Hit.6 ヒットコールは高らかに
小さく笑い合う2人の間に、無遠慮な影が割り込む。
ニヤニヤと笑う茶髪の男性が、椅子を乱暴に引きドカリと腰掛けた。
「ちっす。君がこころちゃん? 前の席座るけどいいよね?今日は楽しもーね♪」
返事を待たずに腰掛けた上、まるで舐め回すかのような目つきでこころを見る。
「……あの、貴方は?」
「あれ? アケミっちゃんから聞いてない? 今日一緒に遊ぶ、こころちゃんと同じ1年生だよー」
ヘラヘラと笑う男だが、目だけは全く笑っていない。依然、舐め回すような、品定めをするような目でこころを見ている。
こころの顔からは笑みが消え、困惑するように視線を彷徨わせる。しかし、いつもなら助けに入ってくれるカレンやアケミはハイエースの近くで談笑しており、気付く様子はない。
「こころさんが困ってますよ。初めてお会いしますが、今日一緒にサバゲーされる方ですよね? 今来たばかりなら、先に向こうで受付をして来た方がいいですよ?」
あくまで冷静に。相手を刺激しないよう、落ち着いた調子でレイジが受付を指差し伝える。
ちらりと、初めて気付いたかのように男がレイジに視線を向けた。
「ぁ? オレは今こころちゃんとお話してるんだけど? 誰、キミ。受付なんて後で行きゃいいだろ? それかアンタ行って来てよ。オレはここでこころちゃんとおしゃべりしてっからさ?」
言いながら、ガタンと下からテーブルを蹴り上げる男。衝撃で置いてある銃が1丁落ちそうになり、レイジが慌てて拾い上げる。
「おい。今オレと喋ってンだろ? 何余所見してんだよ。ナメてんのか? あ?」
眉根を寄せて怒りを露わにした男は立ち上がる。蹴飛ばされた椅子が、転がって行った。
レイジの胸ぐらを捕まんと伸ばされた腕は、直前で横合いから伸ばされた手に掴まれて空を切った。
「何してんだニシノ。アタシは先に受付に並べと言わなかったか?早く受付を済ませて来い」
「チッ。わーったよアケミっちゃん。そう睨むなって。行きますよ、受付」
ニシノと呼ばれた男はアケミの手を振り払い、再びニヤニヤ笑いを顔に貼り付けて受付へと歩いて行った。
「すまなかったな、レイジ。あいつはアタシが誘ったんだが、まさかあんな奴だとは思わなかった」
「絡まれてたのはこころさんの方なので、俺は大丈夫ですよ」
「そうか。こころちゃんも、大丈夫か?」
こころは無言で小さく頷く。見れば、片手でレイジの服の端っこを摘んでいた。
「悪いがレイジ、こころちゃんを連れて初心者講習に行って来てくれないか? アタシは、ちょっと座席を調整しておくからよ。2人ともサバゲーは初めてだし、講習は受けておいた方がいい」
サクラとカレンにはアタシから話をしておく、と一方的に話を切り、机の上の荷物をおもむろに動かし始める。
レイジとこころは言われたとおりに装備を身につけると、初心者講習のアナウンスをしているスタッフの元へと歩いていくのだった。
受付横に掲げられた時計が、午前9時を指し示している。
今回が初めての参加者は、ゴーグルを着用してフィールド内に入ってください。そんな内容のアナウンスが、受付から聞こえてきていた。
アナウンス通りにゴーグルを着用し、銃を持ったレイジとこころはフィールド内へと足を踏み入れる。
フィールド内には既に何人かレイジと同じような格好をした初心者たちがおり、手に手に銃を持って講習を受けようとしていた。
2人も彼らに倣い、講師役のスタッフの元へと近づいていく。
「今日がサバゲー初めての皆さん、おはようございます! 今から、当フィールドで安全に楽しく遊んで頂くための最低限のルールをお伝えしますので、よく聞いてくださいね」
講師役のスタッフはそう言うと、まず! と一際大きな声をあげた。
「フィールド内では、何があってもゴーグルは外さないでください。また、なるべく顔全体を覆う防具類の着用もお願いします。曇ったからといって、物陰で外して拭いたりも禁止です。これだけは、必ず守ってください」
仮にフィールド内で怪我があったとしても、当フィールドは一切責任を持ちません。とスタッフは付け加えた。
「次に、セーフティエリア内では銃からマガジンを抜いた上で、セレクターをセフティの位置から動かさないでください。銃口を人に向けたり、トリガーに指を掛けたり、発砲したりしないで下さい。もし発砲された場合は以降のゲームには参加出来ず、即座にお帰り頂くことになります。お支払い頂いた料金についてもお返しは致しません。各自で、安全管理をお願いします」
