Hit.9 Urban of the Dead
今回より、作者都合により更新頻度を毎週土曜日のみに変更致します。
続きをお待たせしてしまうことになり、誠に申し訳ございません。
異変が起こったのは、最初のフルオート戦から数ゲーム後のことだった。
ゲームが終わりセーフティエリアへと戻る途中、レイジたちは相手チームのグループ数名が運営本部に何事かを伝えている様子を目にしていた。
若干イライラとした様子で伝える様は、それを見ていた者たちの心を否応無く不安にさせる。
「アケミさん。さっきのアレ、なんだったんでしょうか?」
割り当てられたテーブルに戻り、先程の相手チームの様子が気になったレイジはアケミに尋ねた。
席にいるのはレイジとアケミだけだ。他のメンバーは自販機に飲み物を買いに行ったり、ニシノとアズマの2人などは殆ど席におらずゲームが終わる毎に喫煙所に入り浸っている。
「さぁ……なんだろうな。さっきのゲーム中に何か問題でもあったかな……」
そんなアケミの不安が的中したかのように、セーフティエリア内に運営スタッフのアナウンスが流れる。
「先程のゲームで、ゾンビ行為がありました。ゾンビ行為はゲームの進行を著しく妨害する行為です。身に覚えのある方は、即座にゾンビ行為をやめて下さい。もし次発見した場合は、いかなる理由があろうとも敷地内から退去して頂きますので、ご承知ください。繰り返します……」
ゾンビ行為。最初の初心者講習でも耳にした、ヒットされているにも関わらずゲームを続ける悪質な行為だ。
ゾンビという単語を耳にしたアケミは、つまらなさそうに舌打ちを1つする。
周囲で休憩する同じチームのメンバーたちも、心なしかバツの悪そうな顔をしていた。
「……多分、こっちのチームにいるな」
小さく呟いた言葉は、レイジに向けてか。それとも独り言か。
どうやら、今しがたレイジが見た運営本部でのやりとりはゾンビ行為の糾弾で恐らく間違いなさそうだ。
アナウンスを聞き、異変を察知したのか飲み物を買いに行っていたサクラやカレン、こころたち3人が足早に戻ってくる。
「アケミさん。ゾンビが出たって聞こえたけど、間違いない?」
「ああ。アタシもさっき相手チームが運営に抗議してるのを見てるから、ほぼ間違いないだろう。悲しいことに、ウチのチームらしい」
ゾンビ探しをしようと疑心暗鬼になっている周囲の視線を憚るように、小声で言葉を交わすアケミとサクラ。
カレンに至っては、いつもより8割り増しくらいの仏頂面で興醒めだと言わんばかりだ。
程なくして喫煙所から ニシノとアズマの2人が戻り、サバゲー部(仮含む)のメンバーが全員揃ったところで、アケミが声を上げた。
「さっきアナウンスがあった通り、前回のゲームでフィールド内でゾンビ行為が確認された。恐らくは、こちらのチームのことだろう。みんなに限ってそんなことはしないと思うが、遠距離からの射撃だとヒットに気付かないこともままある。自分に厳しいジャッジを忘れずに、楽しいゲームにしよう!」
最後の言葉は、チームメンバー全員に向けた言葉だったのだろうか。周囲にも聞こえるように上げたその声に反応するように、こちらに賛同の声を返すチームメンバーの姿があちこちのテーブルから上がるのだった。
相手チームとの微妙な距離感を感じたまま、次のゲームが始まろうとしている。
次のゲーム内容はセミオートのみ、復活無しの『殲滅戦』だ。1発の銃弾が生死を分ける、緊張感のあるゲームといえるだろう。
スタート位置につき、レイジは大きく深呼吸をする。
最初のフルオート戦から今までの数ゲームはどれも復活が出来たのである程度気持ちに余裕があったが、今回はそうも言っていられない。
これまでのように前線まで突撃して行ってヒットされたら戻る! というわけにはいかないのだ。
セーフティエリアでのアナウンスの件もあり、緊張をほぐそうと何度も深呼吸していると、見兼ねたサクラが心配そうに声をかけてくる。
「レイジくん大丈夫? ゾンビのことは気になるかもしれないけど、私やレイジくんがゾンビ行為をしているわけじゃないから、そこまで気に病まなくても平気だよ」
「ありがとうございます、サクラさん。ゾンビのこととか、初の復活無しのゲームとかで、変に緊張しちゃってるみたいです」
「急にゾンビ行為に注意なんて言われちゃ、仕方ないよ。それなら今回はちょっとのんびりやろっか。ゆっくり進んで、しっかり狙って当てる経験も大事だよ」
サクラの提案にそうします。と返事を返し、両手に持った銃を強く握りしめる。アケミがさっき言った通りだ。自分に厳しく、そして楽しむ。そう自分に言い聞かせ、レイジはゲーム開始の合図を待った。
