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第一章 ALMOST PARADISE 1-1 A dream of the amphibian 

1-1 A dream of the amphibia


 水中呼吸器(ギルシステム)のマウスピースを(くわ)えていても、(のど)に貼られた声帯振動感知型せいたいしんどうかんちがたのマイクと骨伝導(こつでんどう)レシーバーを通して隊員同士の会話は可能だ。

 だが、思わず溜息をついた帆織(ほおり)の口元から大きな泡が一つ、音をたてて漏れた時、彼を(つつ)いたかりそめのチームメイトから言葉は無かった。

 素直に頭を下げた帆織(ほおり)は前を向き、再び、水底(みなそこ)を舐めるように()い出す。

 両手に握る小型の杭を交互に砂泥底(さでいてい)へ突き刺し、流れに(さか)らって這い進む。その様子はまるで、巨大な崖を水平に登攀(とうはん)しているかのようだ。影になる部分を選んで片方の杭を打ち、体を引き寄せ、今度はその少し先にもう片方の杭を打つ。延々(えんえん)、この繰り返しだった。

 水中の夜陰(やいん)に紛れて五百メートル下流から接近、隠密的(おんみつてき)に乗船して一気に鎮圧(ちんあつ)と人質救出を行う作戦だ。だが、灰色の砂漠めいた川床(かわどこ)には終わりが見えない。はるか彼方(かなた)まで広がるように思われてくる。水塊(すいかい)がきしみ、鼓膜がイヤーピースごと水圧に押され続ける。

 青味(あおみ)がかって明るい砂漠の所々には軟体動物(なんたいどうぶつ)のコロニーがあった。各個体が側毛(そくもう)えた太めのミミズとも見える体を長々と巣穴から突き出し、頭頂部の網状触手(もうじょうしょくしゅ)を広げて流下するプランクトンを()し取っている。(わず)かな水流の変化にも敏感で、帆織(ほおり)たちが近づくのを感じると素早く穴へ隠れ、通り過ぎてしばらくするとまた、全身(ぜんしん)を揺らめかせながら慎重に姿を現して採餌(さいじ)を始める。

 ふと、帆織(ほおり)の目に、十数メートル先、まだ到底(とうてい)こちらの気配を感じられる距離ではないコロニーの(むし)たちが一斉(いっせい)に、猛然と体を引き込む様子が映った。

「来ます!」

 無線を通して彼の声がチームに伝わり、手杭(てぐい)に仕込まれた射出式スパイクを全員が素早く砂底(すなぞこ)深くへ()ち込んだ。(いかり)代わりのガジェットが砂中(さちゅう)で展開するのとほぼ同時、激流が彼らを包み込む。皆、水底(みなそこ)へ張り付いて姿勢を低く保ち、ただ二点にしがみついて(こら)える。濛々(もうもう)と砂が舞う。帆織(ほおり)の目の前を大きなイシガニが(かろ)やかに転がって行く。流れは一直線で終わらず、二度、三度と方向を変えて隊員たちを(なぶ)った。そのたびに全員が棒杭(ぼうくい)へ引っかかったゴミのように軽々(もてあそ)ばれた。叫び出したくなる気持ちを抑えつけ、帆織(ほおり)は呼吸器のマウスピースを噛みしめた。

 梅雨など無いような近年だが、慣例としての()けが宣言された、よく晴れて暑い今日の昼間が思い出される。その頃の彼はまだ、水辺で遊ぶ子供たちの涼しげな様子を羨望(せんぼう)眼差(まなざ)しで眺めていたのだ。今更ながらその時の自分に毒づいてやりたくなるが、そんな気分すら(ほとばし)る激流が一瞬にして運び去ってしまう。



 事件は本日、午後三時半頃、佃島(つくだじま)から少し上流にあたる日本橋(にほんばし)の運河沿いで発生した。 

 現金輸送車の襲撃に失敗した武装強盗グループが大川へ逃げ、小型プレジャーボートで水上警察と追走劇を繰り広げた(すえ)折悪(おりあ)しく別の運河から出てきた新造観光船(しんぞうかんこうせん)「トヨ」へ衝突した。こちらの船は記念式典と進水式を終え、初めて航路へ入ったばかりだった。

 プレジャーボートは半沈(はんちん)、強盗は(みずか)らの船に比べ損傷の少なかったトヨ号へ乗り移り、瞬く間に警備員二名を射殺、遺体を投棄すると船の乗っ取りを宣言した。

 ()の悪いことに、トヨには運航スタッフや殺害された警備員の(ほか)、都が進水セレモニーへ招待した各界の名士、公募抽選の当選者や周辺の小中学校を代表する子供たち、(あわ)せて三十五名が乗船していた。大川の再開闢(さいかいびゃく)以来、最大級の凶悪事件が発生した瞬間だった。

