Hit.16 終わりは、また次の始まり
銃を構えて敵陣を見やるレイジたちの耳元に、ゲーム終了のアナウンスが届いた。
時刻はもう4時を回ろうとしている。朝から始まったレイジの初めてのサバゲーも、終わりの時が近づいていた。
今日一日自分と共に戦った相棒を肩に担いでセーフティエリアへと歩いていくレイジの背中を、後ろから走りこんできたアケミがその勢いのまま平手打ちしていく。加減が上手なのか、小気味よい音とは反対に痛みは殆ど感じなかった。
「何するんですかアケミさん。びっくりしたじゃないですか」
「いやなに、後輩が辛気くさそうな背中見せてるから思わず、な」
何が思わずですか! と抗議の声をあげるも、アケミはどこ吹く風といった様子でセーフティエリアへと走り去って行った。
やれやれと肩をすくめてその後ろ姿を眺めるレイジの肩を、今度は誰かが優しく叩く。
振り返れば、今日だけで何度お世話になったか分からないタンカラーの迷彩服にペンギンのステッカーがアクセントのベテランサバゲーマー(レイジの主観です)、マカロが手を振っていた。
「レイジ君お疲れさま。初めてのサバゲーは楽しめたかい?」
「はい、マカロさんには何度も助けてもらっちゃいました。ありがとうございました」
「私の方こそ、今日はありがとう。また戦場で会える日を楽しみにしてるよ」
次は敵同士というシチュエーションも燃えるな。と言いながら、マカロはレイジを追い抜いていった。
それ以外にも、今日一日で仲良くなったサバゲーマーたちが次々と話しかけてくる。
楽しかった。いいゲームだった。誰もが笑顔を綻ばせ、互いの健闘を讃え合う。
レイジにはその何もかもが初めての体験で、心の奥から込み上げてくるものを感じつつも、一抹の寂しさを覚えていた。
この楽しい時間が終わってしまうことが、少しだけ、勿体無く感じていた。
「楽しかったけど、終わると寂しい。もっとサバゲーしていたかった。レイジくん、そんな顔してる」
レイジの気持ちを代弁するかのように、横を歩いていたサクラが口を開く。
「顔見たらわかるよ、それくらい。だからみんな、また次のサバゲーの準備をするんだ。この楽しさを、レイジくんには知ってもらいたかったんだぁ」
「きっと一年前のサクラさんやカレンさんも同じような顔してたんですね」
「バレたか! そうやって1人ずつ沼に沈めていくのじゃ……」
嬉しそうに笑うサクラの横に、自陣の後方から追いついてきたカレンとこころが並ぶ。
「呼ばれたから来てやったぞ、レイジ。次のサバゲーまでに私について来れるよう足腰を鍛えておくように」
「まだ次も行くとは決まってませんからね!? まぁ、体力付けなきゃなとは思いましたよ。心の底から」
「ん。その向上心を忘れるなかれ」
「レイジさん、私も一緒に頑張りますから、2人で体力付けましょうね」
ふんふんと鼻息荒く意気込むこころだが、相変わらずその表情はフルフェイスゴーグルに隠れて何も分からない。ゴーグルが無ければきっと面白い顔をしてるんだろうなぁ。と妄想を膨らませるレイジだった。
「只今のゲームを持ちまして、ゲーム終了となります。本日は、当フィールドにお越しいただきまして本当にありがとうございました。またのご来場をスタッフ一同心よりお待ちしています」
フィールドの出入り口でスタッフが参加者にそう声をかけている。
これで今日のサバゲーは終わりなんだなと、レイジは改めて感じた。アケミの母親やサガラに声をかけ、レイジも自分の席へと戻っていく。
「よぅっし野郎ども。ちゃちゃっと片付けて帰るぞ!」
「了解であります副部長どの! カレンちゃんは着替えに時間かかるから、先に着替えておいでよ。私がある程度片付けておくから、戻ってきたら交代ね」
「ありがとう、サクラ。じゃあ、先に済ませてくる。こころも行こう」
一際着替えるのに手間がかかりそうなカレンを慣れた様子で見送り、アケミとサクラは銃や装備をてきぱきと片付けていく。
レイジとこころが手伝いを申し出るも、今日はお客様だからと断られてしまった。
