3『『僕』の特技は『愛』で形成されていて、僕の特技も『愛』で形成されていたらしい』
ちょっとした問題が発生する回。
新しく出したキャラの名前が知人と同じだったことに、書いてから気付きました。
『好き』だからって『好き』返されるわけでもないのにねって、某日常系漫画の台詞が大好きです。わかる人がいたら、ぜひとも握手したい所存です。
「いやー、本当寒くなったよねー。流石冬ってかさー、いやー、凄い手冷たいわー。というわけで、手を繋ごう」
「ほざけ」
ギッとコチラを睨んできた彼女からのその返答に、僕は「ちぇー」と唇を尖らした。
時刻は放課後。僕は、いつも通り嫌がる知ちゃんの隣に無理やり並んで一緒に下校をしていた。
「いいじゃないかー、寒いんだしさー。知ちゃんだって手袋してないんだから、手、寒いでしょ? 二人で手を繋いで互いの体温を分け合えば丁度良いと思うんだけどなぁ。ついでだから、そのまま二人の距離も近くに……」
「……」
そこまで僕が言った瞬間、スッと、無言で知ちゃんがコートのポケットに手を突っ込んだ。
「寒くないけど?」
「……」
……別に、泣きたいとか思ってないし。うん。
(「諦めるつもりは毛頭無い」とは言ったけどさぁ、)
それでもやはり、ツライものはツライわけで。ここまで頑として振り向いて貰えないと、ショックだったりとかするんですよ、本当。心がズタズタだよー、なんちって。
でも先ほど先生に言ったように、望みが無いわけではないと思っている。こうして今だって嫌々ながらも、僕に付き合ってくれてるわけだし……時間は掛かるかもしれないが、絶対に僕は彼女に愛されてやるんだ。
――……それにしても、
(『沖野昌義』として愛されたいか、それとも『僕』自身として愛されたいか――……か)
ふと、先生からの質問が思い出される。
それは全く考えたことの無いものだった。確かに僕は彼女に愛されることを望んでいるが、果たしてそれは一体、どっちの『僕』でなのか――『沖野昌義』としての自分、前世の自分、どちらも同じ『僕』ではある筈だが、そこには確かに何か大きな違いがあるのだ。
僕としては、彼女に愛されたい『だけ』なのだ。それさえ叶うのであれば、別にどちらの自分でも構わない。
でも、もし本当に彼女が僕を愛してくれるようになったとしたら?
その後、僕は一体なにを望む――……?
「……ちょっと、そんなにコッチ見ないでくれない? 気味悪いわ」
どうやら思考に馳せている内に、無意識でずっと彼女の顔を見ていたらしい。
ハッと我に帰って、謝罪をしようと僕が口を開きかけたときだった。
「うああああああああん!!!!」
子供の泣き声が辺りに響き渡った。
人通りの多い駅前の大通りだった為、様々な人たちがその子供の泣き声につられてソチラを見た。無論僕らも例外ではなかった。
どうやら足をなにかに躓かせて転んでしまったらしく、コンクリートの上に一人の子供が大泣きしながら倒れており、空に手を伸ばしていた。その手の先を見てみると、赤い風船が風に乗って空高く舞い上がって行っている途中だった。すぐさま母親らしき女性が人ごみの中から買い物袋を持って現れて子供を立たせて慰め始めたが、子供は一向に泣きやまない。
あーあ、と僕は心の中で漏らした。周りの人間も皆僕と同じことを思ったらしく、チラリと見た後、興味無さそうにそこから去って行く。僕もそれに習って、再び歩き始めた。が、数歩歩いたところで、隣にいた筈の彼女がいなかったことに気づいて、後ろを振り返る。
彼女の元に戻りどうかしたのかと尋ねようとして、僕は口を閉じた。
彼女は、無言で泣いている子供を見ていた。その目は、どこか心配そうに揺れていた。
(……仕方ないなぁ)
「ふぅ」と小さく息を漏らすと、僕は親子に近づいた。後ろから、驚いている彼女の視線が僕に向けられた。
「大丈夫ですか?」と僕が笑顔で言えば、母親がすまなそうに笑いながら「大丈夫です。ありがとうございます」と言った。
「ほら、ボク。あんま泣くとお母さんが心配するぞ? いい? お兄ちゃんの手をよく見てて」
子供の視線に合わせる様にしてその場にしゃがむと、僕は子供が転んで擦りむいた箇所に手を当てた。
