5話 偶然出会う
自転車屋さんを目指す日が暮れた道中。何も気にしないで歩けるのが嬉しくてしょうがない、にやけが止まらない。しつこいのは重々承知だけど、言わなきゃもやもやする。ええい、自分で自分のことをしつこいって思ったって何の問題もないわ!
前髪というのれんのおかげでにやけても周りの人に変な人に見られない、平気なのが幸せだ!!
あ〜スッキリだ。やっぱり溜め込むのはよくないね。
ルンルン気分でさらに歩く。笑顔になってもやっぱり周りの人に私の表情はわからない――はずなんだけど、なんだろう、周りにいる人たちみんな、一瞬私を見て慌てて目を逸らしているような気がする。気のせいかな? 気のせいか。そりゃそうだ、影が薄くなるように前髪伸ばしてるんだもんね! ただ私に気づいてないだけなんだ!
フフフ、誰も私がいることにすら気づかないと思うと、気兼ねなく前を向けるし、周りを見渡すことも出来る。ちょっと見えにくいけど、中学までとくらべて本当に開放的で嬉しいな。
「あ、月夜?」
突如後ろから聞きなれた声に、慣れ親しんだ自分の名前が聞こえた。80%呼ばれているのは私、声の主が予想通りなら100%だ。振り向かなきゃ。
でもどうしよう、振り向いてどうすればいいの? 目を合わせても何を言えばいいのかわからない、でも無視したら怒られるし、人としてダメだし……答えが見えなくて動くことが出来ない。どうすれば……?
「お〜い月夜、無〜視〜か〜?」
ちがうちがうちがう、無視じゃないよ、するつもりないよ。でも振り向けない。
「何してんだよ、ナンパか?」
「珍しいな。お前でも好みの子がいたの?」
「ちがう、つーかうるせえ。それと、いい加減振り返れ月夜。お前だって事はわかってるんだからな」
知らない声2つが聞こえて、さらに私は動けなくなる。だって、知らない人がいるなんて、人見知りの私には辛すぎる状況だ。
うわ、痺れを切らしたのか後ろから迫ってくる感じが――街灯でできたやんわりとした影が近づいてくるのが見えるし、足音が近づいている。ダメ、ムリだ!
私は走り出す――
「わっ」
ことはできなかった。肩が掴まれて振り向かせられる。やっぱ思ってた通りの人が目の前にいた。あぁ、何を言えばいいの、どうすればいいの?
「うぉ、月夜なんだその前髪は! 長いのはわかってたけどお前それ、ヘアバンドの使い方違うだろう。つーか恐え!」
お兄ちゃんがなんか興奮してるけど、もう頭真っ白で何言ってるのかわかんない、脳が活動してないよ。それに知らない人が2人もいる……逃げたい。逃げたい逃げたい逃げたい……
180°回転して走り出そうと試みる。でも次は腕が掴まれてダメだった。
「なんだなんだ月夜、逃げんなよ。俺、何かした?」
不安そうな声、申し訳ないけどでも、どうすればいいかわからない。声の出し方すら今の私にはわからないんだもん。
「やめとけよ朝陽、嫌がってんだろ?」
「第一、お前モテるくせにナンパやめろよ」
やんわりと私を逃がそうとしてくれる2人の知らない人。いい人なんだな。
「バカ。ナンパじゃねーよ妹だ」
言葉と同時に腕が強く引かれて知らない人の目の前に出され、頭にボフっと手を置かれて礼をしてるような体制になる。前髪がかかってあんまりよく見えなかったけど、その瞬間ほんの一瞬だけど、お兄ちゃんの友達の顔が引きつったような気がした。
「月夜、友達のタカとヒデだ。今、サッカーの部活終わった帰りなんだ。タカヒデ、俺の妹の月夜だ、よろしく」
私のことを紹介した瞬間、私の腕を掴んでいた腕の力が緩んだ。その隙を逃さないで勢いよく180°回転して腕を振りほどき、そのまま駆け出す。
人から逃げ続けて今まで生きてきたから運動神経はわりといい私は、男女の差なんて関係ないくらいに早く走って逃げる。万が一追いかけられたとしても逃げ切れるだろうね。
ダッシュしたからあっという間に自転車屋さんに着いた。あ〜、疲れたな、少し息が切れてしまった。自転車屋さんのおじいさんに心配掛けるわけにいかないから息を整えてから店内に足を進める。
「あ、お嬢ちゃん。いらっしゃい、もうパンク直ってるよ」
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ、代金は1500円になります」
財布を取り出してお金を出すときに、おじいさんは遠慮がちに何か言いたそうにしている。なんだろう。
「あのね、ファッションは自由だと――」
「月夜っ何逃げてんだよバカ」
ダダダダという音が近づいてくるなと思いつつおじいさんの言葉を聞いていたら、突然頭を押さえつけられる。はぁはぁと息が切れていて辛そうだ。たぶん腕を私の頭に置いて寄りかかってるみたい。考えるまでもなくお兄ちゃんだ。追いかけてきたことに驚くけど今はそんなことより、人の頭を支えに使うな!!
