Hit.23 軍拡
一度動き出した軍拡の波は、そう簡単には収まらない。例えそれが、自分の財布から出るお金では無かったとしても。
高額な銃を購入して心の財布の紐が緩みに緩んだレイジとこころは、せっかくだから……と笑顔で揉み手をする店長に連れられてガンショップの2階へと連れて来られていた。
ガンショップの2階にはゴーグルや手袋等の銃以外の装備品やBDUと呼ばれる迷彩服、銃のホルスターなど、サバゲーに役立つ様々な装備がまるでドレスコードのように綺麗に整頓されて並んでいた。
人は見た目が9割。とはよく言ったもので、全身に迷彩服を着込みプレートキャリアやタクティカルベストを装着すれば、初心者でも一端のサバゲーマーに見えるだろう。
しかしながら、更にその上の上手そう。強そう。と思わせるにはその装備を着こなし、使いこなさないといけないため、迷彩服を着ていれば腕が立つように見えるというわけではないのもまたサバゲーの奥深さたる由縁の1つでもある。
そういった装備や服装の細部に一際気を使っているのは、サバゲー部の中ではカレンが該当するだろう。
自身のコンプレックスである身長からくる幼さを如何に払拭し、“服に着られない”ようにするために常日頃から気を付けているその姿勢は、サバゲー中の将校然とした雰囲気が何よりも雄弁に物語っている。
ただ軍服が好きなわけでは無い。日頃の研究と努力によって裏打ちされた結果が、カレンに確固たる自信を与えているのだった。
閑話休題。
兎にも角にもBDUコーナーに向かおうとするレイジとこころを呼び止めたのは、意外にもそのカレンだった。
「まずはゴーグルを見るべき。ゴーグルはサバゲーで最も大切な装備」
そう言うや否や、BDUコーナーに向かおうとする2人の手を掴んでアイウェアコーナーへと連行する。
1階のガンコーナーでサクラを引き摺って行った時もそうだが、この小柄な少女のどこにそんな力が隠されているのだろうか。などと詮無いことを考えながら、カレンに手を引かれてレイジはアイウェアコーナーへと向かうのだった。
アイウェアコーナーへと2人を連れて来たカレンは今更のように自らの両手にそれぞれ握られている後輩たちの手を不思議そうに見て、瞬間弾かれたようにその手を振りほどく。
どうやら、半ば無意識に手を握ってしまっていたらしい。
握っていた手を身体の後ろに回して固く握り締めて僅かに頬を紅潮させたカレンだったが、顔を伏せて気持ちを落ち着けるかのように咳払いを1つすると、またいつもの物静かな彼女に戻る。
仄かに火照りを残した両耳だけが、カレンの心の昂りを知らせていた。
咳払いをしたカレンがアイウェアコーナーの一角から取ってきたのは、2種類の異なるデザインのアイテム。
片方はゴーグル。もう片方はシューティンググラスと呼ばれるメガネのようなアイウェアだ。
「そろそろ湿気が気になる季節。2人とも、曇りにくいアイウェアに変えた方がいい」
カレンの表情は真剣だ。サバゲーマーにとってアイウェアの曇りは大敵と言ってもいい。
夏場の湿気だけではない。冬場でもアイウェアと外気との温度差で曇ってしまうことも少なくないのだ。
安全面を考慮してゲーム中にフィールド内でアイウェアを取ることは禁止されているため、一度曇ってしまえば最後、その視界の悪さに戦闘力を根こそぎ奪われると言っても過言ではない。カレンが言うように、アイウェアこそサバゲーマーにとって最も大切な装備といえるだろう。
「俺もこころさんもいつもは部の備品を借りてますけど、自分専用のアイウェアはいつか欲しいと思ってました」
「私も、そろそろあのフルフェイスマスクから卒業しようかと思ってたんです。主にその、蒸れが気になりまして……」
「……ん。レイジもこころも、好きな商品を選ぶといい。私からのプレゼント」
カレンの言葉にレイジとこころは思わず目を丸くした。数秒の後にその意味を理解した2人は飛び上がらんばかりの勢いで喜びを露わにする。
異口同音に最大限の感謝を告げると、2人は真剣な表情で商品を選び始めた。
曇り止めの特殊な薬剤が塗布されたもの、ゴーグルの内部にファンが内蔵されたものなど、カレンだけでなくサクラやアケミも混じって、説明を交えながらレイジとこころのアイウェアを選んでいく。
レイジが選んだアイウェアをカレンに手渡した際、レイジにだけ聞こえる声で「貸しひとつ」と小さく笑って呟いてレイジをどきりとさせたのは、また別のお話。
部費でもって自分専用の銃を選び、カレンからのプレゼントとしてアイウェアを選び、ここまできたらもうBDUも買うっきゃない! そんな得体の知れない衝動に突き動かされて、レイジたちはガンショップ2階の最期の砦、BDUコーナーへと吸い寄せられていく。
