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アンデッド・ヒーラー  作者: NICOLE
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プロローグ【アンデッド・ヒーラー】

 此処は様々な種類の草食獣人達が住む森、クリムフォレスト。


 争いを嫌い、平和を愛し、穏やかな獣人ばかりがひっそりと生息するこの森に……珍しい毛色の獣人が居ると聞き、奴隷商人に派遣されたオークのハンターが、森を襲った。


 すべてを燃やし、喰らい尽くすように燃え盛る炎。絶望に満ちた悲鳴、仲間や家族の名前を叫ぶ声が響く。


「いいのかァ?こんなに燃やしちまってよォ」


「無くなっても誰も困りはしねえ…それに、例の獣人の他にもなァ……ここの獣人の肉は美味ェし、角や毛皮は高く売れる……オスとメスを一匹ずつ生け捕りにして、繁殖させりゃ新しいビジネスができるって、オカシラは考えてるらしいぜぇ!」


「ひゃは!さすがカシラだなぁ!頭がいいねぇ!カシラが居りゃあ、俺達は食いっぱぐれることはねぇな!!」


「ぶひゃひゃひゃ!!」


 下衆な笑い声をあげるオーク達の近くには、物陰へ隠れて、怯え、震えた獣人の親子が居た。母親は子供の口を塞いで、必死に息を潜める。


 目の前には、傷付いた父親と思われる獣人が、今にも息絶えそうになっていた。


「っ、………」


 見つからないように、このまま気付かれないようにと、ぎゅっと母親は子供を抱き締めた。


「おやおや〜……こんなところに、まだ活きがいいのがいたぞォ〜……?」


 ハンター職のオークは、鼻が効く。

 どれほど息を潜めても、気配を殺しても…生者特有の匂いで見つかってしまう。


「ひぃ……!ど、どうか、どうかこの子だけは!この子だけは、許してください!!私はどうなってもいいです、でもこの子だけはァ!」


「やだよ、母ちゃん!おいら、母ちゃんと離れたくないよぉぉお!!」


「ぶひゃひゃひゃあ!ガキの肉とメスの肉かぁ、こりゃあ最高だなァ。生け捕りにして、仲良く喰ってやる…おら来い!」


 懇願する獣人の親子に、オークが手を伸ばす。


 が、その手が、親子を捕まえる前に、オークの身体は浮いた……否、持ち上げられていた。

 筋肉と脂肪で100kgは超えてそうな巨体は、その頭に鋭い爪を食い込まされて、持ち上げられていた。


「気持ちいいくらいのゲスだねェ、あんたら。それならこっちも遠慮も容赦もしなくて済むわ」


「ひ、っ……!?」


「ななな、なんだ貴様!ここの獣人じゃあないな、その姿は魔族か!?」


 オークを片手で持ち上げていたのは、長い二本の角に、尖った耳、鋭い尻尾の魔族。

 本来魔族とは会話さえも成り立たない程に理性が無く、幼稚で残虐な生き物だが…オークの目の前にいる魔族は、一般的に知られる魔族とは、全く違った。


 そして頭を掴まれているオークは、そのまま固い地面に埋まるほど、叩きつけられた。


「そこの親子。ここから北にある泉へ逃げな。そこは安全だよ」


「あ、貴方は……」


「良いから、早く!ボーッとしてんじゃないよ!」


「は、はい!」


「逃がすなァ!追え!必ず捕まえろ!」


 どうやら、魔族は獣人の味方のようだ。その異様な光景にオークは目を疑った。しかし逃げる獣人を逃がすまいと、オークは二手に分かれた。半分は邪魔をする魔族へ向かい、半分は獣人を追った。


「チッ……おい、ペコ!いつまで食ってんだ!今は獣人達の避難が優先、早く追え!」


「まりあ、ぺこづかいあらい」


 オーク達は槍や剣を持ち、マリアと呼ばれた魔族を倒そうと突き立てるが、それは刺さることなくパキンッと音を立てて折れる。

 マリアにとって、オークは脅威でも何でもないが、相手をしている間に、さっきの獣人の親子が捕まってしまう……そう思い、マリアは仲間の名前を叫んだ。すると、その頭上を小さな影が、文句を言って通り過ぎた。