 最寄りの警察署へすぐさま対策本部が開設され、解放交渉が始められたが、それは最初から徒労の気配を漂わせた。

 トヨの定位置維持装置(ていいちいじそうち)を除く、ほとんど全ての推進機関が衝突によって機能しなくなっていたことだけが唯一の幸いだった。東京湾へ出られていれば事態は(さら)に厄介なものとなっていたはずだ。

 佃島上流部つくだじまじょうりゅうぶまで流されてきたトヨでは島への衝突や座礁(ざしょう)回避のための緊急自動操船(オートパイロット)が起動、船は定位置維持装置を作動させ、大川分流点おおかわぶんりゅうてんの真ん中で停船した。

 トヨが燃料切れとなり、本格的に漂流を始めれば対処が難しくなる。事態が膠着(こうちゃく)したかに見えているうちに本部が早々と急襲(きゅうしゅう)作戦を決定したのは必然だったろう。

 当初はこのまま突入、制圧の流れかと、ある意味、楽観視されていたとも言える。だが、ちょうど月末間近(まぢか)という事件発生日時が解決をより難しくした。

 大潮(おおしお)の、特に上げの時刻、大川(おおかわ)の底近くには複雑な流れが幾筋も現れることが知られている。川そのものの下る流れと、()(しお)が勢いよく(さかのぼ)る流れがぶつかり合って潮筋が縦横無尽に暴れるのだ。潮汐観測(ちょうせきかんそく)からこの晩の大川では作戦決行時に最も変動が大きくなると予測され、これがSAT(特殊急襲部隊)による夜間突入を決めた警視庁最大の懸念だった。

 水深の充分な海での作戦とは異なり、常に街からの灯火(とうか)(さら)される都市型河川(としがたかせん)での激流は間違いなく、障壁にしかならない。

 さらに具合の悪いことに、ジャックされたトヨ号は全方位展望型ぜんほういてんぼうがたの船体を持っていた。

 美しく(よみがえ)った大川を観光資源として活用するため、都が(きも)いり、鳴物入(なりものい)りで送り出した水中遊覧船すいちゅうゆうらんせんだったのだ。死角となるトイレなどの床と後部駆動系、制御部を除けば船倉(せんそう)はすべて透明な特殊強化樹脂製、乗客が水中の絶景を楽しめるよう設計されており、これは警察の接近、突入を警戒する犯行グループにとって非常な有利に違いなかった。

 犯人たちは陸からの狙撃(そげき)を警戒し、甲板(かんぱん)には人質の壁を作った。また現場周辺には高層ビルが立ち並び、気流が乱れやすいので空からの急襲は選択肢にない。船は目立つ。消去法で水中からの接近が最適と考えられたのだが、それにはトヨの視界の隙を()って移動しなければならない。見張りの死角となる川底(かわぞこ)の影や流水のヨレに隠れて素早く進む一方、潮筋(しおすじ)を読み、突然の激流をやり過ごす必要がある。

 水中戦術を会得(えとく)しているとはいえ、プール訓練がメインの警視庁特殊急襲部隊にはこのスキルを持つ者が少ない。もちろん警視庁下部(けいしちょうかぶ)である水上警察にも大川の流れに精通した者がいるにはいるのだが、数日前の出動で不審船を追跡した(さい)、水上バイクごと水面へ叩きつけられて打撲(だぼく)、軽傷とはいえ激流うねる水底(みなそこ)のガイドを務められる状態では到底なかった。かと言って海上保安庁に協力を要請すればSST(海上保安庁特殊警備隊かいじょうほあんちょうとくしゅけいびたい)の独壇場(どくだんじょう)となり、せっかくの晴れ舞台でSAT水上(すいじょう)チームの華々しい御披露目が期待(きたい)できなくなる。それに、海中と都市河川内(としかせんない)で同じ戦術が通用すると安易に考えるのは、(はなは)だ危険でもあるだろう。

 こうした理由から、同じ公僕(こうぼく)とは言え、なんの特殊訓練も受けていない帆織(ほおり)が突入部隊に加わり、危うい夜の川底を泳ぐはめになったのだ。大川の状況に通じつつ警視庁と直接の利害が絡まない省庁の部署であり、元々が警察業務補助の役目も(あわ)せ持つ帆織(ほおり)の職場へ協力要請受諾の命令が下るのに、そう時間はかからなかった。上層部も警視庁への借しは大歓迎らしい。

 そして水中ガイドの大役(たいやく)帆織(ほおり)に割り振られるのもほとんど即決だった。学生時代に潜水行動術、水中体術(すいちゅうたいじゅつ)(かじ)っており、作戦にある程度順応(じゅんのう)できるであろうと考えられたこと、毎日の巡回(パトロール)大川おおかわにかなり馴染みがあることなどが評価を得たからだが、もちろん、他に適当な人材がいなかったということも大きいだろう。

