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7話 心機一転の朝

 ――さて。私は気合を込めて家の扉を開く。――あれ、開かない。鍵は――かかってない。物が邪魔――してない。

 む〜、何よ何よ、昨日の夕方お兄ちゃんを目指して頑張るって決意したのに。扉風情が、私の行く手をはばむなー!

 私はさらに力を込めて左側に引く。――っく、動かない……。でも負けないもん!




「あれ、月夜まだいたの」


 救世主登場だ! やった、お母さんが来てくれた! もうかれこれ10分は格闘してたんだけど、これでやっと出発できる!


「お母さ〜ん、開かないよ〜」

「え〜、立て付け悪いのかな。ちょっとどいて」


 私は右側に避けた。お母さんはノブを握ってひねり、押した――え、押すの!?

 衝撃を受けつつ見守っていると、いとも簡単に扉は開いた。え〜!? さっきまで左横に引いていた私の苦労は!? でも、よくよく考えたら確かに家は押す引くのドアだ。

 うわ〜、住み慣れた我が家でなんという失態! 絶対ばれたくない。落ち着け、いつもどおり普通に振舞ってさっさと出発しよう。


「あれ、普通に開くじゃない」

「あ、あ〜りがとっ じゃ、行ってくるね!」

「行ってらっしゃ〜い」


 よし、開かなかった理由とか何にも聞かれなかった!

 心の中でガッツポーズを取りながらも他所の家の中から見られていると恥ずかしいから平然を装いつつ、ヘッドバンドで前髪を固定して自転車にまたがる。

 なんだろう、心構えが昨日と変わったからか、いつも以上に清々しい朝な気がする。それに、パンクを昨日直してもらったからか、走りやすい。

 でも、なんでさっき扉を開けなかったんだろう。寝ぼけてたのかな、それとも深層心理的なものが関わってて、外に出たくないっていう心の表われかな。それとも外に出るなっていう警告的なものかな。それとも――いやいやいや、一つ目以降悪い想像ばっかりじゃない。どうせ大したことないんだから深く考えるのはよそう。いつもの通りドジ踏んだだけだよね。

 でもなんでかなぁ、大切なことを忘れてるというか、見落としてるというか……嫌な予感がする。


「あ〜もうっ 気にしない気にしない、そんなこと考えない!」


 声に出して言ってみることで不安を吐き出そうと試みる。まぁ、成功かな。ちょっとだけ気持ちが楽になった。

 よ〜し、今日頑張ることを整理しよう!

 まず、いつも必ず挨拶をしてくる先生に挨拶を返そう。そしてクラスの人たち含めて色々な人に挨拶――はさすがにいきなりハードル高すぎるよね。それはもっと後で頑張ろう。あと、授業中と休み時間には顔を上げるようにしておこう。

 あ〜、気が滅入るな。でも頑張らなきゃ。挨拶は声は出せるかどうかわからないけど、せめて会釈をしよう。あと、教室では左から2行目の前から2番目で、四方八方に人がいるから誰かと目が合うかもしれないけど、取りあえず顔を上げることから始めよう。

 学校に着くまでまだ時間がある。よし、精神統一だ。挨拶会釈 顔上げる。挨拶会釈 顔上げる……あ、そうだ。あと昨日のお兄ちゃんのように無視されてると思われたくないし、何かと反応を示すことも心がけよう!

 校門が見えてきた。鉄で出来ていて重そうな門。歓迎するように開いているけど実力のない者は弾き返されるような……そう、登竜門のように見えてしまう。でも、負けないもん!

 校門を通り過ぎ、いつものように自転車を一番校舎から近いところに置いて教室へ向かう。

 誰かに会うかな、いつもより出発遅くなっちゃったし教室一番乗りの座は誰かに奪われたかもしれないな。それに先生方も歩き回っているかもしれない――なんてことはなく、こんな事を考えているうちに教室に着いてしまった。もちろんまだ誰も来ていない。思ったよりもみんな来るの遅いんだな。

 はぁ、これから頭を上げ続ける日々が本格的に始まるのね。頑張らなきゃ。

 自分の席に大人しく座り、いつもは思い切り机に突っ伏すところを今日は真っ直ぐ前を向いておく。せっかくだから背筋も伸ばそうかな。あ、ついでにあごも引こう、それにそれに……

