第九話【 先、越されたみたい 】
生き残っているのが、ユーシャの可能性がある。例え、ユーシャでなくとも、おれの回復魔法で、救えるのなら、行かなきゃ……
「だめ…!」
そう意気込んでいたおれの身体は、カガリさんに捕まった。
「だめよ、アニィさん…!!ブレイブダムスを一瞬にして消滅させたのは、マオウに違いないの、まだ近くにいるかもしれない、とても危険だわ…!」
カガリさんのこんな大きな声、初めて聞いた。おれにしがみついてくれる腕が、声が…震えてる。
「いいよ、アニィたん」
「キャロル先生っ……」
「勇者の血を途絶えさせるわけにはいかないからね。生き残ってる子が、その素質があるかはわからないけどさ………何があっても、うちがアニィたんを守る」
「なら、なら、私も、」
「カガリっちは、ここで待ってて」
「っ、……そんな…」
「カガリっちは、魔物や魔獣達のそばにいてあげて。きっと、地下室で怯えてると思うから……それは、カガリっちにしか出来ないしィ」
キャロルさんに頭を撫でられるカガリさん……魔物や魔獣のことを言われて、ハッとして…おれから、ソッ…と、離れた。
行って欲しくない気持ちは、わかる。その気持ちに応えられなくて、とても申し訳ない…でも、おれは、行かなきゃいけない。
「……キャロル先生、アニィさん…絶対、帰ってきてくださいね…」
「心配しなくていいよォ……うちがすごいのは、カガリっちがよく知ってるでしょ?」
「…っ、……はい…」
「…カガリさん、あの。勝手な、…妹弟子でごめんなさい…」
カガリさん、泣きそうなの我慢してる。
妹も我慢してる時、こんな風に震えてたな……おれは、その時を思い出して、カガリさんの手を握った。緊張と不安からか……すごく、冷たい。
「ちゃんと帰ってきますから…待っててください」
「……っ、…アニィ、さん……」
カガリさんは手を握り返しくれて…何度も、頷いてくれた。おれが手を離すと、キャロルさんがおれの肩に手を添えた。
「それじゃあ…いくよ、アニィたん」
「はい、お願いします…!カガリさん、いってきます!」
「っ、……」
カガリさんから、いってらっしゃいが返ってきたか、わからない。
ただその場からキャロルさんによる移動魔法で、その場から離れる前に見えたカガリさんは……泣いていた気がした。
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キャロルさんとの移動は本当に一瞬だった。
移動した後に広がるその光景に、おれは固まった。
「……これ、は……」
草木も建物も、何も無い荒れた土地。
見渡す限り建物も、人気も無い……まさに、さっき、夢で見た風景だった。
「アニィたん、うちから離れないようにねェ」
「は、はい…!」
赤い空を覆う、黒い雲。その隙間から赤い月が覗いて、より一層不気味だ。
……けれど、歩いていくと…蛍のように、淡く小さな黄色い光が、ちらちらと揺れていた。
それを目で追ってるおれに気付いたキャロルさんは、その光に指先を伸ばした。
「アニィたん、これが見えるんだねぇ……やっぱり魔力の質が良いからかなぁ…」
「なんですか、これは…」
「これは、ブレイブダムスの国民を守っていた守護精霊達。もう随分弱ってるねェ……」
「精霊って、無機物なものへ命を与える手伝いをする以外にも、いるんですか……?」
「うん、精霊にも沢山色んな種類があってェ……ブレイブダムスの王妃様は、すごーい精霊術士だったんだよォ。だから国民ひとりひとりに、適応した守護精霊が災厄や病魔から、守っていたんだけどォ……それもこんな簡単に、かわされちゃうなんてねェ。この子達は、守護対象の魔力がご飯になってたからァ……この子達も、そう長くないかも…」
守護精霊達が、守るべき存在を失って迷っている、ということなのかな。確かに弱々しい光もあった…そんなに、長くないのか……確か、精霊達を回復させる魔法も、あったはず。
「アニィたん、それはやめた方がいいよォ」
「えっ」
心を読まれた……?でも、精霊を回復させない方が良いって、どういう…?