「船の近くまで案内するだけが君の仕事だ。あとは全て、こちらがやる」

 突入担当の小隊長はブリーフィングで居丈高(いたけだか)に彼へ説いたものだ。それ以上できるものか、と帆織(ほおり)は思ったが口には出さなかった。

 犯行グループは北九州経由の武装を相当に充実させているらしいとニュースサイトが伝えている。できれば船に近づくことすらしたくない。突入隊員たちの装備するアサルトライフルが帆織(ほおり)の目に黒々と、冷たく迫った。

「君のキャリア回復にも、うちの名誉にも関わることだよ」という直属の上司の言葉も、彼の心に寒々(さむざむ)した感想をもたらしただけだった。秘密作戦なので恋人へ連絡しての遺言はともかく、(はげ)ましをもらうことすらできない。だが、


 

 kohada:知ってる? この辺りの水軍の子も何人か、人質になってるんだって!



 携帯端末にコハダから届いたメッセージを見て、帆織(ほおり)は行かざるをえない気持ちになった。

 犯行グループは事件発生から一時間足らずのうちに、人質から不運な著名評論家一人を選出して射殺、撮影した殺害シーンをインターネットを通じて大手動画サイトに投稿している。警察側の強引な解決手段選択への警告とも言えたが、逮捕後の損得を考えられない精神状態を彼らが行動で表したと見た方が良いかもしれなかった。いつ何時(なんどき)、子供たちが犠牲にならぬとも限らない。


 

 kohada:なんとかならないの、保安官? 


 ho‐ri:今、警察の人たちが一所懸命やってくれてるよ。


 

 彼は自分が突入部隊へ加わったことには無論()れず、ニュース番組へくぎ付けらしいコハダと少し、やりとりをした。


 

 ho‐ri:危ないから、夜になる前に解決した方が()い、って特殊回線を使って電話したのは君か?


 kohada:してない。そんな電話があったの?


 ho‐ri:匿名(とくめい)で、うちの事務所に。対策本部にもかかってきたらしい。


 kohada:てか、対策本部の番号なんか知らないし。あ、回線破りもしてないよ。でも、夜の大川が危ないのは事実だね。


 ho‐ri:それ、みんなよく言うよな? 具体的に、何が危ないんだ?



 返信が無いまま作戦準備の説明へ呼ばれたので、そこでやり取りは中断された。だが、出張所や本部にかかってきたという匿名の電話が帆織(ほおり)には気にかかっていた。夜の川を()むのはここの子供たちに共通するタブーのようなもので珍しくもない。だがそれを態々(わざわざ)回線ハックした上、社会的重大事件の最中にまで伝えて来るだろうか――。


「あれだ」

 小隊長の声で我に返る。

 いつにもまして陸上のビル(がい)煌々(こうこう)と輝き、水底(みなそこ)まで光を送り込んでいる。コンクリート護岸(ごがん)の影や、重い流れが幾重(いくえ)にも()り合って生じるよどみを除けば、(あわ)く青い透明の薄暗(うすくら)がりが延々(えんえん)と続いて、川の中は新月の(おか)の上よりよほど明るい。

 その向こうにぽつんと、トヨ号の透き通る船底が確認できた。

 水中客室の照明は完全に落とされており、暗視機能付きのゴーグルをもってしても外から中の様子を完全に(うかが)い知ることはできない。流れに逆らって座標を維持するための小型スクリューを数基(すうき)、動かしているはずだが、遊覧船は完全に沈黙しているようにすら見える。

 泳いでは水底(みなそこ)(とど)まり、泳いではまた留まり、隊員たちはハゼ科の魚のように船との距離を縮めていく。水深は平均八メートル。フード付きウェットスーツにゴーグルという出で立ちをした帆織(ほおり)の、(わず)かに露出した顔の肌に、大川の水はぬめるようにまとわりついてくる。

 突然、トヨの船倉(せんそう)から鋭い光が伸びた。皆、反射的に頭を下げる。()(かたまり)のように水底(みなそこ)へへばりついて敵を(うかが)う。透明な船倉の内部で動く人影(ひとかげ)が見えた。見張りだ。気になることでもあったのか、人影は手にしたフラッシュライトで幾度(いくたび)か、帆織(ほおり)たちの(ひそ)む方向へ光の槍を突き刺してきた。こちらとしては身じろぎせず、見逃されることを祈って堪えるしかない。

 やがて光線は消えた。

 だが油断はできない。やっとの思いでここまで来たのだ。水中呼吸器(ギルシステム)の使用可能時間は残り少ないが、慎重に、影が伸びるように水底(みなそこ)を這い、そろそろとにじり寄って最接近ポイントに集結する。最早(もはや)通話機器は使わない。数秒の(あいだ)、ハンドサインで乗船方法や装備の最終チェックをおこなう。船倉(せんそう)の死角を確認し、流れを読んで突入経路を見極(みきわ)める。

