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2.公爵令嬢の場合


 最初は「顔」でしたわ。


 何にも興味がなさそうな、第二王子殿下。いつもつまらなさそうな顔。


 でも、私の誕生日パーティーにいらしてくれた殿下は、ほんの一瞬だけとてもとても幸せそうな顔をなさったのです。


 私の焼いたケーキを食べた時に。


 自分の誕生日に、公爵令嬢である私がケーキを焼くなんておかしいでしょう?召使いのようなこと。でも、誕生日だからお父様は許してくれたの。


 料理長も「誕生日」だから、しょうがないですねと許してくれた。やってみたかったお菓子作り。すごく楽しかったですわ。


 初めてにしては、上出来だとお父様は誉めてくれたし。お母様は美味しいと笑ってくれた。お兄様は「・・・甘すぎ」って感想だったけど、甘い物苦手なのに食べてくれたことがとても嬉しかった。


 そんな私のケーキが彼の顔を変えた。笑顔に。


 びっくりして、なんとも言えない気持ちになって、それからずっと殿下を見つめていたのです。


 十歳の時にお父様に呼ばれましたわ。私の婚約のことで。レヴァード公爵家の娘です。十五歳になれば嫁ぐことになるでしょう。覚悟は決まっていますけれど。


 殿下の顔がちらつきましたわ。


「マリィがヴァイス殿下を慕っているのは知っている。だから、本来ならもう婚約を発表している時期だが、十五まで待とう。」


「・・・お父様。」

「殿下を振り向かせてみなさい。」

「はい!」

「だがな―――、」


 少し言いにくそうに、お父様は窓の方を向かれた。


「お前の本来の婚約者の方なのだが。」

「はい?」

「隣国のマティアス様だ。」

「マティアス様なのですか!」


「彼はお前に執着しておられる。十五までに決まらなければ、婚約を飛ばして、嫁ぐことになるだろう。それだけは、覚悟しておくように。」


「はい。」


 マティアス様が外交で我が国に滞在される際に、お世話したのが宰相である父と私達兄妹だ。私達は話し相手として役目を仰せつかったのだけど、マティアス様は素敵な方だった。父と話している時とは別の顔で、兄と私に接してくれた。年相応の九歳の少年として。


 兄も私も、彼と過ごすのは楽しかった。懐かしい。


 そのマティアス様が私を望んで下さっていると。とても素敵なことですわ。ヴァイス様のことがなければ、すぐにでも応じたでしょう。


 でも、今はヴァイス様のことが気になってしかたがないのです。


 話しかけるところから始めなくてはと、ドキドキしながら出席した翌年のヴァイス様の誕生日。ヴァイス様が必ず出席されていて、側に近づいて話しかけても大丈夫な日。


 彼は自分の誕生日なのに、やっぱりつまらなさそうにしていました。だけど、誰も彼の相手より、彼の父と兄に夢中。陛下と王太子殿下に。しかたのないことだと思うけれど。


 最初の年は、友達になって、私のことを知ってもらう為に、頑張りましたわ。


 そして、ヴァイス様は酸っぱい物を好むだとか、緑色が好きで、王宮の庭が大好きだということも知ることができました。ただ、側にいられて、私の話に返事をして頂けるだけで、楽しかったし、幸せでした。


 次の年もヴァイス様の誕生日に気持ちを伝えました。ヴァイス様の誕生日にはお父様も出席なさるので、もし気持ちに応えてもらえたら、忙しいお父様にまっさきに報告したかったから。


 それに、最初の年に何度目かのお茶会で、思わず「婚約」の話をした時の殿下の雰囲気で、迷惑なのだろうと思いましたの。だから、誕生日だけ。誕生日だけは、想いを伝えることを許して欲しかった。


 二回目の誕生日も、ヴァイス様の中では私は「友達」以上にはなっていませんでした。まだ一年ですから、しょうがないと思いますの。




 でも、でも、マティアス様からお手紙が届くようになりましたの。




 真摯に私への想いを綴ってくださっているマティアス様。お父様は、私に想い人がいることもマティアス様に伝えていました。


 ですが、マティアス様は「長年離れていたのだから、当たり前だよね」と気にしてはいらっしゃらないようすで。

 でも、私のことを諦めたくないからと手紙には書いてらっしゃいました。


 それから、マティアス様からは素敵な贈り物と共に、手紙が届くようになりました。


 ―――マリィ、弟が産まれたんだ。


 今日は城下へ行って、民と話して、面白い話を聞いたよ!マリィにも教えるから、友達に話してみるといいよ!


 よかったら、よかったらなんだけど、絵を交換しない?絵師に肖像画を書いてもらったんだ。それを送るから、マリィのも貰えないかな?




 日々の楽しかったこと、悲しかったこと、面白かったこと。




 マティアス様の手紙にはいっぱいいっぱい詰まっていました。お返事を書くことがとてもとても楽しくて・・・。




 でも、ヴァイス様の笑顔が忘れられなくて。



 ―――私はどうすればいいのでしょうか。




 お母様は、愛して下さる人の元へ嫁ぐのが幸せよ。マティアス様のこと嫌いじゃないでしょう?っと、マティアス様を薦めてきます。


 わかっています。ヴァイス様を諦められないのに、マティアス様に惹かれていく自分に。


 ヴァイス様は、話しかければ応じて下さいますが、私と居てもつまらなさそうなお顔のままでいることが多いです。お菓子を食べる時だけ、少し笑顔ですが、その笑顔を引き出しているのは「私」ではないということに、気づいています。




