれている。

 その注目も、警戒も、尊敬も、アコヤの強欲としての欲を満たすものでもあったが、ボスの様にはなりたくないとも思ってしまう当たり、自分はまだまだ未熟だと、自負していた。


「暴食の一族は何としても、マオをあいつらから逃がそうとしてる……アコヤ、手伝ってやれ。で、そのままお前にはマオの監視をしてもらう」


「監視?手篭めにしないんですか?」


「あぁ、おれさまのそばに置いたところですぐにあいつらにバレちまいそうだ。

 時が来たと思ったら、マオとの接触も許す。なんとしても、マオを生かすんだ。こいつは……後におれさまにとって、最高の幸運を運んでくる青い鳥になってくれるだろうからなァ?」


「…わかりました。私がいなくても寂しくて泣いたりしないですか?」


「そりゃあもう心細くて死んじゃうかもしれねえけど、仕方ねえな」


「貴方もだいぶ嘘つきですね〜……わかりました。死なないように見張ってます」


「あぁ、任せたぜ…おれさまは、誰よりもお前を信じてるからよ」


「はいはい、ありがとうございます」


 なんて、軽口のやり取りを交わしていると、ボスはアコヤに近付く。

 そしてサラリとその黒髪に優しく触れて、自分や他のマオウ族にはあるはずの、角が無いその頭をよしよしと撫でる。


「自信持てよ。なんて言ったって、お前は……マオウ族の血を唯一受け入れられた、特別なニンゲンなんだから」


「………」


「これから先も、お前を笑う奴はおれさまが消してやる……魔王長になれた後は、お前が強欲のマオウ族の長だ、そしてゆくゆくは、」


「私も、魔王長ですか」


「そういうこと」


「気が遠くなる話ですね、本当」


「ふは、楽しみは後にとっておきたくねぇタイプか?」


 レイヴィットが、人魚族からマオウ族になれたように。

 アコヤもまた、最初からマオウ族では無かった。この世界でも、極々稀にしか産まれない、魔力の無い人間として、産まれた事で…ボスと出逢い、血を受け入れられて、マオウ族として生きるキッカケとなったのは、また別の話。


「お前の欲深さは、おれさまが保証して、期待してんだぞ?頼んだぜ」


 そう言って、ボスはアコヤの目の前で手を翳す。軽くその手を振れば、アコヤの黒髪は薄く茶色にと変わり、眼鏡を掛けた姿となっていた。気配もマオウ族のものではなく、人間にと見えるように、ボスの魔法で細工を施した。


 アコヤが掛けている眼鏡は、万能な魔法道具。

 遠くのものを見る事も出来れば、ボスと視界を共通させる事も出来るカメラのような役割も出来て、魔物や人間のステータスなどを見ることも出来るものだ。


 この眼鏡がどういうものか、アコヤはすぐに察した。


「いいんですか、これ」


「おれさまからの選別。これさえ有ればお前が何処にいるかもわかるしな」


「無くても、ボス様なら感知出来るのでは?」


「お前の気配は掴みづらいんだって言ってるだろ?だからそれが発信機代わりな」


「……ありがとうございます」


「その態度と言葉は、嘘じゃなさそうだな」


 なんて、可笑しそうに笑ったボスに、アコヤは一言余計です、と、溜息をついた。



 ---



 一方、暴食一族の領土は…まさに地獄絵図のようだった。傲慢のルシア、憤怒のサティン、嫉妬のレイヴィット……色欲のアキュリスも意気揚々と参加しようとしたが、何故か咎められ、この三人のマオウ族の代表が、暴食の領土を荒らしていた。