 君は下流へ、と小隊長が帆織(ほおり)へサインを与えた。(うなず)帆織(ほおり)。幾人かの隊員が彼へ親指を立てて見せる。感謝の(しるし)だろう。ほんの数十分だったが帆織(ほおり)の働きは彼らの認めるところだったようだ。帆織(ほおり)も軽く頭を下げて返礼し、武運を祈った。

 いよいよその時だ。

 部隊突入後、彼だけが全速力で下流へ泳ぎ下り、回収班に引き上げてもらう手はずとなっている。帆織(ほおり)は泡を漏らさぬよう、少しずつ排気した。

 船側に目立った動きは感じられず、気付かれた様子もない。

 チェックが終わり、急襲開始(きゅうしゅうかいし)の合図を出すタイミングを小隊長が(はか)り始める。

 その時だ。

 急に視界が(かげ)った。

 ぎょっとして見上げた帆織(ほおり)の目に、頭上を覆い尽くす、金色がかって白く(うごめ)(つら)なりが映る。

 エイだ。エイの腹だ。全てアカエイだ。いつの()にか尋常でない数のアカエイが水面近くに群れをなし、陸からの(あか)りを(さえぎ)っている。そして群れは悠々(ゆうゆう)と、帆織(ほおり)たちを包囲するように泳層(えいそう)を下げてきた。

 アカエイの尾には人間に重傷を()わせることのできる毒の(とげ)(そな)わっている。ウェットスーツなど簡単に()(つらぬ)くことのできる、長く鋭利な棘だ。不用意に彼らを驚かして水中で攻撃されれば、作戦遂行が不可能になるどころか生死にも関わる。

 水中で出会うエイの危険性はある程度、海や魚に通じた人間ならば誰もが知っているし、ブリーフィングでの注意喚起もあった。部隊全員、身動きが取れない。

 気が付けば水が濁り始めている。川底に堆積(たいせき)した微粒子をエイの作る水流が巻き上げているらしい。

(動くな)

 刻々と効かなくなる視界の中で、小隊長のハンドサインが(かす)かに見える。

 帆織(ほおり)は酸素計に()をやった。ギルシステムはあくまで小型かつ軽量に特化した装備だ。特殊な膜に水流を通し、水から直接酸素を得る機構だが、取り出した酸素はほぼそのまま使い、ごく少量を呼気バッテリーへ蓄えるのみで、ボンベ式のものほど長く酸素を安定供給することができない。その上、この泥だ。外側のフィルターが目詰(めづ)まりを起こし始めていた。使用限界は通常時より大幅に下回るはずだ。

 だが耐えるしかない。外洋(がいよう)(さめ)に使う軟骨魚類用(なんこつぎょるいよう)忌避剤(きひざい)は、場所が場所だけに誰も所持していなかった。濁りはまだ()まない。まるで砂嵐に襲われたようだ。白いシルト粒子が視界を(さえぎ)って、ついには隊員たちの姿を完全に消してしまう。エイのたてる泥流(でいりゅう)だけでこれほど濁るものなのか、白濁(はくだく)した流れは最早(もはや)視界を一メートル(ほど)にまで(せば)めている。この泥煙幕(どろえんまく)がどれほどの範囲で展開しているのか帆織(ほおり)に分かるはずもなかったが、遠くから見ればアカエイの魚体(ぎょたい)と泥水による巨大な竜巻が突如、水底(みなそこ)へ立ったように見えるだろう。トヨ号の乗っ取り犯たちも外の異変に気付いたらしい。水中をせわしなく光線が走るが、彼らにも何か見通せたとは思われない。

「ベストに異常!」

 戸惑(とまど)いの沈黙を破ったのは一人の隊員の無線連絡だった。

緊急浮上装置きんきゅうふじょうそうちが誤作動しました! 浮上します!」

 直後にくぐもって聞こえた音は、おそらく小隊長の舌打ちだ。

 帆織(ほおり)ふくめた全隊員がウェットスーツの上から着用している水中兵用戦闘ベストには防弾・防刃(ぼうじん)機能の(ほか)、自力で泳ぐことが困難な時のためのガス充填式(じゅうてんしき)フローティング機能が(そな)わっている。着用者の脈拍が一定を下回った場合は自動で、または手動で、超小型ガスボンベの栓へ接続された浮上スイッチを引けば、タクティカルベストは一秒で(さめ)の歯でも貫通できない防刃(ぼうじん)フローティングベストへ早変わりし、強力な浮力で着用者を水面(すいめん)まで引き上げるのだ。

