Hit.20 こころの相棒 ◆
入店したレイジたちの目に飛び込んできたのは、お店の壁一面に所狭しと陳列された無数のトイガンだった。
銃器の種類によってコーナー分けがされているようで、ハンドガン、ライフル、ショットガンなどがそれぞれのコーナーでメーカーごとに飾られている。
初めて来たレイジとこころは、その映画のような光景に思わず目を奪われていた。
「いらっしゃいませ。『俺のガンショップ』へようこそ」
低いがよく通る声が、入店したレイジたちの耳に届く。その声のする方に目をやると、一人の中年男性がレジに立っている。
短く刈り上げた髪に口元にはヒゲを蓄え、見事な胸筋がオーバーオールを内側から持ち上げている。中年オーバーオールマッチョがそこにはいた。
「オジサンおはよう! 取り寄せしてもらってたアタシのAKのパーツが届いたって聞いたから受け取りに来たよ。それと、前に言ってた部活の新入部員の装備も見に来たから!」
「オーナーさん。お久しぶりです!」
「……おはようございます」
中年オーバーオールマッチョは入店してきたのがアケミたちだと気付くと強面の顔をくしゃりと破顔させ、嬉しそうに手を振った。
「誰かと思えばアケミちゃんじゃないか。それに、サクラちゃんにカレンちゃんも。そっちの初めて見る2人が電話で言ってた新人の子だね。ウチの店にようこそ。好きなだけ見ていってくれていいよ」
聞けばこの中年オーバーオールマッチョがこのガンショップのオーナーでありアケミの両親とも旧知の間柄なのだそうで、アケミの実家のサバゲーフィールドにも商品を卸したりしているのだった。
当然アケミも幼少の頃からの知り合いであり、オジサン、アケミちゃんと親しく呼び合う仲なのだそうだ。
アケミの口調が普段レイジたちと話す時よりも砕けた調子になってしまうのも、小さな頃から可愛がってもらっているが故だった。
「それじゃあ、アタシはAKのパーツを見てくるわ。レイジとこころは、ゆっくりと銃を選んでてくれ。何か分からないことがあれば、このおっちゃんに何でも聞いてくれればいいからな」
そう言いながら、アケミは店の奥へと消えていく。
オーナーもそれに続こうとし、ふと何かを思い出したようにレイジたちの方に振り返る。
「そういえば、カレンちゃんの好きそうなKar98kの実物パーツをこの前入荷したよ。放出品コーナーにまだ置いてあったはずだから、良かったら覗いておいで」
「なん……だと……?」
こころと銃を見に行こうとしていたカレンの身体が電撃が走ったように硬直した。
ゆっくりとした動作でオーナーを見て、その指差す先の放出品コーナーを見て、小首を傾げるこころと視線を彷徨わせる。
軍装を愛するカレンにとっては、レプリカではない当時実際使われていたパーツは喉から手が出るほど欲しいものなのだ。
特に消失した軍隊の装備は貴重で、一部のマニア等がコレクションしていたものがごく稀に市場に出回る程度。それも大抵はプレミアが付き、オークション等で高値で取引されるのだ。
今を逃せば次はいつ出会えるか分からない。むしろ一生出会えないかもしれない。でも、こころの装備も選びたい。そんな思いが、カレンの胸中で渦巻いていた。
「カレンちゃん、行っておいでよ。こころちゃんの銃選びは、ちゃんと私が付いてるからさ?」
「カレン先輩。気になるものがあるなら、遠慮なく見てきてください。私は、何となく自分の中での目星は付いているので、大丈夫です」
「こころがそう言うなら……。ちょっとだけ見てくる」
「はいっ。私も頑張っていい銃を選んできますね」
胸の前でむんと拳を握りしめるこころに見送られ、それでも若干心苦しそうに、カレンもお目当ての放出品コーナーへと向かって行くのだった。
「カレンちゃんもしょうがないねぇ。こころちゃんには甘々なんだから。ま、銃選びはこのサクラお姉さんに任せなさい! ガンマニアの名は伊達じゃないってことを教えてあげようじゃないの」
「よろしくお願いします。サクラさん、まずは私の銃からでもいいですか? 一応、何となくのイメージはあるので、それに合う銃を探したいです」
「私はいいよー。レイジくんも問題ないかな?」
サクラの問いかけにレイジは頷き、3人はトイガンコーナーの一角、アサルトライフルのコーナーへと移動した。
壁に掛けられた銃を眺めながら、こころは眉根を寄せる。
こころの希望は、軽くて取り回しのしやすい銃。できれば、サブマシンガンではなくちゃんとしたライフルが持ちたいとのことだ。
最初は、カレンがH&K社のサブマシンガンを使用していることから東京マルイ製の次世代電動ガン H&K G36Cカスタムを手に取ってみる。
バッテリーが入っていないため今は稼働しないが、東京マルイ製の次世代電動ガンと言われる商品は全てトリガーを引く度に内部機構が動き、実銃にも似た反動が味わえる。
こころが手に取ったこのG36Cカスタムは、全長が745ミリで重量が2.9キロ程の銃だ。折り畳み式のストックが装着されているため、ストックを畳めば全長は530ミリにまでコンパクトになる。
更に、サイドマウントレールという板状のパーツがハンドガード(トリガーに指をかけない方の手で銃を支える場所)に標準装備されており、必要に応じてライトを付けたりと銃自体の拡張性も高いのがウリだ。
重量もこころがよく使っているM4A1とそう変わらず、然程違和感もなく使用できるのではないかというサクラのチョイスだった。
