4話 夕暮れ時の外出
不意に目をバチっと開ける。頭がボーっとするんだけど、もしかして私寝てた? 時計を見ると――6時。学校から帰ったのが4時くらいだから、2時間も寝ちゃっていたらしい。
目線の少し下のカレンダーに目を移す。あ、今日は私の大好きな作家さんの本の発売日だ! 買いに行かなきゃ! でも、この時間は部活帰りの人が多いんだよね……えい、本のためよ! 私は勢いよく起き上がって財布を持ち、家を出る。自転車に乗ろうとするけど、あぁ、パンクだった……ついでに直してもらわないとね。でも、店員さんと話すの億劫だな。
日が沈み辺りが赤い今、私は自転車を押して歩く。あとほんの少しで暗くなるし、頑張ろう。人に会いませんように。
無事に自転車屋さんに着く。でも、ここからが問題だ……ふぅ〜はぁ〜、深呼吸をして、頭の中を整理する。まず、たくさんの自転車が置いてあるところを通って店内に入る。「すみません」と声を出して店の人を呼ぶ。それから「自転車のパンクの修理をお願いしたいのですが」と言うでしょ。あとは、たぶん30分くらいしてからもう一度来るように言われるだろうし、本屋へ行こう。
よし、行動の仕方は決めた。行くわよ、明日以降も人に会わないで済むため、自転車に乗れるように! そして、大好きな作家さんの本を読むために!
決意を固めて、私は自転車屋さんの店内に向かって大きな一歩を踏み出す。それはそれは大きく。わぁ私、まるで体がとっても軟らかい人みた〜――ズザッと自転車の配置によって一本の道になっているところで、1人縦に開脚している私。
……ふんっ、別にこけたわけじゃないんだからね、ただ……ただアレだよ、ガタガタしてないコンクリートに水がまかれて滑りやすくなってたからね、スケートのごとく滑ってみようかなって思っただけ――ってこけたことの言い訳になってないじゃない!
あ、言い訳って言ってしまった……違うもん違うもん、私、そんなにドジじゃないもん、こけてないもん……多分。
「あぁ、お嬢ちゃん大丈夫? はっはっは、水播きしたんだ。濡れてるから気をつけてね」
笑い事じゃない上に今言われたって遅いっていうか計算外発生だぁ〜!! 話しかける前に白髪白髭のおじいさんが出てきちゃった! ど、どうしようどうしよう、何言うんだっけ?
「それはそうと、何か用かな?」
わぁ、さらに話しかける先手を打たれた! どうしようどうしよう……あ、そうそうアレだ、
「すみません!」
うわ、焦って思ったよりも大きな声出ちゃった。
「はっはっは、謝ることはないよ、こけて痛かったろう?」
穏やかでやさしい笑みをくれる自転車屋さんのおじいさん。って、ちっが〜う! そのすみませんじゃないよ、Excuse me のすみませんだよ!
「ん? どうしたの?」
「あ、あの、ちが……」
う……次はうまく声が出ない。しかもどもって言葉を伝えられないよ!
「あぁ、それか」
そう一言いって、おじいさんは私の横を通り過ぎて、前のタイヤがパンクしてしまった私の自転車に近寄った。言わなくても伝わった、よかった〜
「あぁ、パンクだね。直すのに30分くらいかかるけど、ここで待つ? 後でまた来るかい?」
「……あ、とでまた来ます!」
そう言って、かごから鞄を出して私は走ってその場を後にした。次は本屋さんだ!
まだ夕焼けで紅く、明るいのでなるべく日陰を歩いて本屋さんを目指す。できるだけ人通りのないところがいいな、部活帰りのクラスの人や知ってる人に会うとどうすればいいかわからないし……。
そんなことを思い、ビクビクしながらも本屋さんに到着。でも、店内が明るいのが嫌だな。20分はここで時間をつぶさないといけないんだけどね……。足早に店に入り、新刊コーナーでお目当ての本を手に取ると、あまり人がいないであろう新書コーナーへと足を運ぶ。あまり新書は好きでないけど、時々おもしろそうなのがあるんだよね。
予想通り、人がいない新書コーナーでのびのびと本を探す。う〜ん、それにしても前髪邪魔だ……人いないし、まいっか。口元にまで伸びた前髪をガシッとつかみ、一気に後ろへやる。
あ〜、視界がクリアで素晴らしい〜! でも、人が来たらすぐに元に戻そう! 恥ずかしいし、緊張するから!
作者名、「あ」から順に見ていく。「律儀な人とそうでない人」「着飾る人間の美意識」……ちょっと気になるけど、もう少し見ていこう。
「増える一方のゴミ問題」「なくならない戦争」……やっぱ堅苦しそうなのが多いなぁ。
なかば飽きてきながらも私はずっとタイトルを見ていく。
「混乱する人間社会」「日本の未来に光はあるか」「ぬいぐるみの縫い目の美しさ」
わぁ、おもしろそう、読んでみようかな〜「ぬいぐるみの縫い目の美しさ」。置いてある場所は空気読めてないけどね。
「ぬいぐるみの縫い目の美しさ」を読んでしばらく時間をつぶし、そろそろ自転車の修理が終わってるかなというときに会計を済まして自転車屋さんに戻り始めた。もちろん髪を戻すのを忘れないよ。
結局新書は買わなかった。お金持ってないしね。
本屋さんの会計は話さなくていいから安心だな。そんなことを思いながらささっと本屋さんを出て外に出る。あぁ、もう夕日も沈んだようであたりが暗いよ、やった。人通りは少し多くなったけど、やっと落ち着いて歩けるな。思わずにやけながら私は自転車屋さんを目指す。こんなタイミングでなんだけど、前髪のおかげでにやけても大丈夫なのが嬉しくてしょうがない。私はスキップしそうなのをこらえて歩いていく。