セーフティエリアとは、先程までレイジとこころがいた椅子とテーブルがある所のことだ。
ゲーム中に撃たれてしまった場合は、フィールドから出てセーフティエリアで休憩することになる。
「ゲーム中に撃たれた場合は、大きな声で『ヒット!』と叫び、大きく手を振るなどのジェスチャーで自身が撃たれたことをアピールしてください。ゲーム内容にもよりますが、撃たれた後はヒットコールをしながら速やかにセーフティエリアまでお戻りください。撃たれたのにヒットコールをせず、そのままゲームを続行される通称『ゾンビ行為』は、ゲーム進行の妨げとなりますので、絶対におやめください。サバゲーは、全てが自己申告制のゲームです。自分に厳しいジャッジをお願いいたします」
ゾンビ行為を発見した場合は、個人で注意せず、スタッフにゾンビの容姿等を伝えて欲しいとのことだった。フィールドスタッフの方で、適切に処理をするそうだ。
「また、当フィールドでは、オールヒット制を取っております。自身の身体、着ている服、銃、どこに当たってもヒットです。また、跳弾やどんなに弱い弾が当たってもヒットです。潔くヒットコールを行なって頂き、セーフティエリアで次のゲームの準備を行いましょう。気持ちの良いヒットコールは、サバゲーにおける楽しいコミュニケーションです!」
そう言うとスタッフは手に持ったメガホンを足元に置き、大きな声で「ヒットー!!」と叫ぶ。フィールド内の何処にいても聞こえるくらいの声量が望ましいとのことだった。
「私、あんなに大きな声出せるかな……?」
ニシノに絡まれてからずっと黙り込んでいたこころが、小さく呟いた。
「後で、アケミさんに声の出し方を教えてもらおうよ。あの人なら大きな声出せそうだし」
ちょっとおちゃらけて返事をすると、こころはふふっ。と声を出して笑った。
「ありがとう、レイジさん。元気付けようとしてくれたのと、絡まれてるのを助けてくれて。さっきと逆になっちゃいましたね」
フルフェイスタイプのゴーグルを付けたまま、こころがぺこりとお辞儀をする。
その動作が余りにもコミカルで、レイジは思わず吹き出してしまった。
お礼のためにお辞儀をしたにも関わらず笑われてしまったこころは、理解が追い付かないのかキョロキョロと辺りを見回してレイジが噴き出した原因を見つけようとしていた。
「ごめん、こころさん。そのゴーグルと動作が、余りにもアンバランスで思わず笑っちゃった」
「ひ、ひどい。私ちゃんとお礼を言わないとって思ってたのに……!」
地団駄を踏むような仕草でレイジに抗議をするこころ。その様子がまたおかしくて、レイジは再び小さく吹き出してしまう。
「また笑った!?」とふくれっ面をするこころだったが、残念なことにフルフェイスのゴーグルのせいで誰にも顔色が分からないのだった。
「おーい、そこのお2人さん。ちゃんと説明聞いてくださいねー?」
「「すみません!」」
遂にはスタッフに注意され、苦笑しながら2人揃って頭を下げるのだった。
ニシノが作り出した重苦しい雰囲気も、いつしか小春空へと溶け消えていった。
その後も簡単な銃の撃ち方、構え方などの講習を受け、初心者講習を終えた頃には時刻は朝礼開始となる9時半に迫ろうとしていた。
また、先ほど絡んできたニシノという男も受付を済ませた後に講習会を受けていたようだが、レイジたちとは距離が遠く、再び難癖を付けられるようなことはなかった。
ニシノは2人グループでの参加らしく、同じような雰囲気のひょろりとした男と連れ立って喫煙所へ歩いて行ったようだった。レイジと同い年であればまだ未成年のはずだが、深くは問うまい。
こころと2人でセーフティエリア内のテーブルに戻ると、サバゲー部の先輩3人が出迎えてくれる。
「おかえり、レイジくん。こころちゃん。聞いたよ。アケミさんが連れてきた新入生がちょっと問題児みたいだったって。アケミさんが2人とは席を離しておいてくれたから、出来れば帰らずにいてくれると嬉しいんだけど……やっぱり厳しいかな?」
「ごめん、こころ。それにレイジも。私が付いていないばっかりに……。次はないようにきちんとさせるから、今日だけでも一緒に遊んで欲しい……」
レイジとこころに頭を下げる彼らの先輩たち。2人は顔を見合わせ、とんでもないと両手を振った。
「大丈夫ですよ。アケミさんが仲裁してくれましたし、気にしてません」