 逃げる親子を捕まえようと追い掛けるオーク達の前に、その小さな影が降り立つ。

 先程オークの相手をしていたマリアに、ペコと呼ばれた幼女は、その身の丈に合わない大きく禍々しい羽根を仕舞った。


「な、なんだこのガキ!魔人か!?悪魔か!?」


 巻き角と、尖った耳。白すぎるほどに血色の悪い肌、人の形をしているが、それは人間とは異なる気配を放っていた。


「いち、に、さん、し……ええと、なな?」


「さっきの魔族の仲間か!」


「俺達の仕事を邪魔するなんざァ、いい度胸だな!!」


「こんなにいっぱい、いいのかな…」


 小さな手で、騒ぎ立てるオーク達を数えながら……ペコは、ぺろりと舌なめずりして、嬉しそうに笑うと、手を合わせた。


「いただき、ます」


 オーク達は、その言葉を聞いた直後……瞬きの間に音も無く、一瞬にして姿が消えた。

 ペコは満足そうにお腹をぽんぽんと、撫でた。


「ペコ、まだ満腹じゃないだろうね」


「まんぷくって、なに」


 追い付いたマリアが、ペコの一言に引き攣ったように笑うが、よし、と頷いた。


「上等。今日はオークのバイキングだよ、よかったね。でもオーク以外は食べないように……それは、わかってる?」


「うん。わかってる。あにぃとやくそくしたもん」



 ---



「はぁ、はぁ、っ」


 獣人の親子は、マリアとペコに逃がされて、北の方角にある泉へと向かった。目的地に近付くにつれて、他の獣人も逃げていた。親子は、仲間の姿に安心するが……これだけの惨状なのに、逃げる獣人達の中には、傷一つ無く、寧ろとても元気そうに見える仲間も居て、親子は不思議に思った。


 北の泉へ一斉に向かう獣人達を、当然オークが見逃すはずも無く、四方八方から追いかけていた。


 それを森の中央にある今にも崩れそうな高台の屋根から、器用に佇んで見つめる一人の少女の影。無数の矢を束ねて引き絞り……狙いを定めた。


「ちょっとちくっと、しますよ〜……なんて」


 冗談を言う余裕を見せて、その指先へ魔力を込める。同時に足下へ眩い黄金色の光を放つ魔法陣が浮かび上がった。


「もう、支援魔法は受けないと言ったのに……あの人は……」


 そう、ぽそりと呟いてから、指を離す。

 すると、弓の形状が大きく鋭く変形を始め、無数の矢に増え、それらはオーク達目掛けて突き刺さる。


 上級弓術、ベリヴェノムズ・レイニスト


 猛毒の矢を、多数の標的へ向けて放つ百発百中の広範囲攻撃。矢に刺さるダメージよりも、刺さってから身体を蝕む猛毒ダメージが強烈。弓術の範囲攻撃はその威力が高く矢の数が多いだけ命中率が下がるものの、これは必ず刺さるという弓術である。


 続けて、もう一発同じ弓術を構えようとしたが、左耳の通信機から声が響いた。


「ヒヨリ、大丈夫か!?上手くできたか!?」


「はい、おかげさまで。ですがアニィさん、私は貴方の支援が無くとも一人で何とか」


「よかったぁ……やっぱりヒヨリはすごいな、えらいっ」


「あ、あのー、その子供扱いやめてもらえませんか?同い年ですよね、私たち」


「ご、ごめん、つい……」


「ですが…このように話せるだけ、余裕があるという事は…其方の首尾は上々のようですね」


「うん!あ、けど、屋根のあるところに避難した方がいいかもしれない……アコヤの準備が出来たんだ」


「わかりました…では、また後程」


 ヒヨリと呼ばれた少女は、通信が切れると、やれやれ、と、呆れながらも微笑みつつ……もう一度先程と同じ弓術でオークの追っ手を制圧した。



 ---



 泉の周辺には、クリムフォレストの獣人が集まっていた。皆仲間の無事を確認して、再会の涙を流している。しかし、全員が揃っている訳ではなく、その点では暗い顔をしていた。安否がわからない仲間の無事を願った。