 よ〜し、フフフ今の私、とっても優等生みたいよっ あ〜、メガネもあったらよかったのにな、頭よさそうに見えるし。あとシュピっと髪型が固まってたらイメージ通りのガリ勉になりそうだなぁあ〜きた。飽きた飽きたというかおもしろくない! 優等生ごっこはもうやめよう。

 あ〜、暇だな。突っ伏してたら時間の流れなんて感じないのに、なんで顔を上げていたら時間が長く感じるんだろう。時計を見てみるとまだ席に着いてから5分もたってない。

 あ、そうだ。まだ誰も来てないし、せっかくだからずっとやってみたかったことをやろう。ふふふ、実は教室の中で走り回ってみたかったんだよね。今こそ走ってみよう!

 さっそく席を立って教卓付近に移動する。だってスタート地点は端のほうがいいでしょ。あと、いくつかルール決めようかな。ただ走るだけじゃつまらないしね。う〜ん、まずはイライラゲームのように……とどんどんルールを決めていく。

 よーし、じゃぁ黒板の右横にある時計の秒針が12になったらスタートで、机にぶつかったらアウトにしよう。このうっとうしい前髪はハンデとしてそのままよ。

 ……3、2、1、スタート!

 目指せ1分以内、ぶつからないで机の間という間を通りきるとクリアよ。

 ――ぅおっと、足を一歩踏み出していきなり足が引っ掛かって体勢が崩れる。しかも倒れまいとして思わず前から3つ目の机にぶつかってしまった。悔しい、だって何に引っ掛かったのかと言うと私の鞄なんだもん!

 邪魔しないでよね、と頭の中で文句を言うけどやっぱり無機質だからわかってくれないんだろうなぁ。とりあえず、もう邪魔されないように鞄は机の上に置いておこう。うん、横に引っ掛けてたからダメだったんだ。

 よ〜し、2回目の挑戦よ!



「……はぁ、はぁ」


 もうかれこれ9回目の挑戦よ。机にはぶつかるし、机や椅子の脚に自分の足を引っ掛けてこけるし、それになにより、さすがに疲れてきた……もうこれで最後の挑戦にしよう。

 とにかく、一番後ろ側に着いてターンするときが問題よ。時間削減しやすいからこそ焦るし、ターンした瞬間に机にぶつかってしまうっていう失敗が4回ほど……。そこに気をつけて頑張ろう。

 3、2、1、スタート……私はもつれてきた足を必死に前に進めていく。机にぶつからないように、最短距離で行けるように。そしてこのオリジナルのゲームをクリアするために。

 進みながら思う。どうして私はこんなに頑張っているんだろう、クリアしたところで何もいいことなんてないじゃない。誰も褒めてくれるわけでもないし、賞賛だってしてくれない。誰も居ないんだもん。誰かいたとしてもそれはそれでイヤだけど。

 よし、コースの半分はもう終わった。あともう少しだ。

 どうして頑張っているのかわからないけど、何故か今、私は無性にクリアしたい。その気持ちをとりあえず尊重しよう。私は目の前の机にだけ集中して足を進める。あまりにも集中しているから、うっとうしい前髪の存在も今は気にならない。

 もうあとほんの少し、あと5歩くらいだ。私の最高記録は調度ここ。なんてことを考えているうちに残り4歩、3歩、2歩……ラスト!

 私は最後の一歩を踏み出した。10回目にしてやっと踏めたこの一歩。しっかりと踏みしめると、なんだか湧き上がる気持ちがある。いや、もうそんなことはいいよ、とにかくこの喜びを身体で表現するべく、ガッツポーズをしよう。


「よっしゃー!」


 ポーズを取ると自然と声も出た。それと同時にふと気づく、あぁ、この湧き上がる気持ちは達成感なんだ、と。

 とにかくもう走り出したい気持ちでいっぱいだった。もう嬉しくて嬉しくて止まってらんないよ。

 教室のドアの方へ身体を向け、思い切り走ろうとする。――サーッと血の気が引いていくような音が聞こえた気がする。いや、聞こえたかどうかなんてどうでもいいんだけどね。とにかく、頭に血が足りないんで気絶してもいいですか?