「この子達は、契約の元……決められた人を守護する事しか出来ないのォ。だから、この子達が回復しても、その対象が居ないってことは、結局また弱っちゃうだけでェ……可哀想だけど、そのまま……」
「…そんな……」
「一回消滅してから、また復活させてあげる方がいいかもねェ」
「えっ」
「そうしたら、また守護対象がリセットされて、自由な精霊になれるからねェ」
「よ、良かった……」
「精霊達は消滅したら、その魂は種に戻り、ながぁい時間をかけて、花として咲いて蘇る……その後は、また別の精霊術士に仕える事もあるしィ、自分の好みの魔力の人に懐いて、勝手に仕えるかもだしー……まぁ、普通の人には見えないんだけどォ。アニィたんなら、精霊の復活魔法を使えるだろうからねェ」
それを聞いて、おれも安心した…それだけでも、おれがここに来た甲斐があった…。死んだ人間を生き返らせるという魔法は無いけれど…精霊は復活させられるんだな……本当に、良かった。
その後もキャロルさんは、この土地の唯一の生存者の場所をわかっているのか、おれもその後を着いていった。
どうか、どうかこのまま…精霊達を救えるように、生き残った子が、無事でいて欲しいと願った。
ふとキャロルさんが立ち止まった。
その後に周りに守護精霊が集まって……なにか、キャロルさんと話しているのか?
「キャロルさん……?」
「……もー、最悪〜……」
「えっ……」
「先、越されたみたい」
「だ、誰に……!?」
先を越された……?ここで、唯一の生き残った、人は……どうなったんだ……!?
「お前らの探し物は、これか?」
すぐ耳のそばで囁かれる声。全身が、ゾッ……と、震えた。身体に変な力が入って…呼吸さえも上手く出来ないほど喉が締まった。
「アニィたん!!」
瞬時にキャロルさんが、おれの前に立った。
それと同時、その周りの地面がえぐれたように、割れた。まるで、鋭い爪か何かで雑に引っ掻き回されたように、おれとキャロルさんの周りを除いて、地面は傷だらけだ。
「は……」
やっと呼吸が出来たと思えたら、腰が抜ける。キャロルさんがいなきゃ、……おれは、今頃……。
「アニィたん、けがは?」
「だ、大丈夫です!」
「あーあ、もう少しだったのに…」
おれに先程声を掛けたと思われる相手は、宙に浮いていた。声からして女だと思う…スーツみたいな格好に仮面を被っていて、その脇には……もしかして、ここの生存者と思われる、小さな子供……。あの子が、生き残り…!
あの仮面の人は、やばいって言うのは本能的に感じた。初めて、この世界に来て感じる恐怖心……未だに立てないでいる。
「おやおや……誰かと思えば。憤怒王、サティン様の姉君では?なんという副産物だ」
「もう違うしィ、縁切ったしィ」
ふんぬ、おう…の、……?
なんか、キャロルさんも、いつものキャロルさんじゃない……なんだろう、このプレッシャー…。今にも一触即発な雰囲気に、益々動けなくなっていた……けど、どこからとも無く強い風が吹き荒れた。
「…!」
「ハァイ、没収〜。諦めて帰ってくんなぁい?」
風が納まったと思ったら、捕まっていた子供が仮面の人の手から、いつの間にか、キャロルさんの腕の中に移動していた。
今のは、キャロルさんの、風の魔法……?
「アニィたん。この子には強めの魔力無効のシールドが掛けられてる。まずはそれを解除しなきゃ、回復も強化も出来ない」
「は、はい!」
「今から、なるべく遠いとこに飛ばしてあげる。その間、この子を任せるよ」
「はい!」
キャロルさん、今までないほどに真面目で……それくらいあの人が油断出来ないって事なんだろうけど……キャロルさんが、すごく心強くて、安心する。この人なら、大丈夫だって、思える。
「行かせると思うのか」
「思ってまァす」
おれは一瞬にして子供と一緒に飛ばされる。
さっきとは全然違う場所。何処かの、寂れた建物の中だ。キャロルさんの空間魔法だな。
おれの足下で横たわる小さな身体のそばに座った。今のおれより小さい…五、六歳くらいの、男の子。うなされているのか、苦しそうな表情で……目を覚ます様子は無い。
その小さな身体は、淡い光に包まれている。これが、この子を守ってくれたんだな…。
でも、強力な魔力無効シールド……それがこの身体に合ってないのか?キャロルさんの言っていた、対象に合ってない強化は暴走させたり、よくない効果があったりするって、言ってた……。
「…にい、ちゃ、っ……しす、た…」
熱そうに息が上がって……汗をかいているのに、身体に触れると、とても冷たかった。
その温度が、あの日抱き締めた妹と重なる。
「おれが、絶対助ける……」
おれは自分よりもまだ小さな手を、強く握った。
まずは、このシールドを解除しなくちゃいけないけど…強めの魔力無効のシールドって、言ってたな。つまり防御魔法……。
解除魔法は確かにあるけど、それは対象に攻撃力低下とか、魔力が減っていくとか、マイナスな効果に対する解除する魔法しか無くて……これは寧ろ、対象を守っているプラスの効果だ。
それを解除する為には、これよりも強い、もしくは同等の強化魔法をぶつける…!!