「ここにくるまでに、女の子と魔族の方に助けられたんです」


「ぼくは襲われかけたところ、上から弓矢が降ってきて、オークに刺さったんだ」


「あぁ、全員じゃないけれど……無事な仲間が多くて助かった…」


 傷だらけの獣人もいれば、傷ひとつない獣人もいる。運良くオークの襲撃を免れたのかと、そう思っていた。


「私は……もう死にそうなところを、回復魔法で九死に一生を得ました…あんなに心地の良い癒しの光は、初めてでした」


「あんたもかい!わしもじゃよ!」


「おれもだ!おれなんか足が折れてたんだが、それもこの通り…ピンピンしてるぜ!」


 わいわいと騒ぐ獣人達を、木の影からひっそりと眺める、フードを被った人影。人影はその場に屈んで、その地面に手を置いて、通信機からの指示を待った。


「アニィ、大変です……獣人達、半分も集まってません」


「ええ!?」


「なんて言ったら、どうします?嘘なんで安心してください」


「こんなタイミングで、しょうもない嘘言わないでくれるかな!?」


 その言葉に、フードの人影は項垂れて、呆れながら思わず声を上げた。通信機向こうの声は悪びれもなく、笑った。


「少しはアニィがリラックスできるかなっていう、気遣いですよ〜。なんちゃって。あ、ちゃんと動ける獣人達は避難出来てるので、大丈夫で〜す」


「それは嘘じゃないよね?………はぁ。ありがとう、アコヤ」


 フードを被った人影は、そう通信機と会話をする。この人影こそが、アニィという人物だ。

 その一言を聞いて、泉周辺には淡い緑の光を放つ魔法陣が形成された。


「パフェヒール・フィルスト」


 ぽつりとその呪文を呟くと、光は強くなり一瞬輝きを放った後は…キラキラと光る粒子を降らせ、一瞬にして多くの獣人の傷を癒す。

 元々傷が癒えていた獣人は更に若返ったように元気になった。


 上級回復魔法、パフェヒール・フィルスト。


 一度に多くの対象者の怪我や病気、体力を回復させる。骨折していても治る上、手足が失われていても取り戻す事が出来る、万能の魔法。ただそれ故に、魔力の消耗が非常に激しく、また術者の実力次第では対象者を増やす事も出来る。大抵、この回復魔法を使用した後は、魔力切れを起こすものだが、アニィは疲労した様子を見せなかった。


 忽ち傷も癒えて、驚きと感動に盛り上がる獣人達にホッとして、通信機へ応答した。


「アコヤ、いつでも大丈夫だ!」


「おっけーです、お任せ下さいな」


 真面目なのに調子の良い返事が返ってきて、アニィは力が抜けたように笑った。



 ---



「ふむふむ、さてさて……おやおや、これは」


 燃え盛る木々を見下ろすのは、髪が短い眼鏡の女性。彼女が、先程アニィと通信をしていたアコヤである。


 羽根も生えていないのに浮いているのは飛行魔法の効果だ。そして掛けている眼鏡は魔法道具であり、周辺を近くからも遠くからも確認出来る、便利なものだ。それを使って、泉への道を迷っていたり、追われている獣人はいないかを確認していたが…先程まで、怪我をして動けなかった獣人が居たのに、今はその姿が無かった。


