Hit.4 サバゲーマー(仮)の朝は早い ◆
サバゲーマーの朝は早い。
この言葉の意味をレイジが理解するのは、もう少しだけ先のお話。
サバイバルゲーム当日、レイジは6時セットしていたアラームを止め、眠たい目を擦りながら手早く朝食を作り始める。
今日の朝食は食パンに目玉焼き、後はコンビニで買っておいたポテトサラダという洋風なテイストだ。
手早く朝食を腹におさめると、続けて今日のサバゲーの準備に取り掛かる。と言っても、装備の類はサバゲー部の備品を貸してもらえることになっているので、精々がタオルや着替えを準備する程度だった。
準備したものをバッグに詰めて、自身もデニムにシャツ、上着のパーカーという動きやすい服装に着替える。
「……準備よし。待ち合わせは7時だけど、早く行って手伝えることがあれば手伝おうかな」
部屋の時計は6時40分を指している。大学までは徒歩数分の距離だ。レイジは着替えを詰めたバッグを肩にかけて下宿先のアパートを出ると、足早に大学へと向かって行った。
「おはようございます。アケミさん、サクラさん。荷物運ぶの手伝いますよ」
「おはようレイジくん。ちゃんと時間より前に来るなんて偉いね! 私なんて最初の頃は朝起きれなくて、何回アケミ先輩にモーニングコールもらったことか……」
「サクラは今でもたまに寝坊してアタシが電話してるだろうが。レイジはまだ部員でもないし、お客様しててくれればいいんだぞ?」
「装備を貸してもらって車まで出してもらうんですから、荷物運びくらいはさせて下さい。それに、2人より3人で運んだ方が早いですよ」
そういうことなら、とアケミは自分が持っていた長方形のアタッシュケースのようなものをレイジに手渡す。
「じゃあ、アタシは倉庫から今日使う装備を取って来るから、レイジはあそこに停めてある車まで持って行ってくれ。サクラは荷物を受け取って車に載せるんだ。今日は荷物が多いから荷崩れしないように気をつけてな」
「了解であります。副部長どの!」とサクラはアケミから車のキーを受け取り、上機嫌に走り去る。
レイジも元気のいい返事をアケミに返し、アケミが指差した方に目をやる。
そこには、ピンクと白のツートンカラーの可愛らしい軽自動車が停まっていた。
どうやら、鍵を借りて来て大学の構内に乗り入れさせてもらったらしい。
「って、気にするのはそこじゃなくて!あの車って、アケミさんのですか?」
「あぁん?アタシがあの車に乗ってちゃオカシイとでも言いたいのかい?」
額に青筋を浮かべてドスの効いた声で問いかけて来るアケミから逃げるように、レイジは「そんなことないです!」と叫びながら車の方へと走って行った。どうやら、触れてはいけない話題だったようだ。
アケミから手渡された荷物を車まで持っていき、一足先に車まで来ていたサクラに手渡す。
「あ、虎の尾を踏んだレイジくんだ。アケミさんああ見えてカワイイもの好きなんだー。部屋とかめっちゃファンシーでフリフリだからね。人は見かけによらないとか言うとシメられるから気をつけるように。と経験者は語るのであった」
「言っちゃったんですね……」
遠い目で空を見上げるサクラとレイジだった。
射撃場の倉庫と車を行き来しいくつかのアタッシュケースやボストンバッグを車に詰め終えた3人は、定例会が行われるフィールドに向けて車を走らせる。運転手はもちろんアケミだ。
「そういえば、銃はこのケースの中に入ってるんですか?」
「ん? ああ、そうだよ。そのケースはガンケースってサバゲーマーは呼ぶんだが、エアガンは剥き出しで持ってると警察のご厄介になるんだ。知らなかったか?軽犯罪法違反ってヤツだ。レイジもこれからサバゲーを続けていこうと思うなら、サバゲーマーとしての基本だから覚えておきな」
「……気をつけます。こっちのバッグの中身は、銃ではないんですか?」
そっちは銃以外の装備だよー、とサクラが教えてくれる。聞くところによると、膝当てやゴーグル、バッテリーや弾などが入れてあるとのことだった。
だから運ぶ時にジャラジャラと音がしたのかと、レイジは1人納得する。
「サバゲーって、銃以外にも色んなものが必要なんですね。全部を揃えようとすると大変そう……」
「サバゲー部に入部してくれるなら、部の備品は自由に使えるぞ。そうでなくてもフィールドは大体どこでもレンタルがあるから、最悪手ぶらで行っても問題ない。初心者に優しい趣味なのさ、サバゲーは」
ただし、一度ハマると抜け出せない底なし沼な趣味だけどな。とカラカラと笑うアケミ。
そんな他愛も無い話をしながら、一行は市街地内に位置する大学から国道を走り抜ける。出発してから1時間ほどかけて、郊外のサバゲーフィールドへと到着した。
車を降りたレイジがまず目にしたのは青いネット。どうやら、フィールド全体を取り囲むように張り巡らされているらしい。
続いて、駐車場から見て正面に設営されたコンテナを利用した運営本部。灰色を基調とした迷彩色に塗装されていて、いかにも軍事拠点っぽい雰囲気を演出している。
運営本部の両側には日除けが施されたテントがネットに沿って一列に並んでいる。椅子と机が置いてあることから、きっと参加者用の休憩スペースなのだろう。
