Hit.27 新たな出会い
砂利が敷き詰められた“青空ハッスル”のセーフティエリアを、後輩2人を引き連れたカレンは歩く。
小柄な体躯に一分の隙もなく軍服を纏ったアンバランスさと幼さを残しながらも整ったその美貌に、通り過ぎていった彼女に目を奪われる者は少なくない。
中には仲間とその容姿について品位に欠けるような単語を口にする者もいたが、冷ややかな目線を飛ばしてやれば大抵は口を噤んだ。
カレンにとってその容姿はコンプレックス以外の何物でも無かったが、大学入学を機にサバイバルゲームを始めてからは以前ほど気にならなくなっていた。
入学式当日のレイジと同じく、1年前のあの日にアケミと今の部長に乗せられて銃を握ったのが、カレンの世界が変わった日だった。
伽羅雛カレンは負けず嫌いである。読書ばかりしていたカレンにとって、サバイバルゲームというものは想像以上にきついものだった。
それでも、辞めたいと思ったことは一度もない。誰よりも楽しそうにサバイバルゲームをする小憎たらしい同級生に、私の方が楽しんでいるんだと見せつけてやるのは何よりもカレンの胸を高鳴らせたからだ。
だからだろうか。同じ大学に入学してきた高校時代に仲の良かった後輩ーーこころにも、この楽しさを味わって欲しい。大好きな物語の主人公のような活躍ができるこの世界を見せたいと思ったのは。
自身の後に続く2人分の足音に少しだけ口元を綻ばせながら、カレンは歩く。
初めてできた後輩と呼べる少年と共に歩く心地よさに、いつもよりも足取りが軽くなっていることを、彼女はまだ気づいていない。
後で気付いていつもよりも更にひどいしかめっ面をすることになるが、今の彼女はまだまだ上機嫌なのだった。
ふと目に留まったとあるサバゲーマーに、カレンは少しだけ立ち止まって敬礼を返す。カレンの着る軍服を採用していたとある独裁国家形式ではなく、普通の敬礼だ。
同盟国の士官に対して反射的に敬礼していたそのサバゲーマーは、感無量といった表情で目の前を通り過ぎていくカレンに向けて敬礼を続けていた。
「カレン先輩、今の方は知り合いじゃなかったんですか?」
「ん、所謂ロールプレイ。私は、彼にとっての同盟国の士官服を着ていたから。私も旧日本軍の士官に出会ったら当然のように敬礼する」
「なるほど……」
背後を振り返ったカレンは尚も敬礼を続けていたサバゲーマーに小さく手を振ってから、こころの質問に答える。
ここ“青空ハッスル”のAフィールドは東海地方における旧軍装備のサバゲーマーにとって聖地とも言える場所なのだと、カレンは付け足す。
高低差のあるフィールドには深い塹壕が幾重にも張り巡らされ、随所にヤグラやトーチカが配置されている。どこか先の大戦時の戦場の匂い漂うそのフィールドに、当時の衣装と装備を身に付けたサバゲーマーたちは想いを馳せるのだとカレンは語った。
「いた。私が探していたのは、あそこのテーブルの人」
旧軍装備のサバゲーマーと別れ、更にセーフティエリアを歩くことしばらく。
カレンが手で指し示したのは、イスに座って同じテーブルの男性と談笑する1人の女性サバゲーマーだった。
「おはようございます、チノさん」
「カレンちゃんだ! おはよう。久し振りだね!」
「チノさんも息災で何よりです。後ろの2人は後輩のレイジとこころ。久し振りにご一緒できると伺ったので、ご挨拶に」
被っていた帽子を手に持ち、会釈をするカレン。チノさんと呼ばれた女性は優しそうな笑みを浮かべると、レイジたちに向かってぺこりと頭を下げた。
「初めまして、レイジさん、こころさん。私の名前はチノさん。気軽にチノさん、って呼んで下さいね」
「初めまして、レイジと言います。今日はよろしくお願いします」
「私はこころです。カレン先輩と高校が同じで、レイジ君と一緒に4月からサバゲー部に入部してサバゲーを始めました」
「おぉ……。4月から大学生ってことは、2人とも18歳!? いやぁ初々しくて羨ましい。しかも1人は貴重な女性サバゲーマー、是非ともこのチノさんとお友達に」
挨拶が済んだのも束の間、とびっきりの笑顔で自分の隣の席を引いて「ささ、どうぞ!」と言わんばかりにこころに流し目を送る。
あまりにもストレートなナンパにびっくりしたのか、こころはレイジの背中に隠れるように身体を縮こめた。
「こころ、大丈夫。この人はちょっと女性サバゲーマーに飢えてるだけ。ただの残念美女だから心配ない」
「おやおや、可愛いカレンちゃんから美女だなんて言われると照れますねぇ」
「間違えた。残念とし……」
「お嬢さんそれは言っちゃあいけねぇな、いけねぇよ。 敵チームになったら覚悟致せ。その可愛い顔にヒットマークを付けて責任を取ってやるからな」
「お断りします」
さながら新しい玩具を見つけた子供のように、破顔しながらカレンとの言葉の応酬を楽しむチノさんだったが、レイジとこころの痛そうな視線に気が付いたのか、少し恥ずかしそうにコホンと1つ咳払いをした。
ちなみに誤解がないように言っておくと“チノさん”までが愛称だそうで、さん付けを強要する一風変わった方という訳ではないようだった。
それじゃあ改めまして。とチノさんが立ち上がり、居住まいを正してぺこりと一礼する。