 アコヤは腕を組んで、悩んだ顔をしたが……とりあえずは今は作戦実行が先か、と、手を開いて、見下ろしていた燃えている木々へ向ける。

 するとアコヤの足下には、青い魔法陣が形成され、それが更に森の範囲にまで広がった。


「マリアさんも、ヒヨリさんも……ペコ様も、避難されましたかね?とりあえず、いきますよ〜……アクアトランシスタ!」


 呪文を口にした途端、魔法陣からはバケツをひっくり返したような勢いの水が流れ出し、一気に鎮火させた。


 水専用の転送魔法、アクアトランシスタ。

 半径十キロ以内の水を好きな場所へ転送出来るという魔法。この場合は泉の水を降らせているようだ。火は消せたものの、美しいクリムフォレストが黒焦げとなり、痛々しそうに見渡して、ふーっと、アコヤは一息ついた。


「アコヤ、お疲れ様。こっちはマリアとヒヨリ、ペコと合流出来たよ」


「はぁーい、なら私も合流しますね〜……と、言いたいところなんですが、」


 通信機から聞こえるアニィの言葉に、軽いノリで返すアコヤ。その後に真剣味を帯びた声で続ける。


「動けない程の怪我をしていた獣人達は、連れて行かれたかもしれません。奴ら、形振り構ってられないようですね」


「っ、……わかった!オーク達の集まってる方角とか、わかるかな…?」


「んー……と……あぁ、どうやら森の外に、出てるっぽいです」


「ええ!?もう、そんなとこまで!?早く助けなきゃ、……!」


「オレが行く」


 アニィとアコヤの通信に割り込んできた、少年の声。一瞬会話が途切れるが、アニィが先に答えた。


「ユーシャ、でも君には彼女の護衛を…」


 ユーシャという少年が護衛していたのは、森を襲ってきたオーク達が目的としていた、例の獣人の事だ。


「オーク共が、もうこの森には居ないなら大丈夫だ。それよりも早く仲間に合流させて、安心させた方がいい」


「じゃあおれも行く」


「オレ一人でいい…と言っても、お前は付いてくるんだろうな」


「当たり前だ、君一人危険な目に遭わせるわけにはいかない。アコヤ、おれとユーシャを、オーク達のところまで転送してもらえないかな」


「はーい。じゃあまずはユーシャくんが護衛していた子を、北の泉へ転送してあげますね〜」


 ユーシャとアニィのやり取りを傍から聞いていたマリアとヒヨリは肩を竦め、ペコはアニィにひっついていた。


「ここには、マリアとヒヨリが居るから安心だね…ペコも、良い子で待ってるんだよ」


「無理はしないで下さいよ……って、言って聞いてくれる人じゃありませんよね」


「まぁ、ユーシャとアニィが行けばとりあえず大丈夫ってカンジか」


「あにぃ。ぺこ、おなかすいた」


「お、終わったら、いっぱい食べさせてあげるから……我慢してね」


 そう話している内にアコヤにより転送されてきた、獣人の女の子。ここの獣人は皆毛色がブラウンか黒だが、その子は瞳がエメラルド、プラチナ色の体毛をしていた。


 獣人は、ごく稀に希少種として珍しい色合いで産まれる事がある。それは獣人の種類や一族の風習にもよるが、ほとんどは奇跡の象徴、吉兆の証として扱われることがある。


 オーク達はこの獣人を狙って、クリムフォレストを襲った。


 漸く、安心出来る場所に来ることが出来て、ふるふると震えていた獣人の女の子に声をかけたのは、ヒヨリだった。


「大丈夫ですか?ここは安全ですから、もう怖がらなくていいですよ…」


「ごめんなさい…ごめんなさい、わたしのせいで、っ、……わ、わたしがいたから…」


 優しく声をかけられると、今までの緊張の糸が切れたように、この惨状は自分自身のせいだと、自責の念から、謝りながら泣き出してしまった。


「悪いのはあのオーク達ですよ。あなたは、何も悪くありません」


「でも、でもっ、…っ、……」


 その様子にヒヨリは眉を下げて微笑みながら、よしよしと頭を撫でる。アニィはその光景を何処か懐かしそうに見ていた。


「安心しな、悪いオークはこのチビがみんな喰っちまったから」


