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THE END OF ...

作者: おさひさし

いつか、どこかで紡いだ物語。

そのさん。

 私たちの世界は、あと少しで終わってしまうそうだ。


 皆がそう言っている。朝のニュースや新聞でも同じことが言われている。

 今日の深夜過ぎ、いや、明日の夜明け前、巨大な隕石が落ちてくるのだ。

 はじめ世界中の偉い人たちは、混乱を避けるためにそれを隠していたようだけれど、誰かさんが隕石の情報を盛大にバラしてしまったことにより、世界中に知れ渡ることとなった。こうなってはもう、取り返しがつかないので、偉い人たちは隠していたことについて認めざるを得なくなったのだ。

 世界中の偉い人たちは、各国の軍隊を総動員するなど、あらゆる手段を尽くして隕石の落下を避けるつもりでいる。しかし、それでもほぼ確実に落ちるだろう、と専門家は分析している。何せ、直径がこの星のおよそ十分の一に相当するというとてつもなく巨大な隕石なのだ。ミサイルなどで粉砕したとしても、その破片が落ちてくる。破片のサイズもまた大きいのだから、とてつもなく激しい隕石雨が地表に降り注ぐだろう。

 隕石が落ちてしまえば、私たちは滅亡する。それどころか、この星に住んでいる生命体は皆、ほとんど滅亡してしまうだろう。氷河期がまた訪れる。いや、その前にこの星が砕け散ってしまうだろうか。そうなれば、何十億年かかろうと、もうこの地に再び生命が生まれることはない。


 要するに、今日で私たちは死ぬのだ。明日の朝は迎えられない。そしてもうこの星の生命体に生まれ変わることすら、おそらくないのだ。


 かくして私たちは、最後の時間を過ごすことになった。働く人、遊ぶ人、寝る人、祈る人、嘆く人……残された時間の過ごし方は、人それぞれだ。パニックになって騒動を起こした人も大勢いるらしいし、宇宙に逃げていった大金持ちもいるらしい。でも実際、特にこんな辺境だと、好きなように過ごしている人はそれほど多くなくて、私の親もせっせといつものように仕事場に行った。私には「早く学校に行きなさい」と言い残して。

 こんな時にも、世界はほとんどいつものように回っている。きっといつものように回っていないと不安なんだ。だって今日、いきなり私たちが死ぬなんて、そうそう信じられるわけがない。今日の続きには必ず明日があって、ずっとずっと先の予定まで決めちゃっている人は、とても混乱するだろう。あるはずの未来がなくなるのだから。


 私はどうしようか。残された時間は有意義に過ごしたいけれど、なかなかしたいことが思い浮かばない。とりあえず学校の前まで来てみた。こんな時にも学校は相変わらず授業をしているらしい。私は何だか馬鹿らしくなって、踵を返した。その途中で、したいことがようやく思いついた。そうだ、最後にあいつに会いに行こう。



 私がずっとずっと前に見つけた、秘密の場所。誰もいない森の奥、ぽっかりと開いた小さな洞窟をうんと進んだ場所に、そいつはいた。不自然なくらいに広がっている空間の片隅に、ほどほどに明るい光を放つ珍しい形のランプを置いている。そして中央の、錆びた色の大きな円盤の傍で、そいつは何やらせっせと荷造りをしている。

