Hit.25 サバゲーマーの朝は早い
お待たせ致しました。
本日より、更新を再開します。
尚、作者はリアルタイムで現在青空ハッスルでサバゲー中です。
起床時間を告げるアラームがスマートフォンから鳴り響く。光る画面に表示された時刻は、午前5時30分。
5月も半ばを過ぎたこの頃は日の出も早く、閉じられたカーテンの隙間からは朝日が木漏れ日のように差し込んでいた。
この部屋の主人たる青年ーーレイジは未だ微睡みの中で、掛け布団から伸ばされた片手だけがアラームの発生源であるスマートフォンを探し当てようと枕元でゴソゴソと蠢いていた。
少しの捜索の後に無事に獲物を手中に収めたその手は、いつものようにボタンを操作してアラームを止める。静寂が戻った部屋にレイジは満足すると、再び意識を手放そうと布団を目深に被るのだった。
瞬間、レイジは布団を文字通り跳ね除けて立ち上がる。
そう。今日は悠長に二度寝なんかしている場合ではないのだ。HK417アーリーバリアントを手に入れてから初めての、待ちに待ったサバゲーの日なのだった。
着ていた寝巻きを放り捨てるように脱ぎ去り、昨夜から準備してあったTシャツとデニムに着替えてついでに顔も洗う。
部屋の中央に置かれた大きなバッグを開き、真新しいBDU、ゴーグルやグローブ等の小物、タオルや着替え一式が入っていることを一つ一つ取り出して確認する。
「……よし」
昨夜も確認しているため入れ忘れは無いはずだが、それでも念のため……と点検をしてしまうサバゲーマーはきっとレイジだけではないだろう。
一通りの点検を終えたバッグを肩に掛けたレイジは最後にもう一度だけ部屋をぐるりと見回して、拾い上げたスマートフォンと財布をデニムのポケットにねじ込むと玄関へと足を向けるのだった。
新緑まぶしい葉桜の並木道を、レイジは足早に歩いている。目的地はいつものように大学構内の射撃場ーーではなく、サクラが間借りしているアパートだ。
今日行くフィールドである青空ハッスルはアケミの実家からは遠いので、中継地点としてアケミは昨夜からサクラのアパートに泊まり込んでいる。
そのため、銃などの射撃場や部室に置いてある装備類は昨日のうちにアケミの車に積み込んであり、後はレイジが集合場所となっているサクラのアパートに向かうだけなのだった。
時間を確認するためにちらりと目を落としたスマホの画面は午前6時と表示している。集合時間は6時30分だが、遅刻するよりは早く着いても問題はないだろうとレイジはひとつ頷いた。
時刻を確認してから更に歩くこと5分ほど。事前に聞いておいたサクラのアパートに到着したレイジは、少しだけドキドキしながらサクラの部屋のインターホンを鳴らした。
これまでの人生の中で女性とのお付き合いなど皆無に等しい彼にとっては、同年代の女の子の部屋のインターホンを押すことさえ尋常でない緊張を強いられる。
そんな穏やかでないレイジの心中などインターホンは汲み取ることもなく、ピンポーン。と小気味よい音が家主に来客を知らせる。思いのほか大きな音に隣の部屋から怒られやしないかと違う意味でドキドキしながら、レイジはドアの前で反応を待った。
はいよー。という若干気の抜けた声がしたかと思うと、部屋の中からこちら側へ足音が近づいてくる。続けてガチャガチャとドアノブが動き、小さな金属音と共に鍵の開く音が響いた。
「おう! レイジおはよんがっ!?」
レイジにぶち当たらんばかりの勢いでドアが開かれる。しかし、眼前に迫ったドアはピンと張ったドアチェーンに阻まれてレイジにぶつかることなく急停止した。チェーンが無かったら完全にドアアタックの餌食だったことを考えて、レイジは肝を冷やす。
ドアチェーンのお陰でレイジは九死に一生を得たが、ドアの向こうの相手ーー確認するまでもなくアケミだろうがーーはどうやらそうはいかなかったらしい。僅かに開いたドアの隙間の下の方から年頃の女の子が出してはいけない声が聞こえてきていた。
恐らく、ドアを開ける勢いを殺しきれず自分からドアへとぶつかって行ったのだろう。ドアの向こう側で顔を抑えて呻き声を上げるアケミの姿が嫌でも目に浮かんで、レイジの口からため息が漏れる。
「アケミさん。早朝からご近所迷惑だって怒られますよ」
「たはは……。いやぁ、驚かせようとしたら失敗した」
