8話 朝の騒ぎ
「で、月夜。一体どうしたんだ」
「……はぁ、はぁ、ちょ、待って……」
校舎裏にやっと着いた……長かったなぁ、息が切れるよ。そりゃお兄ちゃんはちょっとしか走ってないしサッカー部だし疲れてないだろうけど、私なんて教室を走り回って、教室から校舎裏まで走って今なんだからね。
ふぅ、楽になってきたから話し始める。
「あのね、心機一転、今日から頑張ろうと決意したのに1人で教室走り回ってガッツポーズ取ってるところをクラスの人に見られちゃったの」
「……ちょっと待て、話の流れがわからねえ」
「もう、兄妹なんだからわかってよね、1人でガッツポーズ取ってるところ見られたら恥ずかしいでしょ」
「いや、確かにそうだけど意味わかんねえよ」
ん〜もうっ、話が通じないってもどかしい。
「あのね、教室で1人でガッツポーズ取ってたらどう思うのよ?」
「……そりゃ変なやつだな」
「でしょ?」
もう、ここまで言わないとわからないなんて、お兄ちゃんって頭固いんだから。あぁ、変な人と思われて私これからどうすればいいんだろう。腕を組んで考えるけど、どうしようもないということしかわからない。
「……いや、なんかもういいや。月夜、もっと国語力高めろよ、人と話せねえぞ」
「何よその呆れた言い方は。お兄ちゃんの方こそ国語力低いわよ」
呆れた目で失礼なことを言うから言い返したら、お兄ちゃんはさらに呆れた目で私を見てきた。もう、なんだっていうのよ。
「そうそう、俺に良い考えがあるんだよ。学校から帰ったら楽しみにしとけよ」
突然イキイキとした表情に変わったと思ったら、そんなことを言ってお兄ちゃんはさっさと戻っていった。
相談に乗ってくれたっていいのに……まぁいいや、家に帰るのがちょっと楽しみだな。
お兄ちゃんの後姿を見送っているとふと気づく――あ、早く教室に戻らなきゃSHLが始まってしまう。チャイムが鳴ってから入ると目立つだろうし、さぼってしまうと授業の前に教室に入ったときに目立つかもしれない……急がなきゃ!
教室を目指して走って来た道を戻っていく。さっきよりは人が少ないけど、それでも十分に多い人数でみんなそれぞれ自分の教室を目指している。
……風。私は風よ、一気に駆け抜けてこの影の薄さと足の速さで風と思わせるのよ! 階段を駆け上るのはしんどいけどしょうがない。
覚悟を決めたら私は思い切って走り始めた。おしゃべりをしながら楽しげに歩く人も1人でゆっくり歩いている人も、朝練が終わって程よく息切れしてる人も呼吸困難っていうくらいにはぁはぁ言ってる人もどんどん追い抜かして行く。時に道の端へ、また階段などの内側へとイメージは風でゆらゆらと走っていく。楽しそうにおしゃべりする人と人の間を通ったりもした。だって風だもん、どこでも進まないとね。大丈夫大丈夫、私、この長すぎる前髪の助けもあって本当に影薄いから気づかれないんだよね、うんうん。
よし、教室に着いた。全力疾走だったからもちろんチャイムが鳴るまでに間に合ったわ。
さて、教室に入ろうかな――
「い〜や〜、なんちゅう人の人数なんやろ、私入る勇気ないわ〜」
思わず小さい声で呟いてしまう。だって、教室にはおしゃべりして笑いあったり、机に向かってカリカリ書いてる人がいっぱいいるんだもん、ドアから数歩下がってしまうよ。しかも、あまりに圧倒されすぎてテレビで見た関西のおばちゃんのような口調になってしまった……誰にも聞かれてないよね、よかった〜。
いつもは誰よりも早く教室にいるから人がたくさんいる教室に入ることに免疫がない……どうしよう、足がすくんで入れないよ。それにしても、何故かいつもよりも教室内のざわざわ度が高いような気がする。何の話をしてるのかな、ちょっと聞き耳を立ててみよう。
「――まえも見たのか、マジ怖かったよなー」
「まさか現実であんなホラーなもん見ることになろうとは……」
「それマジで同感だよ。なんかさ、身体は前向いてるのに頭は後ろ向いてるみたいだったよね」
「そうそう、マネキンが走ってんのかと思った〜」
一体何の話なんだろう。私が学校に着いた後で何かあったのかな。みんな心底ホッとしたような感じで話している。それにしても、男女入り乱れてるな。やっぱみんな仲良しだ、ドラマの世界ってやっぱりありえないのかな。
「ただ……俺はみんなも見ててくれたみたいだから安心したよ! 俺だけじゃないんだってさ!」
「あたしも!」
「俺も俺も!」
「私だってそうだよ!」
「なんかあれだよな。恐怖を乗り越えて学校中の絆がちょっとだけ強くなったような気がするよ」
「あはは、お前そりゃ言いすぎだ」
「でもさ、全然知らない人が一緒にリアクションを取り合って、それ見て一緒に安心するんだぜ? なんか感動したな」
「あんたって本当にずれてるよね」
へー、そんなに感動するようなことがあったんだ。もう少し遅く登校すればよかったかな。
「お前、見た? あの足の速い女!」
「あ、紅納だろ?」
「え、やっぱ紅納なの? マジビビッたよ」
「あぁ、足速いのが意外ってのと純粋に姿が怖いのと、あと、いつこけるかっていう怖さがあったよな」
「いや、それは思わなかったけど……お前っていいやつだったんだな」
「ハッ、よせやい」
――ええ!? 私の話!? っていうか、話題になるなんて……気づかれないと思ってたのに。もしかして怖いっていう話は私が原因なの!? でもなんで姿が怖いの? 一般女子なのに……。あ〜、入りづらいよ!
「おい、どうした? 早く入らないと遅刻だぞー」
後ろから声がして振り返ると、担任の先生だった。先生と一緒に入ってしまうとさらに目立ってしまうだろうな、でも避けれないし逃げれないよ、先生だもん。後で呼び出されて職員室行くなんてヤだ。
「あ、あー、紅納だったか……ま、は、入れよ」
何故か引きつった顔で先生が促してくる。しょうがない、入るのが得策だ。目をつけられたくもないしね。
教室に入る。するとざわざわが一瞬止んで、またいっそう大きいざわざわが始まった。それを遮って先生はSHRを始める。
「おーい静かにしろよ〜。今日の連絡は……」
とりあえず、何があっても下を見続けることはなしにしよう。それが私の頑張れることだし、変わる第一歩だ。
キーンコーンカーン……とチャイムが鳴った。休み時間だけど、今日は6時間目以外移動はないし、それまでは動かなくて済む。一安心だ。
「よ〜し、じゃ今日も一日頑張れよ。あ、そうそう遠足実行委員の木下、ちょっと……」
教室のみんなはガタガタと椅子を鳴らして動き始める。誰かと話したり、手を洗いに行ったり。いつか私もそんな風になれたらいいな。