「……下流に移動して回収班に合流しろ。船上の標的とエイを刺激しないようにな」

 押し殺した声で小隊長からの通信が入った直後、コードネームの名乗りとともに、

「こちらも誤作動! 浮上します!」

「何ッ?」

「いや、違う!」

「何者かがスイッチを……」

「こちらも浮上します!」

「畜生ッ!」

 回線が混乱する。瞬くうちに浮上の報告が続きに続き、

「ガイド、そっちに行ったぞ!」

「なにが起こってるんですッ……?」「すまない、俺も上がるッ!」

 無線に気を取られ、隙が生じる。

 だが、白い濁りの中から自分の浮上スイッチに伸びた黒い手を、帆織(ほおり)はあわや払いのけた。逆にその手首を(つか)もうとしたが、するりと逃げられてしまう。濁りの向こうに何者か、四肢(しし)持つ者の泳ぐ気配がする。水中に定位(ていい)してこちらを見つめる、意志のこもった視線を感じさせる。人だ。ふと、その気配がゆらぐ。ふいを突き、帆織(ほおり)の全く予想外の方向から彼のスイッチへ再び手が伸びた。僅差(きんさ)でかわす。

 何者か、相手は相当に泳ぎが達者(たっしゃ)らしい。それにこちらが見えるようだ。だがその理由を考える(ひま)は無い。帆織(ほおり)も潜水活動にはそれなりの自信があるほうだが、相手は彼にない身軽さで縦横無尽(じゅうおうむじん)な間合い取りから彼を襲った。

 身を引いて帆織(ほおり)は逃れ、また逃れ、

(――強盗の、仲間ッ?)

 違う気がした。

 ()を置かず圧倒する攻勢(こうせい)には悪意や敵意より、何か、ひどくがむしゃらな(おも)いを感じる。(いら)つきが水を通して伝わってくる。()き出しの(あせ)りが叩きつけられている。

(捕まえてやる)

 なぜか、彼は逃げる気にならなかった。

 無関係な手柄(てがら)を意識するはずはない。小隊長も含め(ほか)の隊員が全滅したらしい中で、部外者に過ぎない帆織(ほおり)が粘る必要はまるで無かった。素直に浮上するか、相手の隙を突いて流れに乗り、逃げてしまえば良いだけの話だ。だが、それらの選択肢は不思議と出てこなかった。

(よし!)

 相手が動いている間合(まあ)いのうちなら、アカエイはいないはずだ。帆織(ほおり)は呼気バッテリーの残りを最後に深く、一吸(ひとす)いして呼吸器を捨てた。記録用動画カメラ付きのヘッドセットも(はず)れて流れていったが、少しでも身軽な(ほう)が良い。やるべきことは、この襲撃者を捕まえ、拘束し、一緒に流れ下る、それだけ。突入はどうせやり直しだ。

 相手にはこちらの動きが分かる。そこにつけこむ。

 視線を(はず)して誘いをかけると、相手は拍子抜(ひょうしぬ)けするほど不用心に襲いかかってきた。

 帆織(ほおり)の右手が細い手首を今度こそ、がっちり(とら)らえる。

 (つか)み取りの魚にあるような骨の(きし)みがぎくぎく伝わってきた。浮力を使い、体全体をひねって(たく)みに(のが)れようとしているらしいが、こうなれば帆織(ほおり)も離さない。体格で(まさ)(ぶん)、重さと筋力ではこちらが有利だ。後ろ手に相手の手首を捻じり、ぐいと煙幕から引き()り出す。左手は後ろ(えり)へかけ、上半身の動きを封じた。大反(おおぞ)りの頭突(ずつ)きをかわす。影がもがき、黒髪が彼の鼻先で揺らめく。

 さらに右手で手首を(ひね)り、左手を前へ回して華奢(きゃしゃ)な上半身を腕全体で(かか)え込むようにした時、帆織(ほおり)は相手が少女であることを知った。育ち盛りの体つきがウェットスーツ()しでもひしひしと感じられ、自分がこの場から逃げ出さず、素直に相手へ向き合った理由を、彼は一瞬にして(さと)ったのだった。見知った顔がまざまざと思い起こされ、

(こいつは、俺の仕事だ――)

 少女。

 とある少女。

 彼は(うな)った。思わず腕に力がこもる。

 その時だ。どう、と風が吹いた。いや、水中に風は吹かない。一瞬の大風(おおかぜ)とも思われる衝撃波が通り過ぎたのだ。無数の小さな渦潮(うずしお)一斉(いっせい)に流れ下った。水中で絡み合う二人を置き去りに、世界だけが過ぎ去った。

 一呼吸(ひとこきゅう)おいて気が付けば、濁りがすっかり消えていた。どこまでも透明な水と、耳の痛くなる静けさだけがそこにあった。

 大都市の(あか)りがさしこむ川床(かわどこ)は、どこまでもどこまでも広がる灰色の砂漠のようであり、

(――なんだ、あれは?)