「ここのBDUコーナーは、県内でもかなりの品揃えだぞ。なんてったってカレンが着れるサイズまで取り揃えてるくらいだからな」
「む。私はギリギリ標準体型」
「カレンちゃんダウトー」
3人の先輩たちの雑談をBGMに、レイジとこころはハンガーラックにかかった迷彩服を物色していく。
「迷彩服って、割とどれも同じに見えちゃうんですよね。部室にある雑誌で色んな種類があるのは何となく分かるんですけど……」
目に留まったどこかの国の軍隊の迷彩服を手に取り、鏡の前でサイズが合うか確認しながらこころは呟く。
どうやら2人とも、迷彩服のあまりの種類の多さに面食らってしまっているようだった。
「確かに。アケミさんの黒っぽい迷彩服とサクラさんの自衛隊の迷彩服くらい違うと分かりやすいんだけど、今こころさんが持ってるその迷彩服がどこの軍が使ってるか訊かれても答えられる自信がない」
レイジはその手に陸上自衛隊の迷彩服を持ちながら、苦笑交じりに相槌を返す。
サクラが着ているから。という理由で一応手に取ってはみたものの、先程選んだHK417アーリーバリアントにはあまり結びつかないかと思ったのだろう。鏡に向けて少し合わせてみただけで元の場所に戻そうとしていた。
雑談の傍ら、レイジが陸上自衛隊の迷彩服を手に取っているのに気付いたサクラが目を輝かせる。
「あ! レイジくんは私とお揃いで陸自迷彩?」
「サクラさんとのお揃いはご遠慮しておきます」
「なんでさっ!?」
即答するレイジに唇を尖らせ、両手を振り上げてサクラは抗議する。もちろんお互い本気ではない。サクラがじゃれつき、レイジがあしらう。サクラなりの親愛の表現であり、レイジ以外のメンバーにもよく見られるやりとりだ。
「それはさておき、どう? 2人とも気に入った迷彩色は見つかった?」
「私は、ちょっと数が多過ぎて……迷っちゃってます」
「俺も同じです。迷彩服は欲しいので、今回は安いレプリカ品を適当に選んじゃおうかと……」
「むぅ。お姉さんそういうのはあんまり好きくないぞ」
「……ん。サクラ、ここは私が言う」
2人の物言いに思わず眉間に皺を寄せるサクラだったが、それを諌めたのは以外にもカレンだった。
ハンガーに掛けられた迷彩服を手に取っては体に当てるという動作を繰り返すレイジとこころの肩を叩き、振り向いた2人の額を弾いた指先でピシリと叩く。
2人の意識が自分に向いたことを確認すると、フンと1つ息を吐いて腕を組んだ。
「レイジ、それにこころも。2人とも私の話を聞く」
落ち着いていながらも凄みのあるカレンの言葉に背筋がヒヤリとするのを感じた2人は、居住まいを正して先輩の言葉を待つ。
「……BDUは、闇雲に選ぶものじゃない。好きな軍隊の迷彩柄を選んだり、フィールドに合わせて着るもの」
ここまでは理解した? と眉根を寄せるカレンに、すっかり萎縮した2人は黙ってコクコクと頷く。
そんな2人の姿にカレンは頭に手を当てて何度か小さく首を振ると、組んだ腕を解いて自身を指差した。
「……私が2人のBDU選びをサポートする。何でも聞いて欲しい」
さっきまでの剣呑な雰囲気はどこへやら、口元に薄く笑みを浮かべた頼もしい先輩の言葉に、レイジとこころは一も二もなく頭を下げるのだった。
一括りに迷彩服といっても、その種類は多岐に渡る。とカレンは言う。
世界各国の軍隊、陸海空それぞれの部隊によっても違うため、カレンでさえ知らない柄の物も多い。
だが、日本でサバゲーをするにあたっては大まかに種類分けができるという。詰まるところ、人気の柄がある。ということらしい。
「アメリカ軍のマルチカム迷彩やタイフォン迷彩辺りはレプリカ品が安価で、初心者にも手が出しやすい。さっきこころが手に取っていたドイツ軍の迷彩服とかも、一部のコアな層に人気がある」
「私やレイジさんはそこまで軍隊に詳しいというわけでも、特別に思い入れのあるというわけでも無いのですが、そういう人は少数派なんですか?」
こころの疑問は、そこまで的外れというわけでもない。
サバゲーマーの全てが、軍隊やミリタリーに詳しいというわけではないのである。
カレンもそういった質問が出ることは予想済みだったのか、頭を振って否定を示した。
「そんなことはない。サバゲーをスポーツ感覚でやる人も多い。そういう人は私服みたいな黒い服を着たり、アニメのコスプレでやったりもする。こころは、迷彩服よりもそっちの方が好みだったりする?」
「え……? えーっと、そういうのも興味はありますけど、まずは無難なところから入りたいなー、なんて」
「俺も本格的な迷彩服ならそこまでこだわりは無いです。カレンさんのオススメがあれば、参考にしてみたいです」
