Hit.7 レイジの初陣 ◆
フィールド内にあるゲームの開始地点、チームごとに設置された復活場所に、レイジたちは向かっていた。
前も後ろも、思い思いの装備を身に付けた味方のサバゲーマーたちに挟まれている。
「サクラさん、さっきスタッフさんが言ってた『フルオート復活無制限のカウンター戦』ていうのは、どんなゲームなんですか?」
今日が初陣となるレイジには、サクラが付いてサポートすることになっている。こころにはカレンが、ニシノたち4人はアケミがそれぞれサポート役だ。
「普通は一度でも撃たれるとセーフティエリアに戻らないと行けないんだけど、『カウンター戦』は規定の回数まで復活出来るの。で、今回はその数が無制限ってこと。時間いっぱいまでフルオートで撃ちまくって、復活数の少ないチームが勝ちね」
「じゃあ、隠れて相手を倒していけばいいんですね」
分かりました。と言って銃を握りしめるレイジの額を、前を歩いていたアケミが人差し指でつつく。
「なーにシけたこと言ってんだ。フルオートは中々出来ないお祭りだぞ? 撃って撃って撃ちまくって、やられて復活して何度でも戦う方が楽しいに決まってるだろ!」
アケミ曰く、この地域のフィールドではフルオート戦はあまりやらず、1日のシメに1ゲームあればいい方らしい。
今日は参加人数が多いため、チーム間での戦力差が出過ぎないよう調整も兼ねてフルオート戦をやるとのことだった。
初っ端から撃ちまくれる! と喜びを露わにしているのはアケミだけではないようで、周囲のチームメンバーたちは皆どことなく浮き足立っているように感じられた。
開始地点のバリケード裏に到着し、近くの人同士でゴーグルをちゃんとしているか、支給された敵味方識別のためのマーカーを付けているかを確認していく。
集まった50人余りのメンバー全員が、ゲーム開始を待ちわびてソワソワしているのがレイジにも伝わってくる。
「ゲームが始まったらさっき言った通り、レイジはサクラに、こころちゃんはカレンになるべく付いて行くように。いいな?」
シューティンググラスに陽光をぎらりと反射させて、アケミが笑う。
ニシノ、アズマ、キタヤマ、ナンジョウの4人はアタシに付いてきな! と格好を付ける様は、流石サバゲー部の副部長ということか。
「こころ、ちゃんと私に付いてくるように。最初の撃ち合いはやり過ごして、回り込んで相手の背面を叩く……!」
「わかりました、カレン先輩」
顔全体を覆うフルフェイスゴーグルの奥から、緊張して少し上ずった返事が聞こえてくる。
片手で銃を持ち、もう片方の手で胸を押さえる姿は、ゴーグルの下に隠れた表情すら想像に難くない。
「うっふっふ。遂にレイジくんの初陣だねぇ。一緒にヴァージンロードを歩けるなんて、サクラは感無量であります!」
「サクラさんは相変わらずですね。作戦とかはあるんですか?」
「まっすぐ走って行って撃ちまくる!」
「あっ、はい」
サクラの眼が爛々と輝いている。これはもう、何を言っても無駄な眼だ。
たまには、こんな風に何も考えずに突っ走るのもいいかもしれない。口元に笑みを浮かべながら、そんなことを思うレイジだった。
「それでは皆さま、近くの方とゴーグルチェックをお願いします。……大丈夫ですね?それでは……!」
フィールド内に設置されたスピーカーから、スタッフのカウントダウンが聞こえ始めた。
ガヤガヤと騒がしかったバリケード裏が急にシンと静まり返り、辺りにはただ静かにカウントダウンの声だけが響く。
「……3! ……2! ……1! …………ゲームスタート!!」
一際大きなゲーム開始の声に合わせ、爆発したかのようにほぼ全員が一丸となってフィールドの中央に向かって走り出していく!