「慣れてるから、今日は気にしなくていいよ。それよりも、4人とも先に着替えておいで。ついでに汗かいてるだろうし、シャワーも浴びてくるといいよ」
「レイジ、キタヤマ、ナンジョウの3人は、最後に荷物をアタシの車に積み込むのくらいは手伝ってくれ。ホラ、わかったらさっさと行ってこい」
アケミに半ば追い払われるように、4人は着替えの入った袋を抱えて更衣室へと歩いていく。
流石に男3人に混じって更衣室まで行くのは恥ずかしかったのか、こころだけは小走りで女子更衣室へと消えていった。
レイジ、キタヤマ、ナンジョウの3人も後を追うように男子更衣室へと入り、持って来ていた私服に着替えてそそくさと更衣室を後にする。
まさかサバゲーフィールドにシャワー室があるとは思わず、着替えの下着を持ってこなかったことが悔やまれる。
次回は必ず持って行こう。と心に誓うレイジだった。
更衣室から出たところで、ふと気付く。今、自然と次のサバゲーのことを考えていたことを。
思っていたよりも早く、そして深く、レイジは自身がサバゲーという沼にはまり込んでしまっているのだと気が付いた。
前を歩くキタヤマやナンジョウ、そしてこころがサバゲーを続けるのかは分からないが、恐らく自分は再びこの戦場に舞い戻るのだろう。今度は、自分自身の意思で。
そう思えるだけの出会いが、楽しさが、今日一日の出来事全てがレイジにそう思わせるのだった。
荷物を車に積み込み、全員が着替えを済ませたところで、アケミがサバゲー部の面々を招集する。
集まったメンバーを一度ぐるりと見回して、少し照れくさそうに頰を掻いた。
「今日は、アタシたちサバゲー部の体験会に参加してくれて、ありがとう。残念ながら大きなハプニングもあったけど、終わってみれば、楽しくやれたと思う。もし、またサバゲーをしてみたいと思ってもらえたなら、ぜひサバゲー部に入部してくれると嬉しい」
一息にそう言い終えると、緊張を紛らわすかのようにそっぽを向いて咳払いを繰り返す。
少しだけ不安そうに、ポニーテイルが揺れていた。
「私からも、お礼を言わせてね。みんな、今日はありがとう。特にレイジくんは、今日一日相棒を組んでくれて楽しかったよ!」
「ん。これは私も言う流れか……。う……、み、みんなかなり見所があるから、入部してくれると、うれしい……」
サクラはとびきりの笑顔で、カレンは口をもにょもにょとさせて恥ずかしそうに、レイジたちに感謝の気持ちを伝えていた。
フィールドでカレンとこころ、キタヤマとナンジョウのグループに別れを告げ、アケミの運転でレイジは帰路へとつく。
車に揺られながら、レイジぼんやりと今日一日のことを思い返していた。
一つ一つのゲーム内容を思い起こし、こう動けばよかった。こういう装備があるといいな。と未来の自分の姿を夢想する。
その横顔は、すでに一端のサバゲーマーの顔そのものだ。
そんなレイジの姿を、横に座るサクラが楽しそうに眺めていた。
「それじゃあ、今日はお疲れさま。明日は銃と装備のメンテで射撃場にいるから、もし良ければまた顔を出してくれ」
「はい! 今日はありがとうございました。それじゃあ、失礼します」
大学に戻って荷物を片付け終えた3人は、手を振って別れを告げる。
アケミは今日は大学近くで下宿しているサクラの所に泊まるようだ。
ニヤニヤと笑う2人にサクラの下宿先に招待されたが、レイジは丁重にお断りしておいた。
そう、レイジはチキンなのである。大学入学後数日で先輩女性の部屋にお邪魔できるほどの胆力など、到底持ち得てはいないのだ。
しつこく部屋へと連れ込もうとする悪ノリする先輩からなんとか逃げ延び、レイジは未だ住み慣れないアパートへと帰ってきた。
汚れた服だけは洗濯機に放り込み、ベッドへと倒れ込む。
慣れない運動によって、既に筋肉痛の兆しが体の節々に現れ始めていた。
週が明けたら、またサバゲー部に顔を出そう。そして、入部したいという気持ちを伝えよう。
そんなことを考えながら、レイジの意識は微睡みへと沈んでいった。
翌日、全身の筋肉痛でベッドから起き上がるのにも苦労したことは、言うまでもない。