「カレン先輩と同じメーカーだったり、ストックが折り畳めるのはすごく魅力的なのですが、M4A1と同じくらいの重さなんですよね……。もう少し軽い銃で、何かオススメはありますか?」
「うーんそうだなぁ……。じゃあ、この辺はどうかな?日本製じゃなくて、台湾のメーカーで◯&Gっていうメーカーが出してるA◯P556! 一般的なM4に比べて銃のフロント部分がすごい短くて、取り回しは抜群だよ! 重さも2.4キロくらいだから、さっきよりは軽いと思う」
続いてサクラが手渡したのは台湾のエアソフトガンメーカーG&◯が販売している◯RP556という銃だ。M4A1の前方をバッサリと切断して短くしたようなデザインで全長も530ミリ程度とストックを折り畳んだG36Cカスタムよりも更に短く、非常にコンパクトで取り回しやすいのが特徴だ。
更に、銃の内部にある機関部分にも電子トリガーという部品が組み込まれていることにより、弾の出るサイクルが早く、キレのあるものになっている。
「短くて、軽くて、とってもいい銃です。かなり私の理想に近いんですが、注意する点とかはあるんですか?」
「ん〜。メーカー推奨バッテリーがいつも使ってるバッテリーとは種類が違うから、ちょっと気をつける必要があるくらいかな? 後は、発砲音がめっちゃデカイ」
「え?」
思わず固まるこころに、サクラは笑顔で再度告げた。
「発砲音がもう凄いのよこの子。フルオートで撃つともう、ぶわわわわーって感じで! 撃ってて楽しいんだけど、撃つと大体位置が丸わかりなんだよね。」
あっけらかんと言うサクラだったが、その言葉を聞いたこころの表情は笑顔のままピシリと凍り付いていた。
よろよろと銃を元あった位置に戻すと、がっくりと肩を落とす。目線だけは、名残惜しそうにAR◯556を見つめていた。
「一応私、スナイパーのカレン先輩と一緒に行動する前提なのであまりにも音が大きいのはちょっと……。うぅ、折角理想の銃だと思ったのですが……」
その後も様々な銃を持ったり構えたりしてはみたものの、どれもしっくりくる銃ではないようで、こころはむむむーと唸りながらライフルコーナーを行ったり来たりしている。
「困りました。私の理想の銃は、もしかして無いんでしょうか……」
「こころ、唸ってるけど何かあった?」
そこへ、ホクホク顔で片手にビニール袋を下げたカレンが合流する。
表情から察するに、どうやらカレンのお眼鏡にかなう代物は見つかったようだ。
「カレン先輩、おかえりなさい。それが、気になる銃はいくつかあるんですけど……どれも決め手に欠けたり、スタイルに合わなかったりするんです」
こころが指し示したのは、2丁の銃。1丁は先程のA◯P556で、もう1丁は東京マルイ製のM4パトリオット HCという銃だ。
スタンダードな電動ガンであるM4パトリオットは、なんと言ってもその軽さが特徴的だ。全長は460ミリ程度で重量も1.8キロしかなく、下手をすればハンドガンのように振り回せてしまうほど。
発砲音も普通の電動ガン並であり、標準で190発入りの多段マガジンが付属するので継戦能力も高い。
こころが決めかねている理由は一つ。ストックが存在しないことだった。
今までこころが扱ってきた銃にはどれもストックがあり、きちんとストックに頬を付けて射撃するのが普通だった。
対するこのM4パトリオットはストックが無いため、軽いとはいえ自身の腕の力だけで支えて射撃をしなければならないことに対する不安がある。
こころの悩みを聞いたカレンは少し考え、ARP◯56とM4パトリオットを見比べると、片手にM4パトリオットを持ち、もう片手でこころの手を引いて歩き出す。
カレンに連れられライフルコーナーから移動した先は、銃の拡張パーツのコーナーだった。
カレンはパーツコーナーの一角、銃のストックが並べられている中から手頃な一つをすくい上げると、こころに差し出した。
「ストックが無ければ付ければいい。サクラが付いていながら情けない。自分の理想の銃を作り上げるのも、サバゲーの醍醐味のひとつ」
「ーーっ。はいっ、カレン先輩!」
カレンの言葉を聞いたこころの顔がみるみる明るくなり、一つ一つストックを手に取り吟味し始める。
その様子をこころの後ろで見守りながら、カレンはドヤ顔でサクラを見やる。
「やられたわカレンちゃん……。パトリオットはストック無しで振り回すっていう先入観があったもの。悔しいけど、完敗よ」
「ガンマニアの称号は剥奪」
「ぐぬぬ……」
青天の霹靂のようなカレンの提案に、サクラも言い返すことができず悔しそうに地団駄を踏む。
「カレンさん、あんまりサクラさんをいじめないであげて下さい。一生懸命こころさんの銃を選んでたのは間違いじゃないんですよ?」
渋い顔をして尚も悔しがるサクラを見かねたレイジが、2人の間に割って入る。
サクラの肩を持つレイジが面白くないのか、カレンはそっぽを向いて唇を尖らせた。
「レイジがそう言うなら、今日はこの辺にしておく」
「はい。でも、カレンさんの機転も流石でした」
「……ふふん」
レイジの言葉に、満更でもなさそうにカレンは微笑みを返した。
最終的に、こころは東京マルイのM4パトリオット HCを選択した。
自己流のカスタムとして頰付けができるようコンパクトな伸縮式のストックを取り付け、保持しやすいように銃のハンドガード部分に短めのフォアグリップ(銃を保持しやすくする柄のようなパーツのこと)を装着するそうだ。
カスタムパーツを取り付けたことによって多少重量は増えたが、それでも2キロ少々と、非力なこころでも扱いやすい心強い相棒が誕生したのだった。