 三年目のヴァイス様の誕生日。




 ヴァイス様のお返事は変わらない。それに、私に言い寄られるのが迷惑そうな顔もなさるようになった。


 諦めるべきなのでしょうね。あの笑顔にこだわっているだけで、本当にヴァイス様が好きなのかも、もうわからなくなってきていて・・・。


 ヴァイス様の誕生日なのに、ちょっぴり涙が出てしまいました。お母様が気づいて、そっと、その場から連れ出して下さいました。そのまま体調が悪いということで、一人先に屋敷に帰らせて頂きました。

 その際、王太子殿下に声をかけていただきましたが、何でもないと笑う私に、事情をわかってくださったようで、頭を撫でられました。慰めて下さった王太子殿下の手がとても優しくて、また涙がこぼれましたわ。



 ヴァイス様と手を繋いだことも、ましてや頭を撫でて頂いたこともないことに気づいて、とても寂しくなりました。



 もう、ヴァイス様に想いは届かないのだと、その日の夜にこっそりベッドで泣きました。


 泣いて、泣いて、泣いて。

 何か吹っ切れた気がしました。


 次の日、心配してゆっくりしてていいと気遣ってくれるお母様に、もう大丈夫だと伝えて、マティアス様にお手紙を書きました。


 ―――想い人にきっちり振られました。こんな私でもよければ、マティアス様の妻にして欲しいです。


 すぐに返ってきたお返事には、


 ―――女性は恋をして綺麗になると聞きます。今度は私に恋をさせて、もっとマリーを可愛くしてみせるよ。


 マティアス様がいたから、ヴァイス様のことをすっぱり諦められたような気がします。じゃなければ、お父様の進める男性と結婚しても、諦められずに想っていたことでしょう。私にあった逃れられない期限(タイムリミット)は、幸運だったのかもしれない。



 ヴァイス様に告白してから、三年目の夏。マティアス様が私の国に視察にいらした。視察とは建前で、私に逢うために無理をしたんですよ、と側近の方にこっそり教えてもらいました。




 ―――思わす、真っ赤になってしまいましたわ。




 それを見たマティアス様が、側近のカミル様に怒ったのだけど、事情を知って、二人して真っ赤になってしまいました。マティアス様のお顔も真っ赤になったことが、忘れられません。




 一ヶ月ほどの滞在で、私は驚いてしまいました。


 こんなにも、こんなにも違うのかと・・・。お母様に話したら、面白そうに笑って、良かったわねと言われました。


 本当に、自分を好きな人とはどんな感じなのか。マティアス様を見て、話して、触れて、私の心が躍るのです。


 本当にちょっとした仕草でも、私のことを気にしてくれているのがわかります。比べるのは間違っているとは思うのですが・・・、


 マティアス様は、私がちょっとでも疲れたなって感じたら、手を引いて椅子を勧めてくれたり、飲み物を用意してくれたり。まだ、私は何も言っていないのに。



 ―――見てれば、わかるよ。



 素敵な笑顔で告げられて、また真っ赤になってしまいましたわ。ヴァイス様のお傍にいる時は、疲れたなど言ったことがありませんし、疲れたと思ったら、お暇しておりました。




 迷惑だという顔が見たくなくて。



 ―――そう。ヴァイス様には気遣ってくれる、手も、言葉も、雰囲気すらなかった。




 本当に私には興味がなかったのですね。私だけが、ヴァイス様の側にいられて、幸せだっただけで。その幸せも、本当だったのか、もうわかりません。


 あんなに好きだった気持ちが、マティアス様と触れ合うことで、ただヴァイス様の「あの笑顔」がもう一度見たかっただけだったのかと、私は何を求めていたのだろうと、不安で不安で、夜眠れなくて。


 マティアス様は、私の様子が違うことに気づいたのか、侍女から私が眠れていないと聞くと、事情は聞かずに側にいてくれるのです。側で笑って待っていてくれる。




 ―――泣きそうなほどの優しさと、たくさんの幸せを貰いました。




 マティアス様が名残惜しそうに隣国に帰られてから、秋に一度だけ、王宮以外でヴァイス様にお逢いしました。いつもなら、王宮以外には出てらっしゃらないのに、その夜会は欠席できなかったようです。

 

 不思議とこれが最後なのかなと思って、ヴァイス様の側にいました。友達として。


 私が「友達」として接しても、ヴァイス様の態度は変わりませんでした。いつもと違うとも感じていなかったようです。なんだか、不思議な気分でした。何とも思われてなかったことが悲しいような、ほっとしたような。


 少しおかしくなってこっそり笑った後に「ヴァイス様は友達」と思うとストンと、胸に落ち着きました。


 恋をしていたことを否定する気持ちは湧いてきませんでした。ヴァイス様を追いかけていた時がとても楽しかったのは事実なのですから。


 でも、これからはマティアス様だけ見つめて、彼に想いを返していきたいと強く思いました。



 ―――ヴァイス様、ありがとうございました。



「ヴァイス様。・・・さようなら。」


「あぁ、マリーメア。また王宮で。」


 ヴァイス様はいつも通り。私を友達として扱ってくださいました。ちょっぴり笑ってしまいました。


 私の初恋はこうして、実らずに終わってしまいました。でも、後悔はしていません。泣いたこともいい思い出になりそうです。


 マティアス様が拗ねてしまいそうなので、ヴァイス様とお逢いできるのはこれで最後ですね。もし可能なら、マティアス様との結婚式に友人として参加して欲しいけど、王宮からあまり出ないヴァイス様じゃ、隣国なんて遠い場所は無理ですね。


 ヴァイス様、色々とありがとうございました。貴方の友達(・・)は幸せになる為に、頑張りますわ。


 一つだけ心残りは、王太子殿下に泣き顔を見られたことかしら。マティアス様が拗ねるから、王太子殿下忘れてくれないかしら。



読んで頂いたことに感謝を。

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