Hit.28 新たな装備 ◆
セーフティエリア内の散策を楽しんだレイジがアケミたちの占拠するテーブルに戻ってくると、ちょうどカレンとこころも反対側から戻ってきていた。
その手には、なぜか香ばしい香りを漂わせる出来立てのたこ焼きが乗せられていた。
首を傾げるレイジの前に、カレンがそっとたこ焼きを置く。
「どうしたんですか、カレンさん。それにこのたこ焼きは?」
「ぅわーい! ハッスルたこ焼きだー! カレンちゃんの奢り? イヤッフウウウゥッ!」
「これはレイジの分。サクラにはこっち。アケミさんはこころから受け取ってください」
「悪いな、カレン。食べ終わったらみんなに渡したい物があるから、覚えててくれ」
たこ焼きの美味しそうな匂いにサクラが吸い寄せられてくるも、カレンはすかさず別のたこ焼きを手渡す。どうやら、このたこ焼きはレイジの分、ということらしい。
「それはお詫び。案内するって言っておきながら結局1人で行かせたから……」
「そういえば、カレンさんが案内してくれるっていうことで立ち上がったんでしたっけ。カッコいい装備の人とたくさん話ができて楽しかったので、お詫びなんて言わないでください」
「んぐ。そう言われると困る……」
困り顔で固まってしまったカレン。どうしたものかと思案を巡らすレイジだったが、ふと思い付いたのか自身の前の席に座ろうと提案する。
訝しげに眉根を寄せつつも、レイジの言う通りに席に座るカレン。着席した彼女の前に、爪楊枝に刺されたたこ焼きがひとつ差し出された。
「カレンさん、一緒に食べましょう。みんなで食べた方が、きっともっと美味しいです」
初めてのサバゲーで食べたカツ丼の味を思い出すように、レイジは笑みを浮かべる。
あのカツ丼を食べてからというもの、サバゲーフィールドでの食事もレイジの楽しみのひとつとなっていた。普段下宿しているアパートでは独り寂しく食事を取っているため、週末に遠出してみんなと食べる食事に楽しみを見出すのも無理はないことだろう。
対するカレンの反応は、かなり珍妙なものだった。嬉しいような恥ずかしいような複雑な表情をしたかと思うと、苦虫を10匹ほどまとめて噛み潰したような苦々しい表情になる。笑顔を向けていたレイジが心配になるくらい、普段はピクリとも動かさない表情筋を全力稼働させていた。
「……もしかして、カレンさんタコが苦手だったりします?」
「そんなことはない」
「お腹がいっぱいなら無理して食べなくても……」
「食べる。今食べる」
テーブルに両手を突いて身を乗り出したカレンのあまりの剣幕にレイジはたじろぐも、何故か爪楊枝の先にあるたこ焼きが無くなる気配はない。
差し出した手前、今更手を引っ込めるわけにもいかず身動きが取れなくなっていたレイジだったが、たこ焼きとレイジとを交互に睨んでいたカレンが意を決したようにその手を掴みーー否、抑えつけーーたこ焼きを奪い去る。
奪ったたこ焼きを目にも留まらぬ速さでその小さな口に放り込み、乱暴な仕草でイスに腰を下ろすと腕を組んで顔を背けてしまった。
レイジが口を開こうとしたが、カレンは帽子を目深に被って聞く耳を持とうともしない。
帽子がずらされて露わになった耳が朱に染まっているのに気が付いてようやく自分の行いの意味を悟ったのか、小さな呻き声をひとつ上げて席へと座り込むのだった。
「レイジの鈍感」
「仰る通りです……」
帽子で顔を隠したまま、カレンはレイジを糾弾する。しかしそれは辱めを受けたといった感じではなく、恥ずかしさ半分、呆れ半分といったところだ。
「ん。でもまぁ、先輩を立てるその姿勢は嫌いじゃない。気持ちは受け取ったから、残りは食べて」
「それじゃあ……いただきます」
その答えに満足したのか、口元を僅かに綻ばせて帽子の隙間からカレンはたこ焼きを頬張るレイジを盗み見る。
公衆の面前で「あーん」をさせられるという恥ずかしい一幕はあったものの、無事に謝罪は受け取ってもらった上に思いがけず“おいしい”イベントも発生させてしまったカレンは、赤らんだ頰を誰にも見られないよう隠しながら目の前の青年を眺めるのだった。
たこ焼きを食べ終えた5人は、アケミから手のひらサイズほどの小さな機械を手渡される。
「アケミさん、この機械は……?」
「無線機って、レイジはあんまり見たことないか? 通話ボタンを押すと、周囲の無線機を持ってる人に同時に声が届けられる」
「私とアケミさんで調整したんだよ! この日のために新調したのだ。レイジくんとこころちゃんが入って人数も増えたし、ゲーム中に連携するならあった方がいいと思って」
「ま、そういうことだから全員付けてみてくれ。無線機のチャンネルは合わせてあるから、後はスイッチを押して無線機に喋りかけるだけでいいはずだ」
了解です。と返事をして、レイジは無線機を手に取った。
普段よく触る自分のスマートフォンに比べると、だいぶ分厚くて無骨な印象を受ける。
小さな液晶画面には簡単に数字が表示されていて、隣に座るサクラのものと同じ数字だった。どうやら、これがアケミの言うチャンネルを表しているようだ。
無線機の上部からはコードが伸びていて、小さなマイクと片耳だけのイヤホンに繋がっている。無線機本体か、マイクにあるスイッチを押すことで自分の声が他の無線機に届くという仕組みらしい。
レイジは手に取った無線機をBDUの胸ポケットに差し込み、片耳にイヤホンを装着する。マイクはクリップ式になっていたので襟口に挟んでおいた。
周囲を伺えば5人とも付け終えたようで、互いに顔を見合わせて小さく頷く。おもむろにサクラがイスから立ち上がり、テーブルから少し離れて手を振った。