「夫婦でサバゲーをしている、チノさんです。女性サバゲーマーの知り合いを増やすことに情熱をかけてます! SNSでサバゲーマー御用達のプロフィールを考案したり、たまに女性サバゲーマー限定の貸切ゲームを企画したりしてるから、仲良くしてね」
「ご夫婦でサバゲーマーなんですねっ。きっかけはフィールドですか? 夫婦で連携とかしたりします? 装備もお揃いにしたり? それから……」
「あはは。面白い子だね、君。全部教えてあげるから、お昼の休憩の時にでもこっちにおいで? お姉さんとお喋りしながらゆっくりランチしよう」
キラリと歯を輝かせながら、さりげなくこころの肩に手を伸ばすチノさん。その手をピシリと払うカレン。突如始まったガールズトークについていけなくなってしまったレイジは、何か面白そうなものは無いかと周囲に視線を彷徨わせた。
テーブルには、レイジが今までよく使用していたコルトM4A1カービンに酷似したシルエットのライフルと、アケミがゲーム中は欠かさず付けているコルセットリグと呼ばれるマガジンポーチなどのパーツの拡張が可能なMOLLEと言われるシステムを搭載したタクティカルベストにも似た装備が置かれている。
自身が使っていたM4とは細部が異なり、どこのメーカーだろうかと思案を巡らせていたレイジに、先ほどまでチノさんと談笑していた男性がニコニコと笑いかけながら空いているイスを勧めた。
「ありがとうございます。貴方が、チノさんの旦那さんですか?」
「いや、僕はただのサバゲー友達だよ。旦那さんともよく遊ぶけど、彼は今日は仕事で来れなくってね。チノさんは“ああ”なると長いから、良ければ1人でぶらぶらして来たらどうだい?ここに来るサバゲーマーはみんな優しいから、きっと快く話をしてくれるよ」
「そうですね。じゃあ、ちょっと行ってきます。2人にはぶらついたら自席に戻ると伝えておいてください。えーと……」
「了解した。あぁ、僕の名前はセイロンだ。同じチームになったらよろしくね」
会話したのは一瞬だったにも関わらず笑顔で見送るセイロンに手を振り、レイジはその場を後にする。
置いてきたカレンやこころには少し申し訳なく思うが、ガールズトークに混じるには少々どころかだいぶレベルが足りないレイジなのだった。
チノさんやセイロンと別れたレイジは、ひとりセーフティエリアを歩く。
様々な装いのサバゲーマーたちが準備をする様子は、レイジにとっては夢のような光景だ。
それぞれが持つ銃や装備を見て、気になったら声を掛けてみれば、サバゲーマーたちは誰も彼もが笑顔で自身の装備の特徴を語り始めるのだ。
そんな中、一際異彩を放つ装備を身に付けた男性にレイジは出会う。
アーマー勢。サバゲーマーの中に、そう呼ばれる者たちがいる。
迷彩服ではなく、まるでSFモノの映画やゲームに出てくるかのようなアーマーを着て戦う者たちだ。
年に一度、アーマーを着たサバゲーマーたちが一堂に会するフィールドもあるそうだが、それはレイジにとっては未だ知らぬ世界である。
レイジがこの日出会ったのも、そんなアーマー装備のサバゲーマーの内の1人だった。
190センチを超える巨躯に重厚なアーマーを身に纏い、小さなパイプ椅子に身体を押し込めてマガジンに弾を込める様はいかにも窮屈そうだ。
初めて見るアーマー装備のサバゲーマーに興味を惹かれたレイジは、思わずそのサバゲーマーに声をかけた。
「あの、初めまして! カッコいい装備ですね」
「……ありがとう。もうすぐ弾込めが終わるから、少しだけ待っててくれないか」
勇気を出して声を掛けると、顔全体を覆い隠したマスクの奥から朴訥ながら思いのほか優しげな声が返ってくる。
巨躯のアーマーサバゲーマーに促されるままレイジは空いているイスに腰掛け、待つこと数十秒。弾込めを終えたマガジンをテーブルに並べると、アーマーサバゲーマーはぎこちない動きで装着していたマスクを外した。
「ふぅ……。お待たせして申し訳ない。それで、私に何か用事だったかな?」
「ああ、いや。その白いアーマーが余りにもカッコよかったので、思わず声を掛けちゃいました」
マスクを外したアーマーサバゲーマーの男性は一瞬きょとんとするも、嬉しそうに目を細めた。
「ありがとう。自分の装備を褒められるのに慣れてなくてね、面食らってしまった」
聞けばこの男性の装備、ほぼ自作なのだという。その体躯から身体に合う装備が中々見つからず、そんな中偶然出会ったアーマー装備のサバゲーマーに一目惚れをしたのだそうだ。
それ以降、市販のプロテクターやプレートキャリアを改造してSF風のアーマーに仕立て直して理想のアーマーに近づけていると男性は語った。
「自己紹介が遅れて申し訳ない。私はネーヴェ。イタリア語で雪を意味する言葉だ。フィールドでは少し目立つが、元よりこんな身体じゃ隠れるのは苦手でね」
「レイジです。もし同じチームになれたら、ネーヴェさんの背中を探しますよ」
レイジとネーヴェは互いにニヤリと笑い、拳を突き合わせた。
今回は第2章のスポット参戦キャラの紹介でした。
この2人以外にも青空ハッスルでは様々なサバゲーマーとの共闘・戦闘があることでしょう。
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