「うん、ぺこがたべた」


「ふぇ、っ……」


 見兼ねたマリアは、その獣人の女の子よりも小さいペコの頭を鋭く大きな爪先でトントンとしてから、ペコも得意気に胸を張る。

 自分よりも小さい女の子が、あんな大きくて恐いオークを食べる、なんて、想像出来なくて、獣人の子供はキョトンとしてから、思わず笑ってしまった。


「ふふ、すごいね…わたしも、オーク、食べちゃえばよかったかなあ」


 和やかな空気に、アニィもホッとした。すると通信機から、アコヤの声がする。


「オーク達の位置、特定出来ました〜。今のところ、獣人達も生きてまぁす。ユーシャくんと同時にオーク達のところに飛ばしますね〜」


「うん、お願いするよ!」


 張り切るアニィに、獣人の女の子はヒヨリに抱かれながら見上げた。


「おねーちゃんも、オークを食べに行くの?」


「あ、あはは……食べには行かないよ。けど、悪いことをしたから、叱らなきゃね」


「…うん……いっぱい、しかってきて!」


 少女のその言葉に、アニィも笑って頷く。同時に、アコヤの転送魔法によって、その場から消えた。



 ---




 クリムフォレストから外れた場所に、キャンプを建てているハンターのオーク達。戦況が一気に変わった為に、一時的に仲間を後退させた……が、その数の減り具合に、代表であるキングオークは、わなわなと怒りに震えた。


「くそがぁ!どうなってやがる!!元々の目当てのレア獣人も連れて来られなかった上に…なんだ、このゴミ共は!こいつらは売り物にもなりゃしねえ!!」


 ゴミ共、そう言ったのは逃げることさえできない程に傷だらけの獣人達だった。


「カシラ、聞いてくだせえ!こいつらを人質に、そのレア獣人を出すように脅迫すりゃいいんだ!」


「あぁん!?……良いじゃねえか、それ。ぶひひ!今、増援をこっちに向かわせてるところだ、合流次第、もう一度あいつらを襲うぞ!!」


 うおおおお!っと、少なくなったオーク達が一丸となって咆哮を上げた。


「しっかし、あの獣人共がこれだけ抵抗してくる戦力があったとはなァ…?」


「カシラ、それは違ぇです。獣人を味方する魔族や魔人、人間がいるみてぇです」


「はぁぁん?魔族や魔人と人間がぁ?何言ってんだ、獣人共にそんな交流があるわけねえだろうが!」


 そう否定した後は、キングオークは何か心当たりがあるのか顔を顰めた。思い出そうとする前に、キャンプ付近で轟音が響いた。


「なんだぁ!?」


「カシラ!こっちに向かってる増援が、全滅しました!」


「なにぃ!?んな事あるわけねぇだろうがァ!!」


「カ、カシラァ……!」


「今度は何だ!!」


「と、捕らえていた獣人が……一斉に消えました……」


「あぁぁぁん!!?」


 いったい、何が起きてやがるんだ……?

 キングオークは、長年今まで難なくハンター業をしていたが、初めての事態に脂汗を浮かべた。


 その様子を空高く眺めるのは、今しがたアニィによる回復魔法で元気になった獣人達を北の泉へ転送させたアコヤ。面白いくらい戸惑う姿を、楽しそうに見下ろしていた。


「くそ、ここは仕切り直しだ!撤退するぞ、撤退!!」


 このままだと失敗じゃ済まされない程の結果になる。それじゃあまずい。

 だが、自分さえ無事なら、また立て直せる。そう思って逃げようと、今いる仲間と共にキングオークはキャンプから出た直後……。


「何処へ逃げる気だ」


 増援と思われるオークの屍の山の上に、少年が一人立って、キングオーク達を見下ろしていた。その手には、身の丈以上の大斧の柄を握り締めている。


 少年の姿を見て、キングオークは目を見開き、硬直した。周りのオーク達も動揺した。


「お、お前、お前は!!」


 キングオークが何か言いかけるよりも先に、その小さな身体からは考えられない程に、少年は力強く大斧を振った。そして、その斬風攻撃を受けた取り巻きのオークは、跡形も無く消し飛んだ。


