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ハッピートリガー!  作者: YuTalos
第1章
13/33

Hit.12 空回りする闘志


「午後の最初のゲームは、セミオート復活なしの“フラッグ戦”です。ゲーム開始までしばらくお待ち下さい」


 フィールド内のゲーム開始地点に集まった赤チームのメンバーたちに説明を終えると、運営スタッフの男性――サガラが近くのバリケードに四角い金属製の箱を設置する。


「この箱が赤チームのフラッグです。敵チームの開始場所にも同じような箱が置いてあり、箱を開けてボタンを押すとブザーが鳴り、フラッグゲットとなって勝利です。復活はできませんので慎重に、けれども大胆に攻めてフラッグゲットを狙ってください」


 サガラは目を細めてにこりと笑うと、一度だけ箱の蓋を開けて中にあるスイッチを見せる。

 A5サイズ程度の銀色のアタッシュケースのような見た目の箱の中には、どこかで見たことのあるような赤い大きなスイッチが入っていて、実に分かりやすい。


「さーて。ご飯も食べて元気回復したし、フラッグまで走るぞー!」

「……たまには私も走る。食後の運動は大事」


 ふつふつと闘志を燃やすサクラとカレン。ゲーム開始が待ちきれないのか、その場でストレッチをし始めて全力疾走待った無しの構えである。

 カレンはKar98kを置いてH&K MP5Kのみ、サクラに至ってはハンドガンのシグザウエルP226とその予備マガジンだけという超軽装だ。89式小銃はセーフティエリアでお留守番である。


「2人が走るなら、アタシは前線で敵を引きつけるかな。ちょっと食べ過ぎて、今走ると横っ腹が痛くなりそうだ」

「私も、今回はアケミさんと一緒に行こうかな。ご飯食べてすぐ走るのはちょっと……」


 対するアケミは、珍しく大人しげである。昼食時にカツ丼だけでは足りなかったのか追加で食べていた菓子パンが、どうやら胃にきているようだ。

 今もAK74MNを片手に、コルセットリグに包まれたお腹をさすっている。

 こころも同じく、今回は前線維持に努めるとのことだった。彼女については、元々そんなに運動が得意というわけでもないことから、体力的にも少し休憩を挟みたいのかもしれない。


