Hit.10 ゾンビの末路 ◆
週一更新に変更と言いつつ、頑張れたのでゾンビ回の後編をお届けします。
忌々しい。いつしかレイジの中にそんな感情が芽生え始める。
初対面にも関わらず横柄な言動でこころを怖がらせ、今またルール違反を犯しゲームの進行自体を滞らせようとしているあの2人が、心底恨めしかった。
2人はまだレイジには気付いていない。彼らがヒットコールを上げたくなるまで、思う存分撃ち込んでやりたい。そんな衝動に突き動かされるままに、レイジは銃の引き金に指をかける。
無言で銃口を2人に向け、引き金を引こうとしたその時、誰かに背後から肩を叩かれた。
思わずハッとなって引き金から指を離し、振り返るレイジ。そこには、キタヤマとナンジョウを従えたサバゲー部の副部長、アケミが立っていた。
「レイジ、撃つな。気持ちは分かるが、撃つな」
レイジの肩を掴み、アケミは強い口調でそう言った。
「サクラがスタッフを呼びに行ったんだな?ならスタッフに任せよう。ゾンビ行為に一参加者として出来ることは、通報までだ」
「アケミさん……」
一緒にいたキタヤマとナンジョウを先に行かせると、アイツらを誘ったアタシにも責任はあるんだがな。とアケミは頭をガリガリと掻きながら独り言ちた。
アケミと共に、更に待つこと数十秒。運営スタッフを呼びに行ったサクラがセーフティエリアの方から息を切らして戻ってくる。その後ろから、STAFFと書かれた腕章を付けた長身の男性が1人走り込んできた。
今までに見た軽装のスタッフとは違い、黒い無地の戦闘服にヘルメット、タクティカルベストにゴツゴツと角ばった銃を持った重装備である。
「ご報告ありがとうございます。運営スタッフのサガラです。後はこちらで処理いたします」
サガラと名乗った男はレイジにそう告げると、胸元の無線機に向けて「配置完了」と短く呟いた。
撃たれながらもフィールドに居座り続けるニシノとアズマに向けて、サガラが向かっていく。
片手には大きな銃を持ち、もう片方の手は腰に下げた拡声器に手を伸ばす。
「フィールド中央、市街地ゾーンにいるお客様。直ちにゾンビ行為をやめて、フィールドから退去して下さい。これは最終勧告です。直ちに、フィールドから退去して下さい」
静かだが力強さを感じさせる声色で、サガラが声をかける。
だがしかし、ニシノとアズマに動きはなく、フィールド内が一瞬で静まり返っただけだった。
サガラは小さくため息を一つ吐き出すと、もう一度拡声器を口元の当てた。
「フィールド内でプレイ中の皆様。只今より運営スタッフによるゾンビ鎮圧部隊が突入します。誠に申し訳ございませんが、誤射の危険性がありますので、セーフティエリアにお戻り頂くようお願い申し上げます。繰り返しますーー」
二度、拡声器でフィールド内にそう呼びかけ終えると、サガラは邪魔にならないよう拡声器を地面に置いた。
そして今度は無線機を手に取り、「鎮圧開始」と告げたのだった。
「なんだよ! なんなんだよマジで! マジムカつくんだよ!!」
「元はと言えばアズマ! テメェがこんなふざけたとこ行こうって言ったからじゃねぇかよ!?」
「ハァ!? ニシノだってすぐヤれそうな女ばっかりだって喜んでたじゃねぇか!」
フィールド中央に設置されたバスの中で罵り合うのは、ワンボックスタイプの車の陰から逃げ出したニシノとアズマだ。
2人は入学前から色々なサークルに顔を出し、気に入った女の子を見つければ歓迎会で煽て上げて持ち帰るという手口を繰り返していた。
今回はアズマがこころに目を付けたためニシノと2人軽い調子で参加をしたのだが、悔やむべきはサバゲーをミリタリーコスプレごっこか何かと勘違いしていたことだろう。
最初の数ゲームこそ、アケミに付いてフルオートで連射していればヒットを取れたのでそれなりに楽しんではいたが、目まぐるしく変わるルールについて行けず嫌気がさし始め、また目当てであるはずの女の子たちは銃に夢中で付け入る隙もない。
次第にイライラが募り、かといってサバゲー終了後に食事に誘い出したいという理由からゲームを放棄することも出来ず、遂には憂さ晴らしにゾンビ行為をし始めたのである。
運営スタッフにゾンビ行為の犯人であると知られてしまっている以上、素知らぬ顔で誤魔化してセーフティエリアに戻ることも出来ない。
行き場の無い怒りを、互いにぶつけ合うだけなのだった。
罵り合うニシノとアズマの耳には届いていなかったが、立て籠ったバスの外からはサガラが最終勧告を行なっているところだ。