「はぁ、はぁ、意外にも足早かったんだな。さすが俺の妹だ」
なにもわざわざ息切らしながら言わなくてもいいのに。それにしても、サッカー部のお兄ちゃんに追いかけられても捕まらなかった上に、こんなに息を切れさせたんだから私って結構大したものなのかもしれない。なんてちょっと嬉しくなる。
「おぉ、朝陽くんじゃないか久しぶり」
「あ、久しぶり! 去年の運動会以来じゃん」
不意に自転車屋さんのおじいさんがお兄ちゃんに話しかけた。それに対してお兄ちゃんは自然に返事する。やっぱりお兄ちゃんは顔が広いんだなぁ。我が兄とは思えないくらい、全然私と違う。
「あれは白熱したね〜」
いきなり世間話が始まる。私は人が多いの嫌だから行事はほぼ出てないし、全然わからない。それより、いい加減頭から腕をおろせ〜っ
「それにしても、朝陽くんに彼女ができるなんて、年も取るわけだなぁ」
「え、俺彼女まだいないよ」
「じゃぁその子は友達かい?」
おじいさんは私を示して聞いている。つられてお兄ちゃんも私を見る。あ、やっと腕をおろしてくれた。はぁ、重かった〜。開放感から頭を振ってると、お兄ちゃんは慌てて否定し始めた。
「いやいやいや、違うよどうしたの、妹! 妹の月夜だよ、忘れちゃったの?」
「……え、月夜ちゃん!? あの、いつも朝陽くんの後ろに隠れてた?」
「そうそう、もう、ビックリするだろ。ボケたのかと思った……」
「何を言うか、脳はまだまだ若いよ。朝陽くんが中学校に入ったあたりから全然見てなかったからね。見違え……られないよ。月夜ちゃん、その前髪はやっぱり切った方がいいよ。顔がわからない」
「ええ!? いや、そのえっと……」
話さなくて大丈夫だと安心してたのにいきなり私に話を振られてしまった……全然聞いてなかったよ、どうしよう!
「え、月夜、覚えてないの? 小さいころよくアイス買ってくれたじいちゃんだぞ?」
「……あぁ!」
思わずポンと手を打ってしまう。全然わからなかったけど、自転車屋さんのおじいさんは昔よくアイスを買ってくれたおじいちゃんだ。でもだからといって何言っていいのかわかんないよ。
「大きくなったね。全然わからなかったよ」
「……いえ、そ、んなに大きくないです……」
精一杯答えてこんなにぎこちなくなってしまうんだから、嫌になってしまう……。もう帰ろう、早く帰りたいよ。
「じゃ、あの、私、はコレで帰ります」
さっさと帰ろう。そしてベッドに横になって本を読もう。
「月夜、帰るのか。じゃ、じいちゃんまたね。また俺もパンクしたら持ってくるよ」
「はっはっは、待ってるよ。いつでもいらっしゃい」
え、お兄ちゃん、私に合わせなくてもいいのに……いやむしろ合わせないでよ。
どれだけ心の中で不満に思っても、もちろん何も変わらなくて、私の気持ちも知らずにお兄ちゃんは自転車を押してくれる。
外でお兄ちゃんと一緒だと目立ってしまうよ。人気者だし……人に合わなければいいな、すれ違うのもダメだ。いつもは大好きなのに、外でお兄ちゃんと一緒だと落ち着かない。こんな風に思うのはお兄ちゃんに申し訳ないけど……憂鬱だ。