 遠く遠く河口の方角、はるか遠くから砂の色が変わりつつあることに帆織(ほおり)は気付く。

 違う。砂の色が変わっているのではない。白や桃色の何か、葉の無い、茎と花弁だけの植物のようなものが次々と川底から芽吹(めぶ)いていた。水底(みなそこ)に咲くチューリップめいたそれらは次から次へと砂を突き破ってはにょきにょき()を伸ばし、幾つも幾つも、一輪(いちりん)ずつの花を咲かせる。砂漠のようだった川底がたちまち一面の花に覆われ始めている。

 やがて開花は押し寄せて来た。


 ゆらゆらゆらと揺れている。歩いて迫ると思われる。トットコトットコやってくる。生えてくる。生えてくる。生息密度(せいそくみつど)も濃厚に、みしみしみしと生えてくる。いつしか始まっていた耳鳴りが、楽しげな太鼓(たいこ)のリズムに聞こえ出す。


 トントコトットコトントコトットコ、トントコトットコトントコトットコ。


御前(みまえ)()きて(みち)(そな)え! 御前(みまえ)()きて(みち)(そな)え!〟


 芽吹(めぶ)きはどんどん近づいて来る。嬉しげに、生命の息吹をこれでもかと(まと)いながら迫って来る。喜びの福音(ふくいん)(やす)らぎと慈悲(じひ)の気配に満ち満ちて、どんどん、どんどん近づいて来る。

 生えてくる、生えてくる、体の中から生えてくる。みしみしみしと呼応(こおう)する。


 トントコトットコトントコトットコ、トントコトットコトントコトットコ。


 呼ばれている、呼ばれている。呼ばれている、この感覚……。


 ふいに、帆織(ほおり)の左手の甲へ鋭い痛みが走った。

 思わず力が(ゆる)んだ隙を突き、影はするりと彼の腕から抜け出してしまう。身を(ひるがえ)し、帆織(ほおり)と対面したその手には白々(しらじら)と、ぬめるように光る骨のナイフが握られていた。

 (おの)が口から空気が漏れ出しているとも気付かないまま、帆織(ほおり)は相手の手元(てもと)をまじまじと(なが)める。よく見ると骨でない。奇妙なほど大きな、エイの尾棘(びきょく)だ。エイの(とげ)から毒を抜き、()ぎ加工したナイフ……。

 (ようや)く目線を上げる。誰であるかは、もう知っている。なぜここに、とは思ったが、同時に、それほど不思議ではない気もした。対策本部へ怪電話をかけてきた人物にも見当(けんとう)がつく。二連式(にれんしき)水中眼鏡(ゴーグル)の奥で輝く両眼(りょうめ)に焦点が合い、彼はその光に(とら)われた。視線を(はず)せなかった。満月に照らされた夜の外海(がいかい)を思わせる、静謐(せいひつ)な力に満ちた眼差(まなざ)しに帆織(ほおり)はただ、見惚(みと)れた。


(しまった!)


 幻想げんそうは瞬時に消滅する。

 こちらへ伸びる指先へ気付くのが一瞬、遅れた。浮上スイッチが素早く引かれ、帆織(ほおり)のベストが時置(ときお)かず膨張する。浮力の増した彼の体は水面(すいめん)目掛(めが)けて急激に引かれ始める。

 一方、少女は水底(みなそこ)(とど)まり、ぐんぐんと登っていくこちらをずっと、見上げていた。そして帆織(ほおり)もまた、見ていられる限りずっと、彼女を見下ろし続けた。

 揺らぐ視界の中で、しなやかな影は(りん)(たたず)んでいる。輝く両眼は濁りなく澄み切って、(よこしま)な色などただの一滴(ひとしずく)も無い。彼女は無垢(むく)で、確かな決意に満ちている。



御前(みまえ)()きて(みち)(そな)え!〟



 はっとした。

 帆織(ほおり)の心の中に突如としてあるイメージが芽生(めば)えた。それはほんの一瞬、ひどく(まばゆ)(ひらめ)いたのだ。だが一瞬で充分だった。水面(すいめん)を割った時、帆織(ほおり)はもう一度潜ろうとさえ思った。(まと)わりつく浮力体(ふりょくたい)が無かったら実際そうしていたに違いない。

 乗っ取り事件そのものは突入部隊の自滅後(じめつご)、犯行グループが急遽(きゅうきょ)投降(とうこう)を宣言して決着がついた。



     ※



 山麓(さんろく)から()み出す雪解(ゆきど)け水は岩体(がんたい)(ゆる)く削り、超大陸の一部に広大な傾斜地(けいしゃち)形作(かたちづく)っている。鮮烈(せんれつ)清水(しみず)をたっぷり含んだ苔類(こけるい)がはるか地平線まで()い広がり、大地は一分(いちぶ)の隙も無く、(あざ)やかな緑に覆われていた。