2人が気付いた頃には周囲から聞こえていた銃声も消え、不審に思った2人は罵り合うのをやめて周囲の音に聞き耳を立てる。
「おいどうした? なんでこんなに静かなんだ? 」
「オレが知るかよ。ったく、大人しそうな女1人食うだけだったのになんでこんなめんどくせぇことしてンだよ。……ぁ?」
悪態をつきながらバスの入り口に目をやるアズマ。不意に視界に映り込んだ黒い影に、思わず気の抜けた声が漏れた。
2ヶ所あるバスの入り口を2つの影が塞ぐ。その手に持つのは、サガラが持っていた物と同じ銃。電動フルオートショットガンSGR-12。
東京マルイのオリジナル電動ガンで、全体的にエッジが立ち角ばった印象のある銃である。
フルオートにすれば3つの銃口から毎秒10発ずつのBB弾が発射され、別売りのドラムマガジンを装着すれば最大3000発もの装弾数を誇る。
そんな3発同時発射、フルオートで毎秒30発という怒涛の制圧力を持つ銃が2つ。ニシノとアズマに向けて解き放たれた。
毎秒60発ものBB弾の嵐が2人を襲う。
堪らず銃を盾にして少しでも被弾から逃れようとするが、2方向から放たれる豪雨の前には全く盾の意味を成していなかった。
跳弾で溢れかえるバスの中、永遠にも続くかと思われた銃声がふと途切れる。
「ヒットコールをし、荷物をまとめて敷地内から退去せよ」
ニシノとアズマに向けて発砲していた2人とは別の影、サガラがバスに乗り込み冷たい声でそう告げた。
「ふざけんな! テメェ何様のつもりだ!?」
「ヒットコールをするまで撃ち続ける。発砲再開」
サガラの号令と共に、今度は毎秒90発のBB弾が2人の全身を覆い尽くした。
何百発もの銃弾を受け続け、遂に根を上げてヒットコールをしたニシノとアズマが、サガラたち運営スタッフに連行されていく。
バス内部の様子は外から窺い知ることは出来なかったが、怒号と鳴り止まぬ銃声から相当の抵抗があったことは誰の目にも明らかだった。
「皆様のご協力に感謝します。只今のゲームは中止とさせていただき、休憩後に午前中最後のゲームを行いますので、フィールド内に残っているお客様はセーフティエリアへとお戻り下さい」
ニシノとアズマの持っていた銃を抱え、拡声器を取りに戻ってきたサガラがフィールド内に向けて呼びかけた。
サガラの声に従うように、ゾンビ騒動を見守っていたサバゲーマーたちが次々とセーフティエリアに向けて帰っていく。
「サクラ、レイジ。アタシらも戻るか」
若干疲れたような声で、アケミが言った。
「そうですね。ほら、レイジくんも戻ろう?」
サクラに優しく肩を叩かれて、レイジも頷いて立ち上がる。
「あの2人はどうなるんですか?」
「貸した装備は返してもらって、そのまま敷地内から退去かな。ここまで悪質だと出禁になるから、もう2度とここには来れないだろうね……」
サクラと肩を並べて歩きながら、そんなことを話す。
アケミは2人から取り上げた銃を返却してもらいにサガラの元へと行っているため、帰り道は2人だ。
「アケミさん、ちょっと勧誘に必死だったからね。アタシの代でサバゲー部をもっと活気付けるんだー! って言ってたし」
手に持った89式小銃で肩をとんとんと叩きながら、サクラは苦笑する。
「レイジくんはそんなに気にしなくていいよ。あれだけたくさん弾を食らったら、もう何する気にもなれないって。気を取り直して、こころちゃんたちとサバゲーを楽しんで?」
「……分かりました。もう1ゲーム頑張ったら昼食なんですよね。朝から走りっぱなしで、もうお腹ぺっこぺこですよ!」
サクラさんが走らせるからですよ! と冗談交じりに苦情を申し立てるも、「女の子にも付いてこれないひ弱男子とか無いわー」と切り返され、かっこ悪いと納得してしまいぐうの音も出ないレイジだった。
その後、セーフティエリアに戻ったニシノとアズマについてだが、スタッフの監視の下片付けを行いアケミに装備の返却をした。
運営側の再三の警告も無視してゾンビ行為を続けたため今後一切の施設利用の禁止、及び早急な敷地からの退去を言い渡された。
最初のレギュレーションにもあったように料金の返却は無く、来るときはあったは運営スタッフによる送迎も行われないため、2人はトボトボと駅まで歩くことになったのだった。
ゾンビ行為の結末については、フィクションが多めです。
実際は、ここまで悪質なゾンビはほぼいません。運営スタッフのゾンビ鎮圧部隊もまずいません。
これらを理解した上で、フィクションとしてお楽しみ頂けたら幸いです。





