3話:青井恵
その日、俺はカフェのバイト帰りだった。
宿題で居残りさせられない日は、カフェでバイトしている。
基本的に月曜日は土日に気が向いて宿題をできるため、月曜日をバイト日としている。
今日は珍しく宿題をしたため、事前に店長に「今日シフト空いてないか」と聞いて無理やりねじ込んでもらった。何もない日はバイトをして金を稼ぎたい。
「今日は5時間働いたから、5000円」
高校生にしては上々な収入だ。週2日、日曜日と月曜日にバイトをしている。本当は平日も毎日バイトをしていたのだが、宿題忘れが多くなってしまい、遅くまで居残りさせられるようになってからバイト日数を減らさざるを得なかった。おかげ今は月収5万円ぐらいしかない...うーむ。
「ん?」
金勘定をしながら公園の近くを通ったとき、男女の組を見かけた。
昨日と同じように、お互いに向き合っている。
野次馬の才能があるのかなんなのかとため息をつきつつも、
やはり見てみたいと思ってしまい、公園の中に歩を進めた。
もう21時なので周りは真っ暗。公園の灯りがわずかに砂場を照らしているだけで、2人の顔はよく見えなかった。俺は気づかれないようにと茂みに身を隠し、2人の会話に耳を済ませた。
「ありがとう。おかげで綾瀬たんと付き合うことができた」
俺は出てきた名前に驚いた。『綾瀬』。昨日から話題の中心人物だ。
その声にも聞き覚えがあった。たぶんこれは...
「気にしないで山田くん。私は対価にふさわしい仕事をしただけよ」
もうひとりの声から、男が誰だかわかった。顔はまだ見えないが、男の方は、山田大貴で間違いない。
そして女の方の声は...『青井恵』
「そしてあなたの努力の成果。きちんと彼女の趣味を勉強して、彼女の好みの髪型に合わせたり、本当頑張ったと思うわ...でも」
徐々に公園の暗闇にも目がなれてきて、2人の顔が見えるようになってきた。やはり、山田と青井の2人だ。昨日のそれとは違い、逢瀬の場というわけではなさそう。
「ふふ、昨日は見てて本当面白かったわ。山田くんからは想像できない、恥ずかしいセリフばかりだったから」
「う、うるせーよ...」
「でも上出来よ」
山田は顔をそっぽ向けた。青井は終始ニヤニヤしながら、山田をあれやこれやでいじくり回す。
「でも綾瀬たんが彼氏持ちのままだったら僕が手を出すことはできなかったと思う。よく別れさせることができたね」
「勘違いしないで。別に別れさせるとか、そんなことしてないわ。ただ事前にそういう情報を得ただけ」
青井は肩をすくめた。
「…相変わらずの情報網だね」
「同業者が他にもいるから、情報を買ってるのよ」
「同業者?」
「あまり深追いしないで」
「…」
会話が落ち着くと、青井は右手を前に差し出し、
「さぁ、雑談はおしまい。早く出すもの出しなさい」
威圧するように、そう言った。
「…これだよ」
山田は一歩青井に近づき、分厚い茶封筒を渡す。
青井はそれを受け取ると、相手に見せるようにして諭吉が描かれた紙を数えて、
パチンッと札束をならすと、それをポケットバックに収納した。
「うん、ちょうどね。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
青井はそういうと踵を返し、公園から立ち去ろうとして、止まった。
「もちろんわかっていると思うけど、もしあなたが私の正体をみんなにバラしたら…あなたを元彼さんと同じ状況に落とすからね」
「それって…綾瀬たんと別れるってこと?」
「いいえ、二度と彼女が作れないようにしてあげるわ」
「…絶対に言わないよ」
青井は満足したのか、すぐにその場から去っていった。
残された山田は、大きくため息をつき、別の方向から公園を出ていった。
2人とも、近くにもうひとりいたことに気づかず...
「すげーな10万円は絶対にあったぞあれ」
俺はやり取りよりも、お金のほうが気になっていた。
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『青井恵』
綾瀬が学校のアイドルだとすれば、青井は学校の女王というべきだろう。黒髪の長髪と白い肌のコントラストを持つ彼女は皆の注目を自然と浴びていた。部活は帰宅部らしいが、体育の時間では部活ガチ勢に引けを取らない活躍を見せているという。
では人間関係はどうかというと、これも綾瀬とは正反対だ。綾瀬は人懐っこい性格をしている一方で、青井は周囲との関係を積極的に持とうとしない。
文武両道、才色兼備...けれども誰とも言葉を交わさない彼女についたあだ名は...
『高嶺の花』
彼女のことをよく知る人はいない。
だから様々な噂があった。
曰く、学年一のイケメン先生と付き合っているとか。
曰く、家庭が貧しいために援交をしているとか。
曰く、許嫁がいるとか。
とりあえず恋愛方面では噂がつきることはない。
とりあえず、明日青井に聞いてみよう。直接。