 仰向けに寝転んで空を見上げれば、植生(しょくせい)絨毯(じゅうたん)濾過(ろか)された岩清水(いわしみず)が肌に()みて心地良い。(はず)む苔の感触は、直下に硬い岩盤があるはずなのに、そのまま地のうちへ沈み込んでしまいそうな浮遊感を与えてくれる。

 体を起こせば、その連続する天然の寝台(しんだい)の上にちらほらと、白い物体が二つずつ、寄り()いあっている様子を認めることができる。つがいだ。まだ雄雌(しゆう)の区別もつかぬまま、じゃれ合い、歓声を上げているのもおり、性に目覚め、相聞(そうもん)の歌を交わすのもおり、半身(はんしん)を清らかな水溜(みずたま)りへ(ひた)して精包(せいほう)の取り込みや産卵を行う(めす)、それを外敵から守るべく辺りをうかがう(おす)など、それぞれのつがいにそれぞれの時間がある。

 空には鉛色(なまりいろ)の雲が()れ込め、はるか山々の(いただき)には万年雪が積もり、そこから吹き降ろす風はこれから(おとず)れる寒冷化の予兆と思われるほどに冷たい。

 しかし彼ら、彼女らはしっとりと白い体表を(あま)すことなく外気へさらし、精力的に(うごめ)いている。

 もっとも、そもそも有尾類(ゆうびるい)、すなわちサンショウウオやイモリなど、両生類のうちカエルでなく尾があるものの多くは基本的に耐寒性(たいかんせい)が高い。氷河(ひょうが)地帯に生息する種もいるほどで、気候の冷涼(れいりょう)なぶんには活発に動き回り、繁栄を謳歌(おうか)することができるのだ。

 

 ふと、胸にかかる吐息(といき)に変化を感じた彼は、自分の腕の中へ視線を(てん)じた。

 先ほど彼が目覚めた時にはまだ、昏々(こんこん)と眠り続けていた彼女だったが、鋭敏な触覚(しょっかく)が何か不快を感じたらしい、眠りこけつつも顔を(わず)かにしかめ、唇を(とが)らせて、肉付きのしなやかな体をよじったり、丸めたりしている。こちらへ身を寄せ、(ひたい)や鼻づらをこすりつけてくる。

 原因を探して! と、夢のまにまに寝相で命じているのだろう。

 彼は微笑(ほほえ)んだ。横着者を抱き寄せ、(うす)い背中へゆっくり手のひらを(すべ)らせる。そっと指先を()わせ、優しく異物を探す。

 有尾人(ゆうびじん)の少女はくすぐったそうに身をよじって再び体を押し付けてきたが、その(くせ)まだ目覚めない。くうくうと眠る相当のねぼすけだ。寝息がまだ、温かかった。日毎(ひごと)()がれる(なめ)らかな肌具合は(いま)だに(ヒト)のものだから、体温も高めなのだろう。摂氏せっし三十度を切るまでに幾らか余裕がある。

 だが回帰(かいき)は確実に進んでいる。

 基幹分泌腺(きかんぶんぴせん)からは溶媒粘液、毒腺(どくせん)からは毒液、年頃の娘らしい青臭(あおくさ)さと甘い腐臭(ふしゅう)の入り混じるあの毒液、が分泌されて、体表のパレットで混合された乳液として彼女の全身を薄く覆っていた。それは紫外線や有害な微生物から彼女を守るために生成されるのだが、どうやら望まない雄を退(しりぞ)ける効果もあるらしい。彼の手には少し、刺激が強かった。彼女は単に甘えたいだけなのだ。彼の体温を(ほっ)しているだけだ。

 流れる髪の下へ手を入れ、耳の裏から首筋、脇から脇腹、(かげ)る部分を重点的に、彼は柔肌(やわはだ)(ぬく)もりをまさぐる。

 やがて指先が二匹、吸い付いていた(ひる)を見つけた。

 爪を使って引き()がす。一匹はまだだったが、もう一匹は早くも肌を食い破って盗み飲みを果たしていたから、彼は咬傷(こうしょう)の周辺部をやんわりと(つま)み、少女の血中に(とど)まっているであろうヒルジン(蛭の分泌する麻酔性の血液凝固防止物質けつえきぎょうこぼうしぶっしつ)を追い出すことにしばらく専念した。

(――この時代の蛭も、すでにヒルジンを持っていたのだろうか) 

 指先を伝って流れる熱い(したた)りを感じながら、ふと彼は考える。

 生物は常に、より良く生きる方法を身に着けてきた。体を変え、環境に応じ、例えそれが数世代のうちには実現されずとも、より良い暮らしを目指してきた。

 とすれば、彼の時代の蛭と同等の能力を石炭紀(せきたんき)の蛭が有しているとも考えにくい。仮に、(すで)にヒルジンを獲得していたとしても、その効力は弱かったのではないだろうか。