ドア越しに声をかけると扉の向こうにいたのはやはりアケミで、苦笑と共に鼻をつまんで喋っているような珍妙な声が返ってくる。
アケミは一度丁寧にドアを閉めると、再びガチャガチャと金属音を響かせる。
しばらくして、ドアチェーンを外すカチンという音が聞こえ、ようやくドアが開いた。
「おはよ、レイジ」
「おはようございます、アケミさん」
赤くなった鼻を片手で押さえたアケミに出迎えられて、レイジはサクラの部屋に足を踏み入れた。
「こんなに早く来ると思わなかったからな。荷物は玄関先に置いといていいから、適当に上がってしばらく寛いでてくれ」
「分かりました。って、自分の家みたいに言いますけどここサクラさんの部屋じゃないですか」
「たまに泊まりに来てるから、半分はアタシの別荘みたいなもんだ」
そんなもんですか。と返事を返したレイジは、言われた通りに玄関に荷物を置いて靴を脱ぐ。
一人暮らし用のそう広くない玄関スペースだが、隅に固めておけば出る時にもそこまで邪魔にはならないだろうとレイジなりに配慮して、持ってきた荷物を積み上げた。
「これでよし、っと。ところで、アケミさんは何をしてるんですか?」
「ん? ああ、ゆっくり朝メシ食ってる時間も無いだろうと思って、サンドイッチ作ってる」
「マジっすか」
「なんだ。アタシのサンドイッチが食いたくないなら無理しなくてもいいぞ」
レイジが部屋に入ってくるのもそこそこに廊下の奥へと踵を返したアケミは、キッチンでサンドイッチを作っているのだという。
言われてみれば、廊下にも何かを揚げる香ばしい油の匂いが立ち込めていた。
流れるような動作で食パンに何かを塗り、具材を挟み、包丁で斜めに切ってはお皿に盛り付けていく。
自炊などあまり出来ないレイジでも一目で分かるほど一つ一つの所作は手慣れていて、気まぐれに作っているわけではないのは瞭然だった。
美味しそうな匂いに誘われるように、レイジはふらふらとアケミに近づいていく。
キッチンに近づけばシュワシュワとフライを揚げる音だけでなく、卵の入った湯をグラグラと沸かす熱気までが漂ってくる。
どんなサンドイッチを作っているのか気になったレイジは、アケミの背後からキッチンを覗き込んだ。
「ッ!? こンのっーー!」
瞬間、アケミが両手で胸元を隠して華麗にバックステップ。彼女がなぜ飛び退いたかレイジが理解するよりも前に、渾身の平手が彼の頬に吸い込まれていった。
胸を守るように両手を組み、若干頰を赤らめたアケミは気まずそうに視線を逸らす。廊下では頰を真っ赤に腫らしたレイジが見事な土下座を披露していた。
「ったく。揚げ物をしてる時は危ないから近づくな……じゃない。急に女性の胸元を覗き込むのは感心しないぞ」
「すみませんでした……」
胸元を覗き込まれたと勘違いしたアケミが反射的にレイジを張り飛ばした。というのが事の真相である。
レイジに土下座をさせたまま放置して、キッチンのどこからかエプロン(フリルが付いていてとてもかわいい)を取り出してきて装着するとようやく、もういいぞと言って土下座を続けるレイジに立ち上がるよう促した。
実際、油が跳ねるから急に覗き込むのは危ないんだぞ。と後輩を嗜めてから、アケミは盛り付けてあった作りたてのサンドイッチを1つ取りレイジに手渡す。パンに挟まれた大きな白身魚のフライにタルタルソースが絡んだ美味しそうなサンドイッチに、朝食を食べていないレイジは思わず喉を鳴らした。
「アタシの勘違いで張り倒したのは、これでチャラにしてくれ。それと、次にアタシのおっぱいを覗き込んだらグーでパンチな」
胸の前で拳を作って凄むアケミに、レイジは壊れた人形のように何度も頭を上下させた。
「それに、だ。流石に今の状態でまじまじと見られるのはアタシだって恥ずかしいんだ」
「えっ……?」
「肩が凝るから夜は付けない派なんだよアタシは! 呆けてないで早くサンドイッチ食っちまえ。んで食ったらさっさとサクラを起こしてこい!」
自分で言って恥ずかしくなったのかバツの悪そうな顔をして視線を逸らし、話は終わりとばかりに片手を振ってアケミはレイジを追い払う。
詰まるところノーブラ状態でTシャツに短パンのみという無防備な格好のままレイジに覗き込まれたことに、過敏に反応してしまったのだとレイジは理解する。
Tシャツとエプロンに守られた双丘の先を想像してしまい、レイジは別の意味で思わずゴクリと生唾を飲み込む。視線に気付いたアケミに鋭く睨まれて、動揺を隠すようにレイジは大きな口を開けてフィッシュサンドにかぶりついた。