「行くよ、レイジくん! まずは最前線バリケードまで! 付いてきて!」
「はいッ!」
8◯式を小脇に抱え、サクラは軽快にフィールドを駆ける。やや後方にきちんとレイジが付いてきているのを確認して、手近なバリケードへと滑り込んだ。
少し遅れて、レイジも同じバリケードへと身を隠す。
戦闘は既に始まっている。フィールドの至る所で銃声が鳴り響き、銃声の切れ間にはヒットコールが相次ぐ。
サクラはバリケードから一瞬だけ顔を出し、周囲を確認。
「サクラさん! ど、どうするんですか!?」
「狼狽えるな少年! 正面のバリケードに2人、右奥に1人! バリケード目掛けてでいいから、とにかく撃つ! 少し耐えればカレンちゃんがきっと側面から援護してくれるから、前線を押し上げるよ! まずは正面のバリケードに威嚇射撃。3、2、1、GO!」
サクラの合図に遅れること一瞬、正面のバリケードに向けてフルオートで撃ちまくる。
2人分のBB弾が木製のバリケードにぶつかり、バシバシと音を立てて弾けていく。バリケードから顔を出していた敵が、慌てて顔を引っ込めた。
「適度に撃つのを止めて、相手を誘い出して。顔を出したら遠慮なく当てちゃって!」
「了解です!」
撃ったり、撃ち返されたり。2つのバリケードを挟んでの睨み合いが続く。時折別の戦場から流れ弾が飛んでくるが、すぐさまバリケードに隠れることでなんとかやり過ごす。
撃たれる恐怖はレイジにも勿論ある。だが、それ以上に銃撃戦という非日常が否応なくレイジを興奮させた。
しかし、敵が顔を出すタイミングで狙いを定めて撃つにも関わらず、銃声を聞いてサッと顔を引っ込められてしまうのが実にもどかしい。
「サクラさん。カレンさんの援護はどれくらいで来るんでしょうか……?」
サクラの言っていた側面からの援護を待ってはいるのだが、一向に来る気配が無く、レイジは思わずサクラに尋ねた。
「あー。これだけ待って援護射撃が来ないなら、たぶん失敗したっぽいなぁ」
2人が隠れるバリケードに銃撃を浴びながら、サクラは困ったように笑う。
「仕方ない。近くのバリケードで戦ってる仲間と合流しようか。私が先行するから、付いてきて。もし私が撃たれたら、その先に敵がいるから気を付けてね」
銃撃の止んだタイミングに合わせ、サクラがバリケードの外へとその身を躍らせる。先に確認しておいた味方のいるバリケードへと駆け出しーー飛来したBB弾が後頭部へと吸い込まれた。
「ヒットー!」
撃たれた後頭部を抑え、片手を大きく振ってヒットコールを叫ぶサクラ。
チラリとレイジの方を振り返り、「がんばれ」と口バクで伝えてから、復活場所へと走り去っていった。
「まじっすか……」
戦場のど真ん中で急に独りぼっちになってしまったレイジは、半ば呆然とサクラを見送る。
(どうする。どうしたらいい? 味方と合流……は無理だ。今出たらサクラさんの二の舞になる!)
バリケードに隠れ、必死に次の手を考える。隠れ続けていればサクラが戻ってくるかもしれないが、サクラを撃った敵が近くにいる以上、可能性は低い。
そうしてしばらく何も出来ずにバリケードに隠れているレイジの目の前を、1人のサバゲーマーが横切った。
(敵チームのマーカー!?)
自身が付けているものとは違う色のマーカーが目に留まり、反射的にその背中に狙いを定めて銃のトリガーを引く。
レイジの持つM4A1から数珠つなぎに吐き出された弾が、走り去ろうとした敵の背中に襲いかかった。
「うえっ!? ヒットぉ!」
ギョッとした様子で振り返るも、ヒットコールをした上で自チームの復活場所へと走り去っていく相手。去り際に一瞬だけ親指を立てて、「ナイスショット!」と呟いていった。
「……よし! よおっし!」
思わずバリケードの中でガッツポーズするレイジ。初のヒットを取れたことはもちろん嬉しいが、それ以上に相手からの賞賛の言葉が何とも言えない高揚感をレイジに与えていた。
今の相手が恐らくサクラを撃った敵なのだろう。撃ってきた方角からも、きっと間違いない。
ならば次は味方と合流だ。そう息巻きバリケードから出ようとするレイジに、影が落ちた。
「え?」
抜き撃ちのように影の手元から放たれた弾が、レイジの腹部を打ち据えたのだった。
ヒットコールをした後に、復活場所へと急いで戻る。
撃たれた腹部は少しヒリヒリするが、ほぼゼロ距離で撃たれたことによる驚愕が、レイジの心を埋め尽くしていた。
ヒットを取ったことに喜びすぎて周囲の警戒を怠ったことによる、完全に自分のミスだ。その事実が余計に悔しかった。
復活場所でカウンターを押していると、同じく戻ってきたチームメンバーと鉢合わせをする。
「そこのパーカーの君。良かったら一緒に行かないか?」
その男は黄土色をベースとした迷彩服 (タンカラーというらしい)に身を包み、レイジと同じM4A1を迷彩服と同じタンカラーに塗装されている。