「は、はは、ふははは!!あの大災厄の夜、唯一の生き残り……亡き英雄王の息子、ユーシャか!!」


「………」


「これは良い、飛んで火にいる夏の虫とはこの事よ…!レア獣人よりも、余程価値がある!!」


 キングオークは、片手に大剣、もう片手にハンマーを握りしめて興奮したように鼻息を荒くして、屍の山の上に立つ少年こと、ユーシャを見上げた。


「ぶは、ぶひひひっ!成程ぉぉ!貴様らが我らの邪魔をしていたのだな!!」


 キングオークは、その巨体で飛び上がりユーシャへ向けて、大剣を振り下ろす。それを身軽に躱すが、避けた先を予知して、もう一方の手に持つハンマーでぶん殴る。それを喰らったユーシャの身体は簡単に地面を転がるが、すぐに受身を取って立て直した。


 しかしユーシャの身体には傷一つ着いていなかった。その身体には常時防御力と攻撃力が上がり、自動回復するという上級強化魔法、パフェブルスト・オートリスタが掛けられている。


「ぶふふ……噂は本当だったようだなぁ!ユーシャには、優秀なヒーラーがついてると聞いていたぞぉ!近くにいるはずだ、探せぇ!」


 キングオークの一言に、無表情だったユーシャが眉を寄せる。その一言で周りを探し始めるオークへ向けて、少年は大斧を思い切り振り下ろすと地面が割れる程の衝撃波でオークを吹っ飛ばした。


「ぶひゃひゃ!その焦りよう、やはりヒーラーが貴様の強さの秘訣かぁ!!ぐふふふ、ぐはははは!!」


「カシラ、見つけました!!きっとこいつです!!」


「!」


 吹っ飛ばした方向とは別から、アニィを捕まえたオークに、ユーシャは一瞥する。すぐさま、其方へ向かおうとするが、そのオーク特有の大きな手は、アニィの細い首を握った。


「っ、ゆー、しゃ……ごめ、ん…」


「ヒーラーは便利だが、自衛する力なんざ無いからなァ!?おい、やっちまえ!」


 キングオークの一言に、オークは躊躇も無く、アニィの首を、小枝のようにあっさり折った。そして、手放して……地面に落ちたアニィを、強く踏み付けた。


「ぶひゃーーー!!見たか、ユーシャよ!これでお前も、」


 直後、ユーシャはキングオークの顔面を勢いよく蹴飛ばす。汗とアブラ塗れの脂肪だらけの顔面から、頬骨が折れる音、首がゴキっと鈍い音を立てて、その巨体は先程吹っ飛ばされたユーシャよりも、派手に転がった。


 ヒーラーのアニィが絶命し、強化魔法が解除されている状態なのに関わらず、凄まじい攻撃力で、キングオークは何が起きたかわからなかった。


「な、なかまぎゃ、しんだろに、おまへは、あんども、おぼわないのが!!」


 仲間が死んだのに、お前はなんとも思わないのか、と、キングオークが問い掛ける。しかしユーシャは顔色ひとつ変えずに、言葉を返す。


「誰が死んだんだ?」


 その問い掛けにキングオークも、アニィの首を折ったオークも戸惑って、すぐさま自分の周囲を見下ろす。足下にあるはずのアニィの亡骸が…居なかった。


「いてて…ごめん、ユーシャ……油断した」


「謝るな」


 アニィはユーシャの近くに移動していた。ユーシャの邪魔にならないよう、遠くから強化魔法を掛けていたが、結局はそばにいる方が安全だと判断し、申し訳なさそうにアニィはユーシャを見下ろした。


