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4『世の中に『愛』は必要らしいですが、それに対し『愛し返す』必要はありますか?』

とりあえず、そろそろ一旦の終着点に向けては進んでいます。

愛する事と愛される事って、需要と供給があってるように見えるんですけど、それでいて枯渇する人間はまだいるんですから、世の中に転がる愛って不思議ですね。

とりあえず、私自身に至っては腰に爆弾が発生した為、愛なんかよりも湿布の方が優先順位上になっています。同情するなら湿布くれ。

「――……で? 地雷を踏んだ所為で叩かれたと? 率直に言うわ。馬っ鹿じゃない」


「それ、こないだも言ってました」と僕が言うと、南先生は「言ったわ」と言いながら僕の頬に湿布を乱暴に、適当に貼った。

 場所は保健室。時刻は朝の登校時間。僕は早めに学校にやってくると、今日だけは知ちゃんを待つことなく保健室に足を運び、昨日の事を南先生に話に来ていた。


「しかもなんで今になるまで放っておくかね。ここまで腫れてたら、普通家に帰ってから湿布とか貼るものよ? 馬鹿じゃない」


「先生、ちょっと『馬鹿』って言い過ぎじゃありません?」


「じゃあ阿呆」


「根本的な意味は何一つ変わっていませんよね」とは突っ込まないでおいた。

 昨日の出来事の直後から、彼女に叩かれた頬は大きく腫れ上がり始め、今では彼女の手の形まで浮き上がっていた。

 僕は適当に貼られた湿布を自身で直しながら、「だって」と口を開いた。


「嬉しかったんですよ」


「は? 叩かれたことが? そういやアンタ、昨日の朝の出来事だって嬉しそうに私に語ってたけど、もしかして前世で殴られすぎた影響で現世でMにでも開花しちゃったわけ?」


「いやいや、違いますから」


 南先生の言葉に、僕は苦笑いをした。


「昨日のあれとこれとでは、全然違うんです。昨日の朝のは嬉しいというより、彼女のそのときの反応が可愛かったのでそれにニヤけてたんですよ。今日のはそうじゃなくって、純粋に僕が嬉しかったんです。確かにこれまでも彼女は僕に対して『怒り』という感情をぶつけてきましたが、それは全て『沖野昌義』という人物を僕らの間に置いて成り立つ怒りだったんです。彼女が『彼』という人間を通して僕を見ることで感じる怒りを僕にぶつけてきていたのですが、放課後のはそうではなく、初めて彼女は『僕そのもの』に怒りをぶつけてきたんですよ。初めて、『僕』だけを見てくれたんです。この殴られた跡はその証拠なんです。だから治すなんて勿体なくって……まぁ、結局『彼』絡みの話題ではありましたがね」


 言いながら、僕は右頬を撫でた。じわりと、他の場所よりも熱を感じるそこを撫でる度に、胸が何やら暖かくなってくる。この感覚が僕は好きだった。

 そんな僕の様子を見ながら、南先生は「ふぅん……」と何かを考えるかの様に腕を組んだ。


「Mじゃん。やっぱ」


「違いますって」


 朝のHRを告げるチャイムが鳴り響いた。


  ■□■


 ――放課後、下校中。

 人通り少ない住宅街を歩く僕は今、とんでもなく落ち込んでいた。

 昨日の事があってか、彼女は一日中僕を避け、僕は彼女と喋るどころか声をかけることすら出来なかった。放課後こそは一緒に帰るぞと決めていたのだが、運の悪いことに日直に当たっていた所為で黒板掃除をしている最中に彼女は帰ってしまった。これが落ち込まないでいられるかってんだ。

 これじゃ、ますます彼女から愛される日なんて遠ざかるばかりではないか……と、浮かんだその考えに僕が肩をガックリと落としたそのとき、脳内に朝の先生の言葉がリプレイされた。


『教室行く前に教えといてあげるわ。確かに彼女が『彼』を殺した理由はアンタの予想通り『彼』の浮気が原因。人当たりの良い好青年、けれど裏では女遊びが激しい奴だったわ。でも彼女の方は本気で『彼』を愛してたから、その事実にショックを受け口論の末に衝動的に殺しちゃったって流れね。方法は懐中時計の鎖での絞殺。ちなみにその懐中時計は『彼』から貰ったものね』


 流石神様、本当になんでも知っていると感動しているのと同時に、僕はチクリとした痛みを胸に感じた。

 誰かを本気で愛していたのにその誰かは自分を愛してくれていなかった――それはまるで、前世の僕そのものではないか。


(先生はそれを知っていた上で僕を生き返させたというのなら、とんだ策士だな……)