ゲーム開始のアナウンスと共に、周囲のチームメンバーたちが戦場へと駆け出していく。
その様子を見送ったレイジとサクラは、周囲を警戒しながらゆっくりと歩き始めた。
バリケードが乱立するエリアを慎重に移動し、一つ一つ確実に敵がいないことを確かめながら進んでいく。
ともすれば相手の息遣いさえ聞こえてきそうなほどの距離感。レイジとサクラはお互いの死角を隠すように、背中合わせになって警戒を続ける。
2人の間に言葉は無い。物音1つ、会話1つで敵に位置がバレてしまうからだ。
やがて2人はバリケードゾーンを抜け、フィールド中央に位置するバリケード代わりの車やバス、土嚢が積まれた市街地を模したゾーンへと足を踏み入れる。
設置されているバスや車の中に乗り込むことや、車体の隙間から射撃することも可能なため、このエリアでは足元や車内にも注意を配らないといけない要注意エリアだ。
サクラは市街地ゾーン前の最後のバリケードから周囲を見回し、見える範囲の車内に敵影がないことを確認する。レイジは姿勢を低くし、足元の索敵も怠らない。
「どうしますか、サクラさん。このエリアを抜けようとすると隠れて進むのは難しいですよね……」
「そうだね。周囲を警戒しつつここでしばらく待ち伏せて、向こうのバリケードエリアを抜けてきた敵をやっつけていこうか」
「了解です」
サクラの立案した作戦に肯定を返し、レイジは敵チーム側のバリケードゾーンの切れ目の索敵を開始する。
フルオート戦では休む間も無く銃声が鳴り響いていたフィールドが、今回はやけに静かだった。
息を殺し、気配を殺して注意深く敵陣を見続けるレイジとサクラ。
時節散発的に発砲音はするものの、しかし、待てども待てども待てども敵が顔を出すことはなく、1分、2分と時間だけが過ぎていく。
「敵影なし……ですね。もう少し前進しますか?」
「しっ。物音がする。味方だと思うけど、注意して」
ゲーム開始前の緊張が幾分か取れてきたレイジは前進を提案するも、物音を聞きつけたサクラの言葉に身を固くする。
サクラの感知は気のせいではなかったようで、程なくして近くのバリケードから2人組の味方チームが顔を出した。
「あれは……ウチのニシノ君とアズマ君だね。アケミさんは割と突貫グセがあるから、はぐれたか先にやられちゃったかな? 何にせよ、丁度いいから先に行ってもらおっか」
よく言えば彼らの援護、悪く言えば彼らには敵を炙り出す囮になってもらおうというわけだ。レイジにその場で待機するよう促すと、サクラは慎重に2人組の行き先を見定める。
囮にされているとはつゆ知らず、ニシノとアズマの2人はさして警戒もせず、ずかずかと市街地ゾーンの半ばまで踏み込んでいた。
バリケード代わりに設置されたワンボックスタイプの車の陰まで進むと、窓を利用して敵側のバリケードゾーンを見回している。レイジたちと同様に、バリケードに隠れている敵を警戒しているようだ。
不意に、ニシノが片足だけをさっと上げるような不思議な仕草をした。
レイジがその様子を不思議に思う間も無く、ニシノとアズマの2人は一言二言会話をすると敵側のバリケードの一つに銃口を向け、射撃を開始する。
再び、今度は自身の脇腹を庇うような仕草。
ワンボックスのバリケードに身を隠すように移動し、次は別方向に向けて何度も弾を撃ち込む。時折仰小さくけ反るような仕草を見せるが、すぐに立ち直って引き金を引き続けているようだ。
何かがおかしい。そう思い2人の様子を目を凝らして見ていると、その疑問はすぐ確信に変化した。彼らは、何度も撃たれている。
しかし、2人は撃たれ続けているにも関わらず、未だにヒットコールを上げていない。
ゾンビ行為。
ゲーム開始前に運営スタッフから注意喚起のあったゾンビ行為の犯人は、ニシノとアズマなのだった。
「サクラさん。あれ……ッ!」
「レイジくん、ダメ」
ニシノとアズマ、今日が初対面ではあるものの見知った2人のルール違反を目の当たりにし注意すべく駆け寄ろうとするレイジの服を掴み、サクラが止める。
「見過ごすんですか!?」と抗議しようとするレイジだったが、自分以上に苦々しい表情をしているサクラを見て、喉まで出かかった己の言葉を飲み込んだ。
「例え同じチームメンバーだったとしても、フィールド内での直接注意はダメ。すぐに運営スタッフを呼んでくるから、レイジくんはここにいて」
サクラは一方的にそう告げると、レイジに自分の銃を預けると踵を返してセーフティエリアへと走って行った。
1人残されたレイジはゲームを続行する気にもなれず、かと言ってこの場を離れることも躊躇われたために、サクラの帰りを待つことしか出来なかった。