『あ、あー。マイクテスト、マイクテスト』
イヤホンを装着した方の耳に、サクラの声が飛び込んできた。想像していたよりもクリアな音声でノイズもほとんど無く、聞き取りやすい。
返事を返そうとマイクのスイッチを押したレイジだったが、今度はピーという無機質な電子音が耳元から流れてくる。
「あぁ、言い忘れてたけど複数人が一度に話すことはできないから注意な。一斉に喋ろうとすると、今みたいになるらしい」
「なるほど。今は、俺と誰かが一度にスイッチを押しちゃったんですね」
そういうことだ。とレイジに返して、アケミはマイクに口元を寄せる。腰に手を当てて、もう片方の手で襟をクイっと持ち上げたその姿は、実にサマになっていた。
『こちらアケミ、感度良好。これにてテストを終了する。各自、自由に連絡訓練をされたし』
マイクから口元を離し、ニヤリと笑う。その姿に惚れ惚れしたのはレイジだけではないようで、アケミの真似をしようと無線機のスイッチを押した途端再び電子音が流れて、レイジたちは思わず顔を見合わせて苦笑した。
「アタシもニワカ知識で申し訳ないが、一般的には通信の最後にどうぞ、とかオーバー、とか言うらしい」
「そういうルールなんですか?」
「あくまでも一般的な話だな。仲間内で分かればいいから、アタシらだけで使う分に別に言わなくてもいいぞ」
「アケミさん。ドイツ語は……?」
「カレンの趣味は分かるが、理解できないとアタシらが困るからな。なるべく止めといてくれ」
「ヤヴォー……。了解」
いつものようにドイツ語で返事をしかけて、途中で気付いてちょっと残念そうに唇を尖らせながらカレンは訂正する。その様子がどことなくおかしくて、レイジたちは頰を緩めた。
「ーーそれでは、定刻となりましたのでブリーフィングを開始します。定例会に参加される方は、席にお戻り下さい」
新しい装備に慣れるために無線機を弄っていると、受付の方からスタッフの威勢の良い声が聞こえてくる。
レイジたちが手元の時計を見てみればいつの間にか9半時を回ろうとしていた。どうやら、無線機に夢中になり過ぎてしまったらしい。
「無線機の性能限界を確かめる!」と言って席から遠く離れていってしまっていたサクラの大慌てで戻ってくる姿が見えて、4人はやれやれと肩をすくめる。
「ふぅ、何とか間に合った。危うくフィールド内でブリーフィングを迎えるところだったよ」
「サクラさんどこまで行ってたんですか……」
「どこまで使えるか試そうと思って、Cフィールドの森の方まで」
「しっ。サクラさん、レイジ君、ブリーフィング始まるよ」
無茶苦茶な行動力を自慢げに語ろうとするサクラだったが、こころの一声で慌てて口を閉じる。
ブリーフィング中は私語厳禁。サバゲーマーであれば、フィールドスタッフに従うのは絶対の掟だ。
使用する銃の種類、法定初速の遵守、使用可能なBB弾の制限など、他のフィールドでも同様に守るべきレギュレーションの説明をスタッフが口頭で挙げていく。
アケミたち先輩の3人はよく分かっている、というように時節頷きながら。今日が“青空ハッスル”初参加となるレイジとこころは聞き漏らしがないよう耳をそばだてていた。
「……以上で、注意事項の説明を終わります。本日は貸切が無いため、CフィールドだけでなくAフィールドも使ってゲームを進めていきます。質問等が無ければチーム分けに移りますが、よろしいでしょうか?」
参加者からの質問も特には出ず、フィールドスタッフの指示に従ってチーム分けが始まった。
“青空ハッスル”では特にチームの公平性を大事にしているようで、サバゲー初心者やベテランサバゲーマー、青空ハッスル初参加者などをなるべく均等になるように振り分けていく。
チーム分けの結果、レイジたちサバゲー部は全員が同じチーム。ブリーフィング前にセーフティエリア内で顔見知りとなった者たちの中では、チノさんのグループとアーマーサバゲーマーのネーヴェが同じチームになったようだった。
「皆さま、ご協力ありがとうございました。ブリーフィングの際にお伝えし忘れましたが、お昼休憩の時間には特別ゲームとして希望者のみでCフィールドの一部を使用したハンドガン限定戦を行います。またお昼前にアナウンス致しますので、参加を予定される方はご留意ください」
「ハンドガン戦、そんなゲームもあるんですね」
「私もハッスルでそんなゲームをやるなんて初めて聞いたかも。さっきフィールドに入った時にCフィールドにCQBエリアができてたから、そこでやるのかもね」
フィールドスタッフのアナウンスの合間に、隣に立つサクラと声を潜めて会話をする。
どうやらサクラもハンドガン戦のことは初耳だったのか、先ほど見てきたフィールド内の様子を思い浮かべながら呟いた。
「それでは、今から記念撮影を行いますので受付前にお集まりください。記念撮影後、午前10時より本日の第1ゲーム、フルオート復活無制限の『カウンター戦』をAフィールドにて行います!」
その言葉を、レイジは誰よりも待ち望んでいた。目の前に置かれた愛銃HK417アーリーバリアントをひと撫でして、セーフティエリアのイスから立ち上がる。
Aフィールドは森林エリアと塹壕エリアが複雑に絡み合うフィールドだ。左右に長く高低差もあり、レイジやカレンのようなスコープやブースターを装着したスナイパーが狙撃ポイントから常に獲物を待ち構えているのだという。
「さぁて、レイジとこころの新装備のお披露目会だ! 野郎ども、暴れるぞ!」
「「「「了解っ!」」」」