「回復魔法、助かっている」


「ユーシャ…!!」


 正直ユーシャは強化魔法なんて必要としない程、強い。けれど、アニィはユーシャに万が一があってはならないからと、上級の強化魔法を掛けてしまう。


「キングオークだけは生かして、依頼者を吐かせる。お前の強化魔法が強過ぎて殺しかねない……オレは、加減は出来ない」


「わかった、じゃあ回復魔法だけにする!」


「うん、頼む」


 頼られて、嬉しそうに頷くアニィ。この殺伐としている場には相応しくない、まるで弟と姉のようなほのぼのとしたやり取りだ。


「な、なな、なんで、なんでそのヒーラー、生きてるんだよぉお……!!」


 唖然とするオークは、アニィの異様さに、ガクガクと震えた。殺したはずのヒーラーが、けろっとしている。幻覚か、悪魔に魂を売ったか、それとも人間じゃないのか。ユーシャの強さに圧倒され、死なないアニィに混乱している。


 そんなオークに、アニィはなんとも言えない顔で笑った。


「おれ、死ねないんだ」



 ---



 その後。キングオークは捕獲され、依頼人の奴隷商人の情報を吐かせた後は、アコヤの転送魔法で拘束した状態で近くのギルドへ転送した。

 指名手配にもなっていたキングオークだ、後はギルドの人間が何とかするだろう、と、団体に任せる事にした。



「あぁ…な、なんと……なんと、御礼を申し上げたら良いかっ…」


 草食獣人の一族の長を始めとして、クリムフォレストの草食獣人代表達は、涙ながらにアニィへ頭を下げた。


「そ、そんな…頭を上げてください…!」


「あれだけの被害があったのに、誰一人として死者が出なかったのも…レイアを奴等から守られたのも、皆様のおかげです…!」


 レイア、というのがプラチナ色の獣人の女の子の事である。レイアはすっかり、ペコや、ヒヨリ、マリアに懐いて仲良くなっていた。

 アコヤとユーシャは、アニィを遠巻きに見守っていた。


「いえ、一宿一飯の御礼と思ってください。この森で育てた野菜や果実を使った料理、すごく美味しかったし…こんなに自然豊かな場所で休めること、今まで無かったので」


 アニィ達の旅の道中。この森に迷い込んだところに、この草食獣人達のお世話になっていた。

 旅立とうとした矢先、ハンター業のオーク達の襲撃に遭ってしまったという経緯だった。


「あぁぁ……本当に、本当にありがとうございます…!」


 長は、アニィの手をシワシワの手で握り締めて、さめざめと泣いた。その後にふと思い出したように、オーク達のせいで黒焦げになったクリムフォレストを見た。


「長老、少し良いですか」


「は、はい……」


 アニィは長老の元から離れると、変わり果てたクリムフォレストを見渡した。そうすると、その場に座り込んで、焦げた地面に両手を着いた。


「リスタ・オブ・ディアガーデン」


 そう呟いたアニィの両手から、優しい緑と青の光が溢れ、焦げた地面に芝生が生え、花が咲き、燃えた木々も再び蘇り、瞬く間に、クリムフォレストは元の姿に戻っていく。


 その光景に、草食獣人達は言葉を失った。


「わー……!!」


 遊んでいたレイアも感動したように、声を上げた。ペコ、ヒヨリ、マリア、アコヤ、そしてユーシャも、その生き返っていくクリムフォレストに見蕩れた。


「あにぃ、すごい。すごいね……」


「こんな魔法が、あるなんて…初めて見ました」


「流石だねェ」


「リスタ・オブ・ディアガーデンですかぁ。そんな回復魔法も使えるんですね、アニィ」


「………」


 目を閉じて、魔法に集中していたアニィは、やがてゆっくりと立ち上がって、長老達を振り返って、眉下げて笑った。


「皆さんの住居までは、元には戻せませんでしたが……」


 そしてまた、草食獣人達は感動の声を上げた。






 この物語は……不死である女ヒーラーのアニィと反則級に強い少年のユーシャ。魔力を餌として何でも食べる魔人幼女のペコ、魔法を使わない薬師であり弓術士のヒヨリ、元人間の魔族のマリア、謎多き万能な女性のアコヤの六人が、それぞれの目的を果たす為に、共に旅をする話である。

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