 そう考えてみると、心なしか血の止まりも早かったようだ。岩盤(がんばん)の裂け目から出る水で手を洗い、水苔(みずごけ)や自分の体で(ぬぐ)った彼は、彼女を驚かせぬよう、ゆっくり半身を起こした。

 胡坐(あぐら)をかき、さらに調べるべく、たおやかな裸体へ向き直る。

 彼の時代の情報が正しければ、石炭紀後期(せきたんきこうき)の寒冷な気候から(さかのぼ)ってデボン紀が近づくにつれ、世界は段々と温暖になっていくはずだ。それだけ蛭も多くなるだろう。

 それに、今のうちに彼女の人間としての形、直立二足歩行する四肢(しし)動物の形を(とど)めた段階での素晴らしい造形を、しっかり記憶に刻みつけておきたかった。もちろん、最終的に彼女がどんな姿になろうと、最後まで見届けるつもりに変わりはないのだが。

 いつの()にか伸びに伸びた黒髪は艶々(つやつや)と長くうねり、うつ()せの背中へ見事に照り()えていた。二つの吸着痕(きゅうちゃくこん)と一つの咬傷(こうしょう)の他には染み一つない肌が、空へ焼き付くように白光りする一方、細いうなじやはっきりした肩甲骨(けんこうこつ)(のぞ)かせながら背中を覆う漆黒(しっこく)の流れが明滅(めいめつ)し、強烈な対比をなしている。

 伸びやかな腕や脚の際立つ肢体(からだ)は一見、華奢(きゃしゃ)だ。だが、その内側には柔軟(じゅうなん)な筋肉が存分に待機(たいき)していることを彼は知っていた。肩骨(かたぼね)の丸い張り出し、腕から手のひら、指先へ至る輪郭(りんかく)依然(いぜん)として優美(ゆうび)なままで、こうしたところは、すっくりした立ち姿が印象的だったあの頃と少しも変わっていないように思われた。

 しかし、腰の(わず)かに下辺りから、変化は如実(にょじつ)に現れる。

 臀部(でんぶ)の割れ目を埋め合わせるように、半透明な尾鰭(おびれ)外縁(がいえん)が始まっていた。

 上等の葛餅(くずもち)のようにぽってり(なめ)らかで肉厚の(ひれ)は真横から見ると鉾先形(ほこさきがた)をしており、かかとを超える長さにまで伸長した尾骨(びこつ)を覆う肉と肌とを垂直に(ゆる)縁取(ふちど)っている。(うろこ)はまだ無い。

 有尾人(ゆうびじん)たる所以(ゆえん)、少女はオタマジャクシの尾を持っているのだ。

 どう見ても大地を()けるために用意されたであろう二本の長い(あし)と、その(あいだ)から伸び、寝乱(ねみだ)れた着物の(すそ)に似てしどけなく地を()る尻尾には不釣り合いな官能がある。

 と、こちらが体を離したせいで体温を外気に奪われたらしい、一瞬ぶるりと震え、きゅっと体を丸めた彼女を見て彼は我に返った。

 変温動物化が進んでいる最中(さいちゅう)なだけに、温度変化には気をつけてやらねばならない。(あわ)てて彼女を抱き上げる。(かか)え込んで密着し、体温を分け与えてやる。

 未完成ながら形好(かたちよ)く膨らんだ乳房(ちぶさ)贅肉(ぜいにく)の無い、なめし皮のようにすっきり張り詰めた腹部のまだ瑞々(みずみず)しいことは背面(はいめん)と同じだ。(あき)らかに人間の少女である。肺呼吸も確かで、ゆっくりと息が出し入れされるたびに胸や腹が(なま)めいて柔らかく(うごめ)く。

 だが、へそが無い。

 つるりとした下腹部(かふくぶ)はそれこそ冬眠明けのサンショウウオのように(なめ)らかで、その下をさらに見やれば、無毛(むもう)恥丘(ちきゅう)向こうに(ひそ)むのは人間のそれでない、総排泄孔(そうはいせつこう)なのだ。

 繁殖準備の整いつつあるサインだろう、赤味(あかみ)がかってきた周辺部位がふと視界に入り、彼はとっさに目を()らした。それは最早(もはや)〝秘所〟とも呼べぬ、便と、寒天質に包まれた卵嚢(らんのう)を放出するためだけの穴に過ぎない。真胎性(しんたいせい)有胎盤型哺乳類ゆうたいばんがたほにゅうるいにとって勝利の(あかし)ではなかったか。

 そんなこちらの気分はまるで知りもせず、彼の胡坐(あぐら)の上で丸まった彼女はもぞもぞ体を動かしては寝返りを打ったり、身をよじったり、そのうち(おさ)まりの()い位置を見つけたのだろう、(みずか)らの尻尾を()け布団()わりに再びすやすやと、寝息を立て始めた。

 今はまだ、両生類(りょうせいるい)の時代……。




© 2016 髙木解緒


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