「美味い。アケミさん、これめちゃくちゃ美味しいです!」
さっきまでのスケベ心などどこかへ飛んでいってしまうほどに、そのサンドイッチは美味しかった。
ひとたび頬張ればパンに染み込んだ油とフライの旨味に酸味の効いたタルタルソースが絡み、舌の上で絶妙なハーモニーを奏でる。
大ぶりなフライは食べ応えがあるものの、一緒に挟まれたレタスによって油のクドさが中和されていた。
決して高価な素材を使っているわけではないが、手作りの素朴な美味しさを感じてレイジは思わず顔を綻ばせた。
「はいはい。あんがとさん」
レイジのあまりの食べっぷりにアケミも毒気を抜かれてしまったようで、鼻を一つ鳴らして頰を緩めると名残惜しそうに指に付いたソースを舐め取るレイジにもう一つサンドイッチを手渡す。
「腹減ってんだろ? んな物欲しそうな顔しなくたって食わしてやっから、ホラ」
「いいんですか? それじゃあ遠慮なく、いただきます」
ぶっきらぼうに手渡したサンドイッチを両手で大事そうに受け取って、レイジはまたパクリと口を付ける。美味い美味いと食べるその姿を眺めるアケミの表情は満更でもないが呆れ半分といった様子だった。
更に二つのタマゴサンドを平らげて、レイジはアケミに向けてご馳走様でしたと両手を合わせた。
「アケミさん、料理が上手なんですね。ちょっと意外でした」
「アタシはアンタの食べっぷりの方にびっくりだよ。普段カップ麺とかばっかり食ってるんじゃないだろうな。まぁ、ウチは知っての通り土日でも朝が早いだろ? だから自然と家事とかやるようになってな。こんなもんで良ければまた作ってやるよ」
家族以外の男に食べさせたのはレイジが初めてだけどな。といつものようにニヤリと笑う。その笑い方がいつもより艶っぽく見えて、レイジは胃袋(誤植)を鷲掴みされたように感じて思いがけずドキリとした。
今日は朝からアケミさんにペースを乱されっぱなしですよ。と本人に聞こえないように呟いて、小首を傾げる本人に何でもないように小さく首を横に振った。
「それじゃあ、サクラさんを起こしてきますね」
「おう、アタシはまだ残りのサンドイッチを作ってるから、そっちは任せた。サクラは“付ける派”だから、安心して起こすように」
満面の笑みで送り出すアケミの物言いに若干の引っ掛かりを感じたレイジだったが、深くは考えずに了解ですと返事を返す。
ワンルームのアパートの廊下の途中にあるキッチンの先、扉一枚を隔てたその先がサクラの部屋だ。家主に無許可どころか寝ているところに入るのはかなりの抵抗を感じたものの、意を決してドアノブに手を掛ける。
ゆっくりとドアノブを回して、極力音を立てないように少しずつドアを開けていく。
少しだけ開いたドアの隙間から部屋の中を覗き見ると、ベッドの上に不自然に盛り上がった掛け布団が時節もぞもぞと不規則に動いていた。
サクラが寝ていることに若干の安堵を覚えつつ、更にドアを開いて身体一つ分が入る隙間を作ると部屋の中へするりとその身を滑り込ませる。
白を基調としたナチュラルトーンの部屋に、テレビやテーブル等の家具類が無駄なく配置されている。そこまでは普通の女子大生の部屋だったが、壁の一角に作られたガンラックとそこに掛かった数丁のライフルやハンドガンが、可愛らしくコーディネートされた部屋の中で異彩を放っていた。
だが、よく見回してみれば壁に貼られたポスターは自衛官募集のポスターだし(どっから持ってきた)、半開きになったクローゼットの中に見える大きな衣装ケースにはサバゲー用品と思わしき迷彩柄の何かがはみ出している。
まごう事なき、サクラの部屋だとレイジは確信した。
4月に出会ってからもう何度目かの“俺のドキドキを返せ”という気持ちを必死に押し殺して、サクラの眠るベッドに近づいていく。
顔が見える距離まで近づけば穏やかな寝息も聞こえてきて再び心臓の鼓動が早くなるが、同時にベッドの下にヘルメットらしき物体Xも発見してしまい冷静さを取り戻す。
ため息と共に持ち上げたヘルメットを枕元に置くと、スヤスヤと寝息を立てるサクラの顔を盗み見る。
起こすのは確定事項であるもののいきなり布団を引っぺがすのも可愛そうだと思ったのか、どうやら最初は優しめに声を掛けることにしたようだ。
