Hit.5 集う参加者 ◆
「受付が終わった方は、朝礼までに弾速測定をお願いしまーす。朝礼は9時半からなので、それまでにお手持ちの銃の弾速測定は終わらせておいてくださーい」
受付から、フィールドスタッフの元気のいい声が聞こえてくる。
「サクラさん、弾速測定ってなんですか?」
「ん〜? ああ、ガスガンとか電動ガン、まとめてトイガンって言うんだけど、トイガンは法律で初速が制限されてるの。車の法定速度みたいなものかな?それを超えると法律的にアウトになっちゃうから、ゲームで使う銃は全部ゲーム開始前に速度のチェックを受けるんだよ」
自分専用のガンケースからテキパキと装備を出しながらも、レイジの疑問に丁寧に答えてくれるサクラ。今日は朝からお下品モードを見ていないが、サバゲー時には封印でもするのだろうか?
不謹慎なことを考えるとひょっこり顔を出しそうで怖いが、お下品モードに絡まれないで済むのは主にレイジの精神衛生上ありがたいことだった。初のゲーム中に思い出して不用意に前かがみになるのだけは避けなければならない。
「なるほど。じゃあ、俺は準備とかも特には無いので、自分の銃の弾速測定に行ってきますね」
「はーい。っと、ついでに他の銃もお願いしちゃおうかな。私はちょっと更衣室で着替えたいし、アケミさんはカレンちゃん達を迎えに行っちゃったしね。あ、弾速測定はフィールドの中だから、ゴーグル忘れないでね」
「了解です。じゃあ、この辺のを持って行ってますね」
よろしく〜。と手を振るサクラを残して、レイジは6丁の銃を抱えてフィールド内の弾速測定スペースへと向かった。
「お疲れさまです。測定する銃はこの6丁ですか?1丁ずつ、この測定器に向けて撃ってください」
測定する銃に数発だけ弾を込めたマガジンを差し込み、セレクターレバーをセミオートに切り替えて測定器に向けて撃ち込む。測定器には穴が空いており、その穴を通すように撃つと初速が表示される仕組みだ。
M4A1は銃の左側にSAFE、SEMI、AUTOと刻印されている。セレクターレバーをSEMIに動かせば単発、AUTOに動かせばフルオートで弾が発射されるようだ。
対するAK47は、ちょっと分かりづらい。定規のような板状のセレクターレバーは銃の右側にあり、上下に動く。1番上がセフティ、真ん中がフルオート、1番下がセミオートになるらしい。
レイジは最初レバーの動かし方が分からず、スタッフに教えてもらってセミオートに合わせることができた。
若干のハプニングはあったものの、親切なスタッフのお陰で無事に6丁の測定を終えることができた。当然、測定は全て問題なくクリアだ。弾速測定が終わった銃は測定済みの証となるシールが貼られ、今日のゲームでの使用が認められたこととなる。
再び銃を抱えて元の机に戻ってくると、着替えを済ませたサクラとアケミに加え、カレンとこころも到着していた。カレンとこころは受付を済ませて着替えに行くところらしく、2人とも手に大きなバッグを抱えている。
「おはようございます、カレンさん、こころさん」
「おはようございます、レイジさん。私、ちょっと雨女のきらいがあるんですが、晴れてよかったです」
「…………おはよう。アケミさんが超弩級の晴れ女だから、心配いらない。着替えてくるから、レイジは私達に温かいココアを用意しておくように」
いつもよりも更に剣呑な表情で瞼を擦りながら、カレンはレイジに小銭を手渡す。そのままこころを引き連れて、2人は更衣室へと消えていった。
後ろ姿だけを見ればどう見てもカレンの方が年下に見えるが、それは言わぬが花だろう。
そんなことを言えばカレンからの殺意の波動を一日中浴びそうだと、レイジは苦笑した。
カレンご所望のホットココアを2つ自販機で購入し、席に戻ってきて一息をつく。
4月の朝のフィールドは、山や林に近いこともあってかまだ少し夜の冷たさを残しているが、時期に暖かくなってくるだろう。
アケミという晴れ女のご利益か、周囲の気温は少しづつ上がっていっている気がした。
「レイジくんお疲れさま。まだ入部すらしてないのにカレンちゃんにこき使われるなんてかわいそうに……」
「別に嫌な気はしてませんし、大丈夫ですよ。それにしてもサクラさん、装備が本格的ですね。ほんとにテレビで見た自衛官みたいですよ」
「お? 分かっちゃうこの良さが。陸自装備の素晴らしさ理解しちゃう?こりゃあレイジくんも陸自装備に進路確定待った無しだなー」
レイジがサクラの装備について感想を言うと、サクラは嬉しそうに椅子に座ったままでくるくると回る。自身の装備が褒められたのが、相当嬉しいようだ。
サクラの装備のコンセプトは、正に陸上自衛隊。陸上自衛隊が採用しているものと同じ迷彩服に、メインとなる装備は初日にも撃たせてもらった電動ガン。89式小銃。
太ももに付けたハンドガン用のホルスターには、P226 E2が収まっている。足元には脛までを覆うブーツ。机の上には、同じ迷彩色のヘルメットと、目を保護するゴーグルが置いてあった。
身長に対してやや華奢な身体つきながら、服に着られているという印象は全くない。見事に迷彩服を着こなすカッコいい先輩の姿がそこにはあった。
「何言ってんだよサクラ、初陣はM4に譲ったが、次にAKを使えばきっとその魅力に気付くさ」
そう言ってレイジの肩を揺するのはアケミだ。