 ほとんど戦うことも出来ない、暴食のマオウ族ばかりが、一族存続の為に細々と、子孫を残し繁栄させ、また栄えある活躍をする時を夢見ていた。


 やっと、やっと暴食王の素質を持った赤ん坊が産まれたのに、暴食の一族はマオウ族から消されようとされていた。


「はぁ、はぁ、はぁっ、っ!」


 マオを最初に取り上げた、暴食王の代理のマオウ族が、命からがら、ぐっすりと眠るマオを抱えて、一族でも極一部しか知らない秘密裏の地下通路を走っていた。


 代理のマオウ族の片腕は、既に無かった。

 それは、ブレイブダムスの生き残りを始末しに行った際、キャロルとの戦いで失ってしまったものだ。

 それでも、片腕で抱えたマオだけは、離すまいと、渡すまいと、殺させまいと、三人から逃げていた。


『今日限りで、貴方達暴食の一族は、マオウ族から除名する事になりましたの』


『ブレイブダムスを滅亡させた罰よ…連帯責任として、責任をとって、ね…』


『さっさと、ガキを出しやがれ"ぇ!あたしらに逆らったら、どうなるか、わかってんだろ"ぉ、な"ぁ!?』


 いきなり来て、除名と言われ、直後に始まった悲劇。あまりにも傲慢で、一方的な嫉妬深さと、そして理不尽な憤怒の元、行われる粛清という名の虐殺行為。きっと、今夜の内に暴食の一族は滅びる。子供だって容赦無く、魔力が弱いものでも構わず。


「くっ…っ、やはり、ブレイブダムスを滅ぼしたのが、仇となるなんて、…あぁけれど、けれど…!私達は、貴方に感謝しております…我が一族のかたきを、うってくれて…ありがとうございます…!!」


 代理の彼女は、泣いていた。

 悔しさと、けれど感謝も含めた涙だった。

 ぼろぼろと溢れる涙は、人間とは変わらない。その涙の雨をぽつぽつと眠るマオは受けていた。


「はぁ、っ、はぁ……マオ様、あぁ…マオ様、…我らの愛しき暴食王…!貴方は、貴方だけは、どうか生き延びて、そしていつか、あいつらよりも先に、立派な魔王長になって下さい…!」


 代理の彼女は、地下深いところまで辿り着くと、随分古びた大きな魔法陣の上に眠るマオを置いた。そしてブツブツと詠唱を始めると、淡く、赤く陣は光り始める。


「私の半端な魔力では…足りない……だから、この命を貴方に捧げますっ…あいつらに奪われるくらいならば…あなたにっ、…!」


 命を懸けて、マオに掛ける魔法。

 それは認識阻害と、マオ自身の魔王力を抑制する魔法。強すぎる力ではすぐに見つかってしまう。故に、一時的にマオの力を制御し、認識阻害の魔法で姿を眩ませる。後は、きっと、誰かが、生き残った同志の誰かが、マオを助けてくれる…代理の彼女はそれを願った。


「っ、ぐ、ふ…!」


 満身創痍の状態で、命懸けの魔法を使ったことで、代理の彼女は血を吐いた。


 この目で、見守りたかった。

 マオ様が素晴らしい魔王長となる姿を見ていたかった。


 そう、惜しむ気持ちから涙と吐血が止まらず、自分の意識が遠のいて、命の終わりを感じていた。


「…ま"、お…さまっ…っ"…」


 どしゃ、と、音を立てて代理の彼女は崩れ落ちる。しかし魔法陣は赤くぼやけたまま。彼女は先の戦闘で既に魔力を使い果たしたのも有り、魔法が中途半端だった。


 それでも、やりきったと思い、満足気な姿で息絶えていた。


「まったく、早速ピンチじゃないですか」


 息絶え、そしてやがてサラサラと黒い砂となり散っていく代理の彼女だったものを見下ろして、アコヤは肩を竦めた。


 この場所を見つけるまで、そう時間は掛からない。そう察したアコヤは、彼女が半端にしていた魔法をものの数秒で果たした。


 一時的な認識阻害、そして魔王力の制御…では、すぐに自力で解除しそうなので、いっそ封印する事にした。封印と言っても、ずっと扱えないわけではなく、封印を解ける頃には、もう魔王力をコントロール出来ているだろう、という程度の制御魔法だ。


「後は、……そうですね。育ちの良さそうな御屋敷のお嬢様になってもらいましょうか」


 そう言って、アコヤはマオをこのマオウの国から一番遠い、人間の国に転送。更に転送先の人間が、マオを自分の子供だと思い込む洗脳の魔法も掛けてある。洗脳や催眠の類は、マオウ族が得意とする黒魔法の一つでもある。


「さ、後は…マオ様観察日記、といったところですかね〜…」


 そういって、アコヤはボスから貰った眼鏡越しに、高い天井の地下通路を見上げ…三人と合流する前に、自分も姿を消した。



 ブレイブダムスの消滅、そしてその原因となる暴食の一族の除名と惨殺、暴食の一族の国の領土が後に傲慢と、憤怒と、嫉妬の一族が奪い合うという、マオウ族の中でも色濃い歴史を刻む。


 後に、大災厄の夜と呼ばれることになるのだった。

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