「サクラさん、朝ですよー。起きてサバゲー行きますよー?」
「……うーー。アケミさんあとさんじゅっぷん……」
優しく声を掛けてもダメだ。レイジはすぐさま理解した。掛け布団越しにサクラの肩を揺すり、先程よりも大きめの声でサクラに呼び掛ける。
「サクラさん、起きる時間です。起きないと布団引っぺがしますからね?」
「ん〜? ……レイジきゅん? お姉さんの寝込みを襲おうとするなんてえっち。でもあと15ふん……」
イラッ。レイジはかなりイラッとした。
モウダメダコノセンパイヲハヤクナントカシナイト……。
「起きないなら布団没収しますからね! いきますよ!?」
掛け布団を握って離さないサクラの両手を引き剥がして、レイジは掛け布団に手を掛ける。
布団から強引に手を引き剥がされたことで少しばかり夢の国から意識が戻ってきたのか、サクラはようやく薄眼を開けた。だが時すでに遅し、である。
レイジと目が合った。布団を掴むレイジの手を見る。布団の中に早朝の冷ややかな風が徐々に入ってくるのを感じて、半開きだった両目が驚愕で限界まで見開かれる。
「れっ、レイジくんストップ! 起きるから!? ホントにストーップ!!」
「青少年の夢を打ち砕いた恨み、思い知れっ!」
サクラの懇願にも聞く耳を持たず、レイジはひっ掴んだ掛け布団を力一杯サクラから引き剥がした。
宙を舞う掛け布団、露わになるサクラの肢体。アケミの言う通り、確かに下着“は”付けていた。
レイジが予想していたパジャマはどこにも無く、可愛らしい白い下着と、健康的にきゅっと引き締まった脇腹がレイジの視線を釘付けにする。
梅雨前とはいえ気温も上がり始め、日に日に夏に近づいていく時期だったこともあり、サクラは下着だけを身に付けて寝ていたのである。
「あっーー」
知らずに漏れた声はどちらのものだったのか。
身に付けているのは下着だけ、しかも寝起きというあられもない姿を見られたサクラと、自身の手でサクラを守る最後の砦を破壊してしまったレイジ。
まるでその部屋の中だけが凍りついたかのように、気まずい沈黙が2人を支配していた。
先に我に返ったのはサクラだった。引っぺがされた布団をレイジの手から奪い返すと、頭からすっぽりと被って完全にその身を隠す。
「出てって!」
「ちょっ、あのっ」
「出てって! このケダモノっ! 変態っ! 出てってばあああぁぁぁぁっ!!」
呆然とするレイジに向けて、手に触るものを片っ端から投げつけるサクラ。布団から耳まで真っ赤になった顔だけを出して、悲痛とも言える叫び声をあげながら涙目で枕を振り回す。
ドアの向こうのアケミだけが、したり顔で鼻歌交じりにサンドイッチを作っていた。
サバイバルゲームフィールド“青空ハッスル”へと向かう車の中、後部座席に座るサクラは未だに羞恥に顔を染めて膝を抱えていた。
助手席には散々枕で乱打されたレイジが疲れた顔をして座っており、運転席ではアケミが声を出さないように笑いを堪えていた。
「まぁそう拗ねるなよサクラ」
「拗ねてない」
「いつもは自分から見せつけに行ってるだろ?」
「見せつけるのと見られるのは違う!」
「結局は下着だけで寝てるサクラの自業自得だな」
「ぐぬぬぬ。 寝顔も見られちゃうし、せめてもう少し可愛いのを付けとけばよかった……。レイジくんは後で私を褒め称えるレポートを提出すること! 先輩命令だから!」
「なんでですか……」
「変態レイジくんなんてもう知らない! アケミさんお腹空いた! サンドイッチ食べる!」
膝に乗せた保冷バッグからレイジがサンドイッチを1つ取り出すと、サクラはそれをひったくるように奪い取る。
一瞬だけレイジを睨み、続けて恥ずかしそうに唇を尖らせると、猛然とサンドイッチに食らいついていく。
腹いせとばかりにレイジに食べ物や飲み物を要求するサクラの声をBGMにして、3人を乗せた車は“青空ハッスル”を目指す。
5月の空はどこまでも青く、梅雨前であることなど感じさせない力強さで太陽は輝き、そんな彼らを楽しそうに見下ろしていた。
アケミが意外と家庭的なことが判明しました。逆にサクラは放っとくと汚部屋になる可能性が高いです。
たまにはコメディも書かないとこの小説が「青春ラブコメ」だと言うことを忘れますね。
短時間に2回もラッキースケベが発生するレイジ君なんてサバゲーでボッコボコに撃たれてしまえばいいのに…