「ねえ、あなたはこれからどこへいくの」

 声をかけても、すぐには答えてくれない。私はしばらく待ってみてから、もう一声かけた。

「この星、もう死んじゃうよ」

 そいつはしばらく黙っていたが、私に振り向いて、ようやく答えた。

「また別の星へ移っていくさ」

 そいつのその言葉に、私は身を乗り出した。

「それなら、ねえ、私を連れて行って」

 私はぜひともそいつと一緒に、終わりを待つだけのこの星を逃げ出したいと思った。

 私の申し出に、そいつは戸惑ったような顔をした。

「どうしてだい」

「私、まだ終わりたくないの」

「死にたくないんだね」

「うん」

「死ぬのは怖いかい」

「うん」

「だめだ、連れて行けない」

 そいつは首を横に振って、断った。

「どうして? 死にたくないから? それとも、死ぬのが怖いから?」

「違うよ。連れて行ったら、君は死んじゃうからだ」

「どうして? どうして死んじゃうの」

「君は耐えられないからだ。心のことを言っているんじゃない。君の身体が、耐えられないんだ」

 そいつは遠い目になって空を見上げ、言った。

「僕は長い長い時を生きてきた。星から星へ、その星々の始まりから終わりまでの物語を見届けながら、長い長い時を生きてきた。それは、僕がそれをできる存在だからだ」

「私じゃ、できないの」

「残念ながら。君では、すぐに死んでしまう」

 私はそれを聞いて、落胆した。この星からはもう、逃げられないのだ。それはつまり、もうこのまま黙って死ぬしかないということだ。私はため息混じりに呟いた。

「そう。とても残念。でも、長い長い時を生きられるなんて、あなたはいいな」

「君にとってはそうだろう。でも僕にしてみれば、それはとても辛くて、もうこれ以上生きたくないと思うこともある」

「それならあなたはどうして生きるのをやめないの」

「……それは、やはり、死にたくないからだ」

 そいつはしばらく考えてから、そう答えた。そしてふと、何か思いついたように私に訊いてきた。

「君はどうして、死ぬのが怖いんだい」

 そいつの問に、今度は私が戸惑った。そいつは私の様子を見て、続けた。

「隕石が落ちるのは一瞬だ。この星が壊れるのも一瞬。君が死ぬのも、一瞬だ」

「でも、その一瞬には痛みや苦しみを感じるでしょう」

「痛みや苦しみなんて、一瞬にもならないよ。隕石が落ちた、その瞬間君は死ぬんだから」

「でも、その一瞬にもならない痛みや苦しみが、たまらなく怖い」

 そう答えて、私はようやく自分の気持ちに対する適当な表現を見つけた。

「死は怖くない。でも、死ぬのは怖い」

 そいつはそれで納得したらしく、なるほど、という感じに頷いた。

「あなたはどうして死にたくないの」

「それは、僕が、そう思うように仕込まれているからだ」

 私の問いに、そいつはそれだけしか答えなかった。


 しばらく黙っているうちに、そいつの荷造りは進んでいった。色んなものを変な箱に入れ、錆びた色の大きな円盤へ運んでいく。その途中、そいつは「あっ」と声を出した。

「そうだ、君にこれをあげよう」

 そいつは私に一枚のCDを手渡した。白地のラベルにペンで何やら文字が書いてある。そいつの言語だろうか。見たことのない文字で、何と書いてあるのかわからない。

「何、これ」

「僕が昔訪れた星で拾った音楽だよ。この前CDに入れたんだ。あまり流行らなかったんだけど、僕はこれがとても好きだ」

「いいの、そんなものもらっちゃって」

「いいんだ」

 自分だけ何かをもらうのも何だか悪い気がして、私は何かそいつに渡せるものがないか探した。ポケットに手を突っ込んだり、持っていた鞄の中を物色したりした。そいつはそんな私の様子を不思議そうに見ていた。何も渡せるものがないと諦めかけて、自分の髪に手を触れると、硬い感触がした。そしてはっと気が付いた。長いこと愛用している髪留めがあったのだ。私はその髪留めを外すと、そいつに差し出した。そいつはきょとんとした顔になった。

「じゃあ、私も、これをあげる」

「いいの、そんなものもらっちゃって」

「いいんだ」

 そいつは髪留めを受け取ると、くすりと笑った。私もつられてくすりと笑った。

「君は、僕の生涯の中でもっとも深く言葉を交わした存在かもしれない。君を失うのは寂しいけれど、これも仕方がない」

 そいつは私に背を向け、再び荷造りに取り掛かった。

「そうだ、もし君が生き残っていたら、僕はまた君に会いに行くよ。君を連れて行くことはできないけれど、君の最期を見届けることはできるだろうから」

 幾分かうれしそうな口調で、そいつはそう言った。


 荷造りが全部終わって、そいつの旅の支度ができた。とうとう別れの時がきたのだ。そいつは錆びた色の大きな円盤に乗り込むと、私に「いい、って言うまで目を閉じていて」と言った。私は言われるままに、目を閉じた。「いいよ」と声が聞こえて、目を開くと、そいつはもうそこにいなかった。物音ひとつ立てず、あいつは旅立ったのだ。



 この日はいつもよりも早く夜が訪れた。私は自分の部屋で、最後の日記を書いていた。あいつと会ってからずっと続けている日記だ。あいつの行動観察記録でもあるから、あいつがいなくなるともう書く必要はない。この日記も、今日で終わりだ。


 日記を書き終わって、夜がもうかなり深まった頃、私はあいつがくれた音楽をヘッドホンで聴きながら、うつ伏せになっていた。

 あいつが渡り歩いてきたどこかの星の音楽。いや、歌だ。たぶん、女の人の歌だ。当然言語が違うから、何を言っているのかこれっぽちもわからない。でも、何を歌っているのかはわかる気がする。きっとこれは、あれだ。誰かが好きな人になかなか思いを伝えられなくて、苦しんでいる歌だ。たぶんそうだ。だってとても切ない感じがする。よくわかる。私は知らず知らずのうちに、その発音の仕方もわからない歌を、でたらめな音で口ずさんでいた。


 深夜を過ぎて夜明け前となり、隕石の落下予定時刻が間近に迫った。人々は皆一様に、薄紫の空を眺めている。


 ずっとうつ伏せになっているのもしんどくなって、私はぐるりと仰向けに転がって、大の字になった。開けっ放しの窓が目に入る。

 夜明けが近いからか、空は少し明るくなっている。幾筋もの飛行機雲が見える。たぶんミサイルか何かのものだろう。空のずっとずっと上のほうで、小さな点のような光が現れては消えていった。きっとミサイルが隕石に着弾して、爆発したのだ。よく目を凝らすと、遠くのほうに赤々としたとても大きな塊の影が見えた。その一部分が次第に細かく砕かれていく。


 幾つもの大きな流れ星が、夜明け前のぼんやりとした空を覆う。流れ星のひとつひとつが明るく輝いている。綺麗だった。流れ星は上から下へ、ゆっくりと落ちていく。さっきから床ががたがた揺れている。

 あいつがくれた歌をリピート再生して聴きながら、私は静かに、目を閉じた。しばらくして眠気がさしてきた頃、一瞬だけ、まぶたにとてもまぶしい光を感じた。



 そして、朝は訪れた。

そういえば、2012年12月21日~23日に人類が滅亡(もしくは進化)するって話、あったんだよね。

古代マヤ文明の暦がその日で区切りを迎えるとかで。

ちょっと前に東日本大震災もあったから、これは本当なんじゃないかって心の片隅で思ってました。信じてはいなかったけれどね。

わたしはそういう話、好きだな。

何千年も昔の古代文明が現代に影響を及ぼす力を持っているというのが、純粋にすごいなって思う。

それに、実は誰かさんが頑張ってくれたおかげで人類は滅亡しなかったとか、そういうことも想像できるし。

心の中くらい何でもありでいいよね。


新しい物語のために、過去の小説を晒していこうのコーナー第三弾。

テーマは「朝」だったかしら。

このお話、実はわたしのお気に入り。

今読み返すと鼻につくところがたくさんあるけれど。

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