 ――なんて、気絶なんてしようと思ってできることじゃないよね。あぁ、もう最悪だ、ドアの前で立ち尽くして茫然と私を見ている人がいるよぅ。どうしよう恥ずかしいというかどこから見られてたの? いや、どこからでも関係ないよ、ガッツポーズ見られたらそれだけで終わりだよもういいよ精神的に逃亡できないなら身体的に逃げてやる――人がいない方の後ろのドアに向かって走り、教室から出て廊下をダッシュ――うわ、木下さんたちがいるっ。昨日、噴いたお茶の始末してくれたこととか謝ってお礼したいけどタイミング最悪だし、しかもダッシュしてる私見て驚いてるし……もういいや、とにかく人のいないところまでダッシュして逃げよう。

 私は驚いている木下さん、青島さん、菅原さんの横を通り過ぎて外を目指す。どこに向かってるかって言うと、校舎裏よ。

 廊下を曲がって階段を降りて、玄関を通り過ぎて校舎を回りこんで校舎裏へ行こう。道順は決定した。あとはただ走るだけだ。

 よし、廊下を曲がるポイントに差し掛かったよ。曲がればすぐに階段だ。脱げ易いスリッパだけど、中学のころからはいているから急カーブだって楽勝なのよ――ドンッ

 う……いった〜い……思い切り足を踏み込みすぎたようで、見ていて気持ちいいだろうなってくらいに思い切りこけてしまった……身体のあちこちが痛い。


「なんだなんだ」

「誰だろう」

「大丈夫か?」


 あれ、人の声がする。おそるおそる上を向くと、来たばかりなのか荷物を持ったままの男子生徒が3人ほど心配そうに見ていた。え、ちゅ、注目されてる?

 もうダメだ、痛いのなんて関係ない、恥ずかしいのも関係ない、よく見たら一緒のクラスの人だけど関係ない。サッと立ち、注目されているこの状況から逃げるべく、その人たちを通りすがってさらに私は走る。う、さすがに膝が痛くてダッシュできない……


「え、おい。紅納?」


 後ろから驚いたような声が聞こえた。あ、返事忘れてた。無視なんてしたくないよ。


「あ、だ、だ、いじょうぶ、ですっ」


 あぁ、緊張してドモってしまう。でももういいよ、返事は出来たし今のは合格!

 さらに私は走り出す。人のいないところを目指して。階段を降りきると、廊下があってすぐに玄関へ出る。あともう少し――なのに、人が多い! みんなこの時間帯に登校してるんだね、教室にみんなが向かってる中、1人外を目指している私はちょっと目立っているような気がするんだけど気のせいだよね、うんそうだよ。


「うわ、何だありゃ」

「うっそんホラー?」

「紅納、さん……?」


 あれ、指差されてるような、それに凝視されてるような……でも、私はそんなに目立たないよ、確かに流れをさかのぼって外を目指しているけど、この長い前髪が私の存在を薄くしてくれてるもんね。最後は名前呼ばれたけど……。とにかく、校舎裏で落ち着こう。

 不思議、ギュウギュウの人ごみが私の道を開くようにパッと広がっていく。もしかして神様が味方してくれてるのかな。よし、勇気出てきた。きっと私は校舎裏にたどり着けるよ。さらにさらに私は走る。


「うお、月夜!? そんなに慌ててどうしたんだよ」

「お兄ちゃん!?」


 偶然にも玄関でお兄ちゃんと会った。今来たとこみたいだ。知ってる顔を見ると安心するな。いや安心できないよ、お兄ちゃんといたら目立つ。

 とりあえず私はお兄ちゃんを引っ張って校舎裏を目指した。


「えぇ!? おい月夜、どうしたんだ!」

「朝陽!? お前、どこへ連れて行かれるんだ!」

「帰って来いよ、俺まだお前と遊びたいよ!」

「くっそ、こら化け物、朝陽を返せ!」


 驚くお兄ちゃんと、何故か今生の別れのように叫ぶお兄ちゃんの友達。しかも何故か私、化け物扱いされてる? いや、まさかね。


「お前ら、気持ちはわかるが化け物じゃねえ、俺の妹だー!」

「え、うっそー!?」


 気持ちわかるって何よ、化け物は私じゃないでしょ、それにお兄ちゃんの友達、声までそろえて驚きすぎよ! 色々言いたい事はあるけど、それは校舎裏に着いたら言おう。……言えたらね。



 

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