更にそのテントの両側にはコンテナが置かれており、片側はトイレ、もう片側は更衣室とシャワー室、と書かれている。もちろん、男女別だ。
あまりの規模の大きさに呆気にとられるレイジの背を、サクラが叩く。
「ようこそ、レイジくん。ここが私たちサバゲー部のホームフィールド、『Urban-FrontBase』だよ!今日は目一杯楽しもうね!」
「行くぞレイジ。まずはみんなで受付を済まそう。今日はフィールドの定員いっぱいの100人が参加するから、早く受付していい席を確保するぞ! 装備類を降ろすのはその後だ」
「は、はい! わかりました!」
アケミに言われるがまま、レイジは運営本部と書かれたコンテナハウスへと歩き出す。後ろを振り向けば、フィールドの入り口から続々と車が入ってきていた。まるで最初から駐車位置が決まっているかのように、手前から順に等間隔で車が並んでいく。
これは一足遅れると大変なことになると理解したレイジは、足早にアケミとサクラの後を追いかけていった。
「おはようございます! 定例会に参加の方は、まずは受付にお並びください! 荷物の持ち込みは、受付後にお願いします!」
運営本部のコンテナの中にいる女性が、よく通る声でそう呼びかけている。
その横では、若い男性スタッフが1人ずつ名前等の確認を行い、手際良く受付を済ませていた。
レイジ達より早く来たグループもいくつかあるようで、既に受付には列ができ始めている。
「おはようございます。ああ、アケミじゃないの。サクラちゃんもおはよう。父ちゃんはアンタが誘ってくれた電車組の子たちを迎えに行ってるよ。その子も初めての子かい?」
「おはよ、母さん。一応、期待の新人てヤツかな?レイジには言い忘れてたけど、ココはウチの親が経営してるフィールドなんだ」
サクラに笑顔で挨拶する受付のおば……女性は、アケミの母親だったようだ。言われてみれば確かに、よく通る声や顔つきがよく似ている。
「おはようございます。アケミさんの後輩のレイジと言います。今日はよろしくお願いします」
「あら、キチンと挨拶できる子はおばちゃん好きよ~。サバゲーは初めてだって聞いてるけど、今日は楽しんでいってね」
ありがとうございますと会釈を返し、会話をしている間に自分の番になったため受付を行う。
男性は3000円、女性は2000円が参加料だ。受付時に昼食も頼めるということで、レイジは急遽メニューを眺める。
「今日のアーバンランチは唐揚げ丼かカツ丼だよ! おばちゃんのオススメはカツ丼だね。提携してるお弁当屋さんから届くから、カツはサクっ! 玉子もフワフワ熱々でおいしいよ!」
そこまで言われると、どうにもカツ丼が食べたくなってきてしまうのがヒトの性というもの。レイジはまんまとおばちゃんに乗せられてカツ丼をご購入してしまった!おばちゃんの営業力、恐るべし。
昼食の引き換えチケットをもらい、先に受付を済ませて荷物を取りに行っていたアケミとサクラの姿を探す。
2人は既に、立ち並ぶテントの更衣室側の一角に荷物を広げ始めていた。
4人掛けのテーブルを3つ占拠し、手際良くガンケースから銃を出しては並べていく。2種類のライフルが3丁ずつ、合計6丁がそれぞれの椅子の前に置かれた形だ。
更に、銃の横にマガジン、ゴーグル、グローブ、膝当てなどをサクラが積み上げていく。グレーの野球帽には、白のマーカーで『大豊大学サバゲー部』と書かれているのがなんともダサい。
「今日準備したのは、AK47とM4A1っていう銃だよ。どっちも東京マルイの電動ガンで、有名な銃だから映画とかで見ることも多いかもね。レイジくんは準備を手伝ってくれたから、一番乗りの特権で好きな方を選んでいいよ」
AK47は、銃全体が樹脂製で、銃の機関部分にはメタリックなブルーグレーの塗装、ストックやハンドガード、グリップ部分には木目調のパーツが使われている、少し古めかしい装いの銃だ。
実銃としては、1947年に試作モデルが完成したため、設計者の名前と47の年号から名称が付けられている。雑なイメージとしては、(遺憾ながら)テロリストがよく持つ銃として有名だ。
M4A1は、全体的に金属の質感を感じさせる黒を基調とした銃だ。フレームやストックは樹脂製だが、所々に金属が使われているようで、ヒンヤリと冷たい。全体的に真っ黒、というわけではなく、部位によって光沢のある黒だったり、艶消しの黒だったりと、微妙にテイストが違うようだった。
実銃としての歴史はAK47よりだいぶ新しく1990年代に生産が開始された銃だが、アメリカ軍に正式採用されていることや、映画などにもよく登場することから、知名度は高い。
2つの銃を交互に触ったり、持ち上げたり、構えてみたり。どちらの銃も初めて触るもので、レイジには甲乙付けがたい。かといって記念すべき初のサバゲーだ。借り物とはいえ、1つくらいは自分選びたかった。
悩んだ末にレイジが選んだ銃は……M4A1だった。
アケミがちょっと残念そうな顔をし、サクラがかなり嬉しそうな顔をしたのは、銃を見ていたレイジが気づくことは無かった。