アケミの装備は、グレーを基調とした迷彩服(タイフォン迷彩というらしい)を、沢山のベルトのようなものが付いたコルセットのようなもので締め上げている。豊かな双丘がこれでもかと強調されて、レイジは思わず顔を赤らめた。
メインとなる銃は、トイガンとしては東京マルイ製の電動ガン、実銃としてはAK47の後継機にあたるAK74MNだ。AK47から木質系の樹脂部品を取っ払い、代わりに黒い金属テイストでまとめた現代的な雰囲気を感じさせる銃である。
使い込まれたミリタリーブーツに、目を保護するのはサングラスタイプのシューティンググラス。斜めに垂らした赤いベレー帽と高身長が合わさって、どこかの軍隊の特殊部隊のような貫禄を醸し出していた。
美女に絡まれる男は目を引く。周囲からのやや冷ややかな視線から逃れようとあたふたとしている内に、更なる攻勢がレイジに襲い来る。
更衣室で着替えていたカレンとこころが戻ってきたのだ。
合計4人の美女に囲まれて、レイジを見る目が更に冷たいものになる。暖かくなってきていたはずの気温もレイジの周囲だけ急に冷え込んだ気がするのは、レイジの錯覚だろうか。
「……ココア、ありがとう。私は朝が弱いから、助かった」
「私の分もありがとう、レイジさん。私の格好、変じゃないかな……?」
周囲の視線に気付くことなく席に着きココアを飲み始めるカレンと、それに続くこころ。
妬みの一言でもと覚悟したレイジだったが、やって来た2人の姿に目を奪われたのはレイジではなく、むしろ周囲の方だった。
かつての独裁者の国の親衛隊の将校の制服を模した軍服を纏うのは、カレンだ。
小柄な体躯に皺1つない衣装をピシリと着こなすその姿は、不思議と違和感を感じさせない。
普段の無口で無愛想な表情も、一度軍服を着てしまえば上司が部下を睨め付けるような視線に見えてくる。
メインとなる銃は、全長1メートルを超えるタナカワークス製のボルトアクションライフルKar98k。実銃としては、カレンが着こなす軍服と同じ国で同年代に配備された銘銃だ。金属製のパーツと、木目調の樹脂製パーツの対比が実に美しい。
自身の身長の8割近い長さの銃を堂々と構える姿は、まるで当時実際に存在した将校かと錯覚する迫力があった。
ゲームの種類によっては接近戦用のサブウェポンとして、連射性能とコンパクトさが売りの東京マルイ製の電動ガン。H&K MP5Kも携帯するらしい。
こころは、レイジと同じ私服のようだ。ただし、大学で何度か目にしたような長めのスカートにブラウスといった姿ではなく、タイトなパンツですらりとした脚を包み込んでいる。
トップスはシンプルな白のシャツに、サバゲー部の借り物だろうか、迷彩柄のジャケットを羽織っていた。長い髪を一纏めに束ね、頭にちょこんと載せたニット帽が実に可愛らしい。
ウチの女性陣、揃いも揃って装備が本格的だった。4人に囲まれたデニムにパーカーというラフな格好というレイジは、急に場違いな場所に放り込まれたかのような感覚を覚える。
むしろ、側から見れば美女4人を侍らす公共の敵に見えるのだろうか。
完全に居場所をなくしたレイジは、テーブルに突っ伏すことで自己防衛を図ろうとする。
「あんま気にすんなよレイジ。最初はみんな同じような服装さ。周りを見渡せば、同じような服装のヤツらだって結構いるだろ? それに、今日はレイジとこころちゃん以外にも4人の新入生が参加するから、そう落ち込むなって!」
そう言ってアケミはレイジの肩を叩き、フィールドの入り口を指差す。丁度、『Urban-FrontBase』のロゴが描かれた一台のハイエースが駐車場へと入って来ていた。
先ほど受付する時にアケミが言っていた電車組の参加者が到着したようだった。
ちょっと迎えに行ってくるわ! と、カレンとサクラを引き連れてハイエースに向かって走り出していくアケミを見送り、レイジは再びテーブルに突っ伏そうとする。
視界の端で、隣の椅子が引かれるのが目に映った。
「レイジさん。隣、座ってもいいですか?」
どうぞー。と俯いたまま気の無い返事を返すレイジ。レイジの関心はもう、如何にしてこの痛い視線をやり過ごすかでいっぱいいっぱいだ。
じゃあ失礼して。と遠慮がちに椅子に腰掛けたこころからは、ふわりと柔軟剤のいい匂いがした。
「大丈夫ですよ。レイジさんが気にするほど、誰もレイジさんを見てないです。みんな、自分の銃や装備に夢中みたいですよ。だから、顔を上げてください」
私、そういう視線には結構敏感なんです。レイジが思わず顔を上げると、ちょっと困ったような表情をしてこころはそう付け加えた。
そうか。初めての場所で戸惑っているのは、なにもレイジだけでは無かったのだ。
そう考えると、心なしかレイジが感じる重圧も少し軽くなったような気がしてくる。
「ありがとう、こころさん。せっかく遊びに来たのに、後ろ向きな考えばっかりしてちゃダメだよな」
「そうですよ。レイジさんも私も、大学デビューで新しいことに挑戦するんですから、怖気付いてちゃ勿体ないです」
ぐっと握りこぶしを作りにっこりと笑うこころに釣られて、レイジも自然と口元に笑みが浮かぶ。
それは、今日一日を目一杯楽しもう。そんな気持ちにさせてくれるとびきりの笑顔だった。
そんな風に小さく笑い合う2人の間に、無遠慮な影が割り込む。
「ちっす。君がこころちゃん? 前の席座るけどいいよね?今日は楽しもーね♪」
乱暴に椅子が引かれ、ニヤニヤと笑う1人の男がドカリと腰掛けた。