 いや、先生のことだから知っていたのだろうけどさ……なんとも言えぬ複雑な気分がため息となって僕の口から出たときだった。


「昌義! 待ってたよ!」


 誰かが僕の目の前に現れた。思わず「んあ?」と気の抜けた声を上げながら見てみれば、それは昨日の女子高生だった。下がり気味だった気分が更に下がる。


「……何。なんか用?」


「昨日のアレ! あの態度なに!?」


 眉間に深い皺を寄せながら僕が言うと、彼女が眉と目を吊り上げ怒鳴りながら僕の方に寄って来た。


「〝お前なんかに興味無い〟ってどゆこと!?」


「……あぁ、それね。どういうって、そのままだけど?」


「嘘! だって美雪のこと愛してくれてるって、あんな女より愛してるって言ったじゃん!」

 

『あんな女』――ピクリと、眉が動いた。

 ……人通りが無い状態とは言え、よく外でここまで怒鳴れるなぁ、と色々と文句を連ね怒鳴って来る目の前の女の姿に、僕は内心呆れ気味になりながら感動した。


(本当、『彼』はこの女のどこが良かったんだか)


 小さく息をつく。どうも僕は『彼』とは趣味があわない様だ。


(それにしても、コイツもまた可哀想に)


 先生の話によれば『彼』は女遊びの激しい人間だったとのこと。この女のことも遊びで付き合っていた可能性が高い。この女もまた、愛して貰えなかった人間ということか。


(〟愛〝の無い人生なんて無いなんてあの神は抜かしていたけど、こんなのただの一方通行な人生なだけじゃないか)


 皆誰かを愛していた。今も誰かを愛している。なのに、相手からはなんの想いも返って来ない。そこにあるのは『嘘』という中身がからっぽな『愛』だけ。

 何故こんなにも報われないのだろう。愛されたいだけなのに……愛して愛されたいだけなのに、どうしてそれが出来ないのだろう。

 こんな一方通行な『想い』が人生だと言うのなら、それはなんて空しいものなのだろうか。


 僕も、彼女も、この女も、そして母も――……みんな、悲しい一方通行だ。


(まぁ、例えそうだとしてもこの女に同情するつもりは一切ないんだけどね)


 だって、コイツさえ昨日現れなければ、僕と彼女の仲は進展していたかもしれないのだ。……それになにより、コイツは僕の愛しい人間を『鉄仮面女』やら『あんな女』呼ばわりしたのだ。


 そんな人間、許せるわけがないだろう?


 僕が『僕』の人生を謳歌させる為には、コイツは邪魔者なのだ。だから、排除しなければいけない。僕と彼女の前に、もう二度と現れないようにしなければ。


「本当うるさいな。言ったろ、君に興味は無い」


 自然と声音が今まで出したことも無い様な、とても低く重いものになった。僕の様子に何かただならぬものを感じたらしい女が一瞬言葉を詰まらせたが、「そ、そんなの納得出来るわけないじゃん!」と怒鳴り返してくる。

 僕は予想通りのその反応に、ニッコリと満面の笑みを浮かべると、そのまま両手を彼女の首に伸ばした。

「え?」と、女が間の抜けた声を上げる。それと同時に、僕は両手に力を込めた。

 彼女の口が反射的に大きく開き、そこから大量の空気が漏れ出た。わけがわからないと言う風な意思が、女の目から伝えられる。

 僕はその目に向かって、ただ笑い返しながら更に両手に力を込めていく。現状をようやくしっかりと理解出来たらしい女が慌てて僕の手から逃げようと踠き出すが、幾ら同年代とは言え男と女では力の差は歴然。幾ら踠こうとも女が僕から逃れることは出来なかった。


(――大丈夫。これぐらい簡単に出来る)


 もしかしたらこの女がいなくなることで悲しむ人間などがいるのかもしれないが、それはそれでこれはこれだ。僕にはそんなことどうでもいい。

 それにもう僕は、既に一度人を殺したことがあるのだ。


 ――自分のこの手で、僕は愛していた人を殺したことがあるのだから。


「……確かに、『沖野昌義』は君に興味があったみたいだけど――残念ながら『俺』はお前に興味無ぇんだ」


 急に僕の喋り方が変わったことに目の前の女が更に困惑した視線をコチラに送る。その最中ももがくことを止めない女の諦めの悪さに、僕はやれやれと首を横に振った。


「興味の無ぇどころか、今のお前は『俺』が『彼』である為には非常に邪魔なんだ。悪ぃんだけどさ、」


 死んでくれねぇ?

 

 その言葉を言い放つと同時に、手に込める力を本格的に強くしていく。

 困惑、驚愕、それらの色に染まっていた女の目が、段々と焦点が合わなくなっていくのを感じる。

 もがく、暴れる、絞める、もがく、暴れる、絞める――そうこうして繰り返して行く内に、女の身体から力が抜け始める。


 しかし、


 あともう一歩だと僕が確信を得た、その次の瞬間だった。


 ――僕の脳裏に『日和知』の姿が思い浮かんだのは。


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