おれは、自分から望んで、初めて…あの魔法を口にする。
「パフェブルスト・オートリスタ!」
この子に合った強化かはわからないけど、強化魔法同士での相殺する為の魔法だから、この子に効果は無くても良い。
ぴき、ぴき……ぱきって、音を立てて、見えない壁みたいなものが、割れて…淡い光が消えていった。
「やった……!!」
後は、パルヒールで回復させてあげよう…!
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一方その頃。
キャロルは、仮面の女を妨害していた。既に荒れていた土地だが、更に凄惨な状態になっていた。
「もーー、しっつこいなぁ。あんたモテないでしょ〜」
「私には私の役目があるんでね。生き残りがいられると、マオ様の面子が立たないので!」
仮面の女が浮いたまま、地属性の魔法を使う中、キャロルはそれを魔力を用いた防御魔法で塞いだり、風属性の魔法でかわす。互いに無詠唱ではあるものの、魔法陣を光らせて、相手を的確に狙い撃つ。
「マオサマァ?それが新しいマオウってことォ?」
「いかにも。暴食王の新たな後継者がお生まれになり、長年、我等マオウ族にとって煩わしかったこの勇者の地、ブレイブダムスもマオ様により終末を迎えた!!」
「ふーん……」
「復刻も容易くはない、純血の勇者の血は今夜途絶える…故に、あの子供は生かしてはおけない」
興奮気味に捲し立てる仮面の女を、キャロルは冷めた瞳で見上げる。
「貴方も、我々のマオウの一族である筈……何故勇者の血を守る、何故憤怒王の地位を棄て、魔女になんぞ堕ちた。私には理解出来ない……しかし、ここで貴方を連れて帰ると、憤怒王に恩を作られる……サティン様はここ数百年、貴方を探しておいでだったからな!!」
どおりで、先程から攻撃に殺意が無いはずだと、キャロルは納得した。逃げ場を無くす為に、足場を制限するように地面を削っている。隙を作って、捕獲しようとしているのか、と、察した。
キャロルの身体はふわりと浮く。普段はセットしている髪を風で遊ばせて、仮面の女を蔑んだ瞳で見据えた。
「憤怒王の地位も、マオウも、うちにはどうでもいいの」
「…!!」
「縁を切った時点で、憤怒王の資格とかぁ、マオウの地位とかァ、名前と一緒に棄てたしィ」
その一言に空気が重くなる。
仮面の女は一瞬動きが止まる。否、止められた。ビリビリと、空気が震えている。仮面の女は口許が微かに引き攣った。
「うちを産んでくれたクーロ様には感謝してる。けれど、うちの命も、時間も、うちのものだから。マオウとして産まれた限り、争ったり、奪わなきゃいけないなら……別に相手は、ニンゲンからじゃなくてもいいじゃん?」
煩わしそうに溜息をついた、キャロルの身体はみし、みし、と、音を立てて、大きくなり、肌は黒く染まっていく。
こめかみからは月と同じ赤い角が生え、手の形が人の手から竜の手に変わり、爪も鋭く伸びていく。
細い腰から長く太い紅鱗の竜の尻尾が伸びて、その瞳も紅く染まる。
「自分達がいちばぁん強いんだって、驕って、酔い知れてるマオウからァ…世界を征服する楽しみを奪う方が楽しくなぁい?」
「っ、…これが……憤怒王、リアースの力…!?」
「あは、その名前は棄てたっつったでしょお。てか、大体知りたいこと聞けたしィ……消えていいよ」
「なに、っ、…!?」
仮面の女へ、冷笑を向けたキャロルは足下に巨大な陣を出現させる。真上には雷鳴が唸る暗雲が集まり、陣の中から巨大なドラゴンが現れて、仮面の女をその大きな口で捕らえて、暗雲の中へと消えていった。
「バイバーイ。運が良かったら生きてるかもねェ」
マオウ、憤怒族の王リアースことキャロル独自の特級竜属性魔法、ラスト・ディラゴノアール。
巨大な魔法陣から使役しているドラゴンを召喚し、対象を捉えて葬り去る。即死級の黒魔法であるが、相手は恐らくマオウ族の使者。恐らく死にはしないだろうと、キャロルは予想。
戻ってくるにしてもきっと時間は掛かる、それもわかっているキャロルは、本来の姿から再びいつものキャロルの姿にと戻った。あの姿でなければ、先程の魔法は使えないからだ。
「アニィたんも、上手くいったみたいだねぇ」
いつものキャロルの姿に戻ると、目を閉じて……アニィと少年の姿を見て、満足そうに笑った。