そして――
「痛いの痛いの――……飴に変われっ!」
パッと僕が手を離すのと同時に、ポンと小さな音を立てて僕の手の下から袋に包まれた飴が現れる。一種の手品だ。それに驚いた子供が泣くのを止めて、「すごぉい!」と手を叩いた。
「これやるから、もう泣いちゃ駄目だぞ?」
飴を渡しながら子供の頭を撫でれば、嬉しそうに子供が「うん!」と頷く。
その後、母親が何度も頭を下げながら子供を連れて去っていくのを手を振りながら見ていると、「驚いた」と彼女から声をかけられた。
「貴方に子供を喜ばすことの出来る特技なんてあったのね」
「別に、子供を喜ばせるつもりで覚えたんじゃないんだけどね」
彼女の言葉に、僕は苦笑いをしながら頬を掻いた。
「手品をすると、母が嬉しそうに褒めてくれたからさ」
そのときだけは、本当に母は僕を見てくれていた様な気がしたから――
僕の言葉に、彼女が「ふぅん……」と小さく鼻を鳴らす。僕は「よいしょ」と声をあげながら立ち上がった。
「あ。もしかして惚れ直してくれたりした? 泣く子供に優しい彼氏とかどう? 素敵でしょー?」
「……ハッ。惚れ直すもなにも、まず惚れてないんだから出来るわけないじゃない」
「というか、最初は子供見捨てたじゃないの」と、痛いところを突かれ、僕が「うぐっ」と言葉を詰まらせたその瞬間だった。
「昌義!」
誰かが僕の名前を呼んだ。声のした方向へと向けば、見知らぬ女子高生がいた。
誰だろうか――僕らの学校とは違う制服を着ていることから、別の学校の女子生徒なことがわかる。茶髪のふわふわとしたロングヘアーに、小悪魔系とでも言うのだろうか、どことなく可愛らしさを引き立たせようとしているキラキラしたメイクが顔に施されていた。
視界の端で、隣の彼女の肩がピクリと揺れたのが見えた。
「もう! ここしばらくなんの連絡も入れてくれないから、美雪とぉーっても心配で夜も眠れなかったんだからねぇ!」
「えっと、え……あー、ごめん……?」
いやいや、何に謝ってるの僕。女子生徒は何やら怒っているらしく、ワザと「激おこぷんぷん丸だよぉ」と頬を膨らましながらコッチに近づいて来る。
(……うっわ。キッモ)
顔立ちはそんな悪くない。メイクのおかげもあるかもしれないけど。でも、僕の目にはとてつもなく気持ち悪いものに映った。
それでもなんとか笑顔を作って、彼女が誰なのかと尋ねようとしたときだ。
「まぁそんなこといいや! こうやって昌義にも会えたしね! というか昌義まだこんな女といるの? やめときなってぇ。こんな鉄仮面女と一緒にいるより、私とこれから遊び行こうよぉ! 凄い良い店見つけたんだよぉ?」
ドン、と女子高生は隣にいる彼女を押し退けて僕の腕に絡みついてきた。
倒れるまではいかなかったが、彼女がよろめいたのを確認した瞬間、ブチリと何かが僕の中でキレた。
「……うっせぇよ」
「え?」と目を丸くしている女子高生を無視して、その腕を振り払った。
今までの女子生徒のセリフからしての推測だが、多分この子は『昌義』くんの生前の浮気相手、はたまたは二股相手ってところだろ。
一体『彼』がこの女のどこに惹かれたのか、この女の何が良かったのか。そんなのは全くわからないが、ただ僕が言える事は一つだ。
「お前なんかに興味ねぇよ。行きたきゃ一人で行ってろ」
ポカンと、女子生徒が大きく口を開けて固まる。僕は知ちゃんの手を掴むとその横を何事も無かったかのように通り過ぎて行った。
そのままズンズンと歩くこと数分。そろそろあの女の姿も見えなくなった頃だろうと考えた僕が彼女の方を振り向いてみると、彼女は複雑そうな顔をして後ろの方を見ていた。眉間の間にとても深いシワが出来ていた。
僕は歩みを止めて、「ねぇ」と声をかけた。彼女も歩みを止めて、「何よ」と返してくれた。
「もしかして、さっきのが『彼』を殺した理由?」
パンっ、と乾いた音が辺りに響き渡った。
数秒遅れて僕の右頬がじわじわと熱を持ち始めた。そこで、彼女に頬を叩かれたことに僕は気付く。数秒睨んだ後、知ちゃんは僕の手を振り払って走り去って行った。
「……ふむ」
残された僕は小さく一人ごちりながら、叩かれた頬を摩ったのだった。




