Hit.30 オレンジヒルの洗礼
丘の上に陣取ったスナイパーは慎重に狙いを定める。覗き込んだスコープが映し出すのは、フィールド中央の激戦区。
敵も味方も塹壕に身を隠して互いに撃ち合いを続けているが、戦況は芳しくない。まるで渡れぬ大河の両岸から互いを牽制し合うかのような、退屈な戦闘に思えてしまう。
だからこそ、カレンはその戦況に揺さぶりをかける。自陣に有利なように。敵陣に不利なように。
塹壕から頭半分だけ出して警戒する敵チームのサバゲーマーを発見。頭部に照準を合わせ、Kar98kのトリガーを引き絞る。
小さくくぐもった発射音と共に吐き出された一筋の弾丸は真っ直ぐな弾道を描き、40メートル近く離れた敵の頭部を過たず撃ち抜いた。
止めていた息を吐き出し、リロード。スコープから一瞬たりとも目を離すことも無い。無駄のない洗練された動きで、小気味好い金属音と共に次弾を装填する。
スコープを覗きつつ、次の獲物を探す。ふと自陣側の塹壕に目線を落とせば、自衛隊迷彩とタイフォン迷彩のコンビが気持ちよさそうにBB弾をばら撒いていた。
小さく笑みを浮かべて、索敵を再開する。自分が狙うには遠いが、2人から狙える位置にいた敵が何人か見えたので、無線機で敵の位置を伝えておくことにする。
そうして狙撃ポイントを転々とし、キルカウントが片手では収まらなくなってきた頃、戦況を大きく動かさんとする一本の無線がカレンの耳に飛び込んだ。
『カレン先輩、力を貸して下さい』
可愛い後輩からのご指名に、胸が高鳴った。
話を聞いてみれば、なるほど。停滞し始めた戦場の横っ面に風穴を開けることが出来るかもしれない。
『……それでは、配置が完了した後のタイミングはカレン先輩にお任せします』
『任せて。必ず突破口を開く』
こころからの期待に応えるために、二つ返事で引き受けたカレンは新たな狙撃ポイントへと移動を開始した。
3人の先輩たちへの連絡を終えたこころは、緊張をほぐすように大きく息を吐き出す。
傍らに立つレイジに視線を送れば、彼もリロードしながら無言で頷いた。
「チノさん、そちらはどうですか?」
「セイロンから連絡がありましたよ。今さっきやられて復活地点に戻ったから、すぐにこちらに合流するそうです」
「ありがとうございます。それじゃあ、セイロンさんが到着したら作戦開始。です!」
たった1発の弾丸が引き金となって、拮抗した戦線を崩壊させることもある。
牽制射撃を放っていたレイジを狙ってバリケードの小窓から顔を出した敵チームの1人は、想定外の方向から飛来した凶弾によってヒットコールを余儀無くされた。
突然の味方のヒットコールに驚いた残りのメンバーは咄嗟に姿勢を低くする。
バリケードの中には、チノさんの予想していた5人よりも1人少なく、残り3人。その残った3人の誰もが、今のヒットはバリケード間の撃ち合いに競り負けたため。そう思ったことだろう。
復活地点に戻っていく仲間の背中を見送りながら、3人は小窓からの射線に被らないよう慎重に体勢を立て直すことにした。
彼は走る。前方だけを警戒する仲間にそうではないのだと声を掛けたいのをぐっと堪えて、彼は走る。
ヒットした者は、ヒットコール以外のアピールを認められていない。
撃ち抜かれたサバゲーマーは全力疾走で復活地点へと戻って行く。このゲームは復活無制限。彼には、1秒でも早く戦線へと戻りスナイパーの存在を伝える義務があった。
『……こちらカレン。レイジ、こころ。バリケード内の敵を1人、ダウンさせた』
短く告げられた頼れるスナイパーからの報告。レイジとこころはその声にすぐさま反応し、フィールド中央の塹壕に向けてフルオート射撃を開始する。
必ずしもヒットを取ることが目的では無い。銃弾の雨に降られた敵は頭を下げる。一時的に、アケミとサクラの戦場に空白の時間を作ることが目的だった。
塹壕に向けて撃ち続ける2人の射線に交差するようにアケミとサクラの援護射撃が放たれる。狙いは当然、複数の敵が潜む林の中のバリケード。
カレンが作り出した戦線の綻びを、続く2人が抉り拡げる。複数の戦線を同時に把握できる無線機の存在があったからこそ可能になった戦術に、戦場を俯瞰していたカレンは背筋がゾクゾクと震えるほどの興奮を覚えたという。
『こころちゃん、行けぇっ!』
無線機から発せられたサクラの声を聞いたこころの反応速度は、同時に無線を聞いていたレイジでさえ目を見張るものだったという。
無線通信が途切れるや否や、塹壕へ向けていた銃口を即座に切り替えバリケードに照準。数秒だけ周囲に視線を飛ばして自身を狙う銃口が無いことを確認する。