「……ん。なら、軍隊じゃない迷彩服も見てみるといい」
レイジとこころの言葉を聞いたカレンがハンガーラックから引き抜いたのは、アケミ愛用のタイフォン迷彩によく似た柄の迷彩服だった。
タイフォン迷彩とはそもそも、アメリカでハンティングのアパレル商品を展開する「クリプテック社」が開発・発表した迷彩色パターンの1つである。
その独特な迷彩パターンから蜂の巣や蛇の鱗に例えられることが多い。
代表作としては、黒を基調としたタイフォン迷彩や森林で効果を発揮するマンドレイク迷彩などがあり、安価なレプリカ品も市場に多く出回っている。
その他にも砂漠地帯や雪原で迷彩効果が高い「ノマド」や「イエティ」と呼ばれる迷彩パターンもあるが、そちらは日本での入手難易度が高く、サバゲーフィールドでも見かけることは滅多にないだろう。
それらの特徴を普段のカレンからは想像もできないくらい饒舌に語りながら、引き抜いた迷彩服をレイジとこころに差し出す。
ご丁寧にも、レイジとこころに合うであろうサイズがチョイスされていた。
「この迷彩服の名前は、ハイランダー迷彩」
「ハイ……」
「……ランダー?」
「そう、ハイランダー。コンセプトは、砂漠のノマドと森林のマンドレイクのハーフ。1着で色んなフィールドに馴染む、私の一押し」
聞き慣れない名称に揃って首を傾げる2人に自信満々に頷くカレン。唇の端を釣り上げて不敵に笑うその表情は、正にドヤ顔と呼ぶに相応しい。
背筋をゾクゾクと走り抜ける感覚は興奮か、それとも。表しようのない感情がレイジの身体を突き動かす。
ちらりと隣を窺えばこころも同じようで、頬を紅潮させてカレンからハイランダー迷彩服を受け取っていた。
最も、彼女については日頃から「先輩、先輩」と慕っている間柄であり、熱く語る先輩の姿に陶酔しているのかもしれない。
競うように試着室へと駆け込んでいく後輩たちを見送ったカレンは、己に注がれる2つの視線に気付いて振り返る。
視線の主であるアケミとサクラに向けて、もう一度レイジたちに見せた笑みを浮かべるのだった。
「ドヤァ」
「カレンちゃん、キャラ違う……」
「アタシはアンタたちが楽しけりゃいいが、ほどほどにな?」
ハイランダー迷彩に着替えたレイジとこころを出迎えたのは、先輩たちの驚きの表情だった。
やり切ったように腕を組んで何度も頷くカレンの仕事人っぷりに、アケミとサクラも思わず唸る。
「どうでしょう? どこか変じゃないですか?」
「ぜんぜん変じゃないよ! メチャクチャ似合っててカッコいい!」
「ああ、サクラの言う通りだ。レイジもこころも見違えたよ」
「……ん。私の見立てに間違いはなかった」
「ありがとうございます。アケミさん、サクラさん。それに、カレン先輩も!」
サイズ感や裾の長さを気にする2人の心配を余所に、口々にその姿を褒め称えるアケミたち。
既存のどこの軍隊の迷彩服とも違う近未来的なパターンの迷彩柄に、レイジとこころもかなり気に入った様子だ。
ハイランダー迷彩にするのかと尋ねるアケミたちに2人は互いの意志を確認し合うように視線を交差させると、揃って頷いた。
「俺は、ブーニーハットがいいです」
「レイジ君!? わ、私はキャップが……」
一体いつの間に示し合わせておいたのだろうか。期待の篭った眼差しを向けられたアケミは、顔に手をやって大きなため息ひとつ。
2人は当然断られるつもり。半ば冗談で口にしたセリフだったのだろう。しかし、呆れ顔のアケミの口から飛び出したのは2人の想定外の言葉だった。
「おまえらなぁ……。ったく、先輩にせびりやがって! 言っとくが、迷彩服は自腹だからな!?」
「「あ、ありがとうございます! アケミさん!!」」
こうして、新入部員2人の銃選びに端を発する今回の軍拡は、シューティンググラスやBDUも合わさって些か以上に大量の買い物となってしまった。
自腹を切ったハイランダー迷彩の会計時には2人揃って財布が非常に軽くなるという謎の事件も発生したが、その事件の真相は闇に葬られた。
それでも、2人の顔に後悔は微塵も見られない。あるのはただ、達成感と満足感だけである。
M4パトリオットとHK417アーリーバリアント。自分だけの銃を手に入れたレイジとこころは、果たしてどんな戦いぶりを見せるのだろうか。
笑い合う5人の心は既に、次の戦いに想いを馳せているのだった。
お待たせしました!
やはり、週に1回更新が出来ないと気持ちが落ち着かないですね。
アケミがガンマニアだとすると、カレンは装備マニアと言えるでしょう。自分に合う装備を見つける際に、だいぶ苦労をしたようです。
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