髑髏を模したペイントが施されたフェイスガードやヘルメットまでも、同じ迷彩色にするという徹底ぶりだ。タクティカルベストに付けられたペンギンのステッカーは、所属するチームか何かのエンブレムのようなものなのだろうか。
「いいんですか?」
「中央のバスに立て籠もってる奴らを落としたいんだが、付いてきてくれると嬉しい」
「……ッ! 行きます!」
見るからに手練れのサバゲーマーからの誘いに、レイジの胸がカッと熱くなる。
『マカロ』と名乗るその男に続いて、フィールドの中央寄りにあるバスを目指してバリケードの隙間を抜けていく。
バスを視認できるバリケードに到着すると、マカロはそっとバスを覗き見た。
「周辺に敵影なし。バスの中には3人、か。正面からやり合うと流石に分が悪い。俺が炙り出すから、君は飛び出てきた敵を倒してくれ」
「はい! でも、どうやって炙り出すんですか?」
「パーカー君は見た感じ初心者さんぽいから見たことないかもしれないが、ああいう室内の狭い所では“サイクロン”にも注意が必要だ」
そういってマカロがベストから取り出したのは、青い筒状の物体X。
「これは“サイクロン”と言って、筒の上部にあるピンを抜いた後に何かに当たると、中に詰まってるBB弾がガスで飛び出てくる代物だ。いわゆるグレネードってやつだな。コイツを、今からあのバスの中に投げ込む。……いくぞ」
頷くレイジを横目に、マカロはサイクロンのピンを抜き、開け放されているバスの入り口に向けて放り投げた。
サイクロンは狙い通りバスの中へと転がり込み、驚愕の声と共に複数の人影が飛び出していく。
「今だ!」
飛び出した敵に2人でBB弾の雨を浴びせ、逃げ遅れた敵にはサイクロンがトドメを刺す。一部の隙もない連携攻撃に、レイジは自分がバスの中にいたらと考えると、背筋がヒヤリとする。
中に敵が残っていないことを確認し、マカロと2人でバスを制圧する。
「やったな。ここで粘れば、味方も攻めやすい。そら、早速このバスを取り返しに来たぞ! 撃ちまくれ!」
バスの窓ガラスに当たり、外へと跳ね返っていく弾を見ながら、マカロが吼える。
窓ガラスに守られたバスの内部からは、敵がどのように動いてくるのかが手に取るように分かった。これは躍起になって取り返しにくるのも頷ける。
レイジも窓の隙間からM4A1を乱射し、時に座席の陰に隠れて飛び込んでくるBB弾の雨を躱す。
そうして何度か攻め込んでくる敵を撃退していると、段々とバスを襲う銃弾の密度が増してきたような気がしてくる。
最初は銃声も断続的だったのだが、今では顔を出せば即座に複数人から撃ち込まれているような状態だ。
「マカロさん。敵、増えて来てますよね……?」
「そうだな。中央にあるこのバスを大人数で占領出来れば高確率で勝てるから、向こうさんも躍起になってるんだろう。味方は……他の前線で手一杯か。厳しいな」
こちらも味方の増援が欲しいところなのだが、味方は中々バス付近までは手が回らず、辛うじてバリケード間の撃ち合いで均衡を保っている。
アケミやサクラと連絡が取れればいいのに。とレイジも歯噛みする思いだった。
そんな中、フルオートでばら撒いていたレイジの銃から、弾が出なくなるアクシデントが発生する。
レイジの銃のマガジンには300発程の弾が入っていたのだが、応戦のために撃ちまくっていたことによる弾切れを起こしたのだ。
「マカロさんすみません! 俺の銃は弾切れです!」
「なにッ!? その銃は……M4A1か! ならこれを受け取れ! 俺も最後のマガジンだ!!」
バスの外へと撃ちながら、マカロは咄嗟にベストから取り出したマガジンを投げ渡す。
短くお礼を返し、レイジは急いでマガジンを交換する。
「行けます!」
「よしッ! 時間いっぱいまで撃ちまくれ!!」
マガジンチェンジの隙を突いてだいぶ近づいてきてしまった敵に向けて、再びBB弾の雨を降らせるレイジ。
マカロもレイジのマガジンチェンジを待ち、時間差で自身の持つ最後のマガジンを交換して銃撃を再開する。
その後もお互い弾が切れるまで迫り来る敵を撃ち続け、幸運にもヒットされることもなく、そのままバスの内部でゲーム終了を迎えたのだった。
「お疲れさま。いい連携だったよ」
「こちらこそ、マガジンを貸して下さってありがとうございました」
後で弾を補充しますと伝えるレイジに対して、丁寧に断りを入れてマガジンだけを受け取るマカロ。
「そんな細かいことはいいんだ。俺にとっては、バスの中で孤軍奮闘するっていうシチュエーションを君と共有出来たことが、一番燃えたんだ。それが何よりだよ」
「俺も、楽しかったです。初めてのサバゲーでこんなに熱くなれたのは、マカロさんのお陰です!」
「今日が初陣だったのか。これはとんだ大型新人だったな。今日1日は同じチームだろうから、またよろしく頼む」
2人はどちらからとも無く手を上げ、ハイタッチを交わすと、連れ立ってセーフティエリアへと戻って行くのだった。