「私も平気です。レイジさんとアケミさんが庇ってくれましたし、サバゲーもちゃんとやりたいです」
2人の回答に、ホッとした様子の先輩たち。どうやら、新入生同士の諍いを見過ごしたことをとても気にしていたようだった。
「そういえば、ニシノ…さんたちが参加者なのは分かりましたけど、残りの2人はどのテーブルに座ってるんですか?」
「ああ。そういえばまだお互い挨拶もしてなかったか。そこのテーブルにいる2人だよ。キタヤマとナンジョウって言うんだ」
アケミが、レイジたちの隣のテーブルを指差す。そこには、迷彩服の男が2人、何事かを呟きながらサバゲー部の備品であるM4A1とAK47を撫で回していた。
2人ともレイジたちと同じく今日が初めてのサバゲーとのことだが、やけに装備だけ充実している。
「おはようございます。キタヤマさん、ナンジョウさん。今日はよろしくお願いします」
レイジが声をかけると、2人は顔半分だけ振り向き、会釈をして「どうも」と返事を返す。
ニシノとはまた違った取っ付きにくさを感じさせ、レイジは二の句の告げように困る。恐らくは、2人ともコミュニケーションを取るのが苦手な部類なのだろう。
高校時代にもいたなぁこういう人たち。とレイジはその反応に苦笑し、もう一度小さく「よろしく」と声を掛けた。
彼らは無愛想なわけではないのだ。その証拠に、2人とも薄く笑みを浮かべて小さく頷き返してきてくれた。
こころも同様に挨拶をするが、2人は今度はギョッとした表情を浮かべる。こころさんフルフェイスゴーグル付けっぱなしですよ! 顔面の肌色面積ゼロです!
こころは2人にレディ・ジェイソンと呼ばれることになる……そんな未来もあるかもしれない。
自己紹介を終え、少しの間それぞれスマホを見たり装備を弄ったりしていると、スタッフの声が聞こえてくる。いつの間にか、ニシノともう1人の男、アズマも席へと戻ってきていた。
「朝礼の時刻になりました。本日の定例会の参加者は、運営本部前までお集まりください」
手元の時計を見れば9時半。朝礼の時間だった。
スタッフの声が呼び水になったかのように、それまで談笑したり装備を触っていた周囲の参加者たちが一斉に立ち上がる。
「おっし、朝礼行くぞ。フィールドのレギュレーション説明とチーム分け、記念の写真撮影をしたらゲーム開始だ!」
さぁ、早く立つ立つ! とアケミに急き立てられ、レイジたちも運営本部前へと向かうのだった。
最初に受付を行った運営本部の前に集まるサバゲーマー、その数100人。
ちらほらとレイジと同じようなラフな格好の人もいるが、ほとんどが思い思いの色や柄の迷彩服を着ている。中にはなんと今人気のアニメキャラのコスプレをしている者までいた。
思ってた以上にフリーダム&カオスな空間だった。と後にレイジは語る。
「改めまして。みなさん、おはようございます。本日は当フィールドの定例会にご参加頂き、ありがとうございます。本日のゲームの運営、進行を務めさせて頂きます、運営のカラシダです」
挨拶の後に、カラシダはフィールドのレギュレーション説明、ルールなどを説明し始める。レイジたちにとっては、先ほど行われた初心者講習と内容はほぼ一緒だ。
違いがあったのは、禁止とされる装備についてくらいだろうか。レイジには聞きなれない単語が多く、また今日は借り物のM4A1しか持っていないため、半ば聞き流す。
「……、以上で朝礼を終わります。続いてチーム分けを行いますので、運営本部前で手をあげているスタッフの左右に別れてください。グループで来ている方は、固まってもらって構いません」
元々が運営本部から両側に別れるようにセーフティエリアが広がっているため、然程時間もかからず100人が2つのグループに固まる。
「では次に、今日がサバゲー初めて。という方は手を上げてください。……はい、ありがとうございます。だいたい均等に別れてますので、ひとまずこのグループでゲームを開始したいと思います。では、記念撮影をした後9時50分から本日最初のゲームを行います。みなさま一度中央にお集まりください」
カラシダのアナウンスに従って、サバゲーマーたちは運営本部のコンテナの屋根に登ったカメラマンに思い思いのポーズを繰り出していた。
「それでは、9時50分より第1ゲーム、フルオート復活無制限の『カウンター戦』を開始します! 準備の出来た方から、フィールドへお入りください」
レイジのサバゲーが、遂に始まろうとしていた。