「レイジ君、チノさん、セイロンさん。……行きますっ!」
こころが提案し、カレンが作った突破口。アケミとカレンが被弾覚悟で押し拡げたそのチャンスをモノにしようと、即席の4人小隊は突き進んで行く。
軽快に先頭を駆けるのは、種類は違えどM4を構えた身軽な2人の女性サバゲーマー。こころとチノさん。草木や倒木に足元を掬われぬよう最低限の注意は払っているが、照準は前方のただ一点、バリケードだけを見据えている。
続くのは、チノさんの戦友セイロン。その手に携えるのは、自身の着るBDUと同じ迷彩色に塗装されたスナイパー仕様にカスタマイズされたP90。見据えるのはバリケードよりも更に林の奥。復活地点から来る敵の増援に0.1秒でも早く気付くため、前を走る2人で射線が隠れないように最新の注意を払っていた。
殿を務めるのは、4.5キロを超える銃を持つレイジ。バリケード制圧を目指す3人に無粋な横槍が入らぬよう、フィールド中央を警戒しながら着実にバリケードへの距離を詰めていく。
持ち慣れない重量級の銃で制圧の邪魔になってはいけないとレイジ自らが提案した役目だったが、先頭を走りたくなかったと言えば嘘になる。
しかし、大学の射撃場で練習した時と今では勝手が違い過ぎた。
照り付ける太陽、戦場に居るという緊張感、目まぐるしく変わっていく戦況。一つ一つは小さくも積もり積もった様々な要因はレイジの身体を強張らせ、容赦なく体力を奪っていく。
既に心臓は早鐘のように鳴り響き、右手は必要以上の力でグリップを握り締めていた。
それでも、レイジは決して進むことは止めない。
自分たちが標的にされると理解していても尚、快く援護を引き受けてくれた先輩たちの心意気を無駄にしないために。何より、このゲームに勝つために。
そんなレイジの心情を知ってか知らでか、急き立てられるようにこころは走る。
頼れる2人の先輩からの援護射撃は未だ健在。目的地であるバリケードから一瞬たりとも顔を出させぬよう、圧倒的な連射力で敵を縫い止めている。
バリケードまであと数メートル。真横を走るチノさんに目配せ。合点承知とばかりに頷くチノさんを信じて、遂にバリケードに食らい付いた。
突如、真後ろから銃声。一瞬の間を置いて、林の奥からヒットコール。発砲したのはレイジか、セイロンか。仲間を信じたこころは、チノさんと共に躊躇なくバリケードの内部へと斬り込んでいく。
潜む敵の数を数える暇もなく、真一文字に放たれたBB弾はバリケード内部で荒れ狂う。
上段と下段、バリケード内を左右から両断した2条の白線は、アケミとサクラの援護射撃を警戒して身を隠していた敵チームの3人のサバゲーマーを容赦なく打ち据え、ヒットコールと共にバリケードの外へと弾き出した。
制圧したバリケード内で乱れた呼吸を整える2人の元へ、外部の哨戒を終えたレイジとセイロンが合流する。
「こころさん、チノさん。ナイスファイト! いい走りっぷりだったよ」
「ありがとうレイジ君。それにチノさんも。一緒に戦ってくれて、とても心強かったです」
「私も無我夢中でしたけど、上手くいって良かったです。後は、どれだけ長くこのバリケードを死守できるか……ですね」
「チノさんがあんなに一生懸命走るのを僕は久々に見たよ。やっぱり可愛い女の子が居るとチノさんは動きが違う」
それぞれの相棒とハイタッチを交わすと、先の戦闘の奮戦ぶりを讃え合うのだった。
しかし喜んだのも束の間、無造作に投げ込まれたサイクロンがバリケード内部で炸裂する。
息を整えていたはずの4人は今度はスタート地点への猛ダッシュを始めることとなった。
レイジたちがスタート地点に戻り復活した後も、戦闘は過酷を極めた。
4人全員がヒットされガラ空きとなったAフィールド北側の林ルートの戦線を押し上げてきた敵チームにより、一時はスタート地点近くまで攻め込まれていたレイジたち黄色チームだったが、前線から援護に戻ってきた仲間の助けもありなんとか林ルートの中間地点まで押し戻すことに成功。
林ルート攻略に乗り出したがために薄くなったフィールド中央の戦線をアケミとサクラを筆頭とした遊撃部隊が食い破り、赤チームの陣地にある櫓の一つを占拠するものの、復活してきた敵チームの斉射を浴びて止む無く撤退。
正に一進一退の攻防という表現が相応しい激戦がフィールドの至る所で繰り広げられたのだった。
青空ハッスルのAフィールドは、通称オレンジヒルと呼ばれています。
元々は果樹園でみかんの木が植わっているからだとか、赤土が日光に炙られて橙色に見えるからだとか、諸説あるようです。
次回は裏面。なるはやでお届けできるよう頑張ります。





