序
「なぁこはる、この世界以外に、世界ってあると思うか?」
ある日のことだ。孝雄は突然にそう尋ねてきた。
オカルトだとかその類を好む彼は、時折こういう話題を持ち出すのだ。
「世界って言ったら、今生活しているこの世と、死んだ後に行くあの世の二つなんじゃないの?」
私はそう言って青空を指さした。
孝雄も同じように空を見上げた
「そうだね、死後の世界は間違いなくあるんだと思う。けど僕は、それとは別にもう一つ世界を知ってる」
「もう一つの世界?」
首を傾げる私に、彼はこう続けた
「そこは、この世界では叶えることができない願いや望みをかねることができるらしい」
願いかぁ……
私は少し考えた。
けれど、これといった願いも望みも思い浮かばなかった。
何より、こうして孝雄と一緒に居ることができるのが最高に幸せなわけで、望みは既に叶ったようなものだ。
「私にはないかなぁ、望みとかは」
私がそう言うと孝雄は微笑んで
「こはるには、必要のない世界かもしれないね。でも、僕は行ってみたい。願いを叶えたいというより、ほかの世界というのを見てみたいんだ。」
その言葉を聞いて複雑な気分になったのは、離れ離れになってしまう可能性を少しでも感じたからかもしれない。
「けど、願いのない人はそこに行くことができない。強い願いを抱く者にはゲームへの参加が許され、その世界に行くことができる。」
「ゲーム?」
初めて出てきた単語に首を傾げる。RPGか何かだろうか。
「そう、『ドリームゲーム』というらしい。その世界に行く者はゲームの参加者となる。願いがかなえばゲームは終わり、元の世界に帰ってこれるらしいんだけど……」
叶えるまで帰れない、つまりはそういうことなのだろうか
「どうして、望みを叶えることがゲームになるの?」
「わからない。俺もそこまで詳しいわけじゃないんだ。」
話を聞く限り、なんだか怪しい。
「孝雄がほかの世界に行ってみたい気持ちはわかるけど、一人で決断はしないでね。孝雄が行くのなら、私もついていくから。」
私は本音をぶつけた。そうでもしないと、不安に飲まれてしまいそうだった。
「大丈夫。僕はこはるを置いて遠くへ行ったりなんかしない。それに、どうやって行くのかさえ僕にはわからないんだから」
孝雄はそう言って優しく抱きしめてくれた。
腕の中で私はほっとした。
この先もずっと一緒にいられると、このときは信じてやまなかった。