「レイジはどうする? アタシたちと一緒に撃ち合いしてもいいし、サクラたちと全力ダッシュ一本勝負しに行ってもいいぞ」

「俺は……」


 アケミにそう問いかけられ逡巡するも、すでに答えは出ているようなものだった。初めてのフラッグ戦。行けるならフラッグを取って勝利宣言をしてみたい。


「せっかくなので、フラッグをゲットしに行きます」


 自身の思いをアケミに告げて、更にその意志を強くする。

 レイジの言葉を聞いたアケミが、フェイスガードの奥でニヤリと笑った。


「サバゲーの面白さが分かってきたような顔してるじゃないか。それならしっかり走ってきな!」

「はいっ!」


 威勢良く返事をして、少しでも相手フィールドに近い位置から走り出すために、開始場所の一番外側で先に準備をしていたサクラとアケミに並ぶ。


「にししし。やっぱりレイジくんも来た! レイジくんは私とカレンちゃんのスピードについて来れるかな?」

「……サクラはともかく、私に付いてこれたら大したもの。見失わなかったら褒めてあげよう」

「そこまで言われちゃ、俺にも男の意地ってもんがありますよ!? 絶対付いて行ってやりますから!」


 ムリすんなよ、と両肩を2人から優しく叩かれる。完全に付いてこれないと思われているようで、その行為が余計にレイジを滾らせた。


 絶対に付いて行ってやる。むしろ追い抜いて一番前を走ってやる。そんなことを考えながら、鼻息を荒くしてゲームの開始を今か今かと待ちわびる。


「――それでは午後の第1ゲーム。セミオート復活なしフラッグ戦を開始します。3……2……1…………スタートッ!」

「うおおおぉぉぉっ!」


 ゲーム開始のアナウンスと共に、レイジは喊声(かんせい)を上げながら飛び出した。

 どうせフィールド中央までは敵もいない。バリケードをすり抜けるように、脇目も振らずにひた走る。文字通りの全力疾走だった。


 その両側を、小柄な影が挟み込んだ。当然、サクラとカレンである。


「レイジくん、いいダッシュだねぇ。そのままがんば!」

「……ふふっ」


 ニコニコ笑顔のサクラと、いつもよりも得意げな顔のカレンが、レイジの両脇するりと追い抜いていった。


「はやっ!? くっそおおぉぉ!」


 レイジの叫びも虚しく、2人の先輩はそれぞれ別ルートでバリケードの隙間へと消えていく。

 複雑に入り組んだバリケード群のルートを熟知し、常日頃から運動をしている2人の前には、気合だけではどうにもならないのだった。


 一瞬でちっぽけなプライドを粉砕されたレイジは、心の中で号泣しながら尚も走る。

 先輩たちには軽く抜かされたが、先にフラッグを取ればいいだけなのだと自らを鼓舞して心の涙を拭う。


 いくつものバリケードを抜ける内にフィールド中央の市街地エリアに差し掛かるが、レイジの足は止まらない。

 なるべくフィールドの端を通ることを意識して、いつ敵と鉢合わせしてもいいように銃は構えたままだ。


 銃のストックを肩に押し付け、やや猫背気味の前傾姿勢のまま、市街地エリアの中程までを一気に駆け抜ける。

 最初の全力疾走が功を奏したのか、未だ敵チームのメンバーとは出会っていない。このまま敵チーム側のバリケードエリアに潜り込み、フラッグを狙いたいところだ。


「……っ! 敵か!」


 正面のバリケード目掛けて走るレイジの視界の先に、ちらりと動く人影。影の腕には、敵チームを示す黄色いマーカーが付けられていた。

 幸いにもまだ敵はレイジに気がついていない。先手を取るべく、レイジは構えた銃のサイトを敵に合わせた。


 発砲。発砲。発砲。


 ややくぐもったような発砲音が3度、フィールドに木霊する。

 ヒットコールは聞こえない。発砲音で敵に気付かれてしまう。

 敵が銃を構える前に、更に発砲。おかしい、当たらない。


 当たらない当たらない当たらない! 躍起になってトリガーを引く。銃を動かすモーター音だけが、虚しくレイジの鼓膜を叩いた。


 走り続けるレイジと敵の距離は縮まる。相手は銃を構えるのもそこそこに、慌てたようにBB弾を発射する。

 地面を穿ち、小さな砂埃を上げる銃弾。その砂埃を踏み越えて、レイジは駆けた。


 地面、足元、バリケードと順に高くなっていく射線から逃れるようにステップ一歩分だけ横に移動し、近づきながら尚も発砲する。


 撃てども撃てども、相手はヒットを宣言する気配が無い。あいつもゾンビなのかと訝しげに敵を見やるが、レイジにできることは相手がヒットと言うまで撃ち続けることだけだ。

そしてヒットコールがないまま、遂に相手の銃口がレイジを捉える。


 ゴーグルとフェイスガードで守られた顔面にガツンと来る衝撃。レイジの敗北だった。


「ヒット!!」

「ナイスヒットコール!」


 顔面を襲った衝撃と痛みに顔をしかめながらも大声でヒットを宣言すると、相手のサバゲーマーからヒットコールを讃える声と、サムズアップをもらってしまった。


 そこまでされたら、まぁ悪い気はしない。サムズアップを返してセーフティエリアに戻ろうと

 するレイジに、相手のサバゲーマーから衝撃の一言が放たれる。


「パーカーのお兄さん、その銃マガジン入ってないよ」

「えっ?」


 慌てて銃を確認すると、確かにマガジンが見当たらない。言われてみれば、ゲーム開始前にマガジンを挿入した覚えもなかった。


「たまにやっちゃうよねぇそれ。まぁそう気を落としちゃいかんよ」

「あっ、ありがとうございます……」


 すわゾンビか。と疑ってしまった相手に気遣いの言葉をかけられ、羞恥心のあまりお礼の声も尻すぼみになってしまう。

 ゲーム開始前威勢は何処へやら。がっくりと肩を落としてフィールドを立ち去るのだった。



 フィールドを出る直前、出入口に設置されているドラム缶に空けられている小さな穴に向けて2、3回空撃ち(マガジンが入っていないが、マナーのようなものだ)をしていると、後ろから肩を叩かれる。

 振り返れば、マカロが手をひらひらと振っていた。


「また会えたね。パーカー君。戦場じゃ無いのが残念だよ」

「お疲れさまです、マカロさん。俺も人のことは言えませんが、出てくるのが早かったですね」

「ははぁ、これは手厳しい。いやなに、調子に乗って前に出過ぎたら横から撃たれてしまってね。味方と足並みを揃えるのはやはり大切だよ」


 マカロほどの手練れのサバゲーマーでも開始早々にヒットされることがあるのかと疑問に思っての問いかけだったが、どうやら自身でも反省するような戦いぶりだったらしい。


「さて、ゲーム終了まではまだ時間があるし、上の展望デッキで観戦と洒落込もうじゃないか」

「そんなのがあるんですか? 初めて知りました」

「運営本部のコンテナに登る階段があるんだ。黄色チーム側に階段があるから、知らなかったのも無理はない」


 お互いに自分のテーブルに銃を置いてくると、マカロに誘われるままに展望デッキへと登る。

 コンテナの上にある展望デッキからはフィールドの端から端までが一望できて、敵味方がどのように戦闘を行っているのかが手に取るように分かった。


 俺はあの辺で撃たれたんだ。と今まさに激戦区と化しているフィールド中央部のバリケードの一角をマカロは指差す。そしてひとしきりフィールド全体を俯瞰し終えると、おもむろに口を開いた。


「……それで、パーカー君はマガジンを忘れたことも気付かず、あまつさえ相手を疑ってしまったというわけか」

「レイジでいいですよ。ゲーム開始前に仲間と張り合うことがあってムキになってしまったというか、格好をつけようとしたというか……」


 落ち込んでいることを気にかけたマカロに先ほどのゲーム内容をレイジが説明すると、マカロは腕を組んでうーんと唸る。


「正直、そこまで落ち込む必要は無いと思うぞ。マガジン忘れは自己責任だが、それくらいはサバゲーマーならみんなやる。ゾンビと疑ったことだって、午前中の件があるし過敏になっても仕方がない」

「そういうものなんでしょうか?」

「そういうもんだ。別にレイジ君が誰かを傷つけた訳じゃない。もし本当にゾンビだったら俺だってヒットと言うまで撃ち込むさ」


 自身が感じていたモヤモヤとした気持ちや罪悪感を打ち明けると、マカロはそれを気にし過ぎだと笑い飛ばした。


「これからもサバゲーを続けていくなら、そんな経験は山ほどすることになる。もしレイジ君が気にするようなら、ゲーム後に会いに行って一言謝ればいいのさ」


 敵チームだからって会いに行っちゃいけない理由はないからな。と最後に付け足した。

 マカロに諭され、レイジはその言葉を噛みしめる。


 ゲーム進行を円滑に進めるための最低限のルールはあるが、それ以外は各フィールドや個人の裁量に任せられている。

 ルールを守るのも破るのも自分次第。だからこそサバイバルゲームが紳士淑女の遊びと呼ばれる所以なのだと、レイジは理解した。


「ありがとうございます。聞いてもらえて、だいぶ落ち着きました」

「初心者を沼に沈め……導くのは先達の勤めだからな。俺なんかで良ければ、またいつでも相談に乗るよ」

「どうして皆さん沼に沈めたがるんでしょうね……」


 笑ってとぼけるマカロに、レイジも釣られて笑い出す。

 ゲームは引き分け、苦い思いをしたレイジだったが、その心の内は今日の青空のように晴れやかだった。


マカロさん再登場。初心者が最後まで生き残ることもあるし、ベテランが即ヒットすることもある。それがサバゲーの醍醐味です。

そしてマガジンの入れ忘れ、セーフティの解除忘